魔王が来たので

もち雪

前日譚

第1話 ある青年の思い出 壱

この話は、「魔王が来たので」の前日譚です。


前日譚の主人公と本編の主人公は別の人物です。



  ☆★☆★☆★☆彡



 僕の父は体が弱く、母はそんな父の分まで仕事に打ち込んでいた。

 

 ある年の正月、それまでは、正月くらいは無理をしても仕事を休んでいた母が、どうしてもその年の正月は仕事が休めないらしく。

 白銀しろがねの家の本家である僕の伯父の家に、お手伝いの綾とふたりで行く事になった。

 

 父は「みなと、僕の分まで楽しんでおいでよ」そう言って僕を見送ってくれた。


 伯父と伯母に優しく出迎えてくれた。

 その家には僕と同じ年頃の従妹がおり、伯父譲りの白銀しろがねの髪、黄金こがね色の瞳をしていた。


 僕の瞳が、母似の赤茶色のだけれど、僕たちはなんとなくよく似ていた。

 

 居心地の良いその家に、習い事や勉強の無い日は、家から30分かけてお手伝いの綾と遊び行っていたものである。

  

 綾もそうだが白銀家の家系の子供は昔からよく本家に遊びに行く。大人たちが本家の仕事場で働いている間、子供たちは年長の子ども達の言う事をよく聞き。時に、お手伝いに来た里の者におやつをねだる、そんな日々を僕らは過ごしていた。

 

 優しい伯母の手作りのお菓子を食べ、手の空いた伯父達ともによく山や川へとみんなで遊びまわる。僕の父も体が比較的に楽な時にはそれに加わる、僕の釣った魚や取った木の実などを見て父はよく褒めてくれた。父も伯父達と同じ白銀の髪、黄金色の瞳だが、しっかり者の伯父と違って父は優しく笑う。


「こんなに大きく新鮮な魚は見たことがないよ」


「そうなの? 伯父さんと一緒に魚釣りとかしなかったの?」


「そうなんだ……僕の体が弱いのは赤ちゃんの時からだからね」


「でも……お母さんのお薬のおかげで、最近になって外に出歩ける様になったんだよ」


「そっか、やっぱりお母さんは凄いんだね」

 

「うん、凄いよ、でも、もしお母さんが一緒に居ない事で何か困った事があったら、お父さんにすぐに言ってな」


「言ってもいいの? 」


「うん、いいよ」


「そっか……いいのか」

 僕は、少し安心していた。それに気づいただろう父は、尚も話しつづけた。


 「僕もみなとの為に頑張るけど、お母さんも湊の為に頑張ってくれる。お母さんは、そういう人だから湊も遠慮せずに、なんでも言うんだよ」


 僕は、それに答える代わり両手を広げ抱っこをせがむ。


 父は、体の線が細い人だったけれど、それでも僕を抱きしめ抱っこをしてくれた。


「そうは言っても、湊もお母さんもふたりともよく似ていて、頑張りすぎてしまうからお父さんは少し心配かな……」


 僕を抱っこしながら、耳元で僕達の心配を語る父の声を、まじかで聞きながら目を閉じる。優しく笑う父が好きだった。父の鼓動も優しく安心させてくれる。


 そんな父と父の代わりに、本家で働き父の為の薬作りに励む母、そんな母の話を僕たちを思いやりながら話す父。幼い頃は、伯父と伯母に囲まれて暮らす従妹をうらやんだりしたけれど、成長する内にそんな気持ちはなくなっていた。



 そんな父も僕が7歳の時に、流行り病の風邪であっけなく死んでしまう。


 僕が7歳の冬、狐の里に流行り病が流行った。その頃には、父は回復し床で横になっている時間も少なり、起きて軽い作業などをこなせるまでに健康になってきていた。


 ある日、父の体調が目に見えて悪く、家の者みんなが父を心配するなか父は床についた。次の日、起き上がれなくなった父の為に、医者が呼ばれる。

 

 日頃、仕事で居ない母が家に居て、医者と長い事話をしていた。僕は、母と医者の居る、父の部屋の隣の書斎の前でふたりが出てくるのを座って待っていたが……。


「湊さん、風邪をひきますよ」と綾にとがめられ台所へ行き、綾の入れてくれた生姜湯を飲んだ。


「旦那様も、きっとすぐよくなります」

 

 綾は、僕を励ますように、綾自身が願うようにそう言った。僕は、父の瞳の様な色の生姜湯をみつめながら、「うん」と言う事しかできなかった。


 流行り病か移ると言う配慮から父や母に会う事も出来ず、従妹の家へ行く事も出来ずお手伝いの綾さん達と不安な日々を過ごした。

 それから母は、仕事を休み付き切りで父の看病をしていた。

 

 時々、母に会うとあれだけ小奇麗にしていた母が、幽鬼の様なたたずまいでそこにいた。しかし僕に目にを止めるといつもの母にもどり――。


「湊、おはよう」


「おはよう、お母さん」


「ごめんなさいね、湊にまで心配や不自由をかけてしまって」

 

「何か、困った事はない?」


「大丈夫だよ、お母さん……お父さんにはいつ会える?」


「そっか……良かった」


「少し時間はかかるかもしれないけれど、ちゃんと良くなるから大丈夫……いずれ会えるわ」

 僕の背の高さに合わせる様に、座り僕にそう言う母。


「お母さんは、大丈夫? 」


「お母さんは大丈夫、お母さんは強いもの」


「そうか……良かった」


 その時、台所から僕を見に来た、割烹着を付けた綾が僕をいざない台所へ連れていく。


「お母さん、僕も強いから、困った事があれば何でも言ってな」


 台所に着くと、綾が僕の前に料理を並べる。


「綾、お父さんは良くなっているんだって」

 そう言うと、綾は一瞬手を止めて。


「そうですか、本当に良かったですね。湊さん」と、言ってくれた。



 それから三日目の朝。


 一昨日までの少しあった暖かさが、昨日から力を失い、朝には霜柱が降りるまでになっていた。

 そして今日の寒さは、それを一段と増し温かい布団から出ると、出る息が白くなるまでになっていた。

 まうすぐ、この辺りも白い冬景色になるだろう……。


 そんな凍てつく、寒さを一足先に届ける様に突然、伯父がやってきて僕の部屋のふすまを開けた。

 戸惑う僕の目線に合わせる様に、伯父は座る。日頃、父と違い血色の良い伯父であるが、今日は急いでこの部屋まで来たのだろう。寒い冬の中で、顔を上気させる。


「いいかい、これからお父さんの部屋へ行くから、やまいよけの呪いまじないをかけるよ」


「伯父さん、お父さんに会えるの? 」


「お父さんは元気になったの? 」

 その言葉に伯父は、押し黙ってしまう。


 僕は静かに、知らずに掴んでいた伯父の着物から手を離した。それが合図の様に伯父は、病よけの祈祷をあげる。


「これで完全に病から身を守る事は出来ないが、元気なお前なら例えやまいにかかっても大丈夫だろう……」

 そう静かに言った……。


 父の寝ている部屋に入ると、見違えるようにやっれた母が、座椅子へもたれかかる様にすわっている父の手を握っている。僕が近くに行くまでただ母は、父をみつめていた。

 

みなと……」

 父は、そう言うと母は、初めて僕と伯父の存在に気が付いた様で信じられないというような顔をした。

 

「湊を何故この部屋に? やまいで湊まで倒れてしまったどうするおつもりですか!?」


 母はそう伯父に罵声を浴びせたが伯父は黙っていた。母の罵声を聞きながら僕は二人に近づき、決して離されなかった二人の手に僕の手を置いた。母はそんな僕に涙し、父は僕の頭を優しくなでた。

 

「ごめんね……しらゆきさん僕が兄さんと湊を呼ぶように先生に頼んだんだ……」

 

「貴方、あまり話さないでお身体にさまります」


 

「ぼくは聞いてしまったんだ……先生と君との話をだから君が居ない時に……。だから……兄と先生を責めないで、ははは……しらゆきさんには笑っいてほしいな」

 すっかりやせ細ってしまった父が、力なく笑う。

 

 父は僕に顔を向ける、いつもの優しい笑顔だった。

「湊……お母さんを頼んだよ……。でも……少し心配かな? 君たちは頑張り過ぎてしまうから……。もう、二人とも力を抜いていいんだよ、ぼくはいつでも君達を見守っているからね……」


「お父さん……」

 父さんは、こんな時まで限られた力で僕達を心配していた。


 父の死、それは知らず知らずの内に、僕の心の中にあり、それに気づかぬふりをして生きてきた。

 それをおおい隠していたベールがはぎ取られた今、とても悲しく、耐えられないほど辛かった。

 心をナイフを深く、深く刺されるように。でも、そのナイフは幼い時から身の内にあったもので、僕の感情は慣れ切ってしまったのだろう。僕は、母の様に泣く事がなかった。

 

「兄さん……ありがとうございます、しらゆきさんと湊を頼みます」

 そう言って伯父に深々と頭を下げ、伯父は目頭を押さえるようにして何度もうなずいていた。

 

「しらゆきさん……」

 そう言うと父は、母に耳打ちして話す。

 

 話し終えた父は『まぁ聞かれて悪い事ではないけど、恥ずかしからね』と静かに笑った。

 母は、子供の様に『ダメダメっおいていかないで……』と父の膝の上で泣いていた……。

 

「じゃ……疲れたし少し寝るね……おやすみなさい」

 

 それが最後の言葉になり、父は帰らぬ人となった。

 

 葬式の間中、母の姿は幽鬼の様であった、僕の前でもそれは取りつくろわれる事はなかった。

 いくら伯父が僕たち親子を守ってくれていても……口さがない親戚はそんな母を見てさえ『成り上がりの一族の娘がとうとう本家に近しい分家を乗っ取った』と罵るののしる声は僕の耳に届く。

 当然、喪主となった母にどれほどその声が届いたのかは僕にはとても計り知れない。


 親戚達から離れて、父の姿の父と最後の別れをする建物の外で僕は、煙突からのぼる最後の父の思い出を眺めていた。僕の手をにぎる、従妹と僕達の後を追って歩く女の子の手がとても暖かくって、僕はそこで初めて泣いた。


 二人は僕が泣き止むまで、ただよりそいそばにいた。僕は、それで十分だった。

 


 それから父の葬儀が終わると、母はより一層仕事に打ち込むようになる。

 そしてぼくはフィーナの家へ遊びに行く事が、よりいっそうが増えたのだった。


 つづく

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る