雨は止む事を許さない

蠱毒 暦

無題 待ちぼうけ

放課後。写真部の活動を終えて、中学校の昇降口で立ち往生している時に後ろから声をかけられた。


「あれ…橘さん。傘忘れたの?」

「…ひゃ!?」


驚いて振り向くと、同じクラスの阿達照あだちてるが赤色の傘を持って立っていた。


「ほら使いなよ。僕には最近買った雨ガッパがあるから。」


「あ、ありがとう…」


カバンから自慢気に私に見せつけた後、素早く雨ガッパを着た。


「よし…じゃあ、また明日ね。」

「あ、うん…また明日。」


(……一緒に帰りたかったな。)


少し時間を置いて、私は傘を開いて昇降口を出て、校門へ…


「………え。」

「!に、逃げろ…橘!!!」


校門前で、知らない大人達が阿達くんに群がっていて…振り返った隙をつかれて首筋を噛まれそのまま地面に倒れた。


「嘘……え?……い、嫌ぁ…」


自然と傘を手から離していて、何歩か後ずさって腰をついた。雨で体や下着やらが濡れていく感触は不思議と余り感じなかった。


首から溢れる血が雨水に混ざり合い、段々と水たまりを赤く染め上げていく。


(…どうして?……っ、どうしてっ!?)


——無力な私は、阿達くんがむしゃむしゃと捕食される光景をただ見ている事しか出来なかった。


……



夜。埃っぽいベットから起き上がってカーテンを開けると、黒っぽい雲が広がっていて雨がポツポツと降り始めていた。


(また…これか。)


諸々の身支度を済ませて扉前にあるリュックを背負い、私のカメラを首にかけてツギハキの阿達くんの黒色の雨ガッパを着てから玄関から外に出る。


「…次は何処にいこうかな。」


道の端っこに寄せておいたバイクにまたがり誰かが住んでいたであろう家を後にした。



——XXXX年 6月。



某製薬会社が作り出した『Fウィルス』のバイオテロにより、日本は滅亡した。


(ほんと…よく生き残れたよね。私。)


丁度二年前。中学2年生の私は愚かにも、この状況を何とかしようと志を同じ仲間達と共に中学校、病院、旅館、研究所、そしてバイオハザードの爆心地である製薬会社を巡った。


『フハハハハ!!…成程。よくぞたった1人でここまで来…』


パンッ。


——本当に今でも思う。


(何ですぐに殺しちゃったんだろう。)


マンションの前でバイクを止めて、武器を装備してから重厚な扉を早乙女のマグナムで破壊して、雨ガッパのフードを脱ぎ警戒しつつ中へ入る。


「ガァァアァ!!!」

「はぁ…やっぱりいた。」


瞬時に牧田の2丁拳銃に切り替えて、前方から迫る奴と、横から不意打ちを仕掛けようとする奴の顔面をそれぞれ撃ち抜いた。


「これで、全部……な訳ないか。」

「ァァァア…」


音で寄ってきた大量の奴ら…ゾンビ達を見て、私は面倒そうにため息をついた。


……


マンション内にいるゾンビを全て殲滅した私は、雨がパラパラと降る屋上にいた。


「マグナム弾の在庫…そろそろ無くなっちゃうな。作り方は本人から教えて貰ったけど…作るの面倒なんだよね。」


リュックから皆の銃を先に出してから最後にバラバラにした葛飾の狙撃銃を取り出して、丁寧に組み立てる。


——おい、スコープの付ける位置が違うぞ!?


初めて使った時に言われた言葉を思い出して、舌打ちをしながらスコープを取り付けた。


(…そろそろかな。)


リュックにつけた持田の懐中時計を見て、すぐさま狙撃姿勢を取る。


「来た。」


日は曇天に遮られて見えないが、奴らの活動時間が始まった。


……


——いいか。研究所の資料によればFウィルスに感染した奴らは夜ではなく、具体的に言えば朝6:00丁度になれば活動するという事が分かった。だが大きな音や光にも反応して、動き出す事例も目撃しているから、そこは油断しないように。これは、ぼく様の仮説だが奴らは人間を捕食する意味はない…聞いているのか!?橘……


製薬会社の元下っ端科学者だった寒田さんがもし生きていたら…この状況をなんとか出来たのだろうか。


「ヒット…次。」


そんな感傷に浸りながら外で人間の様に呑気に歩き回る奴らをひたすら一撃で屠っていく。


(芋スナは…やっぱり正義。)


突如、バキバキとバリケードが破壊された音が聞こえて後ろを振り返る。


「ギアァァァァアァァア!!!!」

「1人だからバリケード作るの時間かかるのに…壊しちゃダメでしょ。」


(あれって変異種…えー使いたくない…けど。)


巨体の癖してすごい速度でこちらに来るから仕方なく側に置いておいた溝口のRPGを手に取って、その引き金を引いた。


……



夜。バイクでマンションを離れて、至近距離で爆散した変異種やデカい音を聞きつけて追加でやってきた奴らの体液で雨ガッパ越しでも肌がぐっしょりと濡れる感触を味わいながら、もう何度目かも分からないため息をついた。


(そろそろ雨が洗濯代わり理論も限界来そう。暫く私もお風呂に入ってないし…ん?)


ライトをつけていても、真っ暗でよく見えないがボロボロになった看板に『温泉』と書かれていた。


「…ラッキー。」


得意げに呟きながら、バイクを端に止めて装備を確認してから中へと入った。



かぽーん。


中に入ると、浴場の天井は崩れていた。雨が素肌に当たり冷たい思いをしながらも、おびただしい数の傷がある体を丁寧に洗い流し誰もいないのをもう散々確認したので、思いっきり浴場へと飛び込んだ。


「はぁ…生き返るぅ。」


桶に入れて持って来ていたビニールで何十にも巻いたカメラを取り出した後、雨ガッパや滝口のダガーを温泉のお湯に浸してゴシゴシと洗う。


(……これから、どうしよっかな。)


黒幕はもう死んだ。でも感染した人達が完治する事もなく…この日本は滅んだままだ。


——もしワタシ達が飛行機や船を使って脱出すれば、確実に危険分子として撃墜サレマース。


「いっその事、黒幕になっちゃおっかな?」


日本以外の他国では、いつもの平穏な日常を送っているとかも、マリックが言ってたっけ。


私が電気も水道もろくに動かず毎日缶詰を食べながら、いつ奴らに殺されるのかも分からないバトロワ生活送っているのに…だ。


——許せない。


(適当な空港にでも行って…工夫して奴らを飛行機の中に詰め込むだけ詰め込んでから、どこか適当な国に『Uber☆ゾンビ』すれば…)


ふと、そんな考えが脳裏によぎって…右手で自分の頬を思いっきり引っ叩いた。


「……でも。ダメだよね。」


これ以上、私以外に不幸な人を増やしちゃいけない。皆の犠牲の上に私がいるのならその分、ちゃんとしないと。


「……そうだ。」


雨ガッパやダガーを洗い終えて、ぼーっとしながら持ち込んでいたカメラの写真を眺めていると…天啓。その言葉に相応しいアイディアが私の中に舞い降りた。


(これが…温泉パワーなの?)


「あぁ…私、天才かもしれない。」


んな訳ねえだろ!?と…そんな仲間達の罵声が雨音から聞こえた様な気がした。


……1年後。


「ゴァァァア!?!?」

「はい終わり。」


6月中旬の朝。絶賛、雨がシトシトと降っている頃。蟻に感染した変異種を苦戦しながら、用意していた地雷原に誘い込んで殺した。


「この県はこれで全部かな。」


山岸の日本地図にどっかの家から拝借したボールペンでペケをつけてからバイクに乗り込んで、すぐさま次の場所へと向かう。


(人口が密集している本命は後回し…先に東北とか中国地方から攻め落とそうかな。)


誰も助けに来ないならここを私好み…皆が最期の最期まで望んでいた、元の日本へと戻せばいいじゃない。



——そうする為には簡単な話、この日本列島から1人も一匹も残さず…奴らを始末すればいい。



もしも誰かが側にいれば、きっと無謀だの馬鹿だの言われるそれを……私は実行する事に決めた。だって家族も友達も仲間も…好きな人すらも誰もいないこの場所がとてもとても…退屈だったから。


それを遂行できる人物はここにいるfinal日本人(推定)であるこの私以外にいない。


(それに。)


ついでに色んな場所を巡れて、中学生の頃に出来なかった修学旅行もやれてテンションも上がる。正に一石二鳥。


「東京、大阪、京都、北海道…早く行って写真撮りたいなぁ…う〜ん沖縄は…どっかに良さげな飛行機があれば行こっと♪」


雨が少し強くなる中、それでも私は心の底から楽しくて、つい笑ってしまう…もう二度と笑う事はないと思っていたから。


……



朝。理不尽なバイオハザードが起きて、丁度6年が過ぎた頃。6月…雨が激しく降っている中、20歳になった私は日本が滅ぶ前までは渋谷スクランブル交差点と呼ばれていた場所で激戦を繰り広げていた。


「ジャハァァアァア!?!?」


阿達くんの雨ガッパを切り裂かれながら、後ろへと避ける。


「…ガァアァア!!!!」

「チッ。」


次々と寄って来るゾンビ共を滝口のダガーで的確に急所を切り裂いて、絶命させていく。


(弾の無駄使いはよくないけど…つ、使わなきゃ死んじゃう!!)


「…滝口、ごめんね。後で回収するから。」


そう呟いてから持っていたダガーを、さっき阿達の雨ガッパを切り裂いてきた変異種の右目へ向けて投擲した。


「…ゴ!?ァアァァアアァア」


(リュックから取り出す暇もないよね。)


牧田の二丁拳銃の残弾はゼロ。もう、早乙女のマグナムの一発で仕留めるしかない。


「お願い…力を貸して!!!」


転ばせたゾンビを足蹴にして飛び上がり、そのデカくて醜い顔面目掛けて…祈る様に引き金を引く。



……



「…っ、はぁ……はぁ…終わった…の?」


最後のゾンビを回収したダガーで刺し貫き、息を切らしながら辺りを見渡した。


(奴らの気配は…なさそう。)


ズタズタになった雨ガッパを脱いで、一際明るくなった空を仰ぐ。


「やっと、晴れ——」


……



【ここで臨時ニュースをお伝えします。】


6年前に日本で起きた某製薬会社が起こした事件について、アメリカのワシントンにある臨時日本政府がついに重い腰を上げて、ついに。


——国連に協力を要請し、Fウィルスに汚染された日本列島を核攻撃によって浄化するとの声明を発表しました。



……



私の周りは呪いなんじゃないのかと疑われるレベルでいつも雨が降っている。


善悪とか関係なくほぼ毎日雨が降るものだからいつの間にか見るだけで、どのような特徴を持つ雨なのかとかはすぐに分かるようになった…でも。


……黒い…雨?


「う…ごふっ。げほっ…ごほっ……」


激しく吐血して、その場で倒れこむ。


(な、なに…これ。気持ち…悪い……)


——それが放射線によるものであると、義務教育をまともに終わらせていない彼女には、知るよしもない事だった。


「……っあ、がぁ」


両手で頭を掻きむしると、髪が抜け落ちていくのが分かった。


(っ……今、私が死んじゃったら…)


——託していった人達に、顔向けできない。


「……ふぅっ…はぁ……」


ガタガタと震える足で無理矢理立ち上がり、何度も黒い血を吐きながら、ふらふらとした動きで何処かの建物の中に入って、壁に寄りかかるようにして、倒れた。


(…せめ…て。)


動かない右腕に代わり黒ずんだ左手で、何とかリュックを私の前に持ってきて、雨ガッパを奥底に入れてから守るように体で覆った。


「…今度は私が……皆を…阿達くんを…。」


その直後、瞼が閉じるよりも早く…視界が真っ白に染まった。


………


……



歴史博物館にて。


「これが、例の…。」


「はい。F事件時、最後の生き残りが所持していたとされる旧式のカメラ…それとこの銃器達もですね。ああ、是非手に取って貰って。」


「え、いいんですか!?」


「どうぞどうぞ。」


若い記者がカメラを手に取って、まじまじと見ている。


「銃器やこのカメラですが、実は…今も使えます。」


「はい!?200年以上も経過しているのにですか!?」


「では試しに撮ってみますか?」


「え、はい…そのぉ、何処で操作すれば……」


戸惑って色んなボタンをポチポチするのを見てつい笑ってしまう。


「フハハ…失礼。ここを押すのですよ。」

「ここを…ですか……うわっ!?」


シャッター音でびっくりして落としたカメラを難なくキャッチする。


「ほらこんな感じに。画質は今と比べて少し荒いですがね。」

「す、す、すみません!!出直して来ますぅ!!!!」


顔を青ざめて部屋から出て行ってしまった。


「……やれやれ。」


カーテンを開けると、雨がザァザァと降り始めていた。


「皮肉な話だ。まさか、我輩を下したあの女が先に死ぬとはな…今でも信じられん。」


眼帯をつけた左目を軽くさする。


「なあ…助手。」


「助手じゃないし。あー!!!それ私のカメラ、しかもまた皆を勝手に持ち出したのね!!」


「…幼稚な喧しさだけは相変わらずか。記者はもう帰ったぞ。菓子と茶の準備はどうした?」


スーツ姿で後ろを黒いボロ切れで結んだ女性はイラついた表情を浮かべながら、机の上に持って来たお菓子とお茶を並べた。


「どれがどの茶葉なのかが分からなかっただけよ。眼帯ゴミ館長。ほんと、いつまでそんなのつけてるのよ?…完治してるのに。」


「お前の様なクソガキに敗北した事をいつでも思い出せるようにつけているだけだ……やれやれ。我輩がお前の死体にFウィルスを投与して生きながらえさせた恩を忘れたか?」


女性は盛大に顔を顰める。


「別にあのまま死んでも良かったし…それに適合に失敗してたら普通に見捨てたでしょ。」


「その通り。分かってるじゃないか。伊達にたった1人で我輩を追い詰めただけ事はある。」


「私1人の力だけじゃないわ。これだからマッドサイエンティストは…で、私はいつ死ねる訳?」


Fウィルス…正式名称は『不死叡賜ふしえし』かつて我輩が生み出したそれに適合さえすれば不死身になる事が出来る薬……


「…って言われても普通によく分からないわよ。その内容とか理屈とかが複雑すぎて。」


「義務教育を終えていない未熟な頭では理解できないのは無理もない。さっさと部屋で科学の勉強をして来い。」


「…チッ。力なら私の方が上なのに。」


「互いが不死身なら、戦う無意味さくらいは分かるのではないかね?…何、今は地下でそれを打ち消す薬の研究していてね。いつ完成する保証はしかねるが、問題なかろう…なにせ、」


「もうこんな時間。仕事に戻るわね。」


最後まで話を聞かずに不機嫌そうに女性は部屋を出て行ってしまった。残ったお茶を一口啜りながら、1人ごちる。


——我々は不死身なのだから。



……



夜。傘をさして歴史博物館の外に出た私は、その足で敷地内にある小さな庭に作った墓標へと向かう。


「……」


いつ来てもここに来れば、落ち着ける感じがする。


「見て…これが、皆が夢見た世界だよ。」


煌びやかな都市の夜景を自由にのんびりと眺める事が出来る…争いもなければ、絶望する必要もない平凡な日常。これを見るために私達は。


「薬が出来たらすぐに私もそっちに行くから。あんな奴が近くにいる生活は嫌かもしれないけど。暫くは我慢してくれると…嬉しいな。」



その言葉を否定するかの様に雨が激しく降り注ぎ、地面を濡らしていく。


「いじわる……色々と話したい事が沢山あるのに…」


自然と涙がこぼれ落ちては、水溜まりの中へと消えてゆく。



——あぁ…早く皆に会いたいよ。


                 Fin





























































































































































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