第16話 学園編(12)新たな旅立ち

「おお・・・ これはなかなか壮観そうかんだな・・・」


 俺は眼前に広がる、華やかな生徒達の明るい表情を見て、思わずそうつぶやいた。


 少し時間を巻き戻そう。


 今朝俺は、目が覚めていつも通りに筋トレをしてシャワーを浴びた。


 そしてシャワーを出ると、自室の壁面モニターにこんな表示が出ていた。


 ・本日より、学生は制服を着用して下さい。

 ・制服は、支給されたものを着用して下さい。

 ・着用方法は以下の通り。

 ・・・・・・・・・


 みたいな感じだ。


 で、俺の元にも学校から制服が支給されていて、そのデザインは俺がデザインしてミリカが作った、いつも俺が着ているものと同じものだった。


 で、俺はいつも通りに制服を着て、食堂に向かうべく廊下に出てみると、廊下には既に5人の生徒が制服を着て食堂に向かうところだった。


 その5人は赤い色を基調とした制服で、ティアが着ていたものと同じデザインになっていた。


 あれ? 俺のは白を基調としたデザインのままなんだが・・・


 と思いながら食堂まで行ってみると、そこには色とりどりの制服を着た生徒達の姿があった。


「おお・・・ これはなかなか壮観そうかんだな・・・」

 と俺が呟いたのはこの時だ。


 で、食堂の中を見回して、いつものテーブル付近を見てみると、そこには白を基調にしたデザインの制服を着た6人の集団があり、よく見れば馴染みのAクラスメンバーが揃っていた。


 俺はみんなが居るテーブルに歩み寄り、

「よお、みんなおはよう!」

 と声を上げると、6人が一斉に立ち上がり

「おはようございます!」

 と言って一礼した。


 何だか、前よりも運動部のノリが増してるんじゃねーか?


「ショーエンさん!今私は、とても感動しています!」

 とミリカが両手で自分の身体を抱きしめる様な仕草をしながら「私が制作した衣服を、この学園の全生徒に着られているという事が、まるで夢の様です!」

 と喜びを抑えきれない様子だ。


 俺はテーブルの前で立ったままのみんなの顔を見まわし、そしてミリカの顔を見た。

「ああ、良かったなミリカ。これは俺達みんなで成し遂げた成果なんだ。みんなが定期試験で400点以上の成績を達成したからこそ、この短期間で学園を納得させる事ができたんだ」

 と俺は言い「だからこの成果は、皆が誇りに思ってくれ」

 と付け足した。


 そうだ、このみんなの満足そうな顔。


 これが見たかったんだよ。


 こうして皆が自尊心じそんしんを育み「自分という存在を認める事」が出来る様にしたかったんだ。


 それに、自分を「自分」として認められる事はとても大切な事なんだ。


 それぞれの人間は、社会の中で役割を見つけ、その役割の中で「歯車」になる。


 その歯車が健全に機能して社会がうまく回っているのが今いる世界だ。


 歯こぼれがある歯車は簡単に排除されて、別の健全な歯車に入れ替わられる。


 効率的だが冷徹。

 今の社会はそんな感じだ。


 でも、歯こぼれのある歯車があった場合、解決策って本当に取り換える以外に方法は無いのか?


『お前の代わりなんて、いくらでも居るんだよ』


 前世の職場で何度も聞かされた言葉だ。


 でも、ペラペラの歯車でも沢山の数を重ねれば、たとえその中に一つくらい歯が欠けた歯車があったとしても、周りの歯車の力で、欠けた歯車の役割を手伝う事が出来ると俺は思っている。


 その為に必要なのは、歯車同士の結束力だ。


 その結束力を高める為には、やはりこうした制服の着用は効果が高い。


 前世の社会で世界的に制服が浸透していたのは「軍隊」だった。

 軍服を着る事で規律を正し、士気を高めていた訳だ。

 

 日本はもっと多くの分野で制服が使用され、職場や学校などでも制服による「規律を正し、統率力を高める」という効果を担っていた訳だ。


 俺は制服を着たみんなを再度見渡してから、ふと気になっていた事を聞いてみる事にした。


「ところで、俺達はみんな白い制服だが、他の連中は色々だよな」

 

「そうですね。Aクラスが白、Bクラスが赤、Cクラスが青、Dクラスが緑に区別されているみたいですね」

 とメルスが教えてくれた。


「なるほど、そうだったんだな」

 と俺が言うと、今度はライドが不思議そうに、

「てっきりショーエンさんがそう提言したのかと思っていました」

 と言って俺を見た。


「いや、俺が提言したのはピグマリオン効果についてだ。なので、その区別は役割別でもクラス別でも何でもいいと思ってたんで、その裁量は学園側に委ねたんだ」

 と言って辺りを見回し、「結果的に、学園はクラス別に色分けしたって事みたいだな」

 と言ってみんなの方を見た。


「でも、私はショーエンが着ていたのと同じ色が着られて嬉しいわ」

 とティアが言い、シーナも、

「ショーエンの様に、すごい事が出来る気さえしてくるのです」

 と続けた。それには他のみんなも同意見の様で、

「私たちは、ショーエンさんと同じ制服を着られる事を、とても嬉しく思っています」

 なのだそうだ。


 ハハッ、なんだか照れちまうな。


 俺は気を取り直して、

「さて、そろそろ朝食の注文に行こうぜ」

 と俺はみんなを促し、キッチンカウンターの方に向かうのだった。


 △△△△△△△△△△△△


 今日の授業が終わった後、シリア教官が俺達に、教室に留まる様にと言った。


 シリア教官は壇上に上がり、俺達の顔を見回し、一度大きく呼吸をしてから口を開いた。

「君たち1年Aクラスは、今回大きな成果を出してくれた。これは学園にとっても非常に良い結果と評価されている」

 とシリア教官は前置きした上で、「この成果は、学園創設以来、いや、クレア星の開拓以来の快挙と言える。その成果はさらに発展を続け、いずれこの星に定着する文化になるものと思われる」

 と、褒めてくれてる割に、あまり快く思って無さそうな表情で言った。


 シリア教官は更に続けた。


 話の内容はこうだ。


 俺達が作った制服の制度はクレア星史上初の大成果で、これ自体は良い事なのだが、他にも、新しい食材や調味料、新しい乗り物、更に通信や発電の開発に至るまで、クレア星の文化の安定を脅かすレベルの高次元な研究開発が、もはやシリア教官のレベルを超えているという評価に至ったらしい。


 つまり、俺達は既に、シリア教官の学力や技術力を超えてしまったという評価だ。


 おお、スゲーな。


 そこで学園が提示してきたのが、次の3つの選択肢だ。


 1. 特別に学園を卒業できるものとし、惑星開拓団への入団を認める。

 2. 学園生のまま、惑星開拓団が現在開拓中の惑星に移住し、現場で学びながら惑星開拓を実践する。

 3. 学園に留まり、教官になる。


 なんだよ、すげー選択肢だな。


 1番は、元々目指していた事だから、これは選択肢の一つとして妥当だろう。


 2番は、学生のまま今後のカリキュラムを変更し、実際に開拓団が居る惑星で仕事を体験できるというものだ。

 これはかなり魅力的な選択肢だ。いわばインターンシップの制度が出来るって事だもんな。

 後世にも事例として残せるなら、これほど魅力的なプランは他に無いだろう。


 3番は、学園側の要望ぽい感じがするから、これは却下だ。


 となると、俺が独断で決められるなら2番ってところだが・・・


 俺は立ち上がってクラスメイトの方を見回した。

「お前達はどうしたい?」

 と俺が訊くと、ティアとシーナは

「ショーエンと一緒に居たい」

 と即答だった。メルスとライドも頷いて、

「僕たちもショーエンさんと共に活動がしたいです」

 と言った。


 イクスとミリカは少し考えてから

「私たちも同じ意見ですが、私たちの研究がショーエンさんのお役に立てるかどうかが分かりません。なのでショーエンさんに決めて頂くのが最良の方針なんだと思います」

 と言って俺を見た。


 俺は頷き、口を開いた。


「俺は、2番の選択肢を選ぼうと思う。学生のまま他の惑星に移住し、実践的な学びを得たいんだ。そして、イクスとミリカの研究は、その世界では大いに役に立つと確信しているぞ」


 するとイクスとミリカは、

「良かった! それなら私たちの意見も皆と同じ、ショーエンさんと共にありたいです!」

 と二人は声を合わせて言った。


 俺は頷いて振り返り、シリア教官を見て、

「シリア教官。条件付きで、2番目の提案を受け入れたいと思います」

 と言った。シリア教官は

「条件とは?」

 と訊いてきた。


 俺は迷う事なく、

「俺はティアとシーナを妻にめとるつもりです。なので、一夫多妻制の法が確立した惑星への移住を希望します」

 と言った。


 シリア教官は少し驚いた風だったが、ため息と共に首を横に振り、

「私の理解力で君を測ろうというのが土台無理な話なのでしょう」

 と言って顔を上げると、「分かりました。その条件に合う惑星を検索してみましょう」

 と請け合ってくれた。


 シリア教官には、学園側から俺達が移住する惑星の候補が既に渡されているらしい。

 その中から一夫多妻制の法が整備されている惑星は、たった一つしか無かった。


 その星の名は・・・


「テキル星です」


 とシリア教官は言ったのだった。


 △△△△△△△△△△△△


 その日、俺達は教室を出た後、緊急会議をする為に俺の部屋に集う事になった。


 俺達がこの学園に居られる期間が、残り1ヶ月間と示されたからだ。


 これは俺も驚いたが、他のメンバーはもっと驚いていた。


 イクスは開発したメニューを食堂メニューにしたがっていたし、ライドもクレア星の他の都市への移動手段として人力飛行機を普及させたがっていた。


 ミリカは学園の制服化で実績を積んだばかりで、これからもっと色々なデザインを普及したいと考えていた矢先の出来事だ。


 ティアとシーナの研究は移住先でも構わないが、何よりも、俺の「学園ラブコメ化プロジェクト」の本番はこれからだったのに!


 などと言ってても始まらない。


 残り1ヶ月間の学園での過ごし方と、テキル星に移住した後の計画について、俺達は色々と考えなくてはならなくなったのだ。


「まず、この学園に居るうちにやっておかなければならない事をまとめるぞ」

 と俺は言いながら、壁面のモニターにリストを記入しだした。


「まず、ミリカに頼みたいのがコレだ」

 と俺はリストの上から順に説明してゆく。

「ミリカには、この学園に居る間に、パジャマを作って欲しい」

 

「パジャマとは何ですか?」

 

「パジャマってのは、寝る時に着る衣服の事だ」

 と俺はリストを指さしながらそう言った。


 この世界にはパジャマが無い。

 これまでは裸で寝るか、ローブを着たままで寝るかしか無かったが、それでは自然な睡眠で熟睡する事は出来なかった。


 おかげで睡眠誘導装置を使う事になったんだろうが、本来人間の身体にはバイオリズムと呼ばれる身体のリズムがあって、睡眠ってのはそのリズムに合わせて摂るのが一番身体への負荷が少ないはずだ。


 しかも、人間は寝ている間は意外に汗をかく。


 既存のローブだと吸湿性が悪いので、寝汗をかくと、背中がかゆくなったりするのだ。


 俺達が作った制服だが、これには綿生地で作ったシャツと下着がある。

 ミリカ達もこの下着の効果は絶賛していたので、吸湿性に優れて肌触りの良いパジャマは、睡眠の質を各段に向上させるはずだ。


 一通りの説明を終えるとミリカは納得した様で、

「分かりました。早速作成に入り、パジャマを学生寮の指定夜間着にしてみせます!」

 とやる気充分だ。


「よし、じゃあ次はイクス」

 と俺はイクスの方を見た。イクスも呼ばれて俺の方を見て頷く。


「イクスには、これまでに作った料理のレシピと、これから作る料理のレシピを、食堂のメニューに出来る様に準備してほしい。もちろん食材の栽培方法、調味料の作成方法も公開してほしい」

 と俺が言うと、イクスは頷き、

「食材の栽培方法は既に記録を残しています。これまでに作ったメニューもレシピをまとめていますので、あとはこれから作る新しいメニューのレシピを出来るだけ早急に作る様にします」

 と応えた。


「よし、さすがイクスだ。その調子で頼んだぞ」

 と俺は言い、次にライドの顔を見た。

「メルス、お前にも頼みたい事がある」

 と俺が言うと、メルスは

「何なりと」

 と短く返した。


「メルスには、サイクリングマシンを作ってほしい」

 

「それは、どのような物ですか?」

 

「サイクリングマシンってのは、お前がライドと一緒に作った飛行機のプロペラを回すペダルを使った機械で、椅子とペダルだけの機械の事だ」

 と俺は説明を始めた。


 ペダルは任意で重さを変えられる様な仕組にし、単純に学生の運動不足を解消する為のものだ。


 プレデス星の出身者は、あまりにも運動が足りていない。

 学生寮の部屋には重力制御室があるので、やろうと思えば運動は出来るのだが、ほとんどの学生が、あれはクレア星の重力に慣れる為のものだと勘違いしている。

 しかも、食堂のメニューで、肉のメニューがある割に、摂取したたんぱく質を筋肉に変える運動をしないままでいるから、身体が栄養を吸収しやすい流れにできていない。

 有酸素運動によってもっと新陳代謝を活発にし、筋肉を活性化させる事によって、全身の血流を良くすれば、頭の働きも良くなるはずだ。


「サイクリングマシンの試作機はどれくらいで作れそうだ?」

 

「これくらいの事でしたら、明後日には完成させられます」

 とメルスはこともなげにそう言った。


 ほんと頼もしい奴らだぜ。


 こいつらはデバイスをフル活用していて、頭の中に複数のアバターを生成し、研究所のロボットや設備を使って様々な研究や試作品の作成を行っている。


 俺も3つくらいのアバターを生成して同時作業をさせる事が出来るが、実際のところ、アバターを作って作業をさせる事に依存はしていない。


 何故なら、別の惑星に行って、そこがクレア星の様な技術発展をしていなければ、それらの能力は全く使えないからだ。


「私たちは何をすればいい?」

 とティアとシーナが訊いてきた。


 そう、この二人には、俺が一番やってもらいたい事がある。


「お前達には、カウンセラーをやって欲しい」

 

「カウンセラー?」

 と二人はくびをかしげる。


「そうだ、カウンセラーだ」

 

 この学園に制服が導入された。


 しかも、クラスによって制服の色を変えている。


 つまり、制服の色によって、その人間の将来性が見分けられる様になったという事だ。


 白い制服を着ているAクラスの学生は、同学年の生徒全員の憧れの的となり、赤い制服を着ているBクラスの者も、最もAクラスに近い存在として、憧れと向上心の対象となる。

 青い制服と緑の制服の生徒が一番人数が多いうえ、CクラスとDクラスの学力の差は微々たるものなので、青い制服の者達と緑の制服の者達は、お互いがライバルとしてBクラスの赤い制服を目指す様になる。


 しかし、どう頑張っても個人の力では勝てないと考えた時、自分の欠点をおぎなえるパートナーと勉強をする事で、自分の弱点を克服する事が出来るという事を、俺達は前回の定期試験の成績で証明して見せた。


 それは男同士の場合もあるだろうし、女同士の場合もあるだろう。

 しかし、男女がパートナーとなった時、そこには恋心が生まれる可能性が高くなる。


 良くも悪くも「恋に目覚めた男女」は、勉強の成績を良くしようとしたはずなのに、パートナーの事が気になって勉強に集中できなくなる事もある。


 そんな時、既に恋を経験した上で好成績を残した実績のある「学園の憧れの的」ことAクラスのティアとシーナが、そうした悩める女子達のアドバイザーになれば、そうした問題も解決できるはずという訳だ。


「男子の方は俺が担当するが、女子の相手は、ティアとシーナに任せたい」

 と俺が説明を終えると、ティアとシーナは頷き、

「分かった。任せて」

 と言った。


「で、ここまでが、学園に居る間にやっておきたい事だが・・・」

 と俺はモニターの表示をテキル星の情報に切り替え「ここからが、テキル星に移住した後の俺達の行動についてだ」

 と言って、テキル星の情報について説明を始めた。


 テキル星は、クレア星から宇宙船の光速航行でも5か月かかる位置にある。


 重力はクレア星の6割程度で、人口は現時点で25億人程度。


 文明の発展レベルは、水道が整備されている以外は、電力も無いし通信網も無い。

 火を使う文化はあるが、ガスが供給されている訳じゃない。


 大陸には石油資源はあるが、油を精製して流通する文化は育っておらず、ましてや生地やプラスチック製品等への精製など認知さえされていない。


 俺達は惑星に移住するが、惑星上空に停泊している宇宙船とはデバイス通信が可能で、高度な研究や実験を行う場合は宇宙船の中の施設を利用しても良いらしい。


 ただ、原則として「その惑星にある資源だけで自給自足できる事」が惑星開拓のルールなので、現地人への技術的な支援は最小限に留める様にという事だ。


 まあ、学園生活の一番最初にシリア教官から聞いた話でも「星と共生する」だの、「星に命を吹き込む」だのと、やたらと惑星自体の生態系を大切にしようって内容が多かったもんな。これもそういう事の一環なのだろう。


 今回の俺達は学生としての身分のまま、特別体験実習生という形でテキル星に移住するので、テキル星での活動を終えたら一度クレア星に返ってこなければ学園を卒業して正式な惑星開拓団員になる事が出来ない。

 なので、宇宙船で往復する期間を差し引くと、テキル星での生活は約3年間という事になる。


 その3年間で俺達は惑星開拓団の仕事を出来る限り学んで身に着け、もし可能ならばテキル星をもっと豊かな惑星にしてからクレア星に帰って来れる事が望ましい。


「その為には、だ」

 と俺は言って一息つき、モニターに別の情報を表示した。

 みんなは固唾かたずを飲んで俺の話に聞き入っている。


「その為には、現地で生活する人間達と、積極的にコミュニケーションをとる必要がある」

 と俺は説明を続けた。


 詳しい話は、現地を統括している惑星開拓団員から情報を得なければならないが、俺達は、現地の惑星開拓団員を、その星の「神」と定義しなければならない。

 そして俺達は、地上に降りて生きる「神の御使い」という位置づけだ。


 しかし、それでは地上で生きる人間達のごく一部としか接触できなくなる可能性があるので、そうなった場合は「旅の商人」として活動する。


 惑星疑似体験センターでテキル星を体験した時、宿屋には旅商人のグループがいくつかあったのを見た。

 テキル星は旅商人が活躍できる程度には発展している訳だから、それは特色の違う他の街が存在するという事の証明だ。

 なので俺達も旅商人として生活し、色々な街に行って人々と触れ合い、現地人から直接色々な話を聞いて、そして必要な開拓を行う。

 そしてそこで対価を得て、生活費を稼ぎながら旅をする。


 仮にうまくいかなかったとしても、いつでも宇宙船に帰還する事が出来るので、飢える事は無い。


 ただし、テキル星には「人間を襲う生物」も居るはずだ。

 さらには、人間同士の争いによって「殺し合い」が起こる事だってあり得る。


 その場合は、俺達は持てる限りの技術力を使って身を守る事を最優先とする。


「そして・・・」

 と俺は、そこまで説明して深く息を吸い、「俺達の身に危険が及ぶ限りにおいて、俺達は現地人の命を奪う事もあり得る」

 と言った。


「それってつまり・・・」

 とメルスが少し声を震わせながら、「私たちが人を殺す事もあり得る・・・という事ですか?」

 と言って両手で自分の身体を抱くような仕草を見せた。


「そうだ」


 と俺は短く答えた。そして、


「もしお前達の命を奪おうとする者が現れたなら、俺は迷わずそいつの命を奪う」

 と、まっすぐな視線をメルスに返しながら言った。そして、ティアとシーナの顔を見て、

「ティア、シーナ。こんな俺が怖いか?」

 と訊いた。


 少し青ざめた顔をしていたティアとシーナだったが、俺が問いかけると、ハっと我に返った様に、

「私も、ショーエンの命を奪おうとするものが現れるなら、迷わずその者の命を奪うわ」

 と言い、シーナも頷きながら

「ショーエンの命を奪おうとするなんて不届き者は、存在してはいけないのです」

 と言った。


 俺は頷いたが、ひと息ついてから両手を上げて二人を制し

「まあ、落ち着いてくれ。お前達に言いたかったのは、俺達の中で、優先度を統一しておきたかったからだ」

 と言った。


 俺はモニターの前を左右に行ったり来たりしながら、

「まず、俺達の命が最優先である事。そしてそれが脅かされる事が無い様に、現地人とも友好的でいる事が優先事項だ」

 と言って立ち止まり、「それでも俺達の命を狙う、知能の低い生物もいるだろう。他に、強欲であるが故に人間の命を奪おうとする人間も居るはずだ」

 と少し語調を強めた。


 ここが難しいところなのだ。


 以前、惑星疑似体験センターでティアとシーナに鎧を着た騎士について説明した時にも出来なかった話だ。


 人間同士が命を奪い合う。


 食べる為でもなく、生きる為でもなく、ただ「正義」の為に。


 みんなが自分勝手に決めた独自の「正義」を振りかざし、自分が不愉快に感じる相手を「悪」だと決めつける。そうして起こる争いがヒートアップすれば戦争になる。


 前世の地球では日常的に起こっていたことだ。

 第三次世界大戦の時などは特にそうだ。


 同じ地球という惑星に生きる知的生命体同士で、しかも同じ種族の人間同士。

 更には、同じ言葉を話す人間同士が、無残にも殺し合う。


 こんな事あっていいはずがない。


 ティアやシーナ、メルスやライド、イクスやミリカ、こいつらにはこんな理不尽な事は理解がし難い事だろう。


 同じ人間同士が殺し合うなど、生物学的にも非合理的で愚かな事だ。


 そもそも、種の保存の為に愛し合って子を成すのが本能であるのに、保存すべき同じ種を殺す行為の、どこに合理性があるというのか?


 しかしあるのだ。


 合理性ではなく「傲慢と強欲」に支配された人間が。


 そして居るのだ。


「傲慢と強欲」を人間に植え付けて、人間同士を殺し合う様に仕向けた者が。


 そして、もしかしたら、テキル星の惑星開拓団員もその一味かも知れない。


 俺はそれを暴かなければならない。


 そこに、俺を慕うみんなを巻き込む事になるが、だからこそ俺がみんなを守らなければならない。


 俺はみんなの顔を見た。


 決意した様に俺を見据えるティアとシーナ。

 心配そうに俺を見るライド。

 少し不安そうにしているメルスとイクス。

 そして、イクスに寄り添うミリカ。


 みんな優秀なやつらだ。


 こいつらの代わりはどこにも居ない。


 俺がこの世界に来て、いや、前世を含めても、俺の人生で一番の財産はこいつらだ。


 だから一人も欠けてはならない。いや、欠けさせない!


「俺は、誰一人としてお前達を害する者を許さないだろう」

 と言った。そして、少し無理やりではあったが、笑顔を作ってこう言った。


「だけど、俺達は殺し合いに行くんじゃない。生きる事を学びに行くんだ。だから、テキル星での旅を、精一杯楽しもうぜ!」


「はい!」


 みんなの声は、ほっとしたような、しかし、期待を込めた力強い声だった。


 △△△△△△△△△△△△


 それからの1ケ月はとても慌ただしかった。


 最初に遂行したのはミリカのパジャマ制作だった。


 学園へのプレゼンテーションは好感触ではあったが、学園が即決で採用するとは思っていなかっただけに、ミリカは授業の合間を縫って大量生産で大忙しだった。


 次にイクスの食堂メニュー改善プロジェクトだが、これも学園へのプレゼンはスムーズに運び、食堂のメニューは2週間後には一新された。


 食堂に集う学生は歓喜し、食の充実はみんなの胃袋だけでなく、心をも豊かにしたようだ。


 そしてメルスが作ったサイクリングマシーン。


 これも学園内にトレーニング室を作る事が決まり、みんなの運動不足も解消してゆくに違いない。


 しかもこれには付加価値が付いた。

 サイクリングマシーンで得られる運動エネルギーを、ライドのプロペラ技術に活用し、更にティアの発電技術と合わせて、学生寮内に電力供給室が設置されたのだ。


 この電力供給室では、皆が発電について学ぶ事が出来、各自が開発した電化製品を試験運用する為の施設として活用できるようにするという事だった。


 ここまでの俺達の成果により、俺達はクレア政府から多額の報酬を得る事になった。

 これらの報酬は、テキル星に行った際に使える様にと、重力制御装置で稼働するキャリートレーの購入資金にした。

 キャリートレーは通常荷物を運ぶ為のものだが、人間や生き物を運ぶ事も出来るので、現地では大活躍するはずだ。


 そして俺が一番進めたかった「学園ラブコメ化プロジェクト」だが、学生達は制服の導入の後には、俺の思惑通りに人間関係が構築されてゆき、特にCクラスとDクラスでは男女のパートナーが多かった。


 男女が勉強会を行うと、やはり異性が二人きりなる事で本能的に恋愛感情へと移行してゆき、その心の変化を受け止め切れない学生が続出。


 それを、俺とティアとシーナの3人でカウンセリングをして回り、学園の特に成績が振るわない生徒達の間で多くのカップルが成立した。


 しかし、Aクラス以外は男子寮と女子寮の往来が出来ないルールは変わっておらず、彼らは休日や放課後を使って、街に出かけたり、食堂や資料室を活用して勉強やデートを行う様になっていった。


 まだまだプラトニックな関係ばかりだが、まあ学生の本分(ほんぶん)は勉強だしな。


 しばらくは、これくらいでいいだろう。


 そうしているうちに、それらの成果が俺達1年Aクラスによるものだという事が学園によって公表される事になった。


 学生達は、衣服の改革を行ったミリカ、食堂の改革を行ったイクスの夫婦を「学園の生ける偉人」として扱った。


 更に、CクラスとDクラスを軸に、男女のカップルからは、ティアとシーナを「恋の母」、そして俺の事は「恋の父」と呼ぶ様になった。


 ライドとメルスには「憧れの象徴」という謎の二つ名が付いた様だが「いったい誰が名付けたんだか」とは思うが、情報津波で知ろうとも思わないし、興味も無い。


 ただ、俺達は学園の生徒達に大きな希望を与えた様だ。


 学園を卒業して惑星開拓団に入らなければ実現不可能だった「惑星開拓活動」を、インターンシップとは言え「在学中に実践できる制度」を学園史上初めて成し得たんだからな。


 だから俺達が実際にテキル星へと出発する日の前日には、食堂で夕食を摂る俺達のテーブルの周りに、大勢の学生が集って祝福してくれた事は、驚きでもあったし、嬉しくもあった。


 更にミリカがその時に、

「皆さんは私とイクスを学園の生ける偉人などと呼んでいる様ですが、これらを成し得る為に導いて下さったのは、ショーエンさんです。衣服のデザインもそう。パジャマの発案もそう。更にこの食堂で美味しい食事が出来るのも、全てショーエンさんの発案のおかげなのです」

 と演説を始めてしまった。更にそこにティアも加わり、

「そうよ、みんな。ショーエンは、いつも学園のみんなの未来の事を考えていたわ。そして、私たちの学力の飛躍的な向上も、全てショーエンが発案した手法によるものなの」

 更にシーナまでもが、

「なので、ショーエンを敬う事が出来ない人には、成績向上などあり得ないのです」

 と、意味不明な事を言い出した。


 しかし、皆が俺を見る目はそれで変わった様だ。


 デバイス越しやら何やらで

「尊敬します!」「精進します!」「結婚して下さい!」などなど、様々な美辞麗句が飛んできた。


 俺は立ち上がり、両手を上げて制止した。


「みんな、ありがとう」

 と俺は前置きし、「俺達は明日、惑星開拓の研修の為に、この学園を発つ。1年Aクラスは不在になるが、これからはお前達がAクラスの代わりに、この学園の改善に取り組んでくれ」

 と語りだした。


「入学時の試験の成績で、俺達は残念なことにクラスが分かたれた。しかし、お前達の誰もがAクラスに成れる素質は持っていると、俺は信じている」

 そう言って区切りをつけると、「みんな、俺達はこれから出発の準備をしなくちゃならない。そしてこれがここでの最後の食事にもなる。俺達は俺達の最善を尽くすから、お前達もお前達の最善を尽くす姿を、俺に見せてくれ。 じゃあ、解散だ!」


 俺の号令に合わせ、

「はい!」

 というみんなの返事が食堂を揺るがした。


 素直に食堂から解散する者も居るが、食堂のできるだけ俺達のテーブルに近いところで食事をしようとする者やら、中には涙を流して泣き出す者まで現れ、結局俺達のデバイスから聞こえるみんなの声は鳴りやむ事は無かった。


 俺はティアやシーナの顔を見て、苦笑しながら

「騒がしい晩餐になっちまったな」

 と言いながら「でも、みんなの気持ちは受け取ったぜ」

 とAクラスのメンバーの顔を見回した。


 みんなは笑顔で俺を見返し、シーナが

「ねえショーエン、お腹が空いたのです」

 と言うまで、見つめ合っていた。


「ハハッ、よし、じゃあ俺達の傑作料理、テリヤキバーガーセットでも食べるか!」

 と言って、注文を通した。


 その日の食堂では、8割の生徒が「テリヤキバーガーセット」を注文したという事を、食後に旅支度で慌ただしかった俺達は知る由も無かったのだった。


 △△△△△△△△△△△△


 翌朝、俺達は自室の荷物をまとめ、学生寮に別れを告げた。


 エントランスに行くと、既にAクラスの6人が揃っていて、イクスの食材や種子が詰まった大量の袋をみんなでキャリートレーに積み上げている。ミリカも沢山の衣服を詰め込んだ大きな袋を4つ持っていて、キャリートレーに積み上げているところだった。どうやら俺達の衣服も作ってくれた様だな。


 シーナが作った通信中継器は、20台ほど生産できたという事で、既にキャリートレーに積み上げている。

 ティアが作った小型発電機も、分解してキャリートレーで運搬予定だ。


 メルスとライドは自分の荷物だけしか無いようだが、こいつらは現地で材料を調達して作るつもりのようだ。


 俺も荷物は少ない。プレデス星から来た時と、服装以外はほぼ同じだ。


「よお、みんなおはよう」

 と俺はいつも通りの調子で声を掛けた。


 みんなは振り返って俺の方を見て、

「おはようございます!」

 と声をそろえて挨拶をした。


 そして我慢できなくなったようにティアとシーナが飛び出してきて、ティアは俺の右腕に、シーナは俺の左腕に抱き着いた。


 そして二人は俺を見上げ、

「もうすぐ結婚できるんだね!」

 とティアは待ちきれない様子。

「ショーエンとけっこんできるのでふ~」

 とシーナは俺の左腕に顔を埋めてグリグリと頭を左右に振りながら言った。


「ああ、そうだな」

 と俺は二人を力いっぱい抱きしめ、「もうすぐだぞ!」

 と、二人の身体を持ち上げながら、俺達を見てほほ笑んでいるAクラスメンバーの元に歩いて行くのだった・・・

  

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