語りたくてしかたのないことだからむしろ沈黙する
放課後、帰る支度をしていた
「ねえ、有栖川」
「なんだ、宇佐木?」
宇佐木は下から視線を送って、口角を鋭くした。
「僕の秘密、聞いてくれない?」
「出し抜けにどうした?」
有栖川はバッグを肩にかけながら、つまらない顔をした。
「疑問文に疑問文で返さないでよ。聞いてくれるの? くれないの?」
宇佐木は振り子のように頭を揺らしながらたずねた。
「聞いてやる、って言えば満足なのか?」
有栖川は口をとがらす彼を物理的に見下した。
「なにそれ、つれなーい。ほんと、退屈だよね、君って」
宇佐木は後ろ手のまま三拍子のステップを刻んだ。
「お前なあ……」
有栖川は切れよく踊る彼のターンするくるぶしをながめた。
「アリスは退屈ずんたったー、ウサギは死んじゃうずんたったー、秘密を言いたいずんたったー、言わなきゃ死んじゃうずんたったー」
「わかった、わかったから。言えよ、その『秘密』とやらをさ」
その言葉を聞くと、宇佐木は歌をピタッと止めて、くるっと有栖川にほほえんだ。
「ふふふ、それはね……」
「なんだよ?」
ワン、ツー、スリーとにじり寄って、
「教えてあげなーい」
そう笑った。
有栖川は狂った福笑いのような顔をした。
「なんだよ、それ……ふざけてんのか……?」
「ふざけてなんかないですー」
宇佐木はまた三拍子を踊りはじめた。
「ねえ、有栖川。思考の言語化なんて可能なんだろうか? それを懐疑したのがヴィトゲンシュタインなんだよ。ずんたったー、ずんたったー」
「はあ……」
彼は教室をステージのまま、口笛を吹いている。
「僕はね、有栖川。僕の秘密を君に言いたくてしかたがないんだ。だからこそ逆に沈黙するんだ。わかるかな?」
「わかるわけねーだろ」
有栖川がそう吐き捨てると、彼はピタッと足を止めて、白鳥のポーズをした。
「ふん、ほんと、つまんないやつ。死ねばいいのにずんたったー」
「……くだらねえ、宇佐木。沈黙しろ」
有栖川がつまらなさそうに言ったので、宇佐木はまたこちらへ近づいてきた。
「それは、君のほうだよ?」
そう言ってほほえむと、またステップを刻みだした。
有栖川はその様子をいつまでも鑑賞していた。
「ほんと、くだらねえ……」
落ちてくる夕日に当てられ、幸福な道化は延々と、スポットが落ちるまでダンスをしつづけた。
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