8.勇者の力
「姫様……」
全身の激痛に耐えながらルーシアは廃村の外れへと這うように移動した。目に映るのは鉛色の翼の生えたルーシアが漆黒の悪魔と戦う光景。
(申し訳、ございませぬ……)
ルーシアは数少ないエルティアの翼を知る人物。大きな感情の乱れがあると発現する翼。天使族とのハーフなのか深い理由は聞かないが、翼が生えるとエルティアが強くなることは知っていた。
「はああああ!!!」
ガンガンガン!!!!
エルティアの剣とミノタウロスの古斧がぶつかり合う。
(姫様、今私が……)
ルーシアが棒を杖のようにして立ち上がる。
翼が生えたエルティアは強くなる。ただその効果も長くはない。逆に無理な力を使い、やがてその反動で動けなくなってしまう。
翼が生えた彼女でさえ短期間でミノタウロスを討つことは難しいだろう。そう思う理由は他にもあった。
(やはりスキルが使えぬ……)
ミノタウロスと打ち合いながらエルティアが思う。
練習ならいくらでも放つことのできるエルティアのスキル。それが翼を持った状態ではほとんど発動しない。純粋な剣術のみで相手と戦わなければならない。
追い込まれたふたり。やがてエルティアの動きにキレがなくなり始める。
ガン!!!
「きゃああ!!」
ミノタウロスの古斧がエルティアの剣を次々と弾いていく。もはや単調な打ち合いとなってしまったエルティアの攻撃。体力気力ともに余裕のあるミノタウロスの相手にはならなかった。
「姫様、お逃げを……」
よろよろとふらつきながら歩くルーシア。古斧の攻撃で吹き飛ばされるエルティア。
もう勝負は決していた。周りで傍観していた狡猾なゴブリン達がざわざわ騒めきながらふたりに近付く。
「無念、申し訳ございません……」
ルーシアが棒をつかんだまま涙を流し、その場に座り込む。もはや歩くことすらままならない彼女にとてもこの状況を挽回できる力はない。吹き飛ばされ立ち上がったエルティアも、心のどこかでもう勝てるとは思えなくなっていた。
(このままルーシアと共に死ねるのなら、それも悪くない。ただ……)
剣を構えたままのエルティアが思う。
――勇者様が救うこの世界を、ひと目見てみたかった。
「やっと着いた!! って、これって……!?」
全力で駆けてきたウィル。ようやく辿り着いたその破壊された集落を見て驚く。さらに多くの倒れ気を失っている兵士や冒険者を見て唖然とする。
「わ、あれって姫様!?」
そしてその中央でたったひとり漆黒の悪魔に剣を向ける翼を生やした金髪の姫。それを見た瞬間、ウィルは思った。
(姫様、やっぱ強いんだ)
限界ぎりぎりのエルティア。その彼女を見てウィルは秘めたる力を感じ取る。だが今は窮地。すぐに助けに行こうとしたウィルの耳にエルティアの声が響く。
「私はバルアシア王国の姫、エルティア!! この国は、この地は私が守る!!!」
満身創痍の姫。お供の銀色の騎士もすでに戦える状態ではない。それなのにまだ戦意は失っていない。ウィルの脳裏にスタンの言葉が浮かぶ。
【ヒモ主に必要とされることが重要だぜ!!】
(姫様に必要とされること……)
ウィルが思う。
(よし、俺が倒すんじゃなくて姫様に倒してもらおう!! 姫様十分強いし、俺がいると戦えるって分かれば絶対必要とされるじゃん!!)
そう決めたウィルは木々の間からミノタウロス、そして無数にいるゴブリン達を睨みつけながら心で言う。
(スキル『威圧』っ!!!)
ドオオオオオオン……
ウィルを中心に広がる勇者スキルの衝撃。その絶対的威圧は下級クラスのゴブリン達を一瞬で気絶させ、厄災クラスと恐れられた漆黒のミノタウロスですら恐怖で動けなくする。
「え? 何が起きて……!?」
突然動きを止め、様子がおかしくなったミノタウロスを前にエルティアが混乱する。
「姫様、今だ!! さあ、そいつを討って!!!」
不意にエルティアの耳に響く声。見ると木々の間から現れた茶髪の少年。それは先ほど王都へ追い払った少年であった。
「今なら討てる。姫様なら討てるぞ!!!」
(!!)
エルティア、そしてルーシアのふたりは突然体に感じる心地良い疼きに体を震わせた。
『
(な、なんだこのとめどなく湧いてくる力は!? 背中の疼きが、ああ、心地良い……)
ルーシアは感じたことのない力に戸惑いながらも、ぎゅっと長棒を握り敵を見つめる。
(胸が、左胸が疼く……、この不思議な感覚は、なに??)
そしてエルティアも左胸に感じる心地良い疼きに酔いしれていた。湧き出す力。疲れも痛みも軽減されている。これなら戦える。
「行くぞ、漆黒の悪魔!!!」
エルティアが剣を構え、静かに口ずさむ。
「フレイムバースト」
ゴオオオオオオオオ……
エルティアの攻撃スキル『フレイム』。
手にした武器に炎属性のエンチャントを与える優良スキル。あらゆる物を切り裂き、同時に灰にする。王国最強の名はルーシアに譲っているが、彼女の剣術、そしてこのスキルが常時発動できればその位置も変わっていただろう。
「はああああああ!!!!」
ガンガンガンガン!!!!!
高速の打ち込み。エルティアの剣とミノタウロスの古斧が激しくぶつかる。先ほどまで生きることを諦めていた人間とは思えないほど華麗な動き。魔物相手に自由に剣を触れることが信じられない。
「やっぱ姫様、強いな!!」
それを頷きながら見つめるウィル。
「姫様……」
湧き上がる力を感じつつも徐々に意識が遠のいていくルーシア。彼女の限界はとっくに過ぎていた。
(ああ、楽しい……)
対照的にエルティアは初めて経験する魔物との打ち合いに痺れていた。心地良い快感。スキルが、体が自由に動く感覚。そのすべてが新鮮な衝撃となって彼女を包んでいた。
「楽しい楽しい楽しい!! 私は戦える!!!」
エルティアの中に特別な感情が沸き上がる。
『飾り姫』と揶揄され、全く戦闘で役に立たなかった過去。皆は『姫様』と慕ってくれるが、一部からは軽蔑されていることも知っている。
だがそれはすべて自分の責任。なにも役に立たない自分が悪い。だから魔物との戦いではできるだけ先頭に立った。この呪いが解けるよう祈って。
「私は、私は、できるんだ!!!!!」
ガン!!!!
激しくぶつかるエルティアの剣とミノタウロスの古斧。
だが、これまでに体に受けたダメージが蓄積し、無理やり興奮状態で剣を振って来た彼女にそれは不意に襲った。
(……あ)
剣を握っていたエルティアの意識が不意に飛ぶ。
やはり限界であった。勇者の加護を得ても限界を超えて戦うことまではできなかった。
(ひ、姫様……)
ミノタウロスの前で崩れ落ちるエルティア。意識朦朧のルーシアが心の中で叫ぶ。だが虚ろな彼女の目に、その信じられない景色が映った。
「
倒れたエルティアに古斧を振り上げたミノタウロス。それが振り下ろされるよりもずっと速くその茶髪の少年は敵の懐に潜り込んだ。刹那。漆黒の巨体から激しく血しぶきが上がる。
ドン……
古斧を落とし、後退りするミノタウロス。もはや敵に戦意はなかった。勇者。もっとも相手にしてはいけない存在にミノタウロスの体が震える。ウィルが
「てめえ、俺の『ヒモ生活』の邪魔しやがって!! 許さんぞ!!!!」
シュン!!!
意識を失いかけていたルーシアの目にその動きを捉えることはできなかった。
ウィルの姿が消え、一瞬でミノタウロスの後方へ。同時に胴を真っ二つに斬られ、燃えながら漆黒の悪魔が崩れて行く。ウィルが言う。
「何人たりとも『ヒモ道』を
そういうと手にしていた双剣を収め、エルティアの元へと歩み寄る。
「姫様、起きて~!! うーん、どうしよう……」
まるで夢のような光景を前に気を失ってしまったエルティアとルーシア。倒れたエルティアの側で、それを見ながらどうしようかとウィルはひとり頭を抱えて悩んだ。
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