第八問

第八問


午前十時。F、Aクラスの選抜メンバーがAクラスの教室に集結した。残りのクラスメイトはギャラリーとなり、決戦の時を今か今かと待ち望んでいた。


「では、両名共準備は良いですか?」

「ああ」

「……問題ない」


立会人である高橋先生の呼び掛けに、A、Fクラスの両代表--雄二と翔子は頷いた。2人の後ろには、今回の団体戦に参加するメンバーが並んでいる。


「それでは、一人目の方、始めてください」

「じゃあ、行ってくるわね!」

「美波ちゃん、頑張って下さい!」

「ファイトです!」


Fクラスで数少ないの同性の友人に見送られ、美波は戦場に降り立った。


「じゃあ、僕が相手になるよ」


美波の対戦相手は、黒髪短髪で眼鏡をかけた少年だった。


「げ! 誠じゃねえか……」

「知り合いか?」


美波の対戦相手を見て、秀隆は苦い顔をした。


「ああ。アイツは鳳誠おおとりまこと。俺の中学ん時のダチだよ」

「お前友達なんていたのか?」

「どういう意味だバカヤロウ」


雄二は不良の秀隆に自分達以外の友人がいたことに驚愕していた。秀隆は当然憤慨して雄二を睨みつけた。


「教科は何にしますか?」

「数学でお願いします!」


2人が一悶着している間に対戦科目が決定した。一回戦目はFクラスに選択権があるので、美波は自分の得意科目の数学を選んだ。


「……まあいい。けど、これで島田の負けは確実だな」

「何でだ? 島田の数学はBクラス中堅並だぞ。点では多少負けていても、試召戦争を経験した分、召喚獣での戦いに慣れている島田なら何とかなるんじゃないか?」

「それが普通のAクラスならまだ勝機があったんだが――」

「「試獣召喚 《サモン》!」」


秀隆が言いかけた時、美波と誠の召喚獣が召喚させた。美波はいつもと同じ軍服姿にレイピア。対する誠の装備は、ブレストプレートに鉢金。武器は西洋槍スピア。そして気になる点数は――


Fクラス 島田美波 数学 178点

VS 

Aクラス 鳳誠 数学  429点


「誠の数学は学年トップ5常連だからな」

「何い!?」


まさか初戦からトップクラスの相手がくるとは予想していなかった雄二は出鼻を挫かれた。


「け、けど、召喚獣の操作なら負けないんだから!」

「いいよ。全力で受け止めてあげる」


美波は召喚獣を操作し、誠の召喚獣に向かって突撃させた。迎え撃つ誠の召喚獣は、防御態勢を取るどころか、両手を広げて待ち構えた。


「嘗めないでよ!」


それを見た美波は、召喚獣のスピードを更に加速させた。


「ダメだ島田! 罠だ!」


何かに気付いた秀隆が美波に叫んだ。が、もう美波の召喚獣はもうブレーキが利かない距離まで接近していた。


「……


――ギィイン――


「え!?」


 美波の召喚獣が突いた剣は、確かに誠の召喚獣の首に。だが、黒い何かに阻まれて、それ以上深く刺さらなかった。いや、よく見ると、誠の召喚獣の全身が黒く変色していたのだ。


「はい。お仕舞い」

「あ!」


そして棒立ちになった美波の召喚獣の腹に、槍の切先が深々と突き刺さった。


「勝者、Aクラス!」


美波の召喚獣が霧散、誠の勝利を高橋教諭が宣告した。


「そ、そんな~」

「いい勝負だったよ」


ショックで座り込む美波に、誠は優しく声を掛けた。


「よく言うぜ。趣味の悪い戦い方しやがって」

「それは秀隆には言われたくないな」


誠の言葉に、Fクラス全員が頷いた。


「お疲れ様です。美波ちゃん!」

「次はリベンジですよ!」


落ち込んで帰還した美波を、瑞希とリリアは心から労い励ました。


「ま、今回は相手が悪かったな。数学相手にアイツに勝てるのはウチじゃあ姫路ぐらいだ」

「スマン島田。俺の判断ミスだ」


秀隆も美波に気にするなとフォローし、雄二は自分のミスを謝罪した。


「い、いいよそんな。負けたウチが悪いんだし……」


こんなに励まされるとは思ってなかった美波は大いに照れた。


「お疲れ様、美波。敵は取るからね」

「アキ……うん! 頑張りなさいよ!」


リベンジを誓い、拳を突き出す明久。美波は明久の拳に自分の拳を当て、応援した。


「では、次の方お願いします」

「雄二、いいよね?」

「当たり前だ。元々次はお前のつもりだったしな」


Fクラスの次鋒は、当然明久だ。


「私が出ます。教科は物理でお願いします」


Aクラスからは眼鏡にボブカットの少女、佐藤美穂が出陣した。


「明久、本気でいけ」


緊張の面持ちの明久に、秀隆がそう指示を出した。


「分かってるよ!」


秀隆の声に、明久は笑顔で答えた。


『おい、吉井って実は凄い奴なのか?』

『いや。そんな話聞いたことないが』

『いつものジョークだろ?』


周りの生徒達は秀隆の言葉に、そんな訳がない、とかなり否定的だった。


「吉井君……でしたか? あなた、まさか……」

「あれ? 気づいちゃった? そう。今までの僕は本気じゃなかったんだ」


動揺する佐藤に、明久は芝居がかった口調で話す。


「それじゃ……あなたは……」

「戦ってみれば分かるよ」

「始めてください」

「「試獣召喚サモン!」」


明久と佐藤が召喚する。明久の召喚獣の装備は学ランと木刀。佐藤はネイティブアメリカン風の衣装に鎖鎌だった。


Fクラス 吉井明久 物理 62点

VS 

Aクラス 佐藤美穂 物理 386点


そして注目の点数は、実に6倍差。おしなべて、FクラスとAクラスの標準的な点差だ。


「何かと思えば。やっぱり大した点数じゃないですね」

「点数はね。けど、勝敗は戦ってみないと分からないよ?」


点数を見て安堵する佐藤に、明久は不敵にほほ笑んだ。


「この点数差なら、どうってことないです!」


佐藤は先手必勝とばかりに召喚獣を操作し、鎌を明久の召喚獣に向かって放った。


「ほいっと」


だが、勢いよく飛んできた鎌を、明久の召喚獣は軽々と躱した。


「くっ、次こそ!」

「おっと、そうはさせないよ!」


放たれた鎌を引き戻そうとする佐藤、しかし明久の召喚獣が戻ってくる鎌を木刀で弾き、軌道を変えた。


「あ!」


軌道を変えられたことにより、佐藤の召喚獣の態勢が乱れ、無防備な状態になった。


「瞬迅剣!」


明久の召喚獣は一気に距離を詰め、佐藤の召喚獣に鋭い刺突を浴びせた。


「まだだよ! 虎牙破斬! 秋沙雨! 閃光墜刃牙!」

「ああ!」


明久の乱撃はまだ続いた。ジャンプ斬りからの斬り下しに始まり、連続突きからの斬り上げ、更には小さくジャンプしながら斬り上げで佐藤の召喚獣を浮かせ刺突を喰らわせた。まるで格闘ゲームの様な連続技である。

点数差のせいで大したダメージにはならなかったが、佐藤本人はなす術なく攻撃を受ける自身の召喚獣に驚愕していた。


「えい! この!」

「おっとっと」


攻撃の切れ目や隙をついて召喚獣に反撃させるが、またしてもアッサリと躱されてしまう。


「せい!」

「きゃあ!」


それどころか、逆に反撃の隙を突かれてしまう始末である。


「な、何で……こんなに点数差があるのに」

「召喚獣の勝負はね、点数だけじゃないんだよ!」


茫然となる佐藤に、明久が諭すように語る。点数だけではない。まさにこの状況がそれを物語っていた。


「く、うぅ……」


僅かな点とはいえ、徐々に点数を削られていく佐藤。対して明久は、まだ一撃もダメージを受けていない。尤も、明久の召喚獣は一撃でも攻撃を受けたら即戦死するので避ける方も必死であった。


『お、おい。ひょっとしたら……』

『ああ。吉井の奴、勝っちまうんじゃなか!』

『そんな……あの佐藤が……』

『まさか吉井がここまでやるなんて……』


ギャラリーの生徒達も、徐々に明久の実力に圧倒させていった。


「おいおい。まさか明久があんな隠し技を持っていたなんて思わなかったぞ?」


そして、圧倒まではいかないが、雄二も十分驚いていた。


「それこそ、俺にとっては今更だな。一体今まであいつが誰の特訓に付き合っていたと思ってるんだ?」


明久の強さの秘密を知っている秀隆は呆れたように首を竦めた。


「まさか――」

「そのまさかさ。雑用の報酬として、召喚獣の特訓ができるように鉄人に掛け合っておいたんだよ」


秀隆は一年生の時、正確には観察処分者になった時に、雑用する代わりに召喚獣の特訓ができるように鉄人に頼んでいた。鉄人も早く召喚獣の扱いに慣れてくれればその分仕事も早くできるだろうと許可した。その特訓相手として明久に白羽の矢が立ったのは、ある意味必然と言えた。


「では、何故明久は今まで本気を出さなかったんじゃ?」


秀吉が皆が聞きたかった質問をした。


「面倒事は勘弁したかったんだろう。俺だってそうだ。ただでさえ観察処分者は召喚獣の負担がデカいんだ。その上戦闘だなんて、なるべく避けたいと思うのが当然さ」

「じゃあ何で今は本気なんだ?」

「そんなの……」


秀隆は答える前に明久と瑞希と美波を交互に見やる。2人は戦っている明久に見蕩れていて秀隆が見ている事にに気づいていなかった。


「もう直ぐ目的が達成できるかもしれない。何より、気になる相手が見てくれているんだ。男なら誰でも本気になるだろう?」

「確かにな」


にぃっと笑って答える秀隆。雄二も思うところがあるのか納得して頷いた。


「はあああ!」

「くっ!」


秀隆達が話している間も、明久の攻撃は止むことを知らず、佐藤の残り点数は3桁を割ろうとしていた。


「このままでは……」

「まだまだ!」


点差はかなり縮んだとは言え、元々の攻撃力の差はそのままなので、一撃で勝敗が決するというのは変わりなかった。なので、明久はこの点差になっても攻撃の手を休めることはしなかった。


「やあ!」


だが、佐藤も伊達にAクラスに所属しているわけではない。今までの攻撃パターンから明久の行動を予測し、攻勢に出ようと試みている。


「もらったあ!」


佐藤の反撃を弾き返した明久は、ここが好機とばかりに大振りな攻撃に出た。


「今です!」


だが、それは佐藤も同じだった。佐藤は明久の攻撃に合わせて鎖を引いた。そして――


――ゴチンッ――


鎖鎌のもう一つの武器、鎖分銅が明久の召喚獣にヒットした。召喚獣の、に。


「のおおおおおおおおおお!!!!!!」


男性特有にして最大の急所にダメージを受け、明久は悶絶し、のたうち回った。これには思わずA、Fクラスの男子全員が自分の股間を押さえた。


「あ、あの……大丈夫ですか?」


地面を転げまわる明久に、佐藤が声を掛けた。


「だ、大丈夫……じゃないかも……ガクッ」


明久はそのままダウンした。


「吉井君!」

「アキ!」


瑞希と美波が急いで明久を回収した。


「勝者、Aクラス!」


こんな状況でも冷静でいられる高橋先生はある意味教師の鑑と言えよう。--女性だからかもしれないが。


「惜しかったな」

「そうだな。明久にしちゃまあやった方じゃないか? 詰めの甘さは相変わらずだがな」


ぐったりと横たわる明久を他所に、秀隆と雄二はそんな会話をしていた。


「それでは次の方お願いします」

「ここは……リリア。お前が行ってくれ」

「わ、私ですか?」


リリアは自分が指名されるとは思ってなかったので驚いた。


「ああ。ここで流れを断ち切りたい」

「で、でも私Cクラス位の点数しかありませんよ?」

「そりゃ総合点だろ? お前の得意科目なら十分相手できるよ」

「……分かりました。私、頑張ります!」


雄二と秀隆に説得され、リリアは戦いの舞台に躍り出た。リリアの対戦相手は、黒髪短髪に灰色の瞳をした少年だった。


「やあリリア。久しぶり」

「トレイズ!?」

「知り合いか?」

「あ、はい。オーストリアに居た時の友達です」

「トレイズ・マクスウェルです。よろしく。Fクラスの皆さん」


少年はリリアの友人、『トレイズ・マクスウェル』だった。リリアもまさかトレイズが日本にいるとは思っていなかったので心底驚いていた。


「いつから日本に?」

「先月から。ここの編入試験を受けてね。けど、まさかリリアがFクラスにいるとは思わなかったよ」

「私も! あのトレイズがAクラスだなんて!」


 ここが決戦の場であることも忘れて、リリアとトレイズは思いで話に花を咲かせようとしていた。


「コホン。お二人とも、早く始めてください」

「「す、すみません!」」


 高橋先生に注意され、二人は揃って頭を下げた。


「では、対戦教科は何にしますか?」

「リリア、君が決めていいよ」

「なら……世界史でお願いします!」


トレイズが選択権をリリアに譲り、リリアは世界史を選択した。


「分かりました。では……始め!」

「「試獣召喚サモン!」」


世界史のフィールドに、二体の召喚獣が出現した。リリアの召喚獣の装備は、西洋風の姫騎士鎧と両刃剣。トレイズの召喚獣は、空軍風の衣装に自動小銃。背中にはライフルを背負っていた。


Fクラス リリアーヌ・S 世界史 328点

VS 

Aクラス トレイズ・M 世界史 310点


「え! あの娘そんなに点数高かったの?!」


リリアの点数を見て、美波は驚愕した。


「リリアは親の旅行好きもあってか、歴史や地理が得意らしいが、反面計算が苦手で理数系の点が低い。後はCクラス平均並みだから、総合的にCクラス相当の点なんだ」

「そうだったんですか。あれ? じゃあマクスウェル君は……」

「ああ。相当努力したんだろうな」


トレイズは美波やリリアの様に一年以上日本で暮らしているわけではなく日本にきてまだ間もない。それなのに2人と比べても遜色ない程の語学力と2人以上の成績。元々トレイズが賢い分類の人間だったとしても、これ程になるまでに費やした時間と労力の大きさは想像するに難くなかった。


「それじゃあ……行くよ!」

「おう!」


リリアはトレイズの召喚獣に向けて自分の召喚獣を走らせた。対してトレイズは――


「ノーガードだと?」


トレイズは召喚させた時のままの態勢で構えていた。これには流石の高橋先生も怪訝そうな顔をした。


「……フッ」


驚愕する一同に不敵に笑いかけると、一言言ってのけた。


「……どうやって動かすんだっけ?」

『『『なんじゃそりゃー!』』』


まさかの一言に、Aクラス内は驚愕と怒号の渦に満たされた。


「ちょっと! どういうことよ!」


トレイズに優子からの叱責が刺ささる。


「い、いや~。一応操作方法の説明は受けたんだけど、実戦だと感覚が今一掴めなくて……」

「じゃあ何で戦うなんて言ったのよ!」

「う……それは……」


優子の言っている事は正論も正論。Aクラス一同の意見を代表していた。


「隙あり!」

「え? あ!」


当然、その隙を逃すわけもなく。リリアの召喚獣の剣がトレイズの召喚獣の首を刎ね、第三戦は呆気ない幕引きとなった。


「く、くそー!」

「いや、悔しがるような戦いじゃないし」

「次は絶対に負けないからな!」


トレイズはフラグになりそうな捨て台詞を吐くとAクラス陣営に戻り――


『この大馬鹿野郎がー!』

『自信満々に出ておいてあの結果は何だってんだよ!』

『もっと真面目にやってよ!』

『サイテー!』

「ご、ごめんなさーい!」


Aクラスの面々から熱い抱擁(というなのリンチ)を受けていた。


「……あいつは何がしたかったんだ?」

「さあな。まあ思春期特有の薄っぺらい理由だろうよ」

「ま、まあ一勝できたんだし、取りあえずはいんじゃない?」


トレイズの呆気なさに白けていた雄二と秀隆に、まだ寝たままの状態の明久が珍しくフォローした。


「そうだな。プロセスはどうあれ悪い流れを断ち切れたんだから良しとするか」

「だな。あ、リリア。お疲れ」

「ただいまです。何だかスミマセン。トレイズがあんな感じで……」

「気にしないで下さい」

「そうよ。リリアが謝る必要なんてないわよ」


知り合いがあんな体たらくだったせいか、リリアは申し訳なさそうに帰還した。そんなリリアを、同性の2人が慰めた。


「ありがとうございます。ところで、お三人方は何でそんな格好なんです?」

「「「あ……」」」


リリアに指摘されて、明久、瑞希、美波の三人は今の自分たちの状況を思い出した。明久が女子二人に膝枕されているという状況に。


「「「ボッ!」」」


そして今の状況を改めて認識した3人は、一瞬にして耳までどころか外から見える箇所全部が真っ赤になった。


「あ~あ。せっかく面白かったのに」

「「「笑わないでないで(よ)(下さい)!」」」


秀隆のボヤキに、三人が全力でツッコンだ。


「ま、何だ。良くやったぞ、リリア。後は任せろ」

「はい!」


Fクラスに勝利を齎したリリアはクラスの皆に暖かな拍手で迎えられた。


「よし。次はムッツリーニ。頼んだぞ」

「…………承知」


Fクラス四番手は沈黙の性職者ムッツリーニこと土屋康太。対するAクラスは――


「じゃあ僕が行くよ」


緑髪ベーリーショートのボーイッシュな少女だった。


「一年の終盤に転校してきた『工藤愛子』です。よろしくね」

「教科は何にしますか?」

「…………保健体育」


高橋先生の問いに康太は間髪入れず選択した。科目は勿論、康太の唯一の得意科目にして最高得点科目、保健体育だ。


「土屋君、だっけ? 保健体育が得意みたいだね」


工藤が余裕に満ちた表情で康太に絡んできた。


「…………それがどうした?」

「実は僕もかなり得意なんだ。……君と違ってでね」

『『『ブフォアッ!!』』』


工藤の大胆な発言に、Fクラスから血の雨が降り注いだ。


「そっちの、吉井君だっけ? 君も勉強が苦手なようだから僕が教えてあげようか? 勿論、実技で」

「ふっ……望むところ――」

「あ、アキにはそんな機会なんてないから、保健体育の実技なんて必要ないのよ!」

「そ、そうです! 必要ないんです!」

「……」


明久を工藤から遠ざけるかのように庇い反論する美波と瑞希。明久は二人に阻まれて悲しいような、だけど今の態勢が嬉しいような複雑な気持ちだった。


「じゃあ、そっちの神崎君は? 君は成績良いみたいだけど、実技はどうかな?」

「あん? そこまで言うならっ--!」


工藤の誘いに乗ろうとした瞬間、秀隆は背筋が凍りつくような感覚に襲われた。


「どうしたんじゃ?」

「……いや。何でもない。あ~、コホン。工藤。女がそんなに自分の身を容易く売るもんじゃないぞ」

「そうですよ工藤さん。少し言動を謹んで下さい」

「は~い♪」


秀隆は一変して工藤の誘いをを諭すようにして断った。高橋先生も工藤を注意した。工藤は一応謝ったが、反省の色は見られなかった。


「ところでムッツリーニ、お前大丈夫か?」

「…………大丈夫だ、問題ない」

「いや、それ十分に問題あるフラグだからな」


康太は大丈夫だと言うが、先程の工藤の発言により大量の鼻血を噴出していたので既に足腰はKO寸前のボクサーの如くフラフラだった。


「そろそろ召喚してください」

「は~い。試獣召喚サモンっと」

「…………試獣召喚サモン


キーワードに呼応して、康太と工藤の召喚獣が出現した。康太の方は、いつもの忍び装束に二振りの小太刀。工藤の方は、セーラー服の様な戦闘服に大戦斧だった。そして工藤の召喚獣は腕輪を装備していた。


「腕輪持ち。言うだけあってそうとうの実力者か」

「理論派と実践派、どっちが強いか見せてあげるよ!」


工藤が笑いかけると同時に、召喚獣が動き出した。腕輪の効果か、斧に雷を纏わせ、かなりのスピードで康太の召喚獣に向かってきた。


「バイバイ。ムッツリーニ君!」


工藤の召喚獣が跳躍し、必殺の一撃を見舞おうとしたその瞬間――


「…………加速」


康太の召喚獣が、全員の視界からなくなった。


「え?」


突然の出来事に、工藤は何が起きたか理解できなかった。そして、気づいた時には、康太の召喚獣は工藤の召喚獣の遥か後方に居た。


「…………加速、終了」


康太が呟いた瞬間、工藤の召喚獣から大量の血飛沫が舞った。


Fクラス 土屋康太 保健体育 572点

VS 

Aクラス 工藤愛子 保健体育  446点


遅れて表示された点数は、圧倒的とも言える点数だった。工藤の点数は間違いなくAクラストップの点数だろう。だが、康太の点数は学年トップの点数だった。


「流石ムッツリーニだな」

「ああ。Bクラス戦の時は調子が悪かったみたいだしな」


これがFクラス諜報員、土屋康太の実力である。


「そ、そんな……! この僕が……!」


余りのショックに膝を床に着けて悔しがる工藤。今まで保健体育で負けたことがなかったのだろう。


「…………いい勝負だった。また戦おう」

「ムッツリーニ君……うん! 次は負けないからね!」

「…………望むところ」


まるで青春ドラマか少年漫画の様なワンシーンをギャラリーに見せつけて、康太と工藤は其々のクラスに戻った。


「これで2勝2敗のイーブンだな」

「ああ。後は……」


Aクラスを睨みつける秀隆と雄二。2人の視線を感じてか、霧島と優子が睨み返してきた。


Fクラス対Aクラス。決着の時は確実に近づいていった。

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