第15話(上)うそ!この子犬が殿下?


 それからどれくらい経ったのだろう。


 その夜は朔の日で月が出ていなかった。


 真っ暗い部屋で目が覚めたアリシアは喉が渇いてしまい起き上がると燭台にロウソクを立て火をつけるとキッチンに向かった。


 ロウソクの炎を頼りに水瓶からひしゃくで水をすくって飲んだ。


 「くぅ~ん。くぅ~ん」


 どこだろう?子犬かしら?どこから入って来たんだろう。きっとこの辺りに住みついているのかもしれない。 


 「どこ?ワンちゃん。恐くないわ。何もしないから出てらっしゃい。あっ、そうだ。お腹空いてない?パンが残ってるのよ。食べない?」


 人間の言葉を理解するわけもないのにアリシアは子犬に話しかける。


 ロウソクの炎に白金の毛と金色の毛の混じった子犬が照らしだされた。


 「ああ、そんなところにいたの?もう大丈夫。ほら、お腹空いてるんでしょう?これを食べなさい」


 子犬の前にパンをちぎって置いてやる。


 子犬はむしゃむしゃパンを食べるとそっと顔を上げた。


 まん丸の瞳の黒い瞳孔は膨らんでいる。


 か、かわいい。


 アリシアは神殿でも時々イヌを見たことはあったが実際に触ったことはなかった。


 いつも触りたくてうずうずしていたが大司教や周りの大人たちに外に出ることを許されず無理だった。


 そっと子犬の頭を撫ぜる。ふわふわした毛ざわりに思わず胸が愛しさで溢れる。


 「柔らかいのね。こんなにふわふわで…抱っこしてもいい?」


 「くぅ~ん、くぅ~ん」


 子犬はいいよとばかりにすり寄って来る。


 アリシアは燭台を置くと子犬をそっと抱き上げて膝に乗せる。


 「いたっ!」しゃがんでいたが尻もちをついたのだ。


 「くぅ~ん」


 子犬が飛び降りてアリシアの後ろ見回ると鼻で腰のあたりをつつく。


 心配しているのだと気づくとなおさらうれしくなりアリシアは子犬をもう一度抱き上げて思いっきり口にキスした。


 「ぎゃぅ、ぐふっ…」


 子犬がおかしな声を出したのでアリシアは驚かせたと思う。


 「ごめん。驚いたの?ごめんね。あれ?あなたどうしたの?怪我してるの?」


 よく見ると子犬は足に傷を負っていた。


 何か取ろうとして人にぶたれでもしたのか?犬は転んだりしないわよね。


 そんな事を考えながらその傷にそっとキスをする。自分の魔法が役に立つなんて幸せだなどと思いながら…


 キスしたおかげで子犬の怪我はあっという間に治った。


 「くぅ~ん。くぅ~ん」


 子犬はよほどうれしかったのかアリシアの顔を舐めまくった。


 「ちょ、ちょっと…もういいわ。もう勘弁して~」


 うれしいけどべちゃべちゃになった顔どうにかしたい。


 それにしてもここは寒いわ。


 「一緒に寝る?」


 「ワン!」


 まるで話すことが分かるように子犬が返事をした。


 「決まりね。さあ、ベッドに行こうか」


 アリシアはその夜ベッドで子犬と一緒に眠った。


 人生で初めての経験。


 やりたいことまた一つかなえられたなぁ。


 ***


 翌朝アリシアはまだうつらうつらしていた。


 薄めで窓を見る。まだ外は薄暗いらしく部屋は暗かった。


 しかしこの身体に巻き付いているものは何?


 ちょっと苦しい。


 はっと子犬を連れ込んでいたことを思い出すが子犬ってこんなに大きくはないはず…


 そっと手を出してなにやら顔らしいものを探し当てると手でぎゅっと引き寄せてみた。


 「な、何をする!誰だ。お前は…」


 いきなり人がしゃべってアリシアはびっくりした。


 「誰?えっ?どこから入って来たのよ。きゃ~。ヴィル。ヴィルた…」


 アリシアは唇をふさがれ叫び声は途中で途切れた。


 「おい、アリシア、静かにしろ。俺だ。グレンだ…勘弁しろよ。せっかくよく寝てたのに…」


 アリシアはそう言われて顔をじっと見る。


 確かにグレン殿下。でもどうしてこんな所に…


 「きゃ~。裸じゃない。やだぁ~もう。服着なさいよ~。えっ!も、もしかして…」


 アリシアは自分の着ているものを確かめる。昨晩はこの家にあった男物のシャツとズボンを拝借してそれを着て寝たのだ。


 服はクシャクシャだったが今もその姿のままだった。


 「よかった~」


 「ったく。朝からよくそんなに騒げるな…」


 グレンは裸で立ち上がるとクローゼットから服を出して着ている。


 「ど、どうしてあなたがここにいるのよ?」


 「はっ?アリシアが連れて来たんじゃないか…俺はキッチンで夜をやり過ごそうと思ってたのに…」


 昨晩の事を脳内で再現してみる。


 あっ!えっ?でも。子犬が殿下?うそ。そんな訳…


 「えっ?もしかしてキッチンにいた子犬って…」


 「俺だ。朔の日は子犬になってしまう。俺は半分魔族の血を受け継いでいるからなぁ…」


 「ああ、そうなんだ。でも、昨日は大丈夫だったんですか。脚、怪我してたじゃないですか」


 「ああ、あれは油断した。あの後近衛兵に連れて行かれて鞭で打たれた。あいつらも俺が王子だと遠慮があるんだろう。背中なんかに鞭を振れなかったらしく脚にばかり鞭を当てられた。子犬の姿になる前に何とか牢から逃げ出したはいいが…いつもなら傷もすぐに治るんだが…朔の日は魔力がなくなるから怪我も治せなくて…やっとここまで歩いてきた。もう夜遅かったしキッチンの隅で寝ようと…朝になれば魔力も回復するし何とかなるだろうと思ってたのに…」


 グレンは服を着てアリシアを見ている。


 アリシアは相変わらずベッドに座ったままで。


 「それであんなところに子犬がいたのね。でも、あなたったら喜んでベッドに行きたがったわよね?」


 「そりゃ、あんなところで寝るより温かいベッドの方がいいに決まってるだろう?誘ったのはそっちだ!」


 「私だってあなただと知ってたら誘ったりなんか!殿下。私に触ったりしてないでしょうね?」


 アリシアはグレンを睨みつけるが、シャツとズボンだけなのにグレンは相変わらず見目麗しい顔立ちだと思う。それに服もサイズもピッタリだ。


 あっ、このお屋敷って彼の家なんだ。


 おかしなところに感心する自分にあなたそんな余裕あるの?って突っ込みを入れたい。


 心臓は今にもはち切れそうなほどバクバクしてて。


 私ったら男の人と抱き合って眠っていたなんて…


 それも相手はグレン殿下だなんて…


 もう信じれないから!!




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