月夜の花と竜の騎士〜研究にしか脳のない魔導省調合師の私は、恋した騎士様に惚れ薬を盛ります!〜
山葵 トロ
月夜の花と竜の騎士〜研究にしか脳のない魔導省調合師の私は、恋した騎士様に惚れ薬を盛ります!〜
「どうしよう、ハラヒラの花がもう無い」
フィロント王立魔導省の研究室倉庫で、フィーナは絶望的な気持ちになっていた。
月の雫という意味のハラヒラの花。
険しい崖先に自生し、月夜にしか咲かないその儚い白い花は、昔から《恋の花》とも呼ばれ、フィロントではプロポーズをする時に求婚相手に捧げられる花だ。
その事に意味を感じ、フィーナはそれに賭けることにした。本業の研究の片手間の筈だったが、そちらが疎かになってしまう程、切羽詰まっていた。
そして、その花を使った研究を、やっと二か月前に成功させたのだ。飲ませた相手を自分に夢中にさせることが出来る薬、所謂いわゆる『惚れ薬』を作ることに。
必死だったのは、フィーナには恋焦がれてやまない相手がいたからだった。
たまに上司であるタイランの研究室にやってくる、背の高い銀髪の騎士。
いつも無愛想そうな顔をしているが、フィーナがお茶を出すと少しだけ微笑んで「ありがとう 」と言ってくれる。その度、フィーナはフワフワとした気持ちになった。
ある日のことだった。タイランの留守中に頼まれた回復薬ポーションの配合をしている時に彼はやって来た。
「タイランはいる? 」
フィーナは彼の姿を見ただけで、ドキドキと心臓の鼓動が速くなるのを感じた。蒸気する頬を隠す為に白いフードを目深に被る。
「タイラン様は王宮に行かれています 」
「そうなのか? 」
ここには居ないことを伝えたら部屋を出て行くと思ったのに、何故か騎士はフィーナの側に近寄って来た。
「何を作っているんだい? 」
「はっ、ポッ、ポーションっ、です 」
ふぅんと、フィーナの手元を見るから、緊張して手が震えてしまう。それでも冷静を装って液体を混ぜていると、「いつものと色が違うな 」と覗き込んだ騎士が言った。
瓶の中で揺れる液体は、普通の回復薬より紫色を帯びている。ワーズワイスの葉を入れたため、化学反応を起こしているからだ。
「は、はいっ! 」
興味を持って貰えて嬉しくなり、思わず声が上擦ってしまう。
「これは第一騎士団長様から頼まれたということで作成していますっ。通常の回復薬ポーションよりも効能を80%アップさせることに成功した、まさしく完全回復薬フルポーションと呼んでも差し支えないくらいの代物で、ここまで持ってくるには並大抵の努力では…… 」
そこまでフィーナが力説した所で騎士が、ふっと笑った。
「すごいね、もう出来たんだ 」
「寝る間も惜しんで作りましたからっ 」
そう、上の人達や騎士達は気軽に作れと言うけれど、そう簡単なものではない。こっちだって最大限の努力をしているのだ。タイラン様はそんな私達研究者を守るために、いつも間に入って下さっている。
「普通は試作品をお渡ししてから、数をお渡しするのですが、第一騎士団長様はいつも納品を急がれるので、試作品をお渡しする前から作り始めているのです 」
悪口を言うつもりは無かった。だけど、憧れの騎士に仕事のことを聞かれて、思わず言わなくてもいい事まで言ってしまった。
すると、騎士は少し困った顔をして、「それは悪かったね 」とフィーナに言った。
意味が分からなくてフィーナが首を傾げると、騎士が続ける。
「私が第一騎士団長、ジークハルト・ロートレッドだ。今日はその試作品を貰いに来た 」
「……っ?! 」
それからのフィーナの記憶はまばらだ。回復薬を捧げ持ち、ひたすら、ただひたすらに謝ったことは覚えている。気付けば、ジークハルトは居なくなっており、フィーナは一人、研究室で茫然と立ち尽くしていた。
「終わった…… 」
まさか、あの人がロートレッド騎士団長だったなんて。
ジークハルト・ロートレッド。先の、隣国との戦を勝利に導いたフィロント王国の若き英雄。氷の魔法を操り、黒き竜を駆る、《氷の騎士》。
そう呼ばれるのは、自らの魔法の特性だけではない。類い稀なる判断力から導かれる、素早い決断力の怜悧さ。そして、見つめる何もかもを凍らせてしまう様な、冷たく深い天藍石ラズライトの瞳。
巷で女の人達が騒いでいることは噂では聞いていた。でも研究に没頭しているフィーナには、その手の話は全く興味の無い事だった。
だから知らなかった。そんなに凄い方だったなんて。
自分に微笑んでくれるあの人の微笑みは、暖かかったから。
自分だけではない、あの人は皆が憧れている人だった。元から、手の届かない人だったのだ。
しかし、こんな事をしでかしてしまったことで、更に遠くなってしまった気がする。胸がシクシクと痛んで、涙が出る。
諦めるには、好きになり過ぎていた。
もうあの人はきっと、お茶を出すフィーナに微笑んではくれない。
何かに気付いたのか、タイランもジークハルトが来た時に、フィーナにお茶出しを頼まなくなった。あの件で、嫌われてしまったことは確定した。
悲しくて、悲しくて、沢山泣いた。泣いて、泣いて、フィーナは思った。自分には研究がある。そして、ここには全てが揃っている。
先ずは図書館で文献を漁ることから始めた。フィーナは、普段なら誰も行かない地下の第三書庫で、ある本を見つけた。
一世紀前、フロランサン時代のその書物は、そっとページをめくらないとバラバラになってしまいそうに傷みが激しかった。
そこに載っていた、惚れ薬の作り方。ハルハラの花を使うというのも、真実みを増した。
それに、フィーナはもうそれに縋るしかなかったのだ。
一応、書き写してきたレシピを見ながら、研究室で作ってはみたが、完成した綺麗な紅色をしたそれが、本当に効くのか分からない。悩んでいた時に、ジークハルトがその日の午後から来ることが分かった。
「フィナフィナは気にしないで、お仕事してていいからねぇ 」
そう言うタイランに、良い茶葉が手に入ったのでお客様にお出ししたいと、フィーナは申し出た。淹れ方が難しいので、自分で淹れるとも。
タイランが少し考える素振りを見せる。フィーナには返事を貰う少しのこの間まがとても長く感じた。
「そうか、じゃあお願いしようかな 」
けれど、タイランがニッコリと笑い、そう言ってくれたのでホッとする。
それから、ジークハルトが訪ねて来るまでの時間、フィーナは色々なことを考えてしまい、仕事にならなかった。
本当にこんなことをしていいのだろうか。でも、やらないと、一生ジークハルト様には振り向いて貰えない。
しかし、そもそも効くかも分からない。効かなかったらどうしよう。そしたら、ずっと嫌われたまま? そんなのは嫌。
そんな思いが堂々巡りし、あっという間にジークハルトがやって来る時間になった。
「いらっしゃーい 」
タイランの声に顔を上げると、部屋の入り口にジークハルトが立っていた。
久し振りに見るその姿に、フィーナはまた泣きたくなってしまう。そんなフィーナを見て、ジークハルトが少しだけ形の良い眉を顰めた気がした。
ああ、そんなに私のことが嫌いなんですね。
胸が痛くて、痛くて苦しい。好きになってくれなくてもいい。せめて、以前の様に微笑みをくれるなら、それだけでもいい。
フィーナはポケットに入っている小瓶を握りしめた。
お茶を淹れる時は凄く緊張した。惚れ薬をどれくらい入れたらいいか分からなくて、悩んで数滴にした。香りはフローラルで不味くは無いだろうが、飲んでくれなければ本末転倒だ。
お盆を運ぶ手が震える。応接室の扉を叩こうとした時、中から声が聞こえた。
「お前、本気か? 」
「本気だ 」
「戦いを勝利に導く天藍石ラズライトの瞳を持つ英雄様でも、ままならないこともあるんだねぇ 」
「……茶化すな 」
仕事の話だろうか? ジークハルト様は何かを悩んでいるのだろうか? 私を好きになってくれたら、その悩みを私に少しでも分けて貰うことが出来るだろうか?
そう思ったら、勇気が出た。思い切ってドアを叩き、「失礼します 」と言って中に入る。
「ありがとう、フィーナ 」
タイランのお礼に、「いえ 」と言って会釈をした。後めたさから、ジークハルトの顔は見れない。
「どうぞ 」と言って、ジークハルトの前に惚れ薬入りのお茶を置くと、彼も「ありがとう 」とお礼を言ってくれた。
タイランの前には普通のお茶を置く。
「今日はフィーナの特別のお茶なんだよね。ジークのためかな? 」
「ちっ、違いますっ! ロートレッド様の為なんかじゃありませんっ! 」
言ってから、しまったと思った。ある意味、真実を突かれて焦ってしまった。タイランの社交辞令をここまで否定することはなかったのに。
恐る恐るジークハルトを見ると、こちらを見て苦笑いしている。
「じゃあ、頂こうかな 」
カチャリと、剣を持つ節高の長い指がティーカップを持つ。
「花の様な、良い香りがする 」
フィーナは、自分の喉がコクンと鳴る音を聞いた。
飲んで、お願い。飲んで。
一見酷薄そうに見える薄い口唇を縁に付けて、ジークハルトがティーカップを傾けた。喉仏が動くのが見える。
ーーー飲んだ!
「えー? 花の匂いなんかしないよ? フィナフィナぁ、これいつものお茶と…… 」
タイランがそう言った時だった。タイランへの言い訳を考えようとしたフィーナの耳に、ガチャンと磁器が乱暴に置かれる音が聞こえた。
振り向くと、ジークハルトが恐い表情かおをして、立っている。
まさか、薬を盛った事がバレた? 冷たいものが背中を落ちていくのを感じた。
「ロートレッ…… 」
「フィーナ嬢 」
ジークハルトが、ツカツカとフィーナの前まで来て跪く。
翻ったマントが地面に落ちきる前に、ジークハルトは慄くフィーナの手を握って言った。
「私と結婚して頂けませんか? 」
「はあぁっ?! ジーク、お前、何言ってんだ?! 」
タイランの驚いた声が部屋中に響き渡る。けれど、フィーナは別の意味で驚いていた。
何、コレ。凄い即効性。しかし、思いながらも次の瞬間には即答していた。
「……はい 」
きゅっと握り返した大きな手。見つめるジークハルトの瞳が見開かれる。
「本当に? フィーナ 」
コックリと頷くと、広い胸に抱き竦められる。後ろで、タイランの騒ぐ声がしているが、フィーナは構わず好きな男の背中に手を回した。
だって、その為に惚れ薬を飲ませたのだもの。
「夢みたいだ 」と、ジークハルトの声が聞こえたけれど、フィーナ自身がそう思っていた。
◆
それにしても、惚れ薬の効果は凄かった。何しろ、数滴で求婚プロポーズまでしてくれるのだから。
当日はタイランに研究室を追い出されたジークハルトは次の日、花束を持って訪ねてきてくれた。とても嬉しくて喜んだら、毎日持って来てくれる様になった。おかげで研究室は、花畑のようだ。
そして、フィーナは、ジークハルトが来てくれる度に惚れ薬の入ったお茶を出す。
この間、量をティースプーンひと匙分増やしたら、「愛してる 」と囁いてくれた。
ふた匙分増やしたら、夕暮れの窓辺でキスをしてくれた。
欲は増すばかりで、惚れ薬はどんどん減っていく。これが無くなったら、彼の愛情も消えてしまう。
少しでも、長く愛されたい。あの人が私を愛している時間を延ばしたい。延びるなら、延ばすことが出来るなら、何だってする。
それには、ハラヒラの花がどうしても必要だった。
◆
『探さないでください 』
その日、フィーナは置き手紙をして魔導省を出た。二週間程前から薬は底をついていて、フィーナの不安通り、数日前からジークハルトも研究室に訪れていなかった。
惚れ薬に頼った愛情は、そんなにも簡単に薄れてしまうのかとフィーナは焦った。
ハラヒラの花はもう、とうに盛りを過ぎているけれど、何とか見付けなければならない。
けれど、フィーナは目星は付けていた。前に、回復薬を作る薬草を取りに行ったラピ・ルト岳だけで、季節外れのハラヒラの花を見かけたことがあったからだ。
ラピ・ルト岳は馬を走らせれば、半日もあれば着く。フィーナだって、魔導省調合師の端くれだ。険しい山に登ることなど、今までいくらだってあった。
だから、油断してしまったのかも知れない。ラピ・ルト岳の三つ目のピークに着いて、白い花を見つけた時、岩場から足を滑らせてしまった。
ツいていたのは、下の張り出した岩場に落ちたこと。
ツいていなかったのは、落ちた時に足を挫いてしまったことだ。これでは、崖の上に登れない。
フィーナの使える治癒魔法を施してみるが、治すには時間が掛かりそうだ。フィーナは治癒時間と自分の体力を秤に掛けて、痛みが弱くなってきたところでやめた。
山頂に近いこの場所は、風が強いうえ、日が暮れると、気温が更に低くなる。このままでは、凍えて死んでしまうかもしれない。
行き先も伝えていない自分が救助される可能性はどれくらいなのだろう。
途方にくれて、手にある数本のハラヒラの花を見た。
「こんなんじゃ、足りないなぁ 」
呟きながら、未だそんな事を思っている自分に笑ってしまう。今はそれどころじゃないのに。
ハラヒラの花は求婚プロポーズの花だ。惚れ薬なんて間違った使い方をしたから、罰ばちが当たってしまったのかも知れない。
でも、それでもあの人の心が欲しかった。
あの人の事を考えただけで、こんなに胸が痛くなる。ジークハルト様の気持ちは偽物でも、私の気持ちは本物だ。
だから、フィーナは決心した。
するべき事をしよう。断られてもいいから、もし生きて次に会えたら、この花を贈ってあなたが好きだって伝えよう。私から結婚してくださいって言おう。
私は惚れ薬に頼り過ぎて、好きな人に想いを伝えるという当たり前のことさえしていなかった。
そう心の中で誓った時、ケーンと竜の鳴き声が聞こえた気がした。
まさか、こんな所に竜がいる訳…… 。
けれどそれは気のせいではなかった。蒼い月を背に、黒い竜がこちらへ向かって飛んで来るのが見える。その竜に乗るのは……。
フィーナは、思わず叫んでいた。
「……ク様、ジーク様ぁ!! 」
竜はあっという間に、フィーナの居る岩場まで飛んできて、バサバサとホバリングする。
「フィーナっ! どうしてこんな所に?! 」
それはこちらが聞きたかった。でも、会えただけで嬉しい。愛しい人の姿に涙が溢れて止まらない。
「ジーク様、ごめんなさい。ごめんなさいぃ。 」
トンと、岩場に降りたジークハルトが、フィーナの足に直ぐ気付く。
「足を怪我してるじゃないか! 」
足なんかどうでもいい。ふるふると首を振って、ジークハルトの袖を掴む。
「どうした? 痛むんだろう? 」
涙で喉が掠れる。しゃくり上げてしまい、上手く話せない。だけど、今言わなくてはと思った。
ハラヒラの花を差し出しながら、フィーナはジークハルトに求婚する。
「ジーク、ハルト様が、好きです。私と、結婚してください 」
薬の切れたジークハルトに捨てられると分かっていても、どうしても想いを伝えたかったから。
白い花を受け取りながら、ジークハルトが酷く驚いた表情かおをしている。
そして何か言いたげに、暫くフィーナを見つめていたが、ふぅと一つ息を吐いて言った。
「……聞きたいことは色々あるけど、竜の上で聞く 」
ジークハルトは自分の上着を脱いで泣き続けるフィーナに掛けると、そのまま抱き上げて竜に騎乗した。
◆
魔導省に帰ったフィーナは、先ずこっぴどくタイランに叱られた。
「あんな置き手紙をされたら、心配するでしょうが! 」
「…すみません 」
「それに、こんな季節のラピ・ルト岳に、誰にも知らせずに登るなんてどういうつもりだ? 」
「だって、反対されると思ったので 」
「当たり前です! ジークが見付けなかったらどうなってたと思うんだ! 知ってたら絶対に許さなかったよ!! 」
だから、黙って行ったのだ。でも、心配させてしまったのは事実なので、フィーナは素直に謝った。
そんなフィーナを見て、怪我した足に治癒魔法をかけながらタイランは溜め息を吐つく。
「俺はてっきり、ジークのヤツがしつこいから、フィナフィナが逃げたのかと思った 」
「……っ、そんなことはありません! 私はジークハルト様のことを、お慕い……、して、おります、ので…… 」
語尾が小さくなりながらもそう言ったら、タイランがアメジストの瞳を見開いた。
「そうなの? 」
ふと、壁際の方に視線をやる。すると、ジークハルトが腕組みをしながら、難しい顔をして立っていた。
きっと、怒っているのだろうなとフィーナは思う。
フィーナはジークハルトに助けられて、竜に乗せられ、ここに帰って来る時に、全てを打ち明けていた。
彼は、フィーナの話を黙って聞いてくれた。自分の気持ちを操られた様なものだ。いい気がしないのは想像がつく。
「そうか。じゃあ、2人で話をした方がいいかな 」
はい、終わりと、タイランがフィーナの足首の関節を回す。もうすっかり、腫れも引き、痛みもない。
「そうだな、そうしてくれ 」
口を開いたのは、ジークハルトだった。慌ててフィーナがお礼を言ったら、よしよしと頭を撫でられた。それを見たジークハルトが「早くしろ」と急せかし、肩を竦めたタイランが『ハイハイ』と部屋を出て行く。
ジークハルトと2人、部屋に残された。覚悟はしているが、やはり恐いものは恐い。
「……怒って、ますよね? 」
沈黙に耐えられなくて、そう聞けば、「怒ってるに決まっている 」と返された。
「ごめんなさい 」と、もう何回言ったか分からない謝罪の言葉に、ジークハルトは、はぁと大仰に息を吐いた。
「先に言っておく。俺にその、君の作った惚れ薬とやらは効いてはいない 」
「は? 」
ジロリと睨まれて、フィーナは小さくなる。
「俺はずっと、君の事が好きだった 」
「え? 」
思ってもいない告白に、フィーナは目を丸くした。ジークハルトは続ける。
「最初は、いつもこちらの注文通り以上の仕事をしてくれている君の事がずっと気になっていた。
ここに来た時にお茶を出してくれる君がそのコだと知って、こんなに可愛らしいコがと、そのギャップに惹かれた。君に会える日が待ち遠しく、楽しみだった。
そうだな、君への想いを自覚したのは、回復薬ポーションのことを楽しく語る君と話した時だ 」
「あの時、私は嫌われてしまったかと 」
ジークハルトは、「やっぱり、怖がらせていたんだな 」と呻いた。
「俺が求婚プロポーズしたあの日、確かに出された紅茶からハラヒラの花の香りがした気がした。タイランは花の香りなどしないと言っていたから、君も俺を特別に想っていてくれているのかと思って歓喜してしまったんだ。……しかし、あれは薬の香りだったのか 」
途中から独り言のようにブツブツと言いながら、こちらへと大股で向かって歩いてくる。後退りながら、フィーナは反対側の壁際に追い詰められてしまった。
顔の横の壁に腕を当て、ジークハルトはフィーナが逃げられないよう壁と自分の間に閉じ込める。心臓の音が壊れたみたいに煩い。
見つめる深く青い瞳に、心ごと吸い込まれてしまいそうだ。
「フィーナ、君は、君への告白も、口付けも、全部、その薬の所為だと思ったのか? 俺が君に触れる時、どんなに緊張していたのか、どんなに嬉しかったのかも知らないで 」
近付いてくる、端正な顔に動けなくなる。ハラリと銀色の髪が落ちてきたと思ったら、次には口唇が重ねられていた。
合わせるだけの口付けは直ぐに離れていき、「ラピ・ルト岳で言ってくれた言葉は本当? 」と耳元で聞かれる。
フィーナがコクコクと頷くと、ジークハルトが後ろに隠し持っていたものを渡された。目の前が突然、真っ白な花でいっぱいになってびっくりする。
それは、沢山のハラヒラの花を束ねた花束。
「俺の答えはイエスだ。俺も、どうしても君に贈りたくて、ここ数日間、探し回っていたんだ 」
フィーナの愛するその人は、自分の方が好きだとでもいうように、「俺の方が沢山あるだろう? 」と自慢げに優しく笑った。
《fin》
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