最終話 赤レンガに残された音
横浜の港は、灰色の波にゆっくりと揺れていた。
世界が終わってから、潮の満ち引きにも音がなくなった気がする。
それでも、赤レンガ倉庫はまだ立っていた。海を背にして、ひっそりと。
この旅の終わりに、俺はここにたどり着いた。
「さて、『終末世界からこんにちは』……たぶん最終回になるかもしれません。パーソナリティの南方涼です。」
海風に吹かれながら、最後の録音を始める。
「この旅は、彼女――Yukiを探す旅でした。」
「声を、記憶を、残されたものを追いかけて。」
「でも結局、俺は彼女に会えませんでした。」
「もしかしたらもう、彼女はいないのかもしれない。」
「でも――最後の最後に、ひとつだけ、見つけました。」
赤レンガ倉庫の裏手。
半壊したスタジオ機材の奥。
人の目から隠すようにして置かれていた。
小さなレコーダーだった。
銀色のテープが貼られていた。
そこには、手書きの文字。
「涼くんへ」
その字を見た瞬間、心臓が強くなった。
指先が震える。
再生ボタンを押すのが、怖かった。
でも、俺は押した。
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耳元に、懐かしい声が戻ってきた。
「……涼くん、これ聞いてるってことは、たぶん私は、もういないんだよね。」
「ごめんね。どうしても、会いたかった。あの夜、代々木でステージに立っていた君を見て、敵わないって思って。それが悔しくて……私は……君の前に立つ勇気が無かった。」
「でも、君は会いに来てくれるって、信じてた。
だから、ボイスメモをここに残しておきました。」
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風の音、遠くの波の音が一緒に録音されていた。
それが、どこか生きているようで、涙がこぼれそうになる。
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「私、ずっと君のこと、すごいなって思ってたよ。負けたくないって思ってた。ずっと追いかけてた。」
「……憧れてたし、ずっと好きだった。でも、ちゃんとは言葉にできなかった。ごめん。」
「私はね声は残るとおもってるんだ。声は、きっと、届く。
私は、君の声が、ずっと聞こえていたよ。」
「涼くん、生きて、これからも私の分まで。そして、またいつか、会うことができたなら歌ってほしいな。君の声をずっと聞いていたいから。」
「最後に、終末世界から――こんにちは、そして、さようなら。大好きだったよ。」
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音声は、その言葉を最後に途切れた。。
俺はしばらく何も言えなかった。
波が、岸壁を叩く音がする。
その音の中に、彼女の声がまだ残っていた。
「……ユキ。ありがとう。」
マイクに、そっと言葉を送った。
世界に誰もいなくても、この声がどこかに届くように。
「みなさん、最後までお聞きいただきありがとうございました。」
「ユキに会うことは出来ませんでした。彼女は
……次の放送は、いつになるかわからないけど、またどこかで。」
パソコンの録音を切ると、静かな港に日が差した。
それは、ほんの一瞬だけ、灰の空を割って射した光だった。
彼女の姿はもうない。
けれど、声は残っている。
そして、僕はまだ、生きている。
だからまた歌いたいと思う。
世界の終わりに、歌が残るなら――
それは、きっと、始まりのしるし。
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