第十五問

第十五問


――学園長室前――


『……賞品の……として隠し……』

『……こそ……勝手に……如月ハイランド……』


4人が学園長の前まで来ると、中から話し声が聞こえてきた。


「ん? どうした、明久?」

「中から話し声が聞こえてくるんだけど……」

「取り込み中かの? 今日は諦めて明日にした方がよいかのう」

「面倒だ。このまま入るぞ」


雄二と秀隆は秀吉の制止も聞かずに学園長室のドアを開けた。


「「失礼しまーす」」

「本当に失礼なガキどもだね」


断りもなく入室した雄二と秀隆を罵声で迎えたのは、妖怪B――ではなく学園長『藤堂カヲル』である。学園長の傍らには教頭の竹原教諭がいた。


「やれやれ。これはではお話が続けられませんね……まさか、学園長、貴女の差し金ですか?」


慇懃な言葉とは裏腹に、竹原教頭の口調は残念そうではなかった。


「馬鹿言わないでおくれ。どうしてこのアタシが。負い目があるわけでもあるまいし」

「どうですかね……学園長は隠し事がお得意のようですから」


2人の間に見えない火花が飛び交う。どうやらこの2人は何かでもめているようだ。教頭と学園長という関係性から見て学園の運営に関することだろうか。


「しかも、来訪者が我が校きっての汚点の観察処分者二名と、底辺Fクラスの分際で頂点Aクラスに挑んだA級戦犯とは……とんだ珍客、いや『愚客』ですね」


竹原教頭は眼鏡の位置を直しながら秀隆達に辛辣な言葉を投げつけた。ルックスや佇まいから、女子生徒の間では『知的クールな先生』として人気が高い竹原教頭だが、中身までそうではないようだ。現に明久は『コイツいけ好かない』という表情をしている。秀吉も顔には出してないが、竹原をイマイチ信用していないようだ。


「そりゃどうもすいませんでしたね。竹原教頭。けど、高々高校の時の経歴なんて、社会じゃ気にしない方が多いですよ。現に元ヤンでも第一線で活躍してる人は多いですし」

「だが社会では先ず何より信頼が重視される。例え第一線で活躍できる能力があっても、他人から信用されなければ意味がない。それを言えば、たとえ高校時代の些細な失敗も、将来重大な汚点になりえる」

「その汚点を補って余りある実力と実績があっても?」

「無論だ。それこそ、たとえ試召喚戦争で上位クラスと渡り合えても、あまつさえ勝利したとしても、社会的な信用はなにも得られないだろう」

「けど、身近な人からの信頼は得られる。信頼の輪ってのは、まずはそこから始まるもんでしょう?」


秀隆も負けじと慇懃に反論する。竹原教頭も秀隆の態度に眉をひそめながらも冷静に応答する。

竹原教頭が更に言おうと口を開きかけたその時――


『竹原先生、竹原先生。お電話が入っています。至急職員室にお戻り下さい。繰り返します。竹原先生――』


と放送が入り竹原先生は開きかけた口を再び閉じた。


「……仕方ないですね。今日はこの位にしておきましょう。では」


竹原教頭は学園長に軽く一礼すると明久達には目もくれずにドアに向かう。


「(……なんだ?)」


秀隆は竹原教頭がドアを出る直前、一瞬だけだが壁際に置いてある観葉植物に目を向けたのに気になったが、雄二が学園長と話し出したので意識をそちらに戻す。


「で、アンタらは何の用だい?」

「今日は学園長にお話があって来ました」

「アタシは今忙しいんだ。それに、人にモノを頼むんならまず名乗るのが礼儀じゃないかい? まったく。最近のガキってのは常識を知らないからね」


学園長の横柄な態度に、雄二の眉が一瞬ピクッと動く。


「……失礼。俺はFクラス代表の坂本雄二。こっちがクラスメイトの木下秀吉。そしてコイツらが――」


雄二は秀隆と明久の方に手を向け、


「学園一のバカと不良です」


と簡素な紹介をした。


「オメエだけには言われたくねえよ」

「それに雄二。そんな紹介で学園長に伝わるわけが――」

「なるほど。アンタ達がFクラスの坂本、木下、神崎に、そして吉井だね」


明久の心配とは逆に、学園長は四人の素性を一瞬で理解した。


「気が変わったよ。話を聞いてやろうじゃないか」

「ありがとうございます」

「(どういう風の吹き回しだ?)」


秀隆達の素性を知り、態度を一変させる学園長。秀隆はその変容に違和感を覚えた。それは口では礼を述べている雄二も同じようだ。


「Fクラスの設備について改善を要求しに参りました」

「そうかい。それは暇そうで何よりだよ。こっちは色々と忙しいってのに。まったく羨ましい限りだね」


話を聞くと言ったのだが、学園長は雄二の話にまったく興味を示さず爪の垢を掃除している。


「……今のFクラスの教室は、まるで学園長の脳みそのように穴だらけで、隙間風が吹き込んでくるような酷い有様です」


そんな学園長の態度に、雄二も接し方を改めた。


「学園長のような戦国時代から生きているような老い耄れならいざ知らず、今の高校生には健康を損なう可能性が非情に高いと思われます」


もはや取り繕う気もないようだ。


「つまり、これ以上体調が悪くなる生徒が出ないように教室の設備を直せってわけだよクソババア」

「……」

「あの、学園長?」


断られるのではないかと心配そうに学園長の顔色を覗き見る明久。だが学園長はそんな明久の様子に気づくことなく、顎に手を当て何かを熟考しているようだ。その様子に、明久と秀吉はますます不安になっていく。


「……よし。分かった」

「! それじゃあ――」

「却下だね」


学園長の一刀両断に、嬉しそうな明久と秀吉の顔がそのまま硬直。数瞬の沈黙が流れた。


「雄二。この妖怪ババアはコンクリで固めて東京湾に沈めよう」

「いやいや。現代に生きる妖怪として研究者に売り渡すのもありじゃぞ」


珍しく秀吉が毒を吐く。流石に普段は温厚な彼とはいえ、これには頭にきたようだ。


「落ち着け二人とも。物事には理由があるもんだ」

「そうだぞ。てなわけで――」


良い笑顔を浮かべた雄二と秀隆は一呼吸置き、


「「理由をお聞かせ願えませんかね、妖怪クソババア?」」


学園長に罵声とともに理由を尋ねる。


「ふん。人をクソババア呼ばわりするような奴に教える義理なんてないさね」


完全に臍を曲げた学園長は踏ん反り返り、そう告げた。


「おや? そんなこと言っていいのか?」


秀隆が笑顔を崩さないまま学園長に尋ねる。


「なに?」

「もし学園長が設備の改修を受け入れないのであれば……然るべき所に訴えるぞ?」

「なっ!?」


秀隆の言葉に、学園長の顔色が急変。ウッスラと冷や汗もかきはじめた。


「取り敢えず、PTAと教育委員会は絶対だな。あと、国にもな」

「ん? PTAは分かるが、何で国なんだ?」

「耐震基準だよ。Fクラス、いや旧校舎がそれを満たしていない」


近年日本各地で多発している地震に対し、政府は病院や学校など人が多く集まる施設に一定基準以上の耐震設備、並びに耐震補強をするように義務付けている。しかし、Fクラスのある旧校舎は、見た目にも実質的にもそれを満たしているとは言えなかった。


「……アンタ、学園長であるこのアタシを脅す気かい?」

「おやおや。脅すだなんて人聞きの悪い。ただのお願いですよ。お・ね・が・い」


明久と秀吉は眼の前で繰り広げられる展開にデジャヴを感じずにはいられなかった。


「……まあ、いいさね。アンタ達の申し出、聞き入れてやろうじゃないか」

「本当ですか!?」

「ただし! 条件があるさね」

「条件? いったい何なのじゃ?」

「「条件だと?」」


条件付きとは言え要望を聞き入れてくれるというので、明久と秀吉は前のめりに食い付いた。だが、逆に秀隆と雄二は表情には出さず警戒を強める。


「アンタ達、召喚大会のことは知っているね?」

「ああ。アンタが企画した、自己満足と客寄せパンダ以外の何物でもない素敵企画だろ? 勿論知っているさ」


秀隆の皮肉どころか色んなモノが含まれた言葉に、学園長は眉をヒクヒクとさせ引き攣った笑みを浮かべる。


「……じゃあ、優勝賞品と、準優勝商品に、ついては、知ってるかい?」


絞り出す様に一言ずつ言葉を紡ぐ学園長。明久達はその精神力の強さに内心少し感服した。


「賞品?」

「確か……準優勝者には正賞として賞状。副賞として『虹色の腕輪』と『如月ハイランドプレオープンペアチケット』。優勝者には賞状とトロフィー、副賞に『黒金の腕輪』と『如月ハイランドプレミアムプレオープンペアチケット』だったかの?」


首を傾げる明久に、学園長に代わり秀吉が内容を説明した。


「その通りさ」

「よく覚えてたな」

「姉上が穴が開きそうな位パンフレットを凝視していたからの」

「ああ。なるほど」

「アンタの姉はAクラスの木下優子だったね。確か代表の霧島と一緒に選手登録されてたよ」

「翔子とだと!?」


当然翔子達の狙いはペアチケットの方だろう。秀隆はそれを聞いて苦笑し、雄二は絶望した。


「そんなことはどうでもいいよ。それより条件を早く教えて下さい」

「まあ慌てるんじゃないよ。慌てるナントカは貰いが少ないって言葉を知らないのかい?」

「知りません」


明久の即答に、学園長は想像していたとは言え思わずコケてしまった。


「即答すんな馬鹿。答えは乞食だ。まあそれは置いといて……賞品の話が出たってことは、条件はそれ絡みか?」

「そうさね」


秀隆の質問を肯定し鷹揚に頷く。


「単刀直入に言うとね、アンタ達にプレミアムチケットを回収して欲しいのさ」

「チケットを?」

「そうさ。実は最近分かった事なんだけど、如月グループはプレミアムチケットを使ってある『ジンクス』を創ろうとしているらしいんだ」

「ジンクスだと?」

「ああ。『如月ハイランドで結婚式を挙げたカップルは幸せになる』って具合さね」


学園長曰く、如月グループとしては初の大型テーマパーク事業としての如月ハイランドを何としても成功させたいらしい。そこでグループは先程のジンクスを創り上げる事を決定。この手のアミューズメントパークのジンクスはたいていがマイナスイメージのものが多い。某有名遊園地でも『カップルで来たら別れる』と喧伝されることもある。

そこで如月グループはそのジンクスの払拭と宣伝を兼ねて、プレミアムプレオープンチケットで来場したカップルには擬似結婚式を体験させ本人達が望めばそのまま入籍というトンデモイベントを企画したのだ。


「んで、その白羽の矢がウチに来たってわけさね」

「なるほどなってどうした、雄二?」


雄二は先程から学園長の話を聞いていく内に、益々顔色が悪くなり、今では部屋の隅に座り込んで「……結婚…………婿養子」などとブツブツとうなされてしまっている。


「大方霧島と『ペアチケットが手に入ったら一緒に行く』とでも約束したんじゃろうな」

「なんだ、雄二もか」

「雄二もってことは秀隆も?」

「ああ。優子とな」

「いいな~」


それを聞いて、明久は羨ましそうな顔をしたが、珍しく襲うことはなかった。


「そんな訳でね。ウチの可愛い生徒達をそんな目に遭わせたくないのさ」

「なら賞品にしなければいいじゃないですか」


明久のもっともな指摘に、学園長は苦虫を噛み潰したような顔になる。


「腕輪の開発で忙しかったんだよ。それに、チケットは竹原が勝手に引き受けちまったんだ。アタシが気づいた時には後に引けなくなってたんだよ」


開き直りとも取れる言い分に、明久達は呆れる他なかった。


「で、受けるのかい? 受けないのかい?」

「受けます」


学園長の問いに明久は即答。秀吉も頷いて了承の意を示した。


「そうかい。ならもう一つ条件があるよ」

「ええ!?」

「何じゃと!?」


予期していなかった更なる条件に、明久と秀吉は驚く。


「まあ慌てなさんなよ。条件と言っても、ペアを指定するだけさね」

「ペア指定、ね。誰と誰が組むんだ?」

「取り敢えず坂本と吉井に出てもらおうかね」

「僕と雄二で? それなら雄二と秀隆の方が可能性があるんじゃ?」

「嫌だと言うなら、この話はなかったことにするよ?」

「わ、分かりました……」


眼光鋭く脅しをかける学園長。その視線に、明久は思わず首を縦に振った。


「なら俺と秀吉もでよう」

「じゃな。少しでも人員がいたほうがよいじゃろうな」

「いや、それは――」

「ま、目立つのはめんどいから優勝は明久達に譲ればいいか。問題なのはプレミアムの方だし」


一瞬渋い顔をして何か言いかけた学園長は、秀隆の台詞を聞いて密かに安堵の表情を浮かべた。秀隆が盗み見ているとも知らずに。


「なら、こちらからも一つ条件がある」

「うわっ!」


いつの間にか復活した雄二が横から来たので、明久は驚いて少し飛び退いた。


「何だい?」

「確か試合はトーナメント方式で一回戦が数学、二回戦が化学といった具合に進行するそうだな?」

「ああ。そうだよ」

「なら各回戦での教科を俺に指定させて欲しい」

「……まあ、その位ならいいさね。点数を上げろなんて言ったら一蹴してたけどね」

「ありがとうございます」

「(黒だな)」


雄二の条件を学園長が飲んだ事で、秀隆の中で渦巻いていた疑惑が確実なものになった。


「じゃあもういいだろ? アタシも暇じゃないんだ」


シッシ、と手を振り退室を促す学園長。明久達も用件は済んだので素直に退室した。


「悪い。俺トイレ行ってくる。先に帰っててくれ」

「俺も行くわ。じゃなあ明久、秀吉」

「うん。じゃあね」

「また明日なのじゃ」


教室への道中、秀隆と雄二はトイレに行くと言って明久達と別れた。


「……秀隆はどう思う?」

「黒。真っ黒だな」


廊下を歩きながら、秀隆と雄二は先程の学園長との対談について意見交換を始めた。


「ツッコミ所は色々あるが、先ずペアチケットが目的なのは嘘だな」

「ああ。あの妖怪ババアが企業の思惑をどうこう言うわけないし。むしろスポンサーがついて研究費の資金繰りでウハウハなはずだ。何より、大会で俺達を擁立する意味がない」

「霧島……は違う意味で無理だとして、他にも優勝しそうな組はあるはずだ。あのクソババアが俺達以外に唾をつけてないはずがないが――」

「俺の出した条件をアッサリと飲みやがった。これで確定だな」

「それに、俺が出ると言ったら渋りそうになったが、俺が『優勝しない』と言ったら安心してやがった。どうやらお前らにどうしても優勝して欲しいらしいな」


その点を踏まえても、学園長がチケットを回収したがっているとは言いにくい。


「恐らく本命は黒金の腕輪。理由は……まあ欠点があるってとこだろ。欠点がなにかは知らんが」

「そうだな。じゃないと辻妻が合わない」


そう二人は結論付けた。付けてから、秀隆は溜め息を吐く。


「面倒な事になりそうだ……」


よもやこの呟きが現実の物になるとは、この時の秀隆は想像もしていなかった。

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