第17話 おやすみモードなアマノジャク
鉱山街ホラーソーンにて、しばらくの宿を探した私たちが最終的に選んだのは、町の入り口からも各ギルドからもほど近い場所にあった、『赤蛇亭』という宿だった。
ただし、ハスパエールちゃんはうげぇと舌ベロを出して、不満げにしている。
「うへぇ……いやにゃこと思い出しちゃったにぃ……」
「まあまあ」
どうやら、蛇という単語に過剰反応しているらしい。まあ、私と違ってハスパエールちゃんは実際死にかけたのだ。むしろ、蛇と聞いてトラウマになってないだけすごいと思う。
「とりあえず二人部屋取ったけど、夕食の提供もしてるみたいだからどっちに行く?」
「夕食にぃ!」
宿屋の店主から二人部屋の鍵をもらった私は、ハスパエールちゃんの熱い希望に沿って夕食を取りに行くことにする。
どうやら宿屋によっては夕食と朝食を提供してくれる場所もあるようで、ちょうどここ赤蛇亭は宿泊のサービスで食事を作ってくれるところのようだ。
その行為に甘んじて、私も頂くとしよう。
実のところ、私も地味に楽しみにしてるんだよねー。このゲーム、結構よくできてるから食べ物の味も感じられてさ。探索とかそっちのけで食べ歩きした方が楽しいのかも? ……なんて思ってしまうぐらいには、よくよく作り込まれている。
何度も思うけれども、すごいゲームだ。神ゲーだ。
「うわっ!」
「きゃっ!」
と、歩きながら考えていたら、食堂に向かう道すがらの前方不注意によって、曲がり角の人身事故である。まあ、人と人の衝突なので、こちらはそこまで大きなけがではないけれど。
とにかく、急いで私はぶつかってしまった人に謝った。ぶつかったのは女性だった。
「ごめんなさい! 前、よく見てませんでした!」
「あ、え、ええ。こちらこそ前方不注意でした。申し訳ありません」
社会人としての経験からか、急いで頭を下げる私。それから頭を上げて、相手方の顔を見る。同時に、その人の胸にブローチが付いていることにも気づいた。
プレイヤーを示す、異邦人のブローチ。
まさか、私以外にもこんなに早くホラーソーンに来ていた人がいるのか、と驚く私。もちろん、その驚きにはここまでくる道中で遭遇した、シウコアトルの影響もある。
あんなにも強い敵をもう倒したのかこの人は。
「えと……何か御用ですか?」
「い、いえいえ、ちょっと珍しい装備だったもんで」
驚いた私は無意識で彼女のことを見つめていたようで、怪訝そうな顔をさせてしまう。なので、誤魔化そうと私は取り繕った。
取り繕った、とはいえ嘘をついたわけではない。
ハーフアップの赤い髪をした彼女が身に着ける装備は、初期装備にはなかった代物。足首まで覆ったふんわりスカートに、肩から腰までを覆い隠すような厚手のローブ。その背中には、これでもかと威圧感を放つ大刀が隠されていて、それらの要素一つ一つが、ゲーム開始から短時間で集めたにしてはよくできた調和を保っている。
まるで、何か一つの目的をもってそろえたような、そんな雰囲気だ。
「そう、ですかね? 一応、露店で買ったものをあわせてるだけですけど」
「つまり本人のセンスってことですか……羨ましいものですなぁ……」
「は、はぁ」
ぴかーん。私の表情センサーが『話し相手が引き気味だ』と声を上げた! やっべ、この空気どうしよう――
「ご主人、わちしは食事を所望するにー、早く行くにー」
「あ、そうだねハスパエールちゃん! それじゃあ、失礼しました~!!」
ハスパエールちゃんナイスゥ! と心の中で叫ぶ私は、苦笑いを浮かべながらその場を後にした。
「……ハスパエールちゃん」
「どうしたにぃ?」
「受付でアイス売ってたからあとで買ったげる」
「え、本当!? 嘘だったら承知しないにぃ!!」
―――――――――
夕食取った私たちは、そのまま流れるように部屋に移動し、すぐさまベッドに飛び込んだ。
ちなみに夕食は普通においしかった。肉の入ったシチューは格別ですね。本当に。
話しを戻して、私たちがすぐにベッドに飛び込んだのも、やはり今日一日、色々なことがあったのが主な原因だ。
ハスパエールちゃんなんて、もう寝息を立てている。まあ、彼女は今日一日で秘密結社の諜報から奴隷に転落した挙句、シウコアトルとの戦いで死にかけたのだ。今日はゆっくり眠るといい。
いやーしかし、ほんとに色々あったな、今日。その中でも特大のものが――
「……やっぱりログアウトできないかぁ」
ダイブ型VRは、挿入されたディスクに記録されている電子世界に精神を送り込み、五感でゲーム体験をするための娯楽装置だ。
もちろん、精神なんてものを扱うのだから、二重三重どころか二十、三十のセーフティーがある。ただ、それらをすべて無視した上でログアウトできないのだから、本当に意味が解らない。
確か、連続プレイ時の強制ログアウトは十二時間だったっけかな。もう余裕で十二時間は経過してる気がする。うーん、機械側の強制ログアウトが効かないなら、本当にまずい状況かもなー。
ってか、強制ログアウト10分前に通知が来るはずだから、何にもないってことはそもそも機能してないんだろうな。
と、現実世界に帰れない状況を理解していながらも、それほど焦りを感じていないあたり、やはり私は根っからの〈遊楽派〉だ。
中学生の時にリィンカーネーションシリーズに魅了されてから、人生すべてを投げ出す勢いでゲームをしてきたのだから、今更な話だけれども。
なので、この話はここまで。なぜログアウトできないのかはとても気になるところだが、どう調べていいのかもわからない以上は、考えるだけ無駄。今はゲームを楽しむべきと思考を切り替える。
「まさかゲームに入ってまで眠いと感じるとは思ってなかったけどねぇ……」
ゲームは楽しむつもりだけれど、今はすごい眠い。活動すればお腹は空くし、時間が過ぎれば眠くなるだなんて、このゲームはどこまでリアルに作られているのだろうか。
ともあれ、確認しておきたいことがあるから、今すぐには眠れないけれども。
「ステータスオープン~」
眠気あくびのふにゃふにゃとした声で、端末を音声操作する。それから、出てきた半透明のウィンドウに書かれたステータスを見た。
◆PL『ノット・シュガー』
―ジョブ:輪廻士(ユニークジョブ)
―プレイヤーレベル lv.10
―ジョブレベル lv.5
―ステータス
―称号
〈ウスハ山道の裏番長〉〈輪廻に触れしもの〉〈蛇殺し〉
―スキル
〈輪廻〉
―ジョブスキル
〈天格〉〈開花〉〈転化〉
―技術スキル
〈解体〉lv.4〈下級近接武器制作〉lv.5〈下級収納アクセサリー制作〉lv.6〈下級鬼素材制作〉lv.6〈下級獣素材制作〉lv.6〈裁縫〉lv.4
―戦闘スキル
〈槍使い〉lv.2〈投擲〉lv.1
―補助スキル
〈索敵〉lv.1〈悪路踏破〉lv.1
やはり生産職、シウコアトルとの激闘を経てもほとんど成長していない戦闘スキルに涙を禁じ得ない。
というか、ユニークモンスターで素材のレア度もC-とかなり高いシウコアトルを倒したのに、ジョブレベルはさほど上がっていないのを見ると、やはり生産職は生産でしかレベルが上がらないと見るべきなのだろう。
ちなみに、シウコアトルの素材に〈開花〉は使えなかった。理由は不明だけれど、おそらくは力が足りてないのだろうと結論付ける。ジョブレベルが上がってからまた試そうと思った。
そんなところで話を戻して、本題だ。
ジョブスキル〈転化〉について。
散々に私は、【輪廻士】のことをチートだの凄惨職だの言って来たけれど……今までのものは、それでも生産職の範囲に収まった力だった。
どこまでもモノづくりを補助し、助けるスキルだった。
けれど、〈転化〉は違った。たった一撃で、シウコアトルを消し飛ばしてしまったのだ。
あれには流石の私も言葉に窮する。
まず、普通の攻撃じゃない。
シウコアトルの体表を覆う鱗は、狂闘狼の短槍を装備した私のSTRで傷つけられる程度だったけれど、それでもたかだか槍の投擲でボロボロになる程じゃない。
しかも、〈転化〉を使用した後に発動した謎のスキル……〈狂乱咆哮〉は、ただ敵を攻撃するだけではなく、通り過ぎた後に残るすべてをずたずたに引き裂き、まともな素材として使えないほどの傷跡を残した。
倍なんて話じゃ収まらない攻撃力だ。
それがなぜ、あの時になって使えたのか。情報があまりにも少なすぎて、今はまだ断定できない。
ただ――
「……能力を集約するスキル、かな?」
その力については、なんとなくあたりが付いている。というのも、あのとき発動した〈狂乱咆哮〉は、その名の通り狂闘狼の短槍にデフォルトで付いていた追加効果〈狂乱〉に関係するものだ。
おそらく、転化の効果は武器に宿った能力の集約――じゃない。
『根源接続』
『貴方は、何を望みますか?』
あの時のアナウンス。こちらに選択をゆだねるようなそれは、間違いなく〈転化〉による結果を尋ねるものだった。
私が〈転化〉を使い、何をしたいのか。それを尋ねるものだった。
そして、私はこの場を凌げる力を望み、一撃必殺の〈狂乱咆哮〉を手に入れた、というわけだ。
だから、詳しく〈転化〉の力を読み解くとすれば――
「能力を転生させるスキル」
武器に宿る能力を、新たなる力に転生させる。それが、〈転化〉の力だと思われる。まあ、これは一つの結果から導き出した回答なので、当たってるとは思えないが。
大きく外れてるとも、思えない。
しかし、能力を転生させるスキル、か。嫌でも転生武器とのつながりを感じてしまうのは私だけだろうか。
こうなると、是が非でも転生武器に触ってみたいところだ。
ちなみに、〈転化〉によって能力が転生し生まれ変わった〈狂乱咆哮〉の狂闘狼の短槍は投げた後にどこかに行ってしまったので、回収できていない。
その時ばかりは、同じものを二本作っていた自分をほめたくなった。
「……こんなところかな」
確認したかったこと。
ログアウト問題。変動したステータス。〈開花〉〈転化〉についての考察。
これらをメモに記録してから、私はハスパエールちゃんと同じように横になった。
ゲームの中とは言え、疲れた。まるで、現実世界で本当に疲れ切ってしまったかのように、肉体的も精神的にも。
……あれ?
なんで、体が疲れてるなんて思うんだろ――
私は寝た。
起きた時には、寝る直前のことなどほとんど忘れるぐらいには、ぐっすりと眠ったのだった。
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