第30話

 ディアナの心を震撼させた過去というのは、およそ半年前のものだった。

 

 場所はラーザ領にある森林。火計によるものか、その森は半ば燃え広がっていた。夕闇が支配するはずの時間だというのに、踊りまわる炎によって、あたりは凶気のように明るかった。

 

 森には焼けただれて、あるいは斬殺されて屍と化した兵士がいくつも転がっていた。

 

 攻め込んできたブリタニアの部隊をラーザが迎えうった場所だった。休戦協定が結ばれる前である。

 

 森の中、炎の届かない場所で、バルドルは戦っていた。

 

 漆黒の薄金鎧を一縮したバルドルは長剣をふるい、ブリタニアの飛術士の男と斬りむすんでいた。

 

 相手の男は、ルビーをちりばめた白の鎧に身を固めている。その豪華な鎧と洗練された剣術から、高貴な身分であるのは明らかだった。

 

 その男は玲瓏れいろうたる雰囲気をまとっていた。


 その男はシルバーブロンドの髪をしており、緑色のまっすぐな瞳をしていた……。

 

 周囲には死体しかなく、バルドルと男との一騎討ちである。斬撃の応酬がすさまじい速さで展開されており、すでに二十合は打ちかわされていた。

 

 宙を飛ぶ魔道を持つ飛術士同士の戦いである。半分、空中戦に移行していた。舞い上がり、急降下し、左右に飛び、斬りつけ、突きいれ、はじき返す。両者ともに魔的な領域に属する人間であり、戦闘は尋常ならざる様相を呈した。

 

 途中、男が問うた。


「何者だ。これほどの実力、貴様も名の知れた人物ではないのか? 名乗れ」


「ラーザの王子バルドル」


「ほう、バルドル王子? 兄と違って弟のほうは戦場には出てこないと聞いていたが」


「事情が変わってね」


「剣を捨てろ。そして、貴国に全面降伏するよう伝えるんだ。この戦争そのものを終結させることができる」


「断る」


「なぜだ? これ以上戦えば、貴様を生かして捕らえることはできないかもしれんぞ」

 

 バルドルは薄く笑って答えた。


「俺は戦うために生まれてきたんでね」

 

 バルドルは再び斬りかかった。さらに、三合――五合――十合。

 

 互いの剣は、何度か相手の鎧までも斬り裂いた。魔道による剣の強化だった。飛術は竜の能力を体現するもの。竜が爪の鋭さを高める力の応用で、二人は剣の鋭さを強化したのだった。飛術士の中でも、これができる者は少数である。

 

 五十合を超え、決闘は無限に続くかに見えた――そのときだった。

 

 バルドルの強烈な斬撃が男の剣に激突し、異常な金属音が響いた。男の剣が折れたのだ。バルドルの魔道が男のそれを上回ったともいえる。それ自体はバルドルの想定内だったのかもしれない。だが、その直後の展開は想定外だったろう。

 

 折れた白刃は異様な軌道を描いて飛び、その切っ先が男の頸部を半ば斬り裂いた。

 

 男は地に倒れた……。

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