第3話 時を超えて
「何者なのだ?」
「よくわかりません、どういたしますか?」
「よくわからぬ者だが、とにかく村まで運ぼう」
しゃがれた声と若い男の声が夢の中で聞こえた。バタバタといくつもの足音が聞こえたが、またすぐに意識を失った。
…あぁ、寒い…
凍えるような寒さに目を覚ました。手足が氷のように冷たく感覚がない。転んだ時に頭を打ったのかひどい頭痛にも襲われた。どこかの家屋の中だろうか、暗く低い天井が見慣れなかった。
ゆっくりと起き上がると、目の前に小さな戸口らしきものが見えた。背丈よりも低い戸口の隙間からは明るい陽の光が差し込んでいる。よく見ると服も自分のものではなく、生成の生地を上からすっぽりと被ったもので、妙に変な感覚だった。
まだ夢の中にいるのだろうか…この服はいったい…
訳がわからないまま、力なく立ち上がりよろよろと光の指す戸口に向かって歩いた。戸口から外を見て驚いた。目の前には五重塔が空高くそびえ立っている。20メートル以上ありそうな高さだ。さらに遠くには青々とした山々が美しく連なっている。
五重塔の近くには藁ぶきの建物があり、その奥は鬱蒼とした森になっている。近くに小川があるのかチャポチャポと水の流れる音が聞こえた。
…ここはどこ!?
完全に頭の中が混乱している。思わず目をギュッと閉じた。
この夢なんなの!早く目覚めて!
自分自身に強く言い聞かせた後、恐る恐るゆっくりと目を開いた。しかし夢は覚める事なく同じ景色が広がっていた。
そんな…まだ、醒めない。困ったわ…よし、一か八か思いっきりほっぺたをつねってみよう…
思い切り頬をつねってみたが、夢では味わう事のない鋭い痛みを感じただけで、何ひとつ状況は変わらなかった。
いったいどうなっているの…
目の前の信じがたい景色をただ茫然と眺めていた。
いや、待って…この景色見覚えがある…どこだったかしら…
訳のわからぬままその場にしゃがみこむと、パサっと長い髪と紅色の瑪瑙の髪飾りが地面に落ちた。
私の髪飾り…えっ!?それよりも髪が長い!?ど、どういうこと⁈
おそるおそる自分の髪を触ってみた。黒く長く光沢がある。半信半疑で思い切り引っ張ってみたが、どうやら地毛のようで激痛が頭皮に走った。ちなみにここ何年間も髪を伸ばしていない。
嘘でしょう?何か悪い夢をみているんだわ…
髪飾りを拾い上げると、急いで部屋の中に戻った。もう一度部屋の中をくまなく調べたが、所持品等は見つからず、長年愛用していた瑪瑙の髪飾りだけが唯一手元に残っていた。
どうゆうことなの?…
大きな深呼吸をし終えると、突然背後から高く張りのある声が聞こえた。
「お気づきになりましたか?」
驚きながら振り返ると、戸口に若く美しい少女が、水で一杯になったたらいを持って立っている。彼女はこちらを警戒している様子は全くなくただニコニコと笑っている。
「まだ歩いてはいけませんよ、体調はどうですか?」
「えっ?」
突然始まった会話に言葉が詰まった。
「私、何を…」
上手く言葉が出ずにモゴモゴと答えるのが精一杯だった。
「道端で倒れられていたのを幸い宮中の者に発見され、この宮まで運ばれてきたのですよ」
「宮中?」
「覚えていらっしゃいませんか?」
少女が心配そうに私の顔を覗きこんだ。
「あ、頭を打ったみたいで何も覚えてないの…ここはどこ?病院ではなさそうだけど、田舎の診療所か何か?」
「あら、本当に頭を強く打たれたのですね、病院も診療所もどのような所か存じませんが、とにかくもう少し休んで下さい。もし体調が回復されましたなら、午後にでも中宮様のところにご挨拶に参りましょう」
少女はヨイショっと踏ん張りながら、持っていたタライを戸口の横に置いた。
「中宮様??」
「そうですよ、このたらいの水でどうぞお顔を洗って下さい。あと衣をお持ちしましたので合わせてお着替え下さい。ではまたのちほど参りますね」
少女は戸口近くに置いてあった別の籠から衣を取り出すと、私の寝台の上に置き部屋を出て行った。私がキョトンとしていると再び戸口に顔を出し、
「ここは中宮様の別邸、
いたずらそうに言い顔をひっこめた。彼女の言う通り、戸口からほど近くに鮮やかな橙色の実をいくつもつけた橘の木が見える。五重塔のすぐ奥にも大きく成長したイチョウの木が生えていて一面黄色の葉で覆われている。地面いっぱいに落ちたイチョウの黄色い葉が赤い紅葉と混ざり、風が吹くたびに空高く舞い上がっていた。
なかなかリアルな美しい夢ね…
とりあえず、この状況がはっきりするまで、様子を見るのが賢明だと思い、少女に言われたとおりにする事にした。ため息をつきながらタライの中を覗きこんだ瞬間飛び上がった。水面に映る自分の顔が明らかにおかしい。確実に若返っているのが水面越しでもわかった。
これ私!?随分と若がえったみたい!!どうなっているの??
何度も水面を見返してみたが、どんなに見つめても中学生時代の自分が眉をひそめこちらを見ているだけだった。
あぁ、、もう訳がわからない…
再びその場にしゃがみこみ頭を抱えた。目の前には秋風に吹かれたイチョウの葉がくるくると空を自由自在に舞っている。その光景があまりにも美しくて、しばらくじっと眺めていた。
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