第6話「肩身のせまい彫刻品評会」

城下町の中心に石畳の広場がある。

曇り空の下にいくつもの石像が並び、布をかけて隠されていた。


国民の楽しみと呼ばれる彫刻の品評会は空が灰色だとしても多くの人でにぎわっていた。


品評会に出すと決意し、無事にエントリーが完了した。

いつもならば女という理由で確認または拒絶がある。


それでも食いついてやると意気込んでいたが、何の反応もない。

とんとん拍子に品評会への出場が決まり、当日を迎えていた。


ヴィタは簡素なガードルで腰回りをしめ、手編みのレースで出来た丸襟のドレスを着る。

膨らみを最小限におさえた衣装は観客として集まる庶民女性と似たものだった。


普段は華やかな装飾の多いドレスを着ることが多いが、この場に自身を飾る必要はないと突っぱねる。


主役は彫刻。

男性しか名乗りをあげない品評会で、ヴィタは拳を握りしめ、顎を前に突き出して立っていた。


(大丈夫。あの美しさは誰もが認めるほかないわ)


それでも緊張で胃が縮む思いはある。


「おいおい、なんで女がいるんだぁ?」


追いつめるように同じ土俵に立つ男たちが詰め寄ってきた。


「ここは彫刻家の立つ場所だぞ」


嫌みを口にするは前回の品評会で最多票数を獲得し、審査員から絶賛された彫刻家の男だ。


ゆったりとしたチュニックとジャケット、脚のラインを強調するタイツ姿。

品評会で評価を得たことで、貴族と何ら変わらぬ身なりをするようになった。


それだけこの国では芸術は尊ぶべきものであり、男性こそ崇高なものをする価値があった。


何度も女であるがゆえに苦汁をのんできた。

しかし今は女であり、彫刻家として立つことを誇りに思う。


美しいものを創ったという圧倒的な自信がヴィタに前を向かせていた。


「私は彫刻家です。品評会への挑戦でこの場に立っています」

「女が彫刻とは、ずいぶんと鼻を高くしたものだなぁ」


男たちが嘲笑する。


「芸術に女は不要。この至高の行いは女が穢して良いものではない。さっさとお屋敷へ帰りな」


不快に満ちた光景に耐えようとぐっと気持ちを抑え込んだ。


(めげるな、ヴィタ。なんのためにここまで来た?)


女性の誇りを示すために来たのだろう?


他の誰にも実現できない美しさを証明するために来た。


女だからとバカにされてたまるか。

性別を超えた価値観を凌駕する。


美しいものを美しいと思う人間の心を形にした。


「あなたにもあの美しさが伝わることを願います」


男たちに背を向け、ヴィタは出場者の列に並ぶ。

足元を巣食われそうな恐怖に目を向けず、暁色に想いを寄せた。


それから品評会がはじまり、会場は見事な作品の連続に歓声をあげる。

彫刻への熱気は増すばかりで、ついに民が一番期待を寄せる作品の布が外された。


「なんという曲線美だ」

「なまめかしいこと。さすがは前回の優勝者」


前回の優勝者の男は目をキラリと光らせて、髪をかきあげている。

自信に満ちた様子だったが、誰も男には目を向けず石像に夢中だ。


「タイトル『棘のファム・ファタール』」


鎖に縛られた女の石像。

今にでも目を開きそうな迫力があり、女性の優美なラインが見事なものだった。


それを見たヴィタにひどく動揺が走る。


(なに? なんだか怖い……)


まるで自分を見ているようだ。

過剰に唾を飲み込んで、ヴィタは思考を振り払う。


(それだけ心に響くってことよ! やっぱり彫刻はすばらしいわ!)


躍動感のある彫りはヴィタとはまた違う美しさがあった。


性格の悪い男の作品と思うと憎たらしいものだが、美しさの前でそんなものは霞んでしまう。


彫刻家としての腕を見せられ、ヴィタは盛り上がる気持ちをとめられない。

落ち込むどころか、正々堂々と向き合いたいと高ぶっていた。


気後れはない。

誰も見たことのない美しい彼を彫ったのだからと、いまだ冷めぬ興奮を胸に抱いていた。


――最後の警告はヴィタに届かない。


「続いてはヴィタ……令嬢?」


司会進行をつとめる男が名前の記載された紙を見て目を丸くした。

顔をあげ、名簿とヴィタを見比べ青ざめた。

女が出品していると驚く司会の動揺は伝染し、観客たちも疑問の声をあげる。


「なんで女が……」

「なんの間違いだ」

「女が彫刻とはなんと末恐ろしい」


ざわつく会場にヴィタは深呼吸をし、すたすたと大股に歩いて前へと出る。

女だからと指をさされるのは自分が最後だと言わんばかりにヴィタは強気を前面に出していた。


戸惑いが大きい中で司会は進行をとめるわけにはいかないと機転を回し、石像を覆う布を外すよう指示を出した。

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