第20話 テキル星(2)御使いと国王

「元祖ファンタジーって感じだな」

 と俺は呟いた。


 俺達はテキル星で一番の大国、バティカの街を歩いていた。


 王都というだけあって、この国で一番大きな都市らしい。


 バティカ王国と言えばプレデス星人が移住して作った国の筈だが、街並みはプレデス星やクレア星とは似ても似つかない。


 3階建てから5階建ての石造りの建物が並び、道路の幅は10メートルくらいだろうか。中世ヨーロッパの様な街並みで、前世のテレビで見た、ドイツのニュルンベルクの街並みを思い出す。


 道路は石畳がきれいに敷き詰められていて、道の端には側溝が整備されており、道路の中心には所々にマンホールの様なものもある。おそらく下水道が整備されているのだろう。


 道路沿いの建物と建物の間は2メートルくらいの間隔が空いていて、そこから裏路地が続いていたり、袋小路になっていたりするようだ。


 所々に大きな交差点もあり、左右を見渡すと、そこもきれいに石畳で舗装された道路が続いていた。数キロ先には城壁が見え、あの門を越えれば農地や草原が続く景色が見れる様だ。


 街の中心には王城と神殿が見えている。


 今俺達が歩いている道路も、王城の門を潜ってそのまま東に歩いてきただけだ。

 恐らくこの道路が、この街の中央大通りなのだろう。


 この国の主要な道路は、概ね東西南北に真っすぐに伸びていて、碁盤ごばんの目の様な街づくりになっている。


 なので、影の位置を見れば時刻も分かりやすく、この星の太陽「シン」が東の空に現れると、東西に走る中央大通りは一気に日が差して明るくなるだろう。


 所々に小高い丘もあり、単純な方眼模様では無いが、まるで京都の平安京を思い起こさせる都市計画が成されている様だ。


 今は午前5時半を過ぎたところだ。


 まだ街は眠っている事だろう。


 俺達は、キャリートレーに荷物を積んだまま歩いている。

 早くどこかに荷物を降ろして、キャリートレーを隠しておかないと、この世界では悪目立ちをするかも知れない。


「とにかく、何をするにも、この世界の金は必要だよな」

 と言って、少し大きめの建物の前で俺は立ち止った。


 その建物は間口が10メートル程度の建物で、道路から見て左端に出入口らしき木造の扉があり、残りの壁面には縦長の窓が等間隔に並べられている。扉の上には「本」の文字が書かれているが、窓から中を覗いてみても、暗くて何も見えない。


 前世でよく読んだファンタジー作品では、たいていこういう世界では「本」が貴重品だったりする。


 アリア号の中で買った100冊の本の内容はデバイスに読み込ませたし、持ち運びが面倒なので、ここであの本を売却すれば、そこそこのお金になるのではと思った。


「ここで本を買い取りしているかどうかは分からないが、後で本を売りに来るつもりだから、みんなデバイスで地図の登録をしておいてくれ」

 と俺は言い、「次は、服を買い取ってくれる店を探そう」

 と言って、また歩きだした。


 衣装屋はすぐ近くにあった。本屋から5軒隣の建物だ。

「意外とすぐに見つかったな」

 と言って、「ここもデバイスに登録しておこう」

 と皆に伝えた。


「よし、次は宿屋を探したいところだが、本か衣装を売らないと俺達には金が無い」

 俺は振り返って王城を指さし、「なので、とりあえず今から王城を訪ねようと思う」

 と言って、皆が頷くのを見ながら、来た道を引き返したのだった。


 さて、テクテク歩く俺達だが、実は過ぎ行く景色は結構スピーディだ。


 重力が軽いせいで、歩いているつもりが走っている位の速さで景色が過ぎていくのだ。


 俺はクレア星でも同じ様な事を考えていたが、他のメンバーは少し驚いた様ではあったが、軽々と移動できる事を楽しんでいるのが分かる。


「お前ら、重力は大丈夫か?」

 と訊いてみると、ティアは

「なんだか身体がふわふわして不思議な感じ」

 だそうで、「もっと激しい運動をしないと身体が鈍ってしまいそうね」

 と言っている。


 テキル星の重力はプレデス星よりは強いが、みんなクレア星の生活に慣れ過ぎて、ここの重力が軽く感じるって事だな。


「でも、ショーエンみたいにジャンプで3階まで飛んだりは出来ないのです」

 とシーナは素直な感想を述べている。


「ちょっと試してみるか」

 と俺は、ティアとシーナの手を放し、「ここでジャンプしたらどれくらい飛べるか試してみよう」

 と言って、軽く屈伸運動をしてから、思い切ってジャンプしてみた。


 すると、俺の身体は3階建ての建物の屋根よりも高く跳び上がる事が出来、試しに俺は目の前の建物の屋根に着地してみた。


 なるほどな。


 俺はいつもレプト星の重力で筋トレしてたからな。

 テキル星から比べれば5.3倍の重力だ。


 つまりテキル星の重力は、レプト星から比べれば19%程度しか無いって事になるんだな。


 そりゃあ、屋根まで飛べるわな。

 クレア星でさえ3階の窓に手が届くところまでジャンプできたんだもんな。


「ショーエン、凄いのです!素敵なのです!」

 とシーナが声を上げている。

 俺は指を自分の口に当てて「しーっ」というジェスチャーを行った。


 シーナは慌てて口をつぐんだ。


 俺は屋根から飛び降り、みんなの前に着地をしてみせた。


 レプト星で自分の体重が60キロだっとしたら、ここでは11キロになった感覚だからな。そりゃあ軽く感じる訳だ。


 落下速度はいつもと変わらないが、着地の衝撃は明らかに軽い。


 これならもっと高いところから落ちても着地できそうだ。


「さ、お遊びはこれくらいにして、王城に行こうぜ」

 と言って、俺達は王城を目指して、中央大通りを西へと進むのだった。


 △△△△△△△△△△△△


 俺達は20分くらいで王城の門に到着したものの、まだ門は閉まっていた。


 そりゃそうか、まだ朝の6時だもんな。


「仕方がないから、ここらで待つか」

 と俺は言って、王城の城壁に背をつけてその場に座り込んだ。


 ティアとシーナが俺の両側に座り、イクスとミリカもその場で向かい合って座った。


 ライドとメルスは、何やら話し込んでいる様だったが、メルスが俺を見て

「ショーエンさん、僕たち7人が乗れる乗り物を作りませんか?」

 と提案をしてきた。


「おう、そりゃいいね。どんな乗り物を作るつもりだ?」

 と俺が訊くと、キャリートレーの上から1冊の本を取り出し、ペラペラとページをめくったかと思うと、

「これに似せて作ろうと思います」

 と言って見せたのは、馬車だった。


「ふむ、これは馬に引かせる乗り物みたいだが、動力はどうするんだ?」

 

「足で漕ぐのでは如何でしょうか?」

 

 ふむ、なるほどな。

 自走式の馬車か・・・、それはもはや「4輪自転車」って事ではないかとは思うが、まあいいや。


「いいんじゃないか? やってみてくれ」

 と俺が言うと、メルスは

「分かりました。必要な材料は既にリストアップしているので、街で入手できるか確認してみみます」

 と言って、ライドとまた何やら話し始めた。


 ほんと、あの二人は仲がいいよな。


 俺達は城壁の東門の横にいた。

 シンが昇って日光が正面から当たって少し眩しい。


 宇宙船から見たシンは、もっと小さく見えたと思ったが、大気による光の屈折のせいか、ここから見えるシンの姿は少し大きく感じた。


「暖かくなってきたね」

 とティアが言った。俺は

「そうだな。こんなに天気も良くてポカポカしてると、眠くなっちまうな」

 と俺は言った。するとシーナが

「腕枕をするといいのです」

 と、俺の左肩に頭を乗せながら言った。


 それもいいかもな。


 とは思ったが、この星には野獣も居るという事だ。

 王城の城壁前とはいえ、無防備に昼寝という訳にはいかないだろう。


 結局それからの俺達は、柔軟運動をしたり、他愛もない会話をしたりして、テキル星の空気を全身で感じながら時間を潰していた。


 退屈さに俺はウトウトしながらも、完全に眠る事はなく、周囲に聞き耳を立てていたのだが、ティアが少しモジモジしているのを感じた。

「ティア、どうした?」

 と俺が小声で訊くと、

「う、うん。トイレに行きたい」と小声で返してきた。


 おお、そりゃ一大事だ。


 俺はすでに寝息を立てているシーナを起こし、

「シーナ、寝てるところすまないな。ティアをトイレに連れていきたいんだが、お前はどうする?」

 と訊くと、シーナは少し考えてから

「私も行くのです」

 と言った。


 俺はミリカの元に行き

「ミリカ、俺はティアとシーナを連れて、少し周囲を探索してくるから、少しここで待機していてくれるか?」

 と訊いた。ミリカは俺を見上げて、ティアの顔を見、悟った様に頷いて

「お任せを。ごゆっくりどうぞ」

 と言ってティアに目配せをしていた。

 俺は「ありがとな」と言って、3人で街の方に向かい、公衆トイレがありそうなところを探した。


 俺はデバイスで探索をかけてみたが、街ではデバイスの探索に掛かるトイレの情報は無い様だ。

 その代わり、城壁の南側に門番用のトイレがある事が分かった。


 俺は「王城の南門にトイレがありそうだ」と言って、3人で走って向かう事にした。


 俺達の脚力とこの星の重力の相乗効果で、およそ人間の走る速さとは思えない速度で走ったおかげで、南門はすぐに見えてきた。


 そこには門番の詰所つめしょらしき建物の塔があり、その隣がおそらくトイレなのだろう。


 俺達が詰所に到着すると、すぐ隣にトイレがあった。


「よし、間に合ったかな」

 と俺は言い、ティアにトイレに行く様に促した。

「ありがとうね」

 と少し顔を赤らめてティアはトイレに入っていき、シーナはティアが出てくるのを待っていた。


 俺はその間に詰所の中を覗いてみた。


 詰所の中は8畳一間くらいの空間で、テーブルが1つと椅子が4脚あるだけで、その椅子を4つ縦に並べてベッドの様にして、門番らしき男がひとり眠っていた。


 門扉は閉まっていて、門の前に門番は居ないようだ。


 この国のセキュリティは一体どうなってんだかねぇ。


 俺はそっと詰所を離れると、トイレの前にはトイレを済ませたティアが居て、今はシーナがトイレに入っているようだ。


「ありがとうショーエン。ショーエンって優しいね」

 とティアは俺にそう言い、

「どういたしまして」

 と俺は笑顔で返した。そのティアの笑顔を見ながら「いい子と結婚したなぁ」としみじみ感慨にふけっている俺がいるのだった。


 しばらくして、シーナがトイレから戻ってきた。


「お待たせしたのです」

 とシーナが言ったその時、俺達のデバイスにミリカから緊急連絡が来た。


 !!!!!


「人が大勢集まってきてるみたいね!」

 とティアが、ミリカからの緊急連絡の内容を伝えてくれた。

「ああ、そうみたいだな。急いで戻ろう!」

 と俺は言い、ティアとシーナの腰を抱いて担ぎ上げ、ダッシュでミリカ達の元へと走った。


 △△△△△△△△△△△△


 イクスとミリカはお互いの手に触れながら

「子供は二人くらい欲しいね」

 などと話していると、城壁の門扉がガタンと音を立てて動き出した。


 イクスとミリカは立ち上がり、ライドとメルスもイクス達の傍に集まった。


 メルス達は門扉がゴオオっと音を立てて動き出すのを見ていた。


 門扉は5メートル位の高さがあり、扉の厚みは5センチ以上はありそうだ。

 門扉の吊り金具は少し錆びている様で、扉の動きと共にギギギギっと背筋がゾっとする音を立てている。


 イクスはミリカを背中に隠して門扉を向いて立ち、ミリカはデバイスでショーエン達に緊急通信回線を開いた。


 緊急通信回線は、電話が繋がったままにしておく様なもので、ミリカが見聞きした事がショーエン達にも見聞きできるようになるというものだ。


 門扉は内側から10人以上の人間が押して開けている様だった。


 ガシャァァン!


 とものすごい音がして、門扉が完全に開いた。


 すると中から、色とりどりのローブを着た大人達がゾロゾロと出てきて、門の前に集まるところだった。


 100人近くは居るだろうか、門の前に集まった人々は、無言のまま周囲を見回している様だった。


 そのうちの一人がイクス達に気付き、それがみんなにも伝わったかの様に、全ての者がイクス達の方に身体を向けた。


 イクス達は4人が集まってお互いの手を掴んで存在を確かめ合う様にしながら、その集団の動きを注意深く見ていた。


 そんな時、イクスは背後からタタタッと足音が近づくのを聞いてサッと振り返った。すると、

「とおおおおおう!」

 と叫びながらイクス達を飛び越えて、集団の大人達の正面に着地したショーエンの姿があった。


「よう! 待たせたな!」

 とショーエンは言って、肩越しにイクス達の方を確認した。


「ショーエンさん!」

 とライド達が声を上げる。


 更に後ろからはティアとシーナも駆けつけて、イクス達のところに合流する事が出来た。


「大丈夫?みんな!」

 とティアは言いながら、何事が起っているのかと辺りを見回して状況を把握しようとしている。

 シーナはミリカの腕を掴み、

「無事で何よりなのです」

 と言って安心させてくれた。


 △△△△△△△△△△△△


「さあて、これは一体何事だぁ?」

 と俺は、目の前に居る大勢の大人達を見て言った。


 大人達は、色とりどりのローブの様な服を着ているが、表情は一様に無表情だ。

 しかも、どことなく見覚えのある男の顔もちらほら見え隠れしている様だ。


「お前ら、いったい何者よ?」

 と俺は言い、集団の前で仁王立ちになった。


 数秒を無言で待ってみたが、誰も答えようとはしなかった。


「ふうん・・・」

 と俺は声にしながら、情報津波を使ってみた。


 すると俺の頭の中がぐにゃりと歪み、大量の情報が流れ込んでくる。


 ここに集まっている大人達は、クレア星から俺達と一緒の宇宙船に乗って来た「移住者グループ」の者達の様だ。


 船を降りてすぐに中型宇宙船に乗り継ぎ、バティカの神殿に降ろされた。

 神殿の中には自らを魔術師と称する初老の男が居て

「よくぞ来た!召喚魔法によって導かれし者達よ!」

 と言って、みんなにコップ1杯の飲み物を与えた様だ。

 そして、その飲み物を飲んだ後、皆は意識が朦朧もうろうとし、やがて意識を失った。

 気がつけば色とりどりなローブを着せられて神殿の長椅子に座らされており、皆の目が覚めたあたりで魔術師が演説を始めたらしい。


「神が授けし人間の種子と器の者共よ、我らの法に従い、なんじらの役目を果たせ」

 と魔術師が言うと、デバイスを通じて指令が届いた様だ。

 そして衛兵に引かれるままに神殿を出て、門をくぐって今ここに集まったようだ。


 そこまでの情報を得て、俺はギュっと目をつむって情報津波を払った。


(人間の種子と器ってどういう事だ?)


 そんな事を思いながら俺は、


「お前達は人間の種子と器なんだってな。 これからどこに行くんだ?」

 と訊いてみる事にした。


 無表情なプレデス星人達の集団は何も答えなかったが、門の奥から金の刺繍で彩られた白いローブを着た初老の男が現れ、驚いた様に俺達の方を見て、

「お主らは何者か?」

 と訊いてきた。


 なるほど、こいつが「魔術師」か。


 俺は両手を腰にあて、両足を肩幅に開いて仁王立ちのまま、

「俺たちは、龍神クラオのめいにより、地上に降りた神の使いだ。俺の名はショーエン・ヨシュア。お前も名を名乗るがいい」

 と、昔見たファンタジー小説に出て来る「神の使い」をイメージしながら名乗ってみた。


 自称魔術師は、

「龍神クラオ様の?」

 と言っていぶかに片方の眉を上げ、

わしは王宮魔術師、ルーク・スージと申す者じゃ。龍神クラオ様の御使いと申したな。そのあかしはお持ちかな?」

 と、どうやら俺達を疑っている様子だ。


あかしとは? 何を見せれば信じるつもりだ?」

 と俺は言い、デバイスでティアとシーナに無音通信で「俺のそばに来い」と伝えた。

 俺が仁王立ちしているところに、後ろからティアとシーナが歩いてくる。

 ティアが俺の右側に、シーナが俺の左側に立った。


 それを見た自称魔術師は、門の方を見てあごを振り、二人の兵士を呼び寄せた。


 金属のヨロイを全身にまとった兵士が二人、ガシャガシャと歩み寄って自称魔術師のそばひかえた。


 自称魔術師は、ふぉっふぉっと笑い

「証とは、神にしか成せぬ奇跡の事よ」

 と、結構な無茶を言ってくる。


 海でも割って見せればいいのかも知れないが、ここには海なんて無いし、そもそもそんな事できないしな。


「ふうん・・・、奇跡ねぇ・・・」


 とつぶやきながら俺は、自称魔術師を見て情報津波を使った。


 すると、ざわざわと頭の中がざわめき、自称魔術師の情報が流れて来る。


 スーシル・シャラー72歳。テキル星で生まれたプレデス星人直系の子孫。幼少より女っぽい名前をイジられてきた苦い経験から、大人になってルーク・スージという架空の名を名乗って流浪るろうの魔術師として王宮への就職を志願。

 実家は初代テキル星開拓団の家系。神殿が出来る前の研究所で、デバイスの製造をしていた先祖が残した「デバイス製造機」を使って自らにデバイスを装備。

 本来は貴族の家系だが、デバイスの使用が王家にしか許されていない為に貴族扱いしてもらえず、デバイス製造機の存在を秘匿ひとくして、コソコソとインチキ魔術師として王家で働く。

 デバイスにより使える情報技術を使って、王家に内緒で宇宙基地に移住者を呼び寄せ、それを「召喚魔術」と呼んで魔術師をかたり、王家を影であやつるる王宮魔術師・・・


 俺は自称魔術師の方を見て、ニヤリと不敵に笑って見せた。

「よお、魔術師とやら。神の奇跡を見せてやるのはいいが、それをすれば、お前にとって不都合な事が起こるやも知れんぞ?」

 と言って腕を組み、「なあ、スーシル・シャラー」

 と自称魔術師が秘密にしている本名で呼んでやった。


 自称魔術師がギョッとして俺を見ると、

「な、だ、誰の事を言っておるのじゃ? 儂は王宮魔術師、ルーク・スージじゃ」

 と見るからに慌てている様子だ。


「そうかそうか、ルークとやら。ところで、俺とこの二人は夫婦でな。王城の神殿で結婚のちぎりを結んだ訳では無いんだが・・・」

 と言ってデバイスを起動し、結婚の証を自称魔術師のデバイスに送信し、

「誰が俺らの結婚を承認したのか、その名を呼んでみるがいい」

 と言った。


 自称魔術師はデバイスで俺達の結婚の証明情報を見ているはずだ。


 その証拠に、自称魔術師の顔がみるみる青ざめて足がブルブル震えているし、今にもその場に座り込んでしまいそうじゃないか?

 だんだん息も荒くなっているし、額に脂汗がにじみ出てきているぞ。


「ま・・・、まさか・・・」

 とやっと絞り出した声も震えているし、口の端からはヨダレが垂れているじゃねーか。


「よお、魔術師とやら。俺の名前を言ってみろ」

 と、まるでどこかの世紀末の悪人の様なセリフを俺は放った。


 前世で子供の時に流行ったんだよね、このセリフ。

 特にイジメっ子の間でな。


 ガクガクと震える足から力が抜けた様に、自称魔術師はその場に座り込んだ。

 兵士が

「ルーク様!」

 と言って身体を支えようとするが、

「愚か者! 頭が高いわ!!」

 と兵士を叱責して、その場で土下座の様に頭を地面にこすり付けた。

 それを見た兵士二人も、慌てて膝を付いて両手を地面につけて頭を下げている。


「お、おお、お許し下さい御使い様~!」

 と言って突っ伏している自称魔術師を見て、

おもてを上げよ、魔術師よ」

 と言いながら、俺はメルス達の方を見て「もう大丈夫だ」とデバイスでメッセージを送った。


 ふうっと俺の背後でみんなが息を吐くのが聞こえた。


 初めての異世界で、いきなり訳の分からん不気味な集団に囲まれりゃ、そりゃ怖いよな。


 ゆっくりと顔を上げるルークと名乗る自称魔術師を見下ろしながら、

「お前に訊きたい事がある」

 と言って、ゾンビの様に立ち尽くしている集団を指さし

「これは何だ?」

 と訊いた。


「ははあっ!」

 とルークは頭を下げ、「こ、これは・・・」

 と言ったきり言葉が出てこない様だった。


 俺は、先ほどの情報津波で得た内容から、色々な可能性を考えていた。


 人間の種と器ってのは、男と女の事を指しているんだろう。

「我らの法」「役目を果たせ」みたいな事を言ってたが、おそらく人間の繁殖をしろって事なんだろう。

 しかし、プレデス星人の直系同士で繁殖させるつもりなのか、現地の人類との間で繁殖させるつもりなのかが分からない。

 しかも、薬で頭を空っぽにされて子作りさせられるなんて、まるで奴隷のような扱いじゃねーか。


 ・・・・・・奴隷?


 本物のプレデス星人の遺伝子を持つこいつらを奴隷にして売れば、かなり高値で売れるだろうな。


 俺はルークの顔を上げさせ、

「なるほど、お前は奴隷商にまで手を染めているのか・・・」

 と、可能性の一つだが、カマをかけるつもりで言ってみた。


 すると、

「な・・・、何故それを・・・」

 と、ヨダレどころか鼻水やら涙やらで自称ルークの顔がぐちゃぐちゃになっている。

 しかもこのセリフだよ。

 ほんとプレデス星の血筋ってのは、解りやすい性格してるよねぇ。


「何故それを、だと?」

 と俺は言いながら、自称ルークの顔を見下ろし、「俺達は、龍神クラオの使いだと言ったはずだが?」

 と、威圧する様に言った。


 自称ルークはもう、息もえだし、このままイジめ続けたら本当に死んでしまいそうだ。


「まあ良い。俺達はさっき地上に降りたばかりだ」

 と言いながら、「とりあえず王城に入れろ。そして、国王に会わせろ」

 と命じる事にした。


 自称ルークはベトベトになった顔を上げたかと思うと

「は、はいぃぃ! 今すぐにぃ!」

 と言って、兵士たちに

「すぐに御使い様のお部屋を用意させろ!」

 と命じると、兵士たちは

「ハッ!」

 と敬礼し、クルリときびすを返してガシャガシャと音を立てながら走り去って行った。


 自称ルークは、ガタガタと震えながらも立ち上がり、

「あ、あの・・・、こちらへどうぞ」

 と俺達を門の中へと招いた。


 100人近いゾンビ状態の大人達も門の中に戻って来た。


 自称ルークを先頭に、俺達7人が歩く後ろからゾロゾロ付いてくる100人の大人達。


 なんて絵面だよ、まったく!


 俺達は早朝に上空から見た神殿の前で待たされ、自称ルークは100人近い大人達を神殿の中に誘導して神殿の扉を閉じて施錠した。


 そしてすぐに俺達の前に戻って来て、

「お待たせ致しました。こちらで御座います」

 と言って王城の正門の方に歩いてゆく。


 俺達は自称ルークに言われるままに正門前まで歩き、王城の正門を守る2人の騎士に

「龍神クラオ様の御使い様をお連れした。扉を開けよ」

 と指示をした。

「ハッ!」

 と返事をした二人の騎士は、キビキビした動きで高さ3メートルはある木製の扉を開き、自称ルークと俺達を通した。

 騎士たちは直立して微動だにしないが、俺達が引いている、宙に浮くキャリートレーを不思議そうに見ているのが分かる。


 よくよく見れば、自称ルークも時々チラチラとキャリートレーの方を見て、ビクビクしているのが分かった。


 なんだ、最初からキャリートレーを見せておけば、神の使いだって信じたんじゃないか?


 と思ったが、まあそれではいきなり王城に入れるくらいのインパクトは無かったかも知れないし、結果オーライだ。


 王城の正面玄関を潜ると、綺麗に磨かれた石のタイルが敷き詰められたエントランスホールが広がり、正面には2方向から2階に登れる階段があった。


 階段を登り切ったところはテラスの様になっていて、その奥の壁には家族の肖像画らしき絵が飾られている。おそらく国王とその家族なのだろう。王妃と二人の子供、王子と姫の姿も描かれている。国王はプレデス星人らしく白い肌にそれほど彫りの深くない顔立ち。金髪を肩まで伸ばしてカールさせた感じは、まるでトランプカードのキングの絵みたいだ。王妃も金髪でまつ毛が長い美人さんだ。王子も姫も4、5歳くらいの時の絵だろうか、王子は王妃の手を握って立っていて、姫は国王の腕に抱っこされていた。


 俺達は右側の階段から登ってゆき、肖像画の前を通り過ぎて2階の廊下を進んで行った。


 廊下の奥には扉が開け放たれた広そうな部屋が見えていて、紺色のローブを着たメイドらしき若い女が二人、部屋の前で少し頭を下げたまま控えていた。


 自称ルークはメイドらしき二人に

「準備はどうか?」

 と短く言い、

「お茶と菓子をご用意しております」

 とメイドも端的に答えた。


「ささ、こちらへお入りくだされ、御使い様方」

 と、気持ち悪い位に愛想のいい初老の自称宮廷魔術師は、俺達を部屋の真ん中の大きな丸テーブルへと招き、それぞれの席に座る様に促した。


「最高のお茶と菓子をご用意致しました故、国王を呼んで参る間、しばしこちらでお待ち下さいませ」


 と自称ルークはそう言い、足早に部屋を出て行った。


 メイドらしき女が部屋の扉を閉め、テーブルのカップにお茶を注いでいく。


 俺は注がれたお茶が入ったカップを見て、軽く情報津波を試してみた。


 ハーブと麦をブレンドしたハーブティー。

 心を落ち着かせる効能があると信じられているが、化学的な根拠は無い。


 ・・・だそうな。


 ま、この期に及んで毒を盛るようなタマでも無いか。


 俺はカップを手に取りお茶をすすった。


 そして、部屋の中をぐるりと見回したが、いくつかの家具が据えられていて、家具の上に高級そうな調度品が飾られている以外は、これといって何も見つからなかった。


 のだが、俺以外の他のメンバーにとっては、目新しいものばかりだったようで、特にミリカはここに来るまでに見てきた鎧や衣装について、デバイスに記録を溜め込んでいる様だ。


「ねえ、ショーエン」

 とティアが俺に話しかけてきた。


「どうした?」

 と俺が訊くと、ティアは部屋の中をグルリと見回す様にして、

「この部屋、電気で照明を点けてるんだけど」

 と俺はティアに言われてハっとした。


 確かにそうだ。


 さっきまで俺も部屋の中を見回してたのに、あまりにも見逃していたぜ。


 今朝、街を歩いていた時は、どこも電気が点いていなかったから、「この世界には電気が無いものだ」と思って気にもしなかった。


 そして今、王城に入ってからは、電気が点いているのが当たり前過ぎて「電気があるのが当然だ」と思ってしまった。


 この世界は中世ヨーロッパ程度の文明レベルだとクラオ団長は言ってたはずだ。


 街は確かにそんな感じだったのに、この王城は電気があるし、王族はデバイスも装備している。


 宇宙船アリア号で見たテキル星の映像で、バティカに攻め込んだ現地人達をプレデス星の技術で駆逐したって説明がされてた。


 俺はてっきり、バティカ国全体が技術力の発達した国で豊かな生活をしていたから他国が羨んで攻めてきたのだとばかり思っていたが、他国から見える範囲では技術力の発達なんて見えていないはずなのだとすると、他国は一体、バティカ国の攻めて来たんだ?


 俺がそんな事を考えていると、扉の外で

「国王が参りましたぞ」

 と自称ルークの声が聞こえ、メイドたちによって扉が開かれた。


 俺達は扉の方を見た。


 そこには、肖像画の通りの国王の姿があり、その陰に隠れる様にドレスを着た王妃の姿もあった。


 国王は部屋の中に数歩進んで立ち止まり、右手を胸に当てて片膝を付き、頭を下げて

「龍神クラオの御使い様方。此度こたびはようこそおいで下さいました」

 と言って顔を上げ、「バティカ国王、ベネク・バティカと申します」

 と名乗った。


 国王の後ろで王妃もドレスの縁を軽く持ち上げて腰を落として目を伏せ、

「国王の妻、マリア・バティカと申します」

 と名乗った。


 俺は席に着いたままお茶を一口啜り、

「龍神クラオの使い、ショーエン・ヨシュアだ」

 と名乗り、「国王とその妻よ。席に着くがいい」

 と、努めて振舞う事にした。


 国王と王妃がテーブルに近づくと、メイドたちが椅子を引いて国王と王妃を席に着かせた。


「おい、ルークとやら」

 と俺は、部屋の入り口で突っ立っている自称ルークの方を見て声をかけた。

 自称ルークは、

「は、はい!」

 と突然呼ばれて驚いた様子だった。


「お前も席に着け」

 と俺は、自称ルークを席に着かせた。


 国王が信頼する魔術師をぞんざいに扱う俺を見て、国王と王妃が面食らっているのが分かる。


 そして俺は全員が席についたのを確かめると、もう一口お茶を啜ってカップをテーブルに置いた。


「龍神クラオの御心を伝えるぞ」

 と俺は国王の顔を見ながら言った。


 国王と王妃は軽く頷き、俺の次の言葉を待っている。

 自称ルークは、ゴクリと唾を飲み込んで、次に俺が何を言うのかと恐れている。


 俺は一同の顔を眺めながら口を開いた。


「龍神クラオは、お前達の統治に失望しているぞ」


 と俺が一言そう言うと、国王と王妃は青ざめて、

「ま、まさか・・・」

 と声を漏らして自称ルークの方を見た。


 自称ルークは

「こ、国王・・・ これは・・・ その・・・」

 としどろもどろだ。


「昨夜、天より神の下僕が召喚された事は知っているか?」

 と俺は国王に訊いてみた。

 すると、国王は

「い、いえ・・・ 存じませぬ」

 と答えた。


 俺は続けて

「そこのルークとやらが召喚したという事だが?」

 と言うと、国王と王妃は自称ルークの方を見て


「ルークよ、それは誠か?」

 と訊いた。


「そ・・・、それは・・・」

 と自称ルークは言葉に詰まる。


「ルークとやらは、神の下僕を召喚し、怪しげな薬で惑わした下僕を、奴隷としてどこぞに売り捌いているようだぞ」

 と俺が言うと、自称ルークは口から泡を吹いて今にもその場で昇天してしまいそうだ。


 だが俺は続ける。


「龍神クラオは、下僕を奴隷にしたお前達を許さんそうだ」


 と言うと、国王もガタガタと震えだし

「そ・・・それは・・・ この国が神の裁きを受けるという事でしょうか?」

 と、ルークを責める事もできずにいる様だ。


 よし、そろそろだな。


 と俺は、恐怖に震える国王達と、今にも気絶しそうな自称ルークの姿を見ながら思った。


 俺は、カップに残った残りのお茶を飲み干して、空になったカップをカチャン!と音をたててテーブルに置いた。


 その音で国王達の身体がビクっと跳ねた。


「龍神クラオは、その裁量を俺達に委ねられた」

 と言って俺は腕を組み、

「そして俺達に、この世界を旅して世界を正して回れと命じられた」

 と言った。


 別に嘘はついていない。

 かなり脚色はしてるけど。


 相手を手玉に取るには、まずは恐怖させてから「救済策を見せる」のが定石だ。


 絶望的にビビリまくった後に、助かるかも知れない「一筋の光明」を見せれば、自分の身が可愛いだけの利己的な人間は、必ずと言っていいほど、この「光明」にすがり付く。


 ここでいう「絶望」とは「龍神の怒り」であり、「一筋の光明」とは「俺達の言う通りにする事」だ。


 国王達は、見事にその策にはまった。


 国王は席を立って膝を付き、

「御使い様・・・ どうぞ我々に何なりとご命じ下さい」

 と俺に向かって頭を下げた。


 俺は頷き、

「いいだろう。では、旅の準備が整うまでは、王城に我々の住まいを準備するが良い」

 と言って立ち上がり、

「俺とティアとシーナを同じ部屋に、イクスとミリカを同じ部屋に、そして、ライドとメルスを同じ部屋に。3つの部屋を準備せよ」

 と言うと、国王はその場に居るメイドたちに

「すぐに斯様かように準備せよ!」

 と命じた。

 更に、

「ライドとメルスは旅の車を手ずから創造する。必要な道具と材料はライドとメルスより下知を受け、その準備に励め」

 と言った。


 よし、これでとりあえずの宿と食事は確保できたし、乗り物を作る準備もできるだろう。旅に出る前に国王に金を出させれば、当分資金に困る事も無いはずだ。


 俺がそんな事を思っていると、ミリカとイクスが俺の方を見て

「ショーエンさん、できれば私達の準備もお願いできませんか?」

 とデバイス通信で送って来た。


 なるほど、確かに。


 俺は頷き、

「さらに、ミリカは我々の衣服を手ずから創造する。あらゆる生地をミリカに与えよ」

 と言い、「最後に一つ。イクスは神の食事を司る御使いである。王城の厨房への出入りをさせよ」

 と付け足した。


 国王は深々と頭を下げて

「仰せのままに!」

 と言い、自称ルークの方を見て

「ルーク! 名誉を回復したくば、御使い様の仰せの通りに準備せよ!」

 と言い放った。


「し、承知致しました!」

 と自称ルークは年に似合わない鋭敏な動きでその場から逃げる様に部屋を出た。


 一通りの要望を伝えた俺は、国王と王妃の顔を交互に見ながら、

「大義であった。あとは良きに計らえ」

 と言って、席に着いた。


「はは!ありがたき幸せ!」

 と国王と王妃は席を立ち、

「御使い様の部屋の準備はまだか!」

 とメイド達を急き立てている。


 まあ、一生懸命なのは分かるけど、何も悪くないメイドさんたちをそんな怒鳴ってやるなよな。

 メイドさんたちも可哀相にな。


 ま、恨むなら自称ルークを恨むんだぞ。


 俺はお茶のカップを手に取り、


「あ・・・」


 と言って、カップをテーブルに戻した。


 カップの中身は空っぽだった・・・

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