第24話 Summer breeze(4)

そのリュックは



暖人が福岡からやって来たときにずっと肌身離さず持っていたもので



一度、何が入っているのかと樺沢が尋ねたが



全く触らせてももらえなかった。




少し興味があってそっと部屋を覗きこんだ。



「ぼうしとー。 ほん。  くれよんとおえかきちょう・・」



暖人はひなたに説明するようにひとつひとつ取り出した。



きっとお気に入りのものが入っているんだろう。



そして最後に出したのは



そうとう年季が入った赤い自動車のオモチャだった。



え・・




樺沢はそれを見て驚いた。



「わー。 大事にしてるんだね。 このミニカー。 すっごくカッコイイね。」



ゆうこは色がはげたその車を見て微笑ましく思った。



「・・それ、」



樺沢は思わず部屋に入って行った。



暖人はジッと彼の顔を見た。



「おれが・・・2歳の誕生日に買ってやった・・車・・」



思わず手にしてしまった。



志藤も香織もそっとその様子を伺った。



樺沢は感無量だった。




「・・でも。 覚えてねえんだろうなあ。 デパート行って、ミニカー買ってやるっていって。」



あんまり家族団らんの思い出がなかったが



一瞬にして幸せだったころのことを思い出す。



しかし



暖人はボソっと



「・・おぼえてる、」



と小さな声でうつむきながら言った。



「え?」



「おとうさんがかっちくれたん。 おぼえとう。 あおいのと・・あかいのがあって。 あかいのがいいっちいったと。 そしたらおとうさんが・・かってくれたと、」



そして樺沢の顔を見上げた。



「ハル・・」



まさにその通りだった。



暖人が自分で選んでその車を手にした。



2歳になったばかりの子が



そんなことを覚えていたことが驚きだった。




「おとうさん・・いなくなっても。 ずっともっとった。」



ここにきて『おとうさん』と言われたことは一度もなかった。



自分のことなんかとっくに忘れてしまっていると思っていたのに。




樺沢は顔を歪めて、思わず手を顔にあてた。



「樺沢さん、」



ゆうこは彼の気持ちになってしまい



胸がいっぱいになった。

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