第40話 初の築城
紀州征伐を総大将として完結させた秀長は、今までの所領に加えて紀伊と和泉の二国を加増されることになり、紀伊における新たな城の築造を考えるに至った。今までに築城を取り仕切った経験のある羽田正親や横浜良慶に任せるというのも良手ではあったが、紀伊征伐での功労を称えることも含めて高虎に任せることに決めたのだった。
命を受けた高虎は、補佐役に任じられた正親と良慶を集めて計画を練った。
「高虎よ、築城を仰せつかるとはそなたも立派になったものじゃの!しかも紀伊の象徴となるべき城じゃ。小代の一揆に手を焼いておった頃が懐かしいわ。」
正親はまるで息子の成長を称えるかのごとく高虎を誉めそやした。正親と共に高虎が秀長の家臣となってから高虎に目をかけてきた良慶も暖かい笑みを浮かべた。
「ありがたいことにございまする。しかし築城とはいささか困りました。今まで幾度と城攻めをしてまいりましたが城を築くとなるとまた難しいことにございましょう?」
「いやぁそんな難しいものでもないぞ!特にそなたは、今自分で申したように城攻めの経験が豊富である。その経験から逆算すれば攻めにくい城がいかなる城かはわかるであろう?それに加えて殿からの要望である“紀伊の象徴”という要素をどう汲み取って加えていくか、それを考えればよいのよ。」
「いや羽田殿。そんなことを言うては高虎に強圧をかけることになってしまいます。」
まるで簡単なことであるかのような正親の口ぶりに驚いた良慶が口を挟んだ。そして高虎の方へ向き説き始めた。
「高虎よ、誰にでも“初めて”はあるのだ。そなたはここに来たときは槍働き一辺倒の、見た目通りの猪武者だった。しかし今は違う。殿の勧めで学を身につけたそなたはまるで呉の呂蒙の如き緯武経文の将と相成った。そなたにできぬことはない。自信を持て。」
常に感情を表に出すことなく働いているように見えた良慶の力のこもった言葉に高虎は目頭を熱くした。
高虎の表情に安心した良慶は議題に入るべく話始めた。
「実際にどのような城を築くか考え、そして城を築き始めるのは来る四国征伐の後となりましょう。今できること亡き胃のどこに城を築くか、なわばりをしていくことでありましょう。」
「儂も同感だ。四国の田舎にある城も見て学んで参ろうではないか!」
「承知いたしました。築城予定の場所に関しては殿から直々に“若山”にするように伺っております。」
「相分かった!行って見てみようではないか!」
実際に若山に足を運んだ三人は、“吹上の峰”を城地に選定しなわばりを済ませると、四国征伐に向けて部隊を整えるべく各々の本領へと戻っていった。
先に阿波へと入っている秀長の本隊と合流した高虎は、阿波各地の城攻めへと兵を動かした。しかしそこで見たのは時代が一回りも二回りも遅れているのかと疑いたくなるほどの脆い城の数々であり、高虎は愕然とした。木津城、牛岐上、一宮城、渭山城などといった長宗我部譜代の重臣が守る城ですら造りに欠陥が多く、羽柴勢の城攻めを前に数日持たずして全て落ちた。秀長と共に阿波攻めを担った黒田官兵衛はその状況を嘲るように笑っていたが、自らが築城という重大な責務を負っていた高虎にとっては他人事とは思えなかった。今まで自然に守られた要害のような山城しか見てこなかったため、城の欠陥は簡単に命を危険にさらすことを初めて実感したのであった。
高虎が合流してわずかひと月のうちに長宗我部氏は降伏。四国の雄と謳われた名家は土佐一国に封じ込められることになった。秀長と共に四国に残り戦後処理を行っていた高虎であったが、その脳内は若山での築城のことや四国で学んだ城の知識でいっぱいであった。その様子を察した秀長によって正親、良慶と共に一足早く紀伊へと戻ることになったのだった。
紀伊に戻った高虎は、自領である粉河に腰を据えることなくすぐに若山に入った。正親や良慶の合流を待つことなくすぐに築城に着手した。高虎が特に重視したのは防衛力と、秀長が力強く望んだ“象徴”としての城の意義であった。決して隙を作ることない曲輪配置と紀ノ川を天然の堀として活かした梯郭式の平城であり、そして中央にそびえる天主閣。一月間ずっと頭の中で巡らせ続けたアイデアを、高虎は全力で昇華させた。
一心不乱に目の前の仕事に向き合い、休むことすら忘れて指揮を執り続ける高虎の姿に、合流した正親と良慶に口や手を挟むことはできなかった。
「やはりあいつは殿が見込んだだけのことはあるな。」
「我らにはない新鮮な気合というものを感じさせる。我らもそろそろ御役御免かもしれぬな。」
「おいおい。冗談でもそんなこと言うもんじゃあない、が、奴が筆頭としてこの家を支えていくことになるのは間違いないだろうな。」
秀長を天下の立役者に押し上げた二人の家老の会話は時代の流れを感じさせるものであった。下剋上が横行し血を血で洗う戦国の世において、実力によって上の者を超えていく高虎の姿は美しく、そしてたくましいものであった。
翌天正十四年五月ついに若山の城は完成した。初の試みを見事達成した高虎はできたばかりの天守閣で目に売る景色を焼き付けていた。
「高虎、この城はそなたが築いた城。愛着のために自ら名をつけるのはどうだ?」
共に横で景色を眺めていた正親が提言した。
「当然若山城にございます。」
「いやそれでは面白くない。かの信長公も稲葉山城に入られるときに“岐阜城”と名を改められた。そなたもそのくらいしてよいのではないか?」
「ならば読みは変えず、若の字を変え“和歌山城”はいかがでありましょうか。」
歓声が供回りの者らから湧いた。
「それでよいだろう。このことは秀長さまに儂が直接伝えておく。」
「ありがとうございまする。」
和歌山城には高虎と共に賤ヶ岳の戦いで功を立てた桑山重晴が城代として入ることとなった。高虎の所領である粉河は和歌山城から見ると紀ノ川をたどって東にあり、城のそばに所領があることが何よりうれしかった。
後世に築城の名手と呼ばれた高虎の初の築城はここに一旦の幕引きとなった。
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