第43話 VSリオン(8)

 ドラゴシュとリオンが正面から相対する。

 

 ともに疾風迅雷の突撃。馳せ違う。瞬間、赤竜の鉤爪がリオンの胸甲をえぐり、“氷刃”が赤竜の右前脚をいだ。

 

 リオンは胸甲ごと裂かれた胸から血を噴出させた。その代わり、ドラゴシュの前脚も深く斬られて鮮血がしぶき、赤竜は重いうなりを発した。

 

 バルドルは騎竜術でドラゴシュの治癒能力を高め、傷を再生させる。

 

 その間に、リオンは胸の傷を飛術で治しながら空を斜めに駆けのぼっていく。バルドルはそのあとを追尾する。

 

 騎竜術もずっと全力で使い続けられるわけではない。先ほどの最高潮の状態と比べると、ドラゴシュの飛行速度は多少減速していた。何百メートルと空をのぼっても、ドラゴシュとリオンの速度は変わらず、距離がみるみる縮まっていくということはなかった。が、バルドルの闘志はむろん低下していない。

 

 やがて――。

 

 高度一千メートルほどのところに浮かんでいた積雲に、リオンは突っ込んでいった。

 

 見失うものか、とバルドルも続いて雲に飛び込む。雲に入った途端、視界が一面真っ白になった。体中に冷気を感じる。何も見えず、リオンの姿もとらえられない。

 

 大きい雲だ。しだいにバルドルは上下左右の感覚を失いはじめたが、竜のほうは問題なかった。バルドルはドラゴシュに身をゆだねて、まっすぐ飛び続ける。

 

 雲を抜けた。


 沈みゆく陽の光が視界を彩る。前方、左右とリオンの姿を探すが、見つからない。

 

 ふと――。

 

 ある竜騎士の言葉がバルドルの脳裏に浮かんだ。


(リオンは雷だ)

 

 そう言っていたのは、空戦場でリオンの超絶飛行を見たことのある竜騎士だった。


(気づけば、完全な優位高度から急降下で襲いかかってくる。――稲妻が落ちるように)

 

 バルドルの本能がその言葉を思い出させたのかもしれない。頭上を仰いだ。

 

 紫電一閃。

 

 リオンが真上から落雷のごとく降りかかってくる。

 

 びゅおん、と大気を裂く音が生じた。顔を真下に向けたリオンが、まさしく神速というべき速さで急降下しざま斬り込んできた。

 

 バルドル目がけ、“氷刃”が閃光のように宙を走る。

 

 慌ててバルドルはドラゴシュを急横転させた。間一髪、バルドルは斬撃をかわした。

 

 だが、その攻撃をドラゴシュは完全には回避できなかった。強烈きわまる斬撃が、翼ごと竜の左腹を斬り裂く。鮮血が大量に散った。ドラゴシュが激しいうめき声をあげる。

 

 一閃後、降下したリオンは刹那の速さで反転して急上昇。再び剣が銀色の閃光と化す。襲いかかってくる。

 

 飛行が速すぎてかわしきれない。“氷刃”が次はドラゴシュの右腹をえぐった。再度、鮮血が散る。


 その後、リオンはすぐさま反転し、バルドル目がけ急降下。斬撃がきらめく。バルドルはドラゴシュに横っ飛びさせ、よけようとする。


「くっ……」

 

 が、やはりよけきれない。剣尖けんせんが竜の鱗を走り、そこから血潮が飛ぶ。斜め下方まで宙を駆け下りたリオンは、再び上昇し、剣光を走らせる。

 

 超高速飛行による連続攻撃。

 

 それが次から次へと繰り返された。リオンが上下左右に乱れ飛び、斬りかかってくる。その攻撃をドラゴシュはかわそうとするが、完全にはかわしきれない。四方八方から斬りつけられる。


 現在、この空を征服しているのは紛れもなくリオンだった。


 リオンの優勢を可能ならしめる鍵は――。


(飛行が――速すぎる……!)

 

 おそろしいほど圧倒的な飛行速度である。

 

 先ほどまでは全開ではなく、今このとき、飛術を全速力フルスピードで発揮しているのだろう。

 

 リオンの電光石火の飛行。上、下、右、左、後ろ、斜め、と様々な角度からドラゴシュに斬撃の雷雨を叩きつけていく。

 

 雷が閃いたのち、ドラゴシュの体から血の花が咲く。斬りきざまれるにつれて傷の再生が追いつかなくなりつつあった。


(このままだと……)

 

 バルドルより先にドラゴシュが息絶える危険すらある。

 戦闘における竜の死因は主にみっつ。首を斬り飛ばされるか、頭部をつぶされるか、肉体に激しい損傷を受け続けるかだ。このままでは肉体に損傷を受け続けたゆえに、ドラゴシュが倒される可能性が大きい。

 

 と、バルドルが恐れていたとき――。

 

 思わずバルドルは手で耳をふさいだ。

 

 凄絶なまでに激しい咆哮が、空域にとどろいたからだ。めった斬りにされた痛みによる怒りで、ついにドラゴシュが大音声で吼えたのである。

 

 大気を揺るがさんばかりの咆哮。ドラゴシュの斜め上方に占位しているリオンも一旦停止し、手で耳をおおった。

 

 ドラゴシュはリオンのほうへ鎌首をもたげた。顎が開き、牙の間から憤怒の炎が躍り出る。

 

 あたかも炎が爆発したかのごとく。

 

 これまでで最大の火柱が吐き出された。空域を焼きつくすかのように燃えあがっていく。バルドルの肌も熱く感じるほどだ。これだけ巨大な炎ならリオンでも回避できなかったのではないか、とバルドルは思った。

 

 炎が消えた。リオンは炎を回避すべく後方へ跳ね飛んでいた。しかし十分には回避しきれず、リオンの体の三分の一ほどへ炎が燃え移っていた。火は顔にまで広がろうとしている。

 

 リオンに決定的なダメージを与えた――かと思われたが。

 

 ふいに、リオンはすさまじい速さで、雲のある方向へ飛行した。雲中に入っていく。バルドルが追うかどうかためらっていると、リオンが雲から出て姿を現した。

 

 そのときには、リオンの体に燃え広がっていた炎が消えていた。飛行の勢いと雲の水滴で消火したのだ。この男が相手では、普通なら倒せる場面でも倒せない。今さら強調するまでもないが、やはりすさまじい男である。

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