第52話 エピローグ


 キヴォトス事件から三日後。

 アクアの街はいつもの日常を取り戻した。街には活気が戻り、広場や港からは商人たちの威勢の良い声が聞こえてくる。


 アンナたちは元々の目的だったアクア観光とお泊まり会をすることにした。

 まずはご飯を食べにアリスおすすめのレストランに連れて行ってもらう。シオンが食べたがっていた『真っ黒スパゲッティ』のお店だ。


「今日はボクの奢りだ。遠慮せずに好きなだけ食べていってくれ」


 引率のカサノヴァが気前よく宣言した。


「ちょっとカサノヴァ、あなた借金があるって言ってたわよね。大丈夫なの?」


 調子に乗るカサノヴァをマリアが注意する。


「大丈夫だよ。世界を救ったんだぜ? 騎士団から報酬をたんまり貰える手筈さ」


 アンナたちはカサノヴァのお言葉に甘えて、好きなものを注文する。全員が名物の真っ黒スパゲッティを注文して、口の中を真っ黒にした。


「エミリアお嬢様、お口の中が真っ黒です」


「そういうシオンこそ真っ黒ですわ」


 お互いに黒い歯を見せ合って笑う。アリスも口を抑えて笑い出した。それを見て、ルーナがイタズラっぽい顔をした。


「なに恥ずかしがってんの、地元民なんだから慣れっこでしょ、アリスちゃんも見せてよ〜」


 恥ずかしがって口を閉じて言い返せないアリスの愛らしい姿を見て、アンナは反射的に呟いていた。


「アリスちゃんはこれを食べてたからお腹真っ黒なんだね」


 すぐにルーナが吹き出して大笑いし、他の連中も真っ黒な口を見せて笑った。キリエは腹を抱えてテーブルを叩き、呼吸ができなくなるほど笑い転げた。


 アリスはというと口元から僅かに暗黒を覗かせて微笑んでいたが、目だけは笑っていない。


「……あ、ごめん、なさい」


 アンナは恐怖のあまり震えた。もう自分が手遅れだと確信し、全てを諦めた。


「絶望スパゲッティの『激辛』をお願いします」


 アリスが注文したのはロムルス名物の絶望スパゲッティ。それも唐辛子多めの激辛だ。テーブルの上に真っ赤なスパゲッティが置かれる。


「アンナちゃん、いっぱい食べて大きくなってくださいね。はい、あ〜ん」


 拒むことはできず、無理やり激辛スパゲッティを食べさせられる。口の中はあっという間に黒から赤に染まり、あまりの辛さに身体が小刻みに震えた。

 嗚呼、確かに絶望だ。


「あ、アリスちゃん、も、もうお腹いっぱいかも」


「そうですか〜? まだ入りそうなのに〜」


 お腹をさすって確認してくる。実はまだお腹いっぱいではないことが、読心と触診でバレてしまった。


「……ゆ、許して」


 涙目で懇願すると、アリスは満足そうに笑い、頭を撫でてくれた。


「ダメです」

 

 許してくれる流れからの急降下。

 容赦なく口に激辛スパゲッティを詰め込まれる。


「はい、あ〜ん」


「あ、あ〜ん」


 辛いはずなのに、いつの間にかアンナは自分から口を開けて求めていた。絶望スパゲッティは辛いだけでなく美味しいのだ。それに、こうしてアリスにあ〜んして食べさせてもらえる状況を楽しんでいた。


 その光景を、鼻血を垂らしながら椿姫は凝視していた。


「……えへへ、尊い」


 不気味な笑い声に周りはドン引きするが、アリスに目をつけられてしまう。


「どうしました。椿姫ちゃんも食べたいんですか?」


「へっ? あ、いや、ダメです私なんかが間に入るわけに──ぼばっ!?」


 無理やり食べさせられて、椿姫は悶絶する。


「笑った方、全員に食べさせますよ〜」


 アンナがヘイトを集めたおかげで逃れられると思っていた他の連中も、唐突にターゲットにされ顔が青ざめる。結局、ユニコーン決闘部全員が激辛スパゲッティを食べさせられたのだった。


 そんな戯れを見ていたカサノヴァが不思議そうにマリアに尋ねた。


「この子たちはいつもこうなのかい?」


「そうよ」


「そうか。楽しそうでよかった。あの子性格悪いから、友達できるか心配だったんだ」


 安心した表情でカサノヴァは我が子の笑顔を眺めた。


 大人組はワインを嗜んでいた。イブは実体化して高級なワインを何本も開け、酔っ払っている。


「うぃ〜……ひっく」


「こいつは相変わらずのウワバミだな」


 カサノヴァは百年以上前からイブと友人だ。彼女が魔女裁判にかけられた時も弁護人を務めていた。


「魔神イブリースが復活したって聞いた時はどうなることかと思ったけど、昔のイブに戻ったみたいでよかったよ」


 カサノヴァはイブを死なせてしまったことを、悪魔にしてしまったことを悔やんでいた。だから、イブが今幸せなことが嬉しかった。


 カサノヴァの話を聞いていたイブが気に入らなそうに返答する。


「あなたはやっと他人の幸福を祝福できるようになったのね。昔は愛がわからないだとかほざいていたのに」


 酔っ払っているが、その声ははっきりとしていて、目は真剣にカサノヴァを捉えていた。


「まぁね。やっと大人になれたってとこかな」


「ジジイになったの間違いでしょ」


「それなら君はババアだぜ?」


「女神イブはまだ十六歳です〜」


「それならボクは生後三日のピチピチギャルだ」


 なんだかんだ古い友達と再会できたことが嬉しいのか、二人とも酒が進むが、マリアに注意される。


「二人とも飲み過ぎはだめよ。酔っ払い老人の介護なんてごめんだからね」


 そんなことを言いつつ、マリアは平然と高い酒をかっくらっていた。カサノヴァの財布を潰すつもりだ。


「君こそ、そんなに飲んで大丈夫かい?」


「聖典には葡萄酒を飲みましょうと書いてあるわ。人の金で飲む酒は格別に美味しいともね」


「……書いてあったかな、そんなこと?」


 休日を満喫するカサノヴァの元に、ウェイターが二つの書類を持ってきた。


「カサノヴァ様、こちらはお食事代でございます。そして、こちらは魔法騎士団様からお預かりしたものです」


 騎士団からの書類には『始末書』の文字。独断でキヴォトスに潜入したことと、騎士団員ではない未成年を同行させたことがバレたらしい。報酬なんてものも存在しない。

 記録としては、カサノヴァは未成年の少女七人を連れて夜会に出席した最低の男という扱いだ。救世主どころではない。


 カサノヴァは絶望しつつも、態度には出さず、平静を保ち、すました顔でウェイターに言った。


「すまないが、今回の支払いはツケで頼むよ」


「今回でございますか? カサノヴァ様」


 筋肉ムキムキのお髭のウェイターの顔がカサノヴァに迫る。


「まだ五件のツケが残っておりますが」


「あ、はは……すぐに払うつもりさ。なんせボクは世界を救った英雄だからね。すぐに莫大な報酬が手に入る」


 冷や汗が滝のように滲み出す。全て嘘だ。カサノヴァはキヴォトスに未成年の少女七人を侍らせて夜会に行っただけのバカに過ぎない。

 解決策を考えているといいアイデアが思い浮かんだ。


「そうだ! ボクらは世界を救ったヒーローだ。今回はサービスしてくれるとか──」


 カサノヴァにもう一枚の書類が叩きつけられる。


「……魔法契約書?」


 そこには次回来店の際に全てのツケを払うと記載されており、カサノヴァのサインもあった。

 そして、それが守れなかった場合は支払額分の労働をカサノヴァ本人が行うと書かれている。


「ごちそうさまでした、カサノヴァ先生!」


 事情を知らない生徒たちは満足そうにカサノヴァにお礼を言って退店していく。


「美味しかったです!」


「またのご来店をお待ちしております」


 店員は少女たちには好意的だ。世界を救った英雄として彼女たちは街の人々から尊敬されていた。

 しかし、カサノヴァの金払いと女癖の悪さはアクアの誰もが知るところであり、たとえ世界を救ったとしても許されることはない。


「さあ、カサノヴァ様。次の方舟が港であなたをお待ちしておりますよ。漁船という名の方舟が」


 カサノヴァは体格のいいウェイターたちに捕まると、港に引き摺られていく。


「ああー!!」


 水の都に活きのいい悲鳴が響き渡るのだった。


 ◇


 日中アクアの観光を楽しんだアンナたちはアリスの家でお泊まり会をすることにした。ちなみにカサノヴァは漁に連れ出されて不在だ。新学期が始まる前には戻って来られるらしい。


 お風呂に入った後、パジャマに着替えた少女たちは大部屋に集まってボードゲームをしたり、映画鑑賞を楽しんでいた。


「お泊まり会といっても、夜更かしはほどほどにね」


 最後にお風呂から出たマリアが部屋に入ってくる。清楚で優雅な白いネグリジェと、首横から垂らされた艶のある髪、フローラルなシャンプーの香りに、アンナは興奮して、気がつくと鼻血を出していた。


「アンナちゃん、マリア様と一緒に住んでるんだよね?」


 ルーナが気持ち悪そうにティッシュを渡す。


「うん。毎日、鼻血出てるよ」


「うわキモ」


「ねぇルーナちゃん。そろそろビンタしてよ」


「……は〜」


 ルーナが心底気持ち悪そうに大きなため息を吐いた。あの時は黙らせるために殴ると約束したが、この平和な状況で人を殴るのは、殴る側が辛い。


「他の罰ゲームでいい?」


「それでルーナちゃんはいいの?」


「そもそも殴られたこと怒ってないし」


「じゃあ踏んで」


 アンナは跪くと傅いた。ルーナは仕方なさそうに背中を踏んであげる。


「……う、うぅ、ありがとう、ございます」


 アンナは呻きつつも悦んだ。


「ねぇこれ、おまえが気持ちよくなりたいだけじゃん」


 これでは罰でも仕返しでもなく、ただのご褒美だ。


「まぁ、別にいいけど」


 助けらてもらったのだから、ご褒美くらいあげてもいいかと、ルーナは肩揉み感覚で踏み続けた。


 その様子をイブがじっとりと見ていた。いつものように嫉妬して、駄々を捏ねるかと思ったら、嬉しそうに微笑んだ後、他のみんなのところに行ってしまう。アンナはそれが少し寂しかった。


 マリアはというとアリスが作った夜食のお菓子を頬張っていた。


「このいちご味のクッキー甘くて美味しいわね」


 実はマリアは甘いものに目がない。アリスと一緒に暮らしていた頃は、料理が得意な彼女に頼んで、よくお菓子を作ってもらっていた。


「すごい、このお菓子、中にジャムが入ってるわ!」


 マリアは子供のように目をキラキラと輝かせて喜ぶ。その様子が珍しくて、生徒たちは見入ってしまった。視線に気がついたマリアは恥ずかしそうに頬を赤くすると、咳払いして、緩んだ顔をキリッと整えた。


「また料理が上手になったわね、アリス」


「ふふ、おかげさまです。マリア先生が、毎回幸せそうに食べてくださるので」


 しれっとマリアがお菓子好きなことを周囲にバラす。その裏がありそうな笑みに、マリアはトラウマを思い出した。


「そういえば毎度お菓子の中に一つだけ辛口を混ぜていたわよね。危うく今回も引っかかるところだったわ」


 お皿に残ったお菓子は二つ。ジャム入りの焼き菓子だ。毒や魔法なら感知できるが、唐辛子の有無はマリアでも見分けられない。完全な二択だ。


「これよ!」


 色が薄い方を選んで口に入れた。すると、すぐに舌を激痛が襲う。


「ひゃっ!?」


 小さく悲鳴を上げて、ヒーヒーと辛そうにするマリア。その姿にいつもとギャップを感じて生徒たちは幸せな気持ちになった。


「手が込んでるわね、カモフラージュするなんて」


 口直しに甘いはずの残りのお菓子を口に放り込む。しかし──


「……かりゃい」


 パタパタと手で顔を扇いで辛さを紛らわす。その可愛い様子にアンナは胸を押さえてのたうち回り始めた。


「辛いのが一つとは言っていませんよ」


「人を騙すのも上手くなったみたいね」


 口を抑えるマリアにいつのまにか隣にいたイブが飲み物を渡した。


「はい。安心して、毒も辛いものも入れてないよ」


「ありがとう、イブ」


 マリアは疑うことなく飲み干す。本当に悪いものは入っていなかった。


「マリア、大人になったと思ってたけど、あんまり変わってないね」


 安堵するようにイブは呟いた。


「なによそれ。大人です〜。一緒にお酒も飲んだじゃない」


「ふふ、そうだね。まさかマリアと一緒にお酒が飲める日が来るなんて思わなかった」


「そう。私はイブのためにお酒を覚えたんだけどな」

 

 少し恥ずかしそうにマリアは明かした。その発言にイブは目を丸くする。


「え、なにそれ。可愛い〜」


 イブがはしゃいでマリアの頭をポンポン撫でる。満更でもなさそうに、マリアはそれを受け入れた。


 その光景をアンナは真顔で見ていた。二人にはアンナの知らない過去と関係性がある。それが羨ましかった。


 イブを自分のものだと思っていたのに、彼女がずっと遠くの存在に思えてしまった。


 二人の時間を壊すこともできず、アンナが寂しそうにしていると、それにイブが気づいた。

 

「アンナちゃんどうしたの?」


 心配して声をかけると手を掴まれた。アンナの瞳には光がない。


「……イブ。他の人と話さないで」


「へ?」


 いつもと違うアンナの闇のオーラにイブは怯む。


「わたしから永遠に離れないで」


「ひゃ、ひゃい」


 ブラックホール級の超重力の愛を感じ取り、イブの全身に鳥肌が立つ。心臓が早鐘を打ち、脳が異様な高揚感で満たされる。下腹部が熱を持ち、きゅうきゅうと蠢いた。


「首絞めて欲しい」


 アンナはイブに自分の首を掴ませる。イブが逡巡しているとマリアが割って入って止めた。


「なあに、アンナ。やきもち?」


「……マリアはイブのなんなの」


 強い嫉妬の感情に影響されて、崇拝するマリアのことさえも睨んでしまう。

 マリアは口に手を当てて考える。


「友だちで……宿敵? 今は一緒にアンナを育てる家族、かな。アンナはお母さん二人の仲がいいのは嫌?」


 顔を覗き込むように聞かれて、アンナは頬を赤らめて目を逸らした。


「……べつに、いいけど」


 ふてぶてしく答えると、イブごとマリアに抱きしめられた。二人の温もりが伝わって来て、嫉妬心は治ってしまう。膨れた顔のままアンナは二人からの抱擁を堪能した。


 側から見ていたルーナはそのやり取りに呆れた。


「面倒なお嬢さんですね〜」


「あなたもよ、ルーナ」


 マリアはルーナの手を掴んで引き寄せると、そのまま抱きしめた。


「マリア様、ちょ、ななななにするんですか!?」


「ルーナも家族でしょ?」


 ルーナはびっくりして慌てるが、初めて感じた温もりに抗えず、受け入れて静かになった。


 その様子をアリスは少し離れて眺めていた。もう自分は家族ではないからと、遠慮していたのだが、マリアと目が合い、手招きされる。

 抗えず、恥ずかしそうにアリスはマリアの抱擁を受け入れた。

 

「アリスも家族だよ」


「……はい」


 滅多に見せないアリスの赤面と、か弱い一面に、アンナの中で何かが壊れる音がした。

 アンナは膝から崩れ落ちると胸を押さえてアリスの可愛さに悶え始めた。それをルーナとイブが可哀想に見下ろした。また一つアンナの性癖が歪んでしまったからだ。


 そして、四人を連続でハグしたことで、マリアの我慢していた欲望のタカも外れてしまったいた。


「うふふ、いいわね〜、女の子を抱きしめるのって。なんだか、私のものになったみたい」


 その母性もとい支配欲に満ちたマリアの目が、生き残った四人の少女たちを捉えた。


 冷や汗をかいたイブがみんなに告げた。


「まずい、マリアの暴走ハグモードだ! 満足するまで女の子を抱きしめ続けるよ! みんな逃げ──」


 イブが一瞬にしてマリアに抱きしめられる。豊かな胸に顔が埋まり、言葉が遮られた。抵抗する気力も失せ、気がつくとイブは抱擁を受け入れていた。

 マリアの発する包容力と母性によって『家族』にさせられたのだ。


「みんなもぎゅーってして、『家族』になりましょう」


 家族鬼ごっこが始まってしまった。マリアに捕まればハグされて強制的に『家族』にされてしまう。


 エミリア、シオン、椿姫、キリエは一斉に逃げ出す。


 まずマリアは椿姫に接近した。あまりの速さに反応できない。


「──え」


 気がつくと椿姫はマリアに抱きしめられていた。


「ダメですマリア先生、解釈違いです。わたしが挟まるわけにはいきません!」


「いいじゃない。椿姫も家族になっちゃえば」


 耳元で囁かれて、椿姫の貧弱な自制心は一瞬で手折られた。


「ひゃ、ひゃい。なりましゅ」


 放心し、腰が抜け、自力で立てなくなる。椿姫はマリアに支えられてゆっくりと床に座らされた。


「……わたし、『家族』にされちゃった」


 次は誰にしようかと、部屋中に散らばった少女たちを眺めて舌舐めずりする母親ハンター。次に狙いを定めたのはシオンだった。


 シオンは転移魔法で回避するが、その行き先に既にマリアが転移していた。


「流石に速いですね。どうぞ、好きにしてください」


「いい子」


 シオンは諦めて潔くハグを受け入れた。


「シオンはもっと甘えた方がいいわ」


 頭を撫でられ、普段はクールなシオンも頬を赤らめた。さらに、マリアを自分から抱きしめ返してしまう。


「ごめんね、すぐに戻ってくるから」


 シオンを手放すと、次はエミリアに狙いを定めた。エミリアは勝手に壁際に追い込まれ、逃げ場を失っていた。


「あ、あの、マリア先生、お手柔らかにお願い致しますわ。わたくしは先輩という立場ですので、皆様に情けない姿を見せるわけにはいきませんの」


「いいのよ、わたしの前では赤ちゃんになって」


 命乞いも虚しく、エミリアはたおやかな腕と柔らかな胸に抱かれた。優しく、温かく、柔らか、そして力強さを内包した抱擁に、エミリアは無意識のうちにその身を委ねてしまう。


「……いけませんわ、こんなはしたない顔、見ないでください」

 

 腑抜けた情けない蕩け顔を晒しながら、エミリアは壁伝いに座り込んだ。


 残ったのはキリエだけだ。彼女は逃げ隠れせず、堂々とマリアと対峙した。


「いいの? わたしを抱きしめたら魔法使えなくなっちゃうよ!」


「今はオフなんだからどうでもいいわ。私が魔法を使えなくても、みんながいるしね」


「……あれ、もしかして作戦失敗した?」


「はい、ぎゅー」


 問答無用に抱きしめられた。柔らかい胸と甘い石鹸の匂いが脳を刺激し、バチバチと視界が点滅するほどの強い衝撃が全身を迸る。

 凄まじいノスタルジーを感じて脳がキャパオーバーし、気がつくとキリエは涙を流していた。


「……マ、ま」


「ふふ、可愛いわたしのキリエ」


 各して全員が『家族』にされた。マリアは少女たちを周りに侍らせて満足そうに微笑んだ。


 その後、気を取り直してお泊まり会を再開し、映画鑑賞をしていると、マリアが寝息を立て始めた。

 隣にいたアンナの肩に寄りかかったまま、気持ちよさそうに眠っている。夏休みなのに毎日仕事で疲れていたのだろう。


 アンナはマリアに膝枕をしてあげると優しく髪を撫でた。少女の表情が慈愛と包容力に満ちた穏やかなものになる。


「おやすみ、マリア」


 ◇

 

 お泊まり会の翌朝、ユニコーン決闘部たちはそれぞれの帰路に着いた。

 アンナ、ルーナ、マリアの三人はオルレアン共和国のラピュセルへと向けて列車に乗った。

 車窓の景色は海から街へ、そして農地へと変わり、やがて小さな町が見えてきた。


 列車を降りたルーナを静かな田舎町が出迎える。なだらかな緑の丘を登った先に白い家が待っていた。


 マリアが扉を開けて手招きをした。


「さあ、入って、あなたの家よ」


 今まで住んでいた豪邸とは違う、こぢんまりとした家。それなのに欠けた心の穴にすんなりとハマった。ここに来たことがあるかのような懐かしさを錯覚する。ここに辿り着くために、これまで生きてきたのだとさえ思えた。


 感動して玄関で固まっているルーナの背中をアンナが押した。


「ルーナちゃんおかえり」


「ただいま」

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