第3話 相談したい事があるんだけど

 その日の夜。

 黒川大智くろかわ/たいちは自宅に到着し、玄関先で靴を脱いでいた。

 すると、リビングの扉が開いて、妹がやって来たのだ。


「ねえ、たいち、いつもより遅くない? 門限とかちゃんと気にしてた?」

「それは気にしてたさ。これでも早く帰ってこれた方なんだけど」

「そうなの? もしかして居残りとか?」


 玄関先にいる大智の前で、妹がジト目で見つめてくる。


「まあ、そんな感じ」

「だらしないのね。もう少ししっかりとくれないと私の立場がないじゃない、もうー」


 そこに佇んでいる妹――黒川陽菜乃くろかわ/ひなのは、大智の事をちょっとばかし睨んでいた。

 長い髪をシュシュで結んでいて、ポニーテイル風にしている。

 活発的な子であり、アニメに登場するような、お兄ちゃん呼びをしてくれる理想な妹とは程遠かった。


 陽菜乃は年下なのに、大智よりもしっかりとしている。

 妹からしたら、だらしない兄である大智に呆れているのだろう。


「というかさ、大智って、彼女とかできたの?」


 陽菜乃は家に上がった大智の事をチラッと見ながら突っかかった発言をしてくる。


「どうせ――」


 妹が自信ありげに声を出そうとした時だった。


「……一応は」

「……え? 一応って、できたって事? たいちに?」


 妹はドキッとした顔を見せ、後ずさっていた。


「そ、そうだね。一応ね」

「へ、へえ……そう。でも、まあいいんじゃない? どうせ、何かの罰ゲームとかなんでしょ?」


 妹はあまり信じてはくれていないようだ。

 多分、昔の大智の事を知っているからだろう。

 アイドルオタクだった時の面影を――


「そうでもないみたいなんだ」

「罰ゲームじゃないって? え、どういうこと⁉」


 妹はさらに目を丸くしたまま驚いていたのである。


「それで、陽菜乃に相談なんだけど。女の子と付き合う事になったら、どうすればいいと思う?」

「普通に付き合えばいいんじゃないの?」


 陽菜乃は平常心を保ちながらも、余裕があるような態度を見せ、淡々とした口調で話す。


「それはそうなんだけど。俺、その子の事が本当に好きかもわからなくて」

「好きじゃないかもって、好きじゃないのに付き合う事にしたの? 変わってるね」


 妹は大智の単純すぎる考え方に、ため息をはいていた。


「成り行きで付き合う事になっただけで」

「成り行き? たいちが? なんか、怪しくない?」


 妹は腕組をしたまま、それ大丈夫といった顔をしていたのだ。


「怪しくはないと思うけど……」


 大智は自信無くも否定的に言う。


「それで、私からアドバイスを聞きたいって事?」

「そうだね。同じ女の子としての意見を知りたいと思って。好きかどうかわからない相手にどういう風に関わっていけばいいか、それについて相談に乗ってほしいんだ」

「まあ、いいわ。こっちに来て。話はそれからね」


 妹の後をついて行くように、大智もリビングへ向かって行く事にしたのだ。






 妹の陽菜乃からアドバイスを貰った次の日。大智は身支度を済ませ、通学路を歩いていた。


 妹とは同じ学校に通っているのだが、あまり陽菜乃の方から一緒に行こうと誘ってくる事はなかった。

 むしろ、兄妹の間柄で一緒に登校する方が逆に珍しいのかもしれない。


 昨日の事をモヤモヤと考え込みながら一人で歩いていると、十字路のところでクラスメイトの高島葉月たかしま/はづきとバッタリと出会う。

 葉月は笑顔を見せてくれていた。


「おはよう」

「おはよ」


 大智の方から声をかけると、彼女から返事が返って来た。


「大智、一緒に行かない?」


 近づいてきた葉月から誘われ、共に学校へ向かって歩き出す。


「ねえ、今日は時間あるよね? 昨日は無理だったけど」


 隣を歩いている葉月の方から話題を振って来たのだ。


 大智は少しだけ考え込む。


 今日の放課後、愛奈と遊ぶ約束をしているわけではなかった。

 多分、問題はないと思いながらも、今日は大丈夫という趣旨を彼女に伝えておく事にしたのだ。


 佐久間愛奈さくま/あいなの事が好きかどうかという話なのだが、実のところ心の底から好きというわけではなかった。

 ただ成り行きで関わることになっただけ。

 責任を取るという名目で付き合っているようなものなのだ。


 昨日、妹の陽菜乃にも相談したわけだが、好きでなければハッキリと伝えた方がいいんじゃないとアドバイスを受けていた。

 確かに、その方がいいに決まっている。


 大智は考え込みながら少々俯きがちになり、歩いていたのだ。


「そう言えば、昨日は居残りだったでしょ? 課題の方は終わった?」


 隣を歩いていた彼女が、俯きがちだった大智の顔を覗き込んでくる。


「い、一応ね」


 悩み込んでいる際に話しかけられ、ドキッとしながら反応を返す。


「それで、昨日は学校には何時ごろまで残っていたの?」

「夜の六時頃くらいかな」

「そんなに? じゃあ、やっぱり、私が待ってても遊べなかったね。でも、今日は本当に何もないよね? 忘れ物とかもない?」


 葉月は不安そうな顔で問いかけてくる。

 彼女からしたら、一緒に遊べるかどうかが心配なのだ。


 大智は今日までの提出物に関しては昨日の夜にすべて確認し終えていた。

 だからこそ、自信を持って言える。

 忘れている課題はないと――


「じゃ、問題なさそうかな。それにしても、今日は楽しみ」


 葉月は笑顔を見せていた。


「私ね、つい最近ネットで宣伝していたお店に行きたくて」


 隣を歩いている彼女は、自分の好きな事や趣味の事について楽しそうに話し始めていた。

 彼女とは趣味があり、一緒に会話が出来ているだけでも、大智自身も嬉しくなる。


「他にも新しく購入したい曲もあって。それでね、お店で直接購入すると特典がついてくるの。それが欲しくて。多分、その曲ね、大智も気にいると思うから後で一緒に聴いてみない?」

「どんな曲?」

「それが、この前始まったアニメの曲なの。それでね、その曲をアイドルグループが歌っているらしいの」


 葉月はスマホを片手に、曲について検索をかけ、その画面を大智に見せてきたのだ。


 どこかで見た事のあるグループだと感じていると、それは昔、大智が好きだったアイドルグループだった。

 今ではグループのメンバーも結構変わり、パッと見た感じ、気が付くまでに少々遅れてしまっていた。

 その曲を彼女らが担当しているようで、その時、大智の心の中で蘇ってくるモノがあった。


 再び、そのグループの曲を聴く事に抵抗はあったが、その事について葉月には伝えないでおいた。


 自分のためにも、彼女のためにも、その方がいいと感じたからだ。


 大智はその事を隠しつつも、彼女と音楽の話題に華を咲かせながら通学路を歩いていくのだった。

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