探偵人形《ディテクティブドール》は語らない
能見底猫
第1話
「キミが新しいボクの助手かい?」
玄関を開けた私を迎えたのは、人形のように美しい少女だった。
満月のような色合いの髪は後頭部で纏められており、ぱっちりと見開かれた瞳はサファイアのように蒼く瞬いている。どこぞの姫君と言われても信じてしまうほどだ。
網目模様の鳥打ち帽を被り、白を基調としたワンピースを着ている。
ケープが付いたその衣装はさながら探偵小説に出てくるインバネスコートのようだ。
いかにも物語の登場人物のような、芝居がかった印象の少女である。
しかし私の疑問はただひとつ。
なんだってこんな子が祖父の家にいるのかということだ。
私の実家は地方貴族を生業としている。
そこで地主として穏やかに暮らしているのが、一族代々の生き方だ。
その中で、祖父は唯一変わり者だった。
若き頃実家を捨てて王都で探偵業を始めたという。
結婚し、家庭を持ってからは一旦実家に帰ったものの……。
子供が大きくなると、家業を子供たちに任せ、また王都に出奔。
結局、王都に骨を埋める結果になったのだった。
そんな祖父が住んでいたのがこの屋敷。
私がこうしてやってきたのは、大学生活のために王都に住む必要があったからだ。
それと――祖父の遺産を整理するため。
だというのに、この少女はいったいなんだ。
階段からこちらを見下ろしている少女に、そんな疑問を投げかけることにした。
「貴様、いったいどこの誰だ?」
「おっと、これは申し遅れたね」
カツカツカツ、と靴音を立てながら、こちらに降りてくる少女。
「ボクの名前はルデア・フォルモント。キミの祖父が作り上げた生体自動人形さ」
「生体自動人形……?」
「まぁ、早い話が生体部品をところどころ使った人形、みたいなものだね、ほら見て」
そう言って――少女、ルデアは白い手袋を外して、ワンピースの袖を捲り上げた。
その腕関節の見た目は人間……のモノではない。
まるで人形の球体関節そのものだ。
「こんな風に人形と生体部品の合成品なのさ」
「なるほど、魔術だな」
私はポン、と手を叩いた。
「ああ、今は魔術全盛の時代だからね」
ルデアの言う通り、このロードウィン王国は何を隠そう大魔術時代の真っ只中だ。
魔術とは魔術文字の力によって、使い手の生命力を様々な現象に昇華する術である。
魔術文字が一般の家具にまで配備され、魔術の氷が食材を冷やし、魔術の炎で料理が作られる。魔術を利用するだけならば、ほぼすべての人間が行っているだろう。
そういう時代なのだ。
「そんな大魔術時代において、生体自動人形なんてものは、そう珍しくもないよね」
「で、貴様を祖父が作ったと」
「そうなるね。キミのおじいさまはああ見えて、凄腕の魔術師にして探偵――いわば魔術探偵だったんだよ。そしてボクの助手だった」
「ふむ、しかしなんでそう、作り込まれているというか、有り体に言って美人なのかね? 祖父の趣味か?」
「キミのおばあさまの若い頃に似せて作ったと言われたけれどねぇ」
ふふふ、とルデアが笑う。なんとも不思議な雰囲気の少女だ。
祖母は、私の父を生んですぐ早逝してしまったそうで、会ったことも、その姿を見たこともない。なにせ写真が一般に流通するようになったのはごく最近のことだし、今でも高くてなかなか手が出せない代物になっている。祖母の容姿を記録しておく物など無きに等しかったのだ。もし祖母が生きていたら、こんな感じだったのだろうか。
「だけれどもずいぶんと素直だねぇ。例えば見せられた箇所は義手で、祖父の遺産を狙うために潜り込んだとか疑われると思っていたけれど」
ちっちっちっ、と舌を鳴らしながら指を降るルデア。
からかわれているのだろうか。
「生憎、私は魔法使いでね。そんな心配はしなくてもいい」
「魔法使い?」
「ああ、他人が嘘をついたかどうかわかるんだ」
魔術以外に魔法というものがある。
魔法は個人が先天的に有している異能であり、オンリーワン。その対策は難しい。
ここまで私の魔法は発動していないということは、つまりこの少女は真実を言っているということだ。本当に対策されていなければ、だが……。
「ためしにルデアとやら、嘘をついてみてくれ」
「ふむ、それじゃあ……」
ルデアが自慢気に胸を叩いて、誇らしげにこう宣言した。
「ボクの胸はGカップある」
「………」
「………あの、さすがになにか反応がほしいんだけれども」
「言ってて虚しくならないかね、それ」
「う、う、う、う、うるさいなぁ!! ボクの体は総合芸術であって、単純な胸の大小で美しさは決まらないんだよ! 今のこの姿がもっとも美しい黄金比であってだね……」
なにやらブツブツ言っているが、今ので――いや、しっかり見ていなかったな。
「すまない。もう一回嘘をついてもらってもいいだろうか」
「ええっ!? 一度ならず二度までも!? もぉ……仕方ないなあ。これっきりだよ?」
「ふむ、いいだろう。どうぞ」
今度は見逃さないよう、ルデアを注視する。
心なしか、その白い頬が薄っすらと赤く染まっているように見える。
高性能だな。
「ボクには元カレが百人いる」
――その瞬間、ルデアの心臓部から赤い閃光が全身に駆け巡った。
特に彼女自身になにかが起こったわけではない。
ただ単に私の魔法が脳内に視覚野情報として示しただけの話だ。
私はこれを『亀裂が走る』と呼んでいる。
単に呼んでいるだけで、実際になにかが欠けているとかそんなことはない。
とにかくああして全身に一瞬、亀裂が走った場合、その人は嘘をついているわけだ。
これが私の『嘘を見抜く』魔法ということだ。
この少女にも正しく反応しているようだな、ふむ。
「わかった。ありがとう」
「否定してよ!? なんかボクがすごい経験豊富みたいになっちゃうじゃんか!」
「経験豊富なのか?」
「……も、もちろんさ!」
またビシリッ、と全身に一瞬亀裂が走った。
どうやら男性経験は皆無のようだ。
無論、そんなこと私が気にすることではない。
問題はこの少女の扱いである。
私は両親に代わり、祖父の遺産を整理しに来たのだから。
たしかホムンクルスなどの魔法生物の類にはまだ人権が認められていない。
所持者の私物として認められていたはずだ。
つまりこの少女の所有者は私――ということになるのだろうか。
なんともインモラルな響きである。
しかしそれならば何が出来るか確認しておかないとな……。
「ところで貴様はいったい何が出来るのかね? 私のことを助手と言っていたが」
「ああ、ボクは探偵として作られた探偵人形だからね。探偵には助手がつきものさ」
「…………祖父は魔術探偵だったはずだろ」
「ボクを作るなり、自分は助手に収まっていたけれどねぇ?」
たしか祖父は祖母に振り回されるのが好きだったと聞いた覚えがある。
自分が作った人形に祖母の代わりをさせていたのだろうか。
なんとも虚しい話だ。
「悪いが私は探偵業になど興味はなくてね。この屋敷を大学に行くための拠点にするために引っ越してきただけなんだ」
「なるほど……つまりボクの当面の仕事はキミの世話というわけだね。わかったよ!」
納得したように、ふんすっと腰に手を当てて胸を張るルデア。
探偵人形という割には探偵業にそれほど興味が無いのだろうか。
「ではさっそくだが、どこか休めるところはないか? 列車に揺られているだけとはいえ、長旅で疲れてしまった。人がいるならベッドぐらいはあるだろう?」
「ああ、キミの祖父――先代の部屋を使いなよ。階段を上がって奥にある部屋さ」
「助かる」
私はトランクケースを持って、階段をあがることにした。
言われた通り廊下を進み、一番奥の部屋の扉を開ける。
筆記机、ベッド、箪笥……一通り、住むのに使えそうなものが埃もかぶらずに置かれていた。ルデアがいままでしっかりと掃除してくれていたのだろう。
腐っても自動人形といったところか。
私はトランクケースを地面に置くと、ベッドに倒れ込んだ。
長旅でだいぶ疲れてしまったのだ。
大学が始まるまで後十日。
それまでに引っ越しを完了させて、授業の予習もある程度やっておかなくてはならない。
幸い予期せぬ家人がいる。
引越の手伝いや家事に手間取らせられることもないだろう。
私の大学生活は今のところ好調なスタートを切ったと言ってよかった。
もっとも――そんな好調な出だしは。
これから巻き込まれる数多の事件のおかげで吹き飛ぶのだが。
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