第52話:四捨五入

「はぁぁぁああ!!」


———バリバリバリバリィィィィィ!!


落雷の音がつんざき、周囲のLicaたちが一斉に足を止める。だが……………!!




「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「……………カタカタカタカタカタカタカタカタ」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」


「……クソッ」


再び隊列を再編成し、俺たちに襲いくる。


停止させるのは簡単だ。しかし……………元はと言えば楽園の市民たち、その躊躇いが俺たちをここまで追い込んでいた。


更に……………






「—————ハァ、はあ、はっ、ハァ、ハッ、」

「大丈夫か、エシル」

「——ッ、は、ハァ、ゴホッ、へ、平気ですが」


この軍勢は、明らかにエシルを標的にしている。


先程から危うい状況になる度、イエルロとスカレットが対処してきたが……………流石に精神の限界が近い。


「—————クソッ!」


一言命ずるのは簡単だ。殺せ、と。


しかし、彼女たちに一生の傷ができてしまう。


違うんだ、そして違わない。彼女たちは………幻想少女は俺たちと同じ人間だ。俺が死んだ後も悠久の時間を過ごし、生涯癒えることのない生傷に犯され続ける。




しかし、それではこのまま死ぬ。他勢に塗り潰され、祈りを唱える前に逝ってしまうだろう。




「……………指揮官、私を置いて行ってください」

「駄目だ、他に方法が」

「ありません。彼女たちは駄目です、生きられない」


何によって死んでしまうのか、俺が一番分かっているから、それを尋ねる無粋な真似は出来なかった。




それは、君も同じだろう、エシル。


何も変わらない、何も違わない。君も、アスナも……………オルターでさえも。






「エシルをッ、ッ……エシル……をッ!」

「そう、頑張って」


気がつけば、目から顎、地面にかけて一筋の線を描きながら………最低な、最低な、指示を、






「エシルを、ッ……………置いて行く!」


「「「「「「………了解」」」」」」






……………誰も、俺を責めることは無かった。


それでも、罪に咎められたくて彼女を見ると。






「……………了」


誰よりも優しい、アスナにそっくりな笑みを浮かべた。






◇◇◇◇◇






「はっ……………はぁ……………」


ようやく、辿り着いた。楽園司令本部に。






—————パチ、パチ、パチ、パチ




俺たち以外に誰もいない筈の空間に、拍手の音が鳴り響く。




「此度も素晴らしい活躍だったぞ、アマネ指揮官」

「……………、オル、ター」


震える声で、その名を呟く。


「これより、楽園最後の定例会議を行う。折角の機会じゃ、アマネ隊も参加するように」

「……………」


小さな背中に導かれ、扉を潜ると……………


「……………ッ!!」


名だたる重鎮が、両脇をLicaで抑えられ拘束されていた。


「これはッ」

「ではこれより定例会議を行う。司会はわし、オルターが執り行う。今回の議題は……………楽園の結末についてじゃ」


壁掛けスクリーンに、色付けされた楽園の全体図が映し出された。


「この図は、現時点での楽園の人口の数じゃ」




—————ザワッ




ありえない、何故なら—————













そのほとんどが、真っ黒に、染め上げられていたからだ。


軍、そして人の命に置いて、色付けというのは重要な役割を持つ。災害現場では、トリアージと言って、医師によって腕に巻かれたタグの色で重症度を判断する。




黒は……死、救命の見込み無し。つまりだ、つまり—————


「この国の……………楽園のの人類が死滅したと!!?」


「ふむ、正確には七割四分九厘じゃが…………まあ、四捨五入すれば同じことよ」


「人の命を、数で数えているのか?」


「そうでなければなんじゃ? 一人の命と十人の命の重さは同じだと言いたいのか? 本当にくだらない考えじゃ。そもそもその式を成り立たせるためには、人の命はゼロでなくてはいけないことに、まだ誰も気がつけていないこともまた哀れじゃな」


オルターは椅子に座り足を組むと、俺に問いかける。


「年寄りとは難儀な性格になるもんでの、わしはよく若者に問題を出すのじゃ。人間らしいとは何か、真理とは何か。今日の議題は……………今ここにいる豚十数匹と、この国に蔓延っていた猿共の残り、どちらの命の方が尊いか、じゃ。なに、アマネ指揮官は答えなくとも良い。その場合は—————どちらもくだらないモノだと、わしが思うだけじゃ」


「選ばれなかった方は、死ぬと?」

「そんなことは一言も言っておらんぞ? ただ、わしがそう思うだけじゃ」




—————ゴクッ





「あ、アマネ指揮官、今の今まで楽園を脅威から守ってきたのは私だぞ! ただのうのうと生きてきた奴らとは違うのだ!!」

「五月蝿い」


一人に銃口が向けられ、咄嗟に制圧指示を出そうとしたが、すんでで止めた。


「今、わしはアマネ指揮官に尋ねているのじゃ。あまり減らず口を叩くと、お前らの大好きな命の比重が猿に傾いてしまうぞ???」




さて、どうする?

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