令嬢ヴィタの魂に甘い誘惑を〜魂ごと執着する男に愛をささやかれ、溶けていく〜
星名 泉花
第1話「令嬢ヴィタの夢」
空は明るく、晴れやかな日の下で今日も石を叩く音が響く。
色とりどりの花が咲く広い庭に、石造りの重厚感ある屋敷。
神の島とも呼ばれる巨大な島国。
歴史ある伯爵家には一人の令嬢がいた。
白金の波打つ長い髪を高く結い、身体のラインに沿った軽装をまとう。
その姿は貴族の令嬢からかけ離れていた。
好奇心旺盛さがにじみ出るぱっちりとした目は一切のぶれなく手元に向けられている。
女性は慎ましく、おしとやかに振る舞うことを美徳とする世界でヴィタは異質だった。
ーーガッ、ガッ! カンカンカン!!
優雅な庭の広がる屋敷にはずいぶんの荒々しい不釣り合いな音。
「うーん……なにか違うのよね。もっとこう……」
恥じらいなどなく、脚立に足を開いて座り一心不乱に石を彫る。
ヴィタは男の芸術といっても過言ではない彫刻好きであった。
「お嬢様! お嬢様!!」
しかしそれは賛同されるものではない。
目尻を吊り上げ、険しい表情をした老婆が脚立の下からヴィタを呼ぶ。
年齢のわりに姿勢の整った女はヴィタ付きの世話役だ。
「げっ……ばあや」
「げっ……ではございません! また勉強を抜け出してそのような道楽を……」
「私は本気よ!」
ばあやの説教に歯向かい、道具を握る手に力が入る。
「次の彫刻品評会に作品を出すんだから!」
ヴィタの目標は”彫刻家として認められる”こと。
だがこの国では女の地位は低く、男と同じ舞台に立つのは恥とされていた。
ばあやはヴィタの意地っ張りさに深くため息をつき、やれやれと右手を頬に当てていた。
「お嬢様。彫刻は趣味に留めよ、とあれほど旦那様に言われているではありませんか」
「でも……」
「でも、ではございません!」
ヴィタが成長する様をずっと見てきたばあやにとって、ヴィタの発言はわがままでしかない。
「女が男の真似事など言語道断。出したところで審査対象にもなりませんよ」
「それならあっと言わせるだけよ! ……私が美しいと胸を張って言えるものを知ってほしい」
胸に手を当て語る様は熱心で、情に訴えてくるものがある。
「男女問わず、彫刻は素晴らしいものなんだって証明してみせる!」
「でしたら勉強はサボらない。淑女としてやることは十分にやってから楽しんでください」
頭の痛くなることを言っているのはわかっている。
だが誰に止められたところで、ヴィタの情熱は冷めることがない。
「女の役割をこなしてはじめて主人から自由をいただけるのですよ」
それをばあやは理解しているからこそ、もっともらしく言いくるめようとしてくるのだった。
男性が表舞台に立ち、女は子を産み育てることが求められる。
特に芸術においては男のものという認識が強く、それに手を出すヴィタは反抗的な娘でしかなかった。
「いたっ……ばあや、引っ張らないで!」
脚立を降りるやばあやはヴィタの腕を引っ張り、屋敷の中へ連れて行こうとする。
遠ざかっていく自身の作品を見つめ、ヴィタの溜まりにたまった鬱憤は叫びとなり吐き出された。
「楽しくもないのに何でよ! 女だからってなんで!!」
その叫びは誰にも届かない。
この世界で女はつまらない生き物だ。
男の許可がなければ何もできない籠の鳥。
結婚するまでは父親に、結婚後には夫に主導権が移るだけのこと。
自由なんてものは女になかった。
ヴィタが彫刻を楽しむことは、暴れ馬と化すヴィタを静めるために父親が黙認しているようなもの。
本音を言えば、ヴィタには貴族の娘として気品ある令嬢になってほしいだろう。
ヴィタの情熱に、諦めの領域もあるものの、人目に付かないよう、趣味で収めるように厳しく言われていた。
それがヴィタにとってどれだけ悔しいことか。
(私は美しいものを彫りたい。その美しさで男女関係なく魅了したい。ただそれだけなのに……)
女だからと諦めなくてはならない不条理にヴィタはいつも枕を濡らしていた。
***
それはある夕暮れのこと。
退屈な勉強時間を終え、ヴィタはいつものように彫刻のため部屋を抜け出した。
「よーし、やるぞぉ!」
男性が着るようなシャツの袖をまくり、目の前の彫刻を見上げるも、彫りかけの石像は霞んで見える。
なかなか動いてくれない手元を見て、ヴィタは憂いる気持ちを隠せない。震えを誤魔化そうと爪をたてて手のひらを握った。
「私が美しいと思うもの……」
(それを形にしてみたいだけ)
これまでいくつも作品を作ってきたが、一度もしっくりこない。
それもそのはずで、ヴィタは美しさを形にしたいと思いながら、貫くだけの衝撃はまだ出会ったことがなかった。
(私にしか生み出せない美しさってどんなもの?)
後ろめたさがなければもっと堂々と向き合えるのだろうか。
口では強気にものを言っていても、罪悪感だけは消えてくれないのだった。
「……ダメね」
美しいと思う心は男も女も同じはず。
とは言ってもしっくりこない思いはヴィタの心に迷いとなって貼りついていた。
この彫刻もまた、ヴィタにとっての美しさを表現できていない。
とてもではないが、男と同じ舞台に立てる代物ではなかった。
落ち込むことが続いており、ヴィタの手はすっかり止まってしまった。
「彫刻、続けないの?」
「キャッ!?」
突然空から降ってきた声に驚き、ヴィタは一歩後退る。
顔をあげた先に見たものに、ヴィタの目が大きく開かれた。
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