最強暴虐無双 in ポストアポカリプス with モンスター!
雨丸令
第1章
1部
第1話
崩壊した建物群。状態の悪くなった道路。打ち捨てられた車。
すっかり寂れてしまった街並みの中に――その影はあった。
「はぁあああッ!!!」
「アオーーーーーンッ!!!」
一方は身長170cm程度、大きな戦斧を持った鋭い目付きの人間。一方は爪と牙を剥き出しにした、3メートルを超えた巨躯を誇るオオカミ。
それら一人と一頭が、寂れた街の中で激しい戦闘を繰り広げていた。
普通に考えれば、この両者が激突すれば勝つのはオオカミの方だ。
人間は知性的、社会的な側面では多くの生物を置き去りにしていても、身体的にはとても強靭とは言えない。勝負の分かり切った戦いだと人間ですら思うだろう。精々傷を付けられれば上出来で、結局最後にはオオカミの腹を満たす事になる。
きっと誰もが――戦っている当人ですらそう考えるはずだ。
――しかし。今オオカミと戦っている人間は違った。
「おっらぁあああッ!!!」
「キャインッ!?」
激しい戦闘の最中。人間――ジンはオオカミが見せた隙を突いてみせた。
彼の持つ戦斧が、恐ろしい巨躯の獣の腹部を切り裂いたのだ。
右腹部から左腹部にかけて一直線に。致命傷だ。
甲高い悲鳴。オオカミの目に恐怖が浮かぶ。
だが悲痛なその鳴き声にジンが戦意を鈍らせる事はなかった。
元より敵同士。戦っていれば攻撃を受けるのは当然の事。場合によってはそれが命に係わる重大な損傷になる事もある。
そんな分かり切った事に怯えるのは、覚悟が足りなかったというだけだ。
そのような阿呆に向ける慈悲など彼は持ち合わせていない。
むしろ素早くトドメを刺してやるのが情けだとすら考えていた。
これは殺し合い。最後にはどちらかが死ぬべきだ。
そう信仰しているが故に。
「お前との戦いは楽しかった。ありがとうな」
「……くぅーん。ヴォン!」
オオカミは寝そべっていた。致命傷により動く事もままならないのだ。
その眼には諦観が宿っている。これから自分がどのような運命を辿るのか理解しているのだろう。ゆっくりとその視界を閉じ、自身の運命に身を任せた。
いたずらに終わりを長引かせる趣味もない。
――ジンはオオカミに戦斧を振り下ろした。
ズルリ、と。亡骸から戦斧を引き抜く。
血に塗れたままの戦斧を、そのまま肩に担いだ。
オオカミとの戦いは終わった。――だが、これで全てが終わったわけじゃない。
周囲に目を向ける。あちらこちらからオオカミが彼を見ていた。
彼らはジンを狙っているのだ。貴重な食料として。もしくは――滅ぼすべき人類の一人として。
やれやれ、と。彼は溜息を吐き首を横に振った。
一匹倒した後は群れとの戦いが始まる、というわけだ。
“人気者は辛いな”、と自身の境遇を皮肉った。
「チッ。最近はオオカミが増えてきたな。モンスターの勢力図は半年前に一旦定まったはずだろ? それがまた変わり始めるなんて、こりゃあ何か起きてんな」
脳裏には辺り一帯の地図。浮かぶ嫌な予感にジンは顔を顰めた。
この辺りには草食系のモンスターが多数いた。モンスターの中では珍しく比較的安全な気性の大人しい連中だ。強く刺激しなければ触れることも出来た。
だがここ一ヶ月、そういったモンスターは減りつつある。原因は不明。
代わりに台頭してきたのはオオカミのような肉食系のモンスターだ。
おかげで辺りの生態系は崩れつつある。肉食系モンスターが増えた事で草食系のモンスターが食い漁られ、できた空白地帯に別の肉食系モンスターが入り込む。結果として肉食系モンスターどうしの縄張り争いが増え、草食系モンスターを更に遠ざけてしまう。酷い悪循環だ。ちょっとやそっとの事ではこのループは止められない。
早期に間引きしなければ一帯のバランスは崩れる。そうなれば再び地獄めいた景色が生まれてしまう。“そうなる前に掃除しなきゃな”――ジンはそう考えていた。
「グルルルル……ッ!」
「おっと。考え事の前にまずは片付けか」
オオカミの群れは徐々にジンとの距離を詰めてきている。
隙の無い布陣。アリ一匹逃げる余裕すらない完全完璧な陣形だ。それが徐々に狭まりつつ迫っている。オオカミ達にジンをここから逃す気はさらさらないらしい。
――まあこっちも逃げるつもりはないが。
戦いによる興奮と高揚。思わず口端が上がる。
「いいぜ、来いよッ。数を揃えりゃ俺を獲れるとでも思い上がったかッ!? その勘違い、お前らの頭蓋ごとこの戦斧で叩き壊してやるよッ!!!」
「アオーーーーーーンッ!!!」
遠吠え一つ。それを合図に――両者は激突した。
――――――――――――――――――――
文明がなぜ崩壊してしまったのか。その原因をジンは知らない。
分かっているのは1年前。突如として各地に空想でしかなかったはずのモンスターが世界中に出現し、無差別に人類や人類が創ったものを破壊し始めた事だけだ。
モンスターはあらゆるモノを破壊していった。
人も。物も。国家でさえも。
世界には悲惨な情報ばかりが溢れた。良い情報など一つもない。
自衛隊や警察も幾度となく出動するが、その悉くが失敗。
日に日に悪化していく状況を肌で感じていた。
そして遂に――ジンの暮らす地域一帯もモンスターの波に吞み込まれた。
家は無残に破壊され。家族は行方不明となり。友人知人もいつの間にか連絡が取れなくなった。他人は信用できず、なんとか生き残る術を模索する日々。
モンスターを倒すほど強くなれる、というのは大きな発見だった。
その日以来、ジンは積極的にモンスターを倒すようにした。
そして気が付けば――ジンが一人になってから一年という月日が経過していた。
――――――――――――――――――――
疑問は無数にある。モンスターは一体何処から現れたのか。どうして地球にやってきたのか。何故人類や人類が創った物などを無差別に襲い、破壊していくのか。
考えれば考えるほどに謎に包まれた生物。それがモンスターだ。
そしてそんなモンスターの生体の中でも極め付けの謎が――これだ。
「お、出た出た。今日も大量だな。ラッキー」
数分前までオオカミがいた場所を見ながら、機嫌良くジンが呟いた。
彼の視線の先にあるのは、虹色に光る水晶のような石。丁寧に切り分けられた大きな肉の塊。艶のある黒い毛皮。それと鋭く手の平ほどの大きさがある牙だ。
これらは倒したオオカミから出現したもの。彼はドロップアイテムと呼んでいる。
ここ一年の経験から、モンスターは倒すとアイテムを落とす事が分かっている。まるでゲームのように。一匹の例外もなく。……当たり外れの違いはあるが。
理由は不明。何故アイテムを落とすのかは分からない。
このうえなく怪しくはある。あからさまに不審だ。とはいえ食料系のドロップアイテムがなければ、ジンは今日まで一人で生き延びる事は出来なかった。その事実だけはハッキリと、明確に、否定の余地もなく存在している。
だから怪しくは思いつつも、今のところは素直にその恩恵に預かっていた。
「バッグが一杯になったな。今日はこの辺で帰るとするか」
バックパックはドロップアイテムで一杯になった。これ以上は入らない。なのでジンは一旦荷物を持ち帰る為、自宅の方へと足を向けたのだが――。
「――ッ!? チッ!」
危険! 彼は咄嗟にその場から飛び退いた。
直後ジンがいた場所に矢が突き刺さる。
――マジかよ。
小さく呻く。矢はコンクリートを貫いていた。文明が崩壊して以来メンテナンスなどあるはずもなく。かつてに比べれば劣化しているとはいえ、コンクリートをだ。
「おいおい、あれを避けられるのかよ」
「……なんだ? お前ら」
出てきたのはフェイスカバーで口元を覆い隠した三人の男たち。
三人ともクロスボウを構えている。さっきの矢はあれで撃ったらしい。
「俺たちは『デビルズクラウン』の人間だ!」
「デビルズクラウン? 聞いた事ないな」
眉を顰める。ここ一年、僅かとはいえ他者とは交流があった。しかし一度だってそんな名前の集団がいるなど聞いた事がない。彼らが黙っていたのか、それとも最近出来たばかりなのか? 例えどちらであったとしても頭の痛い問題になる。
「で? そんな連中が俺に何の用だってんだ。不意打ちで矢まで撃ちやがって」
男の一人がにやりと(雰囲気)笑う。
「分かるだろ? 寄付を募ってんだよ。俺たちはな」
「そうそう。そのバックパックに入ってるものをくれるだけでいいんだ」
「善意の慈善事業にご協力くださーい! なんちゃって?」
「……武器を手にボランティアってか? 最近の募金活動はずいぶん物騒だな。それもチンピラみたいな連中を使って、とは……。よほど人手不足と見える」
“この荒れた時代にモンスターではなく人を襲うのか”。ジンは呆れた。
しかしすぐにこんな時代だからこそ人を襲うのかもしれない、と思い直した。モンスターは強い。今のところ人類は奴らに負けっぱなしだ。だが食料供給網が機能していない現状、生きる為にはドロップアイテムに頼る必要がある。だからモンスターそのものではなく、モンスターを倒した人間を狙うというのは合理的な判断だ。
一人で行動するジンは、連中にとっては格好のカモに見えたのかもしれない。
しかしその判断には一つだけ前提がある。そもそもモンスターより強くなければモンスターを倒せないという、少し考えれば分かりそうな大前提が。
「御託はいい。返事は?」
「ハッ。断る」
「そうか。なら――死ね!」
男たちは提案を断ったジンを即座に襲ってきた。放たれるクロスボウ。
しかし彼は反射的に戦斧を振り回し、飛んでくる矢を切り払った。
「はあっ!?」
「うっそだろっ!?」
「そんなのアリか!?」
瞬く間に矢に対処したジンに男たちは顎を落とした。同時に攻撃すれば対応しきれないと考えていたのか。新しい矢をつがえる様子もなく驚いている。
――次の攻撃に移らないのなら好都合だ。
ジンは即座に走り出した。一瞬の間に男たちとの距離を詰める。
「まずいっ!?」
反応した一人が急いでクロスボウに矢を装填しようとするが――遅い。
既に戦斧の射程圏内。今更攻撃しようとしたところで手遅れだ。
「うわっ!?」
「ぐあっ!!」
「くそっ!!」
一人二人三人。すれ違いざま全員のクロスボウを破壊した。
破壊の瞬間に恐怖を覚えたのか、男たちは完全に腰を抜かしている。よく見れば三人揃ってズボンを濡らしている。少し待ってもまるで立ち上がろうとしない。
根性なし。臆病者。チキン野郎。頭の中に幾らでも罵倒が浮かぶ。
「……チッ。こんなものかよ」
馬鹿らしくなったジンは戦闘態勢を解除した。戦斧を肩に担ぐ。
荒れた時代にあからさまに武器を持っている人間を襲うなんて真似をしたんだ。もう少しできると踏んでいた。……だが蓋を開けてみたらどうだ? なってない連携、対応も遅い。戦いのたの字も知らない素人同然の連中だ。
三人ともクロスボウの時点で期待値は低かったが。それにしたってもう少しくらいこう……! もどかしい気持ちを抱えつつ、ジンは内心そんな愚痴を吐いていた。
意気消沈したまま男たちに背を向け、自宅の方角へと歩き出す。
「お、おいっ!」
「あぁん?」
しかし、少し歩いたところで呼び止められた。
「俺たちを見逃してくれるのか!?」
「見逃すって……何を言ってんだお前」
彼は呆れるしかなかった。自分たちがどういう状況か分かってないのか、と。
「見逃す? バカ言え。ここはさっきまで俺とオオカミどもが派手にやりあっていた場所だぞ。当然音だって出てた。そろそろ他のモンスターがやってくる頃だ」
言っている間にもモンスターは至る所から姿を見せ始めている。
オオカミ。イノシシ。シカ。トリ。サル。クマ。
続々と集まる多種多様な動物に似たモンスターたち。彼らの視線は一様に『デビルズクラウン』を名乗った男たち三人へと向けられている。
「こいつらは基本見た目相応の食性をしている。オオカミに似てりゃあ肉食だし、シカに似てりゃあ草食だ。他のモンスター共も同じく。――だが、狙い目の獲物がいれば話は変わる。例えば……人を襲ったばかりに武器を失った馬鹿な連中とか、な?」
それだけ言えばこれから自分達がどんな目に遭うか理解したらしい。
全員が顔を真っ青に染めた。心なし身体がガタガタと震えている。
「た、助けてくれっ! あんたならあいつら倒せるだろ!? なあ!?」
「そりゃあ俺ならあの程度倒せるさ。余裕も余裕。ちょー簡単だ」
「なら「だがな」――ッ!?」
“お前らみたいなクズ共を救う価値なんざないだろう?”
口をパクパクと開閉させ男は声にならない声を漏らした。言いたい事はあるのに何も言えない。混沌とした心情がありありと伝わる悲壮な表情を浮かべている。
そんな男たちに見切りをつけ、ジンは今度こそ三人から離れた。
「まて、待ってくれっ。行かないでくれ!?」
「たすけて、助けてくれーっ!?」
「なんでもするっ。ここに置いて行かないでくれぇっ!!」
ふんふんふん。鼻歌を歌いながらジンは自宅を目指し歩く。
途中複数のモンスターとすれ違うが、彼は気にしない。モンスターは合理的な生き物だ。襲う事で得られる利益より不利益が勝れば、襲わない選択ができる。
その性質故に、その必要がある時以外で彼がモンスターと争う事はあまりない。
「そういや、俺もそろそろ同居人とか欲しいな。流石に一人の生活は飽きてきた。今じゃ現実がファンタジーしてるから、ゲームはあんまり面白くないし。……はぁ。都合よくどっかに俺と生活してくれる物好きはいないもんかねえ?」
歩きながら現在の生活についての愚痴をこぼすジン。
彼の背後では幾度となく悲鳴があがり――やがて聞こえなくなった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
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