災禍と福音のルドミラ

@Winter86

第1話

 聖歴3100年。


 公国領エリアス大神殿へ魔報器による一報が送られた。それはルドミラ北部にあるエリアス神殿に設置された魔報器からであり、神の救いギュスターヴと名乗る謎の人物からのもであった。


「死を乞う者の晩餐——————」


 一報の大部分は言葉ではなく、うめき声のようなものであった。一報を受けた神官が聞き取れたのはそれだけだった。


 魔報器は非常時に用いられる。エリアス教会の大神官たちは重く受け止めた。神殿が蛮族どもに犯されたと判断したのだ。教会は私兵“聖芒の遣いアラム”をルドミラ北部にあるエリアス神殿へ派遣した。


 聖騎士30人、神官9人、ギルドの調査官1人。計40人編成の部隊による早馬での行軍だ。リュテンヒルド公国はルドミラ中部に位置するが、北部の神殿までは二日も掛からなかった。


 ルドミラ北部には公国に仇名す敵性種族———ゴブリンが跋扈している。アガシャと呼ばれるゴブリンの国もあり、そんな敵地と公国領との境目に目的地のエリアス神殿はある。


 どうして、そのような場所に神殿が建てられたのか。難しい話ではない。到着して、予想通りでもあった。エリアス神殿の周囲には数多の墓標が佇んでいる。今も尚、ゴブリンと戦う者たちがおり、命を落とす者もいる。彼らを導くため、ここにエリアス神殿は建てられたのだろう。


 しかし、墓標に囲まれたエリアス神殿は酷く不気味だ。乾いた寒風に当てられたせいなのか、もとは白だった神殿の外壁は灰色に褪せてしまっている。人の気配も一切しない。


「神殿内へは少数で向かう」


 この隊を指揮するのは上級神官のハアツ・ランドゥーだ。彼は三人の聖騎士と一人の神官、そして調査官のわたしを選定した。その五人で、神殿内へ足を踏み入れた。


 誰も喋らないし、警戒を怠らない。蛮族どもに犯されたと大神官たちは判断したが、わたしにはどうもそうは思えない。神殿内には荒らされたような形跡が一切見られないのだ。


「死臭がします」


 聖騎士の三人が前を行き、わたしの隣りには神官が一人いる。彼らだけに聞こえるくらいの小声で私は言った。わざわざ口にするまでもないくらいの死臭が、神殿に足を踏み入れた時点で漂っていた。それでもわたしはあえて口にした。


 神殿には窓が少ないため、日の光を取り込めない。設置されている光水晶は輝きを失い、明かりとしての役割を果たせていない。わたしと神官、聖騎士の一人が照明器具を持って照らしていなければ、ここは暗闇に包まれている。


 向かう先は神殿内にある礼拝堂だ。

 観音開きの扉が少し開いている。漂う死臭の元凶はその先だ。聖刃ビシャットを片手に持った聖騎士の二人が、礼拝堂への扉を勢いよく開け放った。


「うっ………」


 礼拝堂内に広がる光景を目の当たりにして、神官が吐き気を催した。前を行っていた聖騎士の三人も、礼拝堂へ足を踏み入れるのに躊躇いを見せる。誰かが進まなければ、ここで引き返していただろう。


 わたしは礼拝堂へ足を踏み入れた。


 天井は高く、ドーム状の造りになった礼拝堂は広いわけじゃない。数あるエリアス神殿の礼拝堂の中では狭いくらいだ。そんな礼拝堂の床に人間の死体が寝かしてある。頭を垂れるように身体を折り曲げ、規則正しく並べられている。


 もの凄い死臭ではあるが、死体はどれも古い。それに全て土葬された遺体だ。土気色の布に全身を包んでいる。


「ゴブリンの仕業とは思えないぞ、これは………」


 聖騎士の一人が呟くように言う。わたしに向けて言ったのだろう。ギルドの調査官であるわたしの仕事はひとえに異常事態と呼ばれるような事象の調査だ。そんな異常事態が今目の前に広がっている。


「そうですね……人の手によるもの……でしょうか」


 自分で言っておいて腑に落ちない。納得できるわけない。誰がこんなことをすると?する意味が分からない。


 ひとまず、この惨状を外で待機するハアツ・ランドゥーへ伝える。神官と聖騎士が一人、神殿を出た。礼拝堂にはわたしと聖騎士が一人。もう一人の聖騎士は、この神殿に従事していたはずの神官を探す。


 わたしは観察を始める。

 この遺体はどこから来たのか。神殿を囲う墓標からだと見るのが妥当だ。墓荒らしの仕業だとしても、神殿内の礼拝堂に運ぶ意味が分からない。神殿には神官も常駐している。


 そう。神官が常駐している。神官たちはどこへ行った?今、聖騎士の一人が探しに行ったが、神殿内に人の気配はしない。きっと見つかることはないと思う。


 遺体はこうべを垂れているように見える。何かへ礼拝している。ここは光神“エリアス”を信仰する神殿だ。礼拝堂にもエリアスの神画が設置され、遺体はその神画へ頭を垂れている。しかし、神画は真っ黒だ。触れると指先も黒くなった。炭のようだ。燃えたのかもしれない。この神画だけが燃えたと?


 頭を垂れる遺体は古い。だが、土葬されているため、骨だけと言うわけじゃない。土気色の布に全身を包まれる遺体には唯一露出している部分がある。それもここにある全ての遺体に共通している。足だ。足首の辺りから外へ露出している。


 ひとしきり観察し終えると神官がハアツ・ランドゥーと聖騎士を数人連れて戻って来た。新たにやって来た聖騎士たちは礼拝堂の惨状を目にし、眉根を顰め、中へ入るのを躊躇う。だが、ハアツ・ランドゥーは顔色一つ変えずに礼拝堂へ足を踏み入れた。


「シス調査官、この惨状をどう見る」

「異様です。ゴブリンや人間の仕業では無いかと」

「ならば―――」


 誰の仕業なのか。ハアツ・ランドゥーはそう訊こうとしたのだろう。しかし、礼拝堂へ入って来た神官に遮られた。


「ハアツ神官。神殿の裏手で奇妙な痕跡を見つけました」


 礼拝堂から踵を返すハアツ・ランドゥーをわたしは追った。今は情報が欲しい。加えて、嫌な推測が頭の中にある。それが事実なのかどうか、確かめたかった。神殿の外に出て、ぐるっと裏手へ回る。


 神殿の裏手にある墓標が掘り起こされていた。推測通り。礼拝堂内の遺体は周囲に立つ墓に土葬されたものだった。


 それだけじゃない。

 足跡がある。奇妙な足跡が、掘り起こされた墓標から神殿の裏口まで続いていた。そして、その足跡は一つじゃない。無数にある。


「エリアスよ……我らに光の加護を……」


 ハアツ・ランドゥーが六芒を描く。

 遺体が歩き、礼拝堂へ向かったような光景を前に、誰もが祈りを唱えるのだった。

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