第37話 蔵王ひかりは浮かれてるその3
そんなある日、あの幼なじみが彼に、手作りのお弁当を持ってきたシーンを目撃してしまった。なにあれ、本当にあんなことあるの?しかも恥ずかしげもなくやってのけているじゃないの!
私はその光景に打ちのめされた。そういう手があるなんて!
クラスの中で私と彼の位置するエリアは、精神的にも位置的にも対極にある。この容姿と能力で私に目立つなという方が無理だし、中学からの付き合いである播磨美紀の存在はむしろそれを助長する。
対照的に彼は、朝のひととき以外は基本的にじっと静かにしている。まるで深海魚のように息を潜めて、ただ静かにその存在感を消しているのだ。
「あんた、何か悪い事考えてるでしょ」
衝撃の光景の翌日、美紀がジト目で言う。
「べ、別に。そろそろ自炊しないと駄目かなって思ってるだけ」
「あれ?あんた料理できたっけ?」
「ぜーんぜん。ご飯とお味噌汁くらいかな。インスタントだけど」
「それじゃ弁当は無理だな」
美紀の視線の先には、もう朝の恒例行事となった彼への弁当授与式が行われている。
「別に、お弁当がどうとかの話じゃないよ」
「にっひっひ、まあ頑張れ。あーしは生暖かく見守るからさ」
そこで私は決意する。私もお弁当を作る!
いつも昼食は周りの誘うままに、学生食堂で食べていた。彼は恐らく教室でお弁当だろう。だから、そこを急襲すれば逃がしはしない。
しかし、普段から出来合いや冷食、インスタントで生活している私には、お弁当のハードルは高かった。朝の忙しい時間を割いてまで、凝ったものは作れない。しかも色どり?バリエーション?そこまで考える余裕もない。
いや、むしろこの方向性だ、と私は企む。
自炊スキルがないのを逆手に取るのだ。いささか自虐に過ぎるけれど、ここで実際を曝け出すことで彼に踏み込む。私だってカンペキじゃないんだよ、とアピールすることで親しみを持たせる。これだ!
……そして私は半ば強引に、彼と差し向かいでお昼を食べることに成功した。そしてさらに、お弁当のおかず解説本まで選ばせることに成功した。じりじりと距離を詰めていく。関係性の構築というその事象に対して私はいたく興奮していた。新しいゲームに熱中するのと似た感覚。彼のパーソナルな部分へと侵食していく、密かな喜び。気付いた時には隣にいることが当然だ、というくらいまでには近づいてみせる。
しかし、彼女が襲来した。彼の幼なじみが、私たちの食卓に上がり込んできたのだ。
私は必死に冷静を保ち、そいつを観察する。余裕の態度、そして始まる彼との以心伝心に似た会話。それは私がこれから手に入れたいもの。そいつの立ち位置こそ、私が本当に望む場所。羨ましい、妬ましい。
食事中の会話についてはほぼ記憶がない。当たり障りのないことを喋っている感覚は、あった。料理本の話をしたら、そいつが若干動揺したことは覚えている。把握されていない関係性の暴露。
「でも、真一に新しいお友達が出来て嬉しいわ。蔵王、ひかりさん?だったかな。真一と仲良くしてあげてね」
「はい、真一くんにはとても良くして頂いてます」
マウントを取られている、と感じた私は彼の下の名前を出して対抗するが、こんなものは付け焼刃でしかない。私は深い敗北感に包まれる。
だけど。
そう、模型を見せて欲しい、という私の申し出を彼は受けてくれたのだ。私と彼とを繋ぐただひとつの絆、鉄道模型。この時間を使って、私は彼にさらに踏み込むのだ。
「ひかり、あんた最近ちょっとキモいよ」
「キモいっていうな」
美紀の言葉に、確かに最近の私は焦っているかもと思い直す。
「いいとこになると、あの幼なじみが来るんだよねー」
「あれだ、ガード役を先に倒さないと駄目なパターンじゃね?」
「でも彼をおびき出す算段は付いてる」
「そーいうのがキモいって言ってんの。事情を知らない奴から見たら、ストーカーに近いよ」
「そこは大丈夫、気を付けてる。接触は最低限にしてる」
「そーいう問題じゃないっつーの」
美紀は大げさに肩をすくめてみせた。
「昼のことだって、いつもの連中から色々出てきてるよ?クラスの陰キャ共とも仲良くするテストケースっていう言い訳も、いつまで通用するか判んない」
「ううう」
「あんたの表向きのキャラがあるから、あいつらも今は納得してるけどさ。相手がただの陰キャで、それに手を差し伸べる聖女みたいに思ってるから納得してるんだ。あいつ個人に興味があると知れたらどうなるか」
「どうなっちゃうかな?」
「そらもう、男の嫉妬は見苦しいからね」
そんなものは、美紀に言われるまでもなく知っている。意中の女の子に気に入られるためには、男はなんでもする。文字通りに、なんでも。そして私も美紀も、男にそうさせるだけのものを身に備えてしまっている。
「まあ、まだしばらくはあーしが風よけになってやるからさ」
「そか。あんまりグズグズしてらんないね」
「全く、めんどくさい話だよ。彼氏にしたいならすぐだろうに」
「彼氏なんて欲しくないの。それよりももっと前に手に入れるべきものを取り返す。今まで私が手に出来なかった関係性、手に入れる機会を奪われていた関係性。恋愛なんてね、あるとしてもそのずっと先よ」
そうだ。私は彼に恋人役なんて求めていない。ただありのままの私を見て、受け入れてくれる近しい異性。あの強固な殻の中に、するっと私を受け入れて欲しい。
「きっと手に入れるんだふひひ」
「ひかり、やっぱあんたキモいわ」
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