第5話 ラーメン
「……そろそろ帰ろう」
「うん。そうだね」
藤堂の顔は夕日のせいでよく見えなかったが、顔が赤くなってる気がした。
夕日のせいだと思い、たいして気にすることなく階段を降りようとしたそのとき、お腹が鳴った。
グゥウウー。
'あ、鳴った'
あれだけ泣いたらお腹も空くかと思い、帰りに何か買って帰ろうと思う。
そこで気づいた。
彼もお腹が空いているのでは、と。
私のせいで下校できず、話し相手になってくれた。
せめてものお礼にご飯でも奢るべきだ。
そう思い、私は藤堂を夕飯に誘った。
「ねぇ、お腹空かない?お礼に何か奢らせて」
借りを作ったままなのは嫌だ。
私の性格上すぐに返したくなる。
もし「親がもう準備している」と言われたら諦めて他のにする。
もしそうじゃないなら、彼が嫌じゃないのなら今日のうちにお礼をしておきたかった。
「いや、その……」
藤堂は断ろとう口を開いたが、そのときタイミング悪くお腹が鳴った。
「……」
「……」
恥ずかしかったのか藤堂は顔を逸らす。
'生理現象なんだから恥ずかしがらなくてもいいのに'
同じくさっきお腹が鳴った私は恥じらうことなく堂々とした。
普通のことだからと。
「もう親御さんが夕飯の準備してる?」
「いや……」
「私と食べるのは嫌?」
「いや、そんなことはない」
「なら、お礼をさせて。さっき藤堂くんが私を助けてくれなかったら、私は惨めな姿をあの二人に見られてた。きっとすごく恥ずかしくて消えてしまいたくなるくらい嫌だったと思う。でも、藤堂くんのお陰でそんな思いをすることはなかった。だから、もし迷惑じゃなかったらお礼させて欲しい」
きっと明日になればまたいつもの関係に戻る。
なんとなくそんな気がする。
今日を逃したらお礼をするのが難しくなる。
だから、断らないでくれと祈りながら彼の返事を待つ。
「……わかった」
「本当!?ありがとう!何が食べたい?ラーメン?寿司?それともファミレス?何がいい?」
何がいいかわからず、とりあえず学校の近くにある飲食店を言う。
「じゃあ、ラーメン……」
最初にラーメンの名が出てきたので深く考えずにラーメンと言った。
「わかった。行こう」
私は彼の返事を聞かずに階段を降りていき教室に戻って鞄を取る。
だから、知らなかった。
彼がどんな顔をしていたのか。
「くそ。調子狂う……」
右手で真っ赤な顔を隠しながら「優しい」と言ったときの笑顔を思い出し、柄にもなく照れてしまう。
「らっしゃーい」
店に入ると店員さんに声をかけられる。
'いつきても元気だな。大将'
桃花達ときとよくくるので大将と仲良くなった。
大将は私に気づきニカッと笑いかけてきたが、隣の藤堂を見るなり固まった。
急にどうしたんだと首を傾げるが、すぐに我に返った大将にグッドサインを出されて本当に意味がわからなくなった。
無視しよう。
そう決めて藤堂の方を向く。
「どれがいいか決まった?お礼だから気にしないで好きなの頼んでね。お礼だから遠慮しないでね!」
席に着き、お礼という言葉を特に強調して言う。
大将や他の定員、お客に同級生にたかる男と誤解させないために。
「ああ。えっと、じゃあ……俺はラーメンを……」
藤堂はメニューを見て一番安いのにしようと思いそう言ったのだが……
「大将。今の取り消しで。チャーシュー麺にして……」
藤堂は一番高いメニューを躊躇なく頼む私の方を「え!?」と勢いよく見る。
藤堂が困惑していたのに気づいていたが、遠慮しなくていいと言ったのに遠慮なくされたので、私が勝手に注文することにした。
「それと私はバターコーンで。あ、チャーハンと餃子は食べる?」
「いや、だいじょ……うぶ」
これ以上は申し訳なくて首を横に振り断る。
藤堂は私がニコッと笑ったことで、わかってくれたと安心したがすぐに後悔した。
「大将。チャーハンと餃子もお願いね」
「あいよ」
注文を聞き終えると大将は調理に取り掛かる。
「半分こしよう。流石に私一人じゃあ、食べきれないからさ」
嘘。本当は余裕で食べれる。
桃花達と来るときはいつもバターコーンにチャーハンと餃子もつける。
でも今回はこうでもしないと藤堂が遠慮して食べないとわかっているので強引に注文した。
「わかった。でも、さすがに悪いから半分俺も出すよ」
さすがにチャーハンと餃子まで奢ってもらうのは違うと思いそう言う。
「ううん。必要ないよ。言ったでしょう。俺はお礼だって。藤堂くんにとってあれは当たり前のことだったかもしれないけど、私は本当に助かったの。夕飯奢るくらいじゃあ、感謝を表せないほど感謝してるの。だから素直に奢られて。これは私なりの感謝の気持ちだから。ね」
「わかった。遠慮なく奢られるよ」
これ以上断るのは私の気持ちを無碍にすることだと思い、素直に奢られることにした。
「ありがとう。遠慮なく食べてね」
そう言って話が纏まったとき「へい。お待ち」と大将がラーメンを持ってきた。
「美味しそう。食べよう」
「ああ」
私達はたわいもない話をしながら食事をした。
餃子はいつも通りだったが、チャーハンはいつもと違い大盛りだった。
私は注文間違えたかのかと思い、大将の方を見るとまたグッドサインをされて察した。
私がいつも食べる量より少ないと思ってサービスしてくれたのだ。
心の中で感謝しつつ、次来たときにいっぱい頼もうと決める。
「なぁ」
「ん?なに?」
コーンを食べようとした時に声をかけられた。
「バターコーンって美味しいのか?」
藤堂は隣で美味しそうに食べる私の姿を見て気になった。
友達とよくここにラーメンを食べにくるが、誰もバターコーンを食べる人はいない。
だから、最初バターコーンを頼んだときは驚いた。
それって美味しいのか、と。
ただの興味で食べたいとかそんなつもりは一切なかったのに……
「食べてみる?口で言うより食べた方が美味しさわかるし。はい」
私は器を藤堂の前に持っていく。
「いや、そんなつもりは……」
まずい。
藤堂は焦る。
ラーメンを奢って貰うだけでも申し訳ないのに、人の料理まで欲してると思われるのは嫌だった。
断ろうとするも、物凄いいい顔で、期待するような目を向けられると断れなかった。
諦めて食べることにした。
「……美味しい」
想像を遥かに超える美味しさに驚く。
今日からバターコーン派になるほど好きになった。
今までは醤油一択だったのに……
もっと早く食べればよかったと後悔する。
「でしょう!」
私は嬉しくてドヤ顔をする。
「ああ」
「ご馳走様でした。大将また来るね」
「おお。待ってるぞ」
会計を済まし店を出る。
「桜庭。ご馳走様でした」
藤堂のお礼に私は笑みで返す。
「じゃあ、帰ろうか。藤堂くんは駅?」
「ああ」
「じゃあ、送るよ」
「桜庭は駅に乗らないのか?」
「私は徒歩圏内だからね。寝坊しそうなときは自転車でいくけどね」
自転車は許可を取らないと使っては駄目だが、走っても間に合わないときだけ使っている。
「なら、俺が送る」
「いや、そんな申し訳ないよ。それでなくても今日助けてもらったのに」
「そのお礼はもう受け取ったから気にしなくていい。これは俺がしたいからするだけだから」
桜庭は美人だ。
それなのにこんな夜遅くに一人で帰したら何があったら後悔してする。
いくら桜庭が空手を習っているから強いとしても、この時間に一人で帰らせるのは心配だった。
「でも……」
「心配だから送らせてくれ」
「……わかった」
心配。初めて同年代の男子に言われた。
彼氏の秋夜だって私を心配したことはなかったのに。
どうしてか胸がざわつく。
嬉しいのか、悲しいのか、虚しいのか、自負自身の気持ちがよくわからなかった。
「どっちだ」
「あっち」
私は帰り道の方向を指差す。
藤堂は私の指差した方向に歩き出す。
私もその後ろをついていく。
さっきまでの楽しい雰囲気とは一変し、会話はなかった。
重い空気とは少し違うが、居心地が悪くなったのは間違いない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます