婚期を逃した地雷女先輩からのラブコールは、セクハラに該当しますか?

平日黒髪お姉さん

第1話:地雷女先輩がゼ●シィを置いてきた

「おはようございます」


 西園寺女子学院の若手教師・佐藤守は職員室のドアを開け、他の先生方に挨拶を行う。

 部屋の電気は付いているのに、見える範囲には誰一人としていない。

 不思議に思いながらも、自分の座席へと向かおうとすると——。


「————————ッ!!」


 トントンと、後ろから肩を叩かれた。

 突然の出来事に大きく体をビクリと反応させて、佐藤は振り向いた。


佐藤サトウ先生―♡ おはようございます♡」


 彼の前に立ちはだかるのは、教師生活五年目の先輩・水城レイ。

 オシャレな大人女子と言えば、聞こえがいいかもしれない。

 しかし、同じ教育者としての立場で言えば、彼女は浮いている存在だ。

 ふわりと巻いた色素の明るい髪に、遠くからでも分かるほどに匂う香水。

 生徒たちの間では、オシャレ先生と評判なのだが……。

 佐藤の中では、婚期を逃して毎日合コンに参加する男に飢えた地雷女にしか見えない。


「ふふふふ、佐藤先生ったら、とってもカワイイですね。ビクビクしちゃって♡」

「後ろから喋りかけられたら、誰だってそうなりますよ」

「そうですかねー? でも、さっきの佐藤先生見てたら……」


 水城レイは「ふふっ」と微笑んだ。

 その微笑み方は、正しく若い男を狙う魔女。

 口元を僅かに指先で覆いながらも、彼女は瞳の色を女にして。


「——今すぐに食べちゃいたいぐらいです、ふふふふふふ」


 食べるという表現が、どんな意味を指しているのかは知らん。

 もしもこれが男性から女性への言葉なら、即刻セクハラ案件だろう。

 しかし、世の中は男性に厳しい社会。

 故に、この程度のことで、男性は声を上げることなど難しいのである。


「あははは、今日もご冗談が上手いですね。水城ミズシロ先生は」


 そもそも論——。

 彼が赴任した西園寺女子学院は、地元では有数のお嬢様校。

 女性が支配する社会では、男性は肩身が狭い思いをしなければならないのだ。

 佐藤守はさっさと自分の座席へと付き、本日の授業に使う資料を再確認したかった。

 しかし、この男に飢えた女上司は未だに解放してくれそうにはない。


「それにしても今日も早かったですねー、佐藤先生」


 もしかして、と語尾を僅かに強めて、彼女は野獣のような瞳を向けて。


「私に早く会いたかったからですかー?」

「ははは、そうですねー」


 適当に言葉を濁した。

 別に水城先生のために早く来ているわけではない。

 ただ、まだ二年目の新米教師である立場上、早めに来た方が良いと思っただけだ。

 それにこの女子校内では、佐藤守は頼りになる男手の一人だ。

 何かと力仕事をする必要が出てくる可能性を考慮して、早めに来ているのである。

 ただ、そんなことなど何も知らずに、水城レイだけは勝手な勘違いをしているのだ。


「やっぱり、佐藤先生って私のことがお好きなんですねー」

「あはは、そうですねー。もうそういうことで結構ですよ」


 正直な話をすれば——。

 佐藤守は、水城レイが苦手だった。

 美意識が高いと言えば聞こえはいいかもしれない。

 ただ、彼女の場合は、ただの意識高い系なのである。


「そ〜いう佐藤先生、私はとってもカワイイと思いますよ」

「あぁ、そうですか。自分では気付かない一面があったんですね、あははは」


 これ以上、この女と話していても何の意味もない。

 そう思い、佐藤守は話を切り上げ、さっさと自分のデスクへと向かった。

 そして、彼は気付く。


(ん? 何だこれ?)


 机に置かれていたのは、某有名な結婚情報誌『ゼ●シィ』。


(誰がこんなものを俺の机の上に!)


 自分とはまだ縁がないと思う情報誌を手に取ってみる。

 中身をパラパラと捲りながら、若い男女が楽しげに結婚を語っていた。

 そんな幸せそうな男女を死んだ魚のような目で見ることしかできなかった。


(俺だって、結婚したい。その気持ちは大いにあるさ)


 実際問題。


(女子校に赴任すれば……俺もモテると思っていたことはあったよ)


 だけどだけどだけど。


(職場内で恋愛に発展するなど到底不可能に近いんだよな……)


 考えてみろよ。


(周りにいるのは、先生か生徒しかいないんだよ。それも、女性社会中心の私立女子校)


 変な行動を取ってみろ。


(すぐに……俺みたいな男は、即刻で仕事がやり辛い状況になるんだ)


「どうしたんですかー? 佐藤先生ー」


 異常事態発生と感じ取ったのか、水城レイが早足でやってきた。

 佐藤守は手に持つ情報誌を傾けながら。


「いやー生徒のイタズラでしょうか。その机の上にゼ●シィが置かれていまして……」

「あ、それは私が置きました!!」


 悪びれる様子もなく、水城レイは頬を赤く染める。


「あぁーそうだったんですか。あはは……って、えっ?」

「そろそろ、私と佐藤先生も将来を考えた方がいいなーと思うんです。私たちって、独身同士ですし。それに子供などの心配もありますから……」


 たしかにそれはそうだよな、と佐藤は思った。


(この職場でまだ結婚してないのって、俺と水城先生……あと、同期の梓沢アイザワ先生と後輩の御坂ミサカ先生ぐらい)


(梓沢先生と御坂先生は男性にモテモテだけど、『男性に興味ありません』雰囲気を醸し出してるし)


(問題は非モテな俺と、婚期を逃して男に飢えた地雷臭漂うこの女上司のみ……)


「そうですね! 前向きに考えないとダメですよね!」


 佐藤守はそう言うのだが、この時点から二人の勘違いは始まっていた。

 というのも、佐藤守は——。

 あくまでも、結婚というのをお互いにそろそろ意識したほうがいい。

 そう前向きに考えているだけに過ぎないのである。


「流石は、佐藤先生ー!! 話が分かる方です!」


 しかし——。

 この婚期を逃し続け、何が何でも幸せを勝ち取りたい女は違うのだ

 彼女はもう既に若い男・佐藤守に結婚相手を定め、結婚を勝手に意識し始めているのだ。

 勿論のことながら、彼等の間には男女の付き合いもなければ、一夜を共にした関係性でもない。

 それにも関わらず、「佐藤守!! キミに決めた!!」と勝手に結婚計画を進められている始末。恐るべし地雷女とでも言うべきか、用意周到な頼れるお嫁さん候補と言うべきか。


(絶対に水城レイこんな行き遅れ女とは結婚したくないな)

(絶対に佐藤守この男しか無理ッ!! 私、最後の砦!! 逃さないわ!)


 欺くして——。

 何が何でも幸せになりたい婚期を逃した地雷臭漂う女と。

 そんな面倒すぎる身勝手な女の標的になってしまった不憫な男のラブコメは始まる。

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