尊大不遜系貴族悪役による凌辱ゲーの壊し方

全自動髭剃り

プロローグ


「ハ――ッッ!!」


 息苦しさから大きく空気を吸い上げる――。


「…………ッ!」


 だが、同時に体の自由も消える。

 体は岩石のように固められ、口も縫い付けられたように開かない。

 ……いや、呼吸とかそういったことに問題はないけど、意識的に体を動かそうとしても、びくともしないのだ。

 金縛り、と似たような……。


 いやいや! 一体何が起きてるんだ!?

 

 軽くパニックになる俺だったが、応接室に聳える重厚な扉がゆっくりと開かれ、鋭い眼光を放つ男が姿を現す。

 男の名は……ルーカス・ナイトフォール! 伯爵家ナイトフォール家の当主!


「ベリアル」


 低く威圧的な声が部屋に響き渡る。

 ルーカスの言葉に応じて、俺の体は立ち上がる。

 “俺”は……、ベリアル・ナイトフォール。ルーカスの庶子であり、常に家では煙たがられていた存在……だったはず。

 いや、しかし……。俺には、日本で過ごしていた大学生としての記憶も……。

 今更自身の二面性に気づいて困惑することなんて夢にも思わなかったけど、……今の状況はもう少し複雑な気がする。まるで、ベリアルの体に、俺と“俺”の二人の魂が入ってるような……。

 

 そんな当惑する俺と無関係に、“俺”の体は父の目を避けるように視線を落としながら、ゆっくりと父の前に進んだ。


「紹介しよう。彼女はアメリア・クレイトン、お前の婚約者だ」


 父上――ルーカスの冷淡な声が応接室に響く。

 俺の隣に立つ少女、おそらく彼女こそ、ルーカスの言うアメリアだろうか。

 一目で艶やかな黒髪が目立つアメリアは、小さく頭を下げて微笑を浮かべたが、その瞳の奥には明らかな恐怖が見て取れた。

 “俺”は彼女に視線を向けたが、次の瞬間には再び床を見つめた。


「なぜ、私が?」


 絞り出すような声をあげた俺の問いかけに、父上ルーカスは冷笑を浮かべた。


「お前が役に立たないのはわかっている。しかし、この婚姻によって得られる利益は計り知れない。お前にはそのための駒となってもらう」


 いまだに状況は把握しきれない俺だったが、それでも自身の知識で知る限り、おそらく“俺”の父親たる人が、まるで俺と連れてきた婚約者の女の子を駒として蔑んでいるとはわかる。

 今すぐにでも何が起きているんだと叫びたかったが……、体は全く動かせない。

 そんな俺の肩に、アメリアはそっと手を置いた。


「お会いできて嬉しいです、ベリアル様」


 彼女の優しい声に、“俺”は初めて彼女の顔をしっかりと見た。

 その瞬間、俺の心に小さな希望の光が差し込んだ。

 彼女はこのよくわからない状況の中で、唯一の味方かもしれない。

 見てみて欲しい。くりんとした大きく意志が強そうな左右で違うサファイアと琥珀の瞳。光沢を放つ流れるような長い黒髪。頭上で小さく尖っているケモ耳に、赤く目立つ振袖。

 アニメの世界からそのまま登場! 和装黒猫系美少女! というキャッチコピーで紹介されたら、その特徴的なオッドアイ以外は解釈一致しそうな。

 ……しかしとてつもない美少女だなぁ。顔だけじゃなく、少年かと見紛うほど慎ましくもスラリとしたモデル体型も含めて。

 ……あれ? 心なしか開き切った瞳孔の奥に怒りの焔が見えた気が…………。


「アメリア……クレイトン!」


 まるで親の仇のように、“俺”は腹の奥底から声を出す。

 どうやら“俺”はたいそう彼女が気に入らないらしい。

 あれ? なんでだ?

 こんな可愛い女の子なんて、山を越え海を越えても見つからないだろうに……。

 そんな“俺”の態度に対して、アメリアは再びまるで喜の能のお面みたいな笑顔を向けてきた。……それ笑ってるの?


「二人で少し話すといい。結婚生活に向けて、互いを知る必要があるだろう」


 そう言って、ルーカスは部屋を後にした。


 ……。

 …………。

 ………………。


 ルーカスの去った応接室。

 静寂が訪れ、先ほどまで近くにいたアメリアはスッと俺から離れて、4,5歩ほどの距離から薄い目でこちらを観察している。

 部屋にはあと一人、水色の髪をした、これまたスタイル抜群なメイド服を着た美少女が、ルーカスが出て行った扉の隣で控えている。


 っと……。

 今までうんともすんともしなかった体のバランスが崩れかかって、軽く力を入れて立ち直す。

 自由が戻った体。

 首を傾げながら手を握ってみる。

 開いて閉じて、開いて閉じて。

 問題ないようだ。

 声を出してみよう。


(んー! んー!!)


 あ、俺に喋る自由はないのね。

 喋ろうとする俺に全く反応しない“俺”の体。


 次に応接室に掲げてある鏡を見てみる。少し離れた場所にあるので、自分の顔が見える角度まで歩いていく。

 するとそこには、ある意味見慣れた顔があった。見慣れた……いや、正確には見たことがある顔だ。


 肩まで長く伸ばした金髪の下、100点中80点があるんじゃないかってくらいのイケメンの素材を、最悪の人相で20点くらいにまで引き下げられた仏頂面の子悪党。

 俺の知識に照らし合わせる限り。

 アダルト向けゲーム、「Last Hope 奪われた世界と凌辱の唄」というタイトル通りの凌辱ヌキゲーに登場する、どのエンドでも必ず死ぬという最悪な性格ながら最も不運な男の顔が、そこにはあった。


「え」


 という声が漏れた。

 あれ? 自由に喋れる? と思って適当に「あいうえお」でも声を出そうと思ったがうまくいかない……。

 なにか喋れる条件みたいなのがあるのかな……?

 まあ、でも体の自由があるのは大きい。いざとなればボディランゲージでなんとかしよう。もしかしたら手話でどうにかなる説もあるし。

 というわけで、


「……」


 先ほどから俺のことを目で追う蔑み目線マシーンを化していた婚約者予定の猫ケモ耳女の子アメリアに向かう。

 アメリア・クレイトン、アメリア・クレイトン、アメリア・クレイトン……。

 頑張って名前を思い出そうとするが……、うーん。残念ながら俺の脳内メモリには存在しない。“俺”の方にはあるみたいで、うっすらとクレイトン商会の所の娘だというのはなんとなくわかる。

 いずれにせよ、何がどうなっているのか分かってない状態だというのを伝えて、なんでもいいから助けてもらわないと!

 なんだか見てる感じ、アメリアさんは“俺”にかなり悪い印象を持っているようだし、言葉柔らかく……。そうだな、こんにちは、初めましてと挨拶から入ろう!


「貴様如きがナイトフォール家に嫁げるとはな」(こんにちは)


 ん?


「賎民上がりの土豪の類の小娘が、運が良かったな」(はじめまして)


 あれれ?

 ベリアルくん、何言ってんの???

 俺に喋ろうとする意思に対して、初っ端から色々とカマす“俺”。


「ベリアル様のご厚意、感謝してもしきれません」


 対してアメリアさんは丁寧に頭を下げてきた。

 一瞬見えた表情が、前世で彼氏の二股がバレた時、学校にマジで包丁を持ってきた生徒副会長さんにそっくり。ちなみに彼氏が会長で、二股相手は副会長の妹。

 だけどここでめげてはいられない。

 もっと意思を強く持って、はっきりとした言葉で伝えよう!


「感謝している暇があったら、浴場で身でも清めておけ!」(こんにちは!!)


 うーん、だめだ。

 口調が終わってるとかじゃなくて、会話に俺の自由意志が介在しない。

 シャワーを浴びて欲しいなんか一ミクロンも思ってないのにこんな言葉が出てるし。……てか、“俺”はなんでアメリアさんにシャワーを浴びさせようとしてるんだよ。別にそんなに臭ってなかったぞ。


「……はい。わかりました」


 あー、もうアメリアさんがフルメタル・ジャケットでマシンガンをぶっ放してる米兵みたいな笑顔をしてるじゃん。その笑顔、戦地でしかできないって普通。

 ……いや、臭うって言われてそこまでガン決まった顔する?

 え、えーと。とりあえず、なんとか取り繕わないと……。


「分かったらさっさと行け!」(違うんです!!)

 

 うん。もう諦めよう。

 ベリアルくんが言うをことを聞いてくれません。


 まるで地雷原に向かうがの如く歩みで部屋から退散するアメリアさん。

 なんかその姿を見ると俺まで胃がキリキリとしてくる……。

 

 はぁ……。

 夢なら覚めて欲しいのだが……。

 そう思いつつ、この部屋に残ったメイドさんのところへと向かう。


 短いポニーテールにまとめた水色の髪、まるで玉のような肌と高い鼻に、溶岩のように輝く真紅の瞳。抜群のスタイルに、短めのスカートの白黒のメイド服と、ガーターベルトに繋がれた真っ白なハイソックス、そしてロングブーツ。

 俺も“俺”も見たことのある、絶背の美少女メイド。名前は確か……アズーリさん。

 そんなまるで創作の世界から飛び出した存在の前まで歩き、口を開く。


「何ぼーっと突っ立ってる」(こんにちは)

「失礼いたしました! 何をしましょうか!」


 やはりというべきか、まともなコミュニケーションは難しいようだ。

 それに比べてアズーリさんは愛嬌たっぷり。爪の垢を煎じて飲ませたい!


「部屋に戻るぞ」(あいうえお)

「ではこちらへ!」


 奇を衒って変なことを喋ってみようとしたが、無理だった。

 せめて彼女には、ちゃんと言葉を伝えられたなと思ってたのに……。

 そんな願いも叶うことはない。


 “俺”の自室に戻る道中、状況を整理することにした。


 “俺”はベリアル・ナイトフォール。

 憑依なのか、転生なのかはわからないが、俺が今、彼の体の主導権を握っている。……言論の自由はないが。

 って、そんな憲法違反じゃないか的なことはいいとして、俺の後ろに控えるメイドの彼女の方が大事だ。


 アズーリ・ナイトヴェール。

「Last Hope 奪われた世界と凌辱の唄」――今後略称のLHと呼ぶが、そのゲームの中で最も有名な登場人物。

 アズーリの登場するシーンはネットミームとして世間を席巻し、数多い日本発の世界的なネットミームの仲間入りも果たしている。

 実際にその作品をプレイしたことのない俺でも知っているほどのもので、そのシーンは人々の記憶から風化することはなかなかないだろう。

 その内容とは、LHの主人公であるウェルターくんとの一騎打ちの結果、力尽きて息絶えた少年のまえに、それまで決闘を見守っていたアズーリが観客席から歩いてきて、物言わぬ死体にしゃがみ込み、


 ――遂にやりましたね、ウェルターくん。あなたの人生に幸あれ。そして、ようなら。


 と言うセリフと共に、ウェルターくんの目の前で大破裂するもの。

 それはもうものすごいグロテスクさで、飛び散った肉片を顔にうけたウェルターくんが絶望と恐怖の表情をし、そこで原作LHとは関係のないテンポのいい曲が流れるという動画ミームである。

 とある火星の王が止まらせないミームと並んで、実況動画のキャラ死亡シーンとかで使われる。


 LHをプレイしていない俺でも、当時はかなりの衝撃を受け、その結果プレイしていないにも関わらず、LHのことを色々と調べたものである。

 目の前にいるアズーリさんのこと、LHの主人公のウェルターくんのこと。それで記事の関連リンクなども適当に眺めていて、それで知ったのがベリアルくんで、何を隠そう、ウェルターくんと死闘を繰り広げたのちに殺害された人こそ、ベリアルくんである。


 無駄に長い廊下を歩き、着いたのが自室前。

 ……転生した俺なのだが、どうやら“俺”であるベリアルくんの知識とかもかなり自然に混ざっていて、過去に俺が何をしたとかそういった記憶はないが、ここがオルディア共和国の首都郊外にあるナイトフォール伯爵家だとか、そういった知識については問題なく分かった。

 自室の場所まで歩けたのはそういった理由だろう。


「さっさと失せろ」(ふぅ)


 一息つこうとしただけなんだけど……。

 淡々とした表情で歩いてきた廊下を戻っていくアズーリの後ろ姿に申し訳ない気分になりながら、俺は自室の部屋を開けた。

 趣味の悪い目立つ赤や金の装飾だらけの家具と、意匠がこられている絵画や彫刻があちらこちらにこれでもかと飾り付けてあるうるさい部屋。

 こんなところに住んでいる神経が理解できないレベルの酷さだったが、それらを見なかったことにして、やたらとふわふわな天蓋つきベッドに飛び込む。


 もう疲れた。

 このまま寝てしまえば、目が覚めたら日本だ。

 そう願って目を閉じた。

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