晩秋の風

 サネゼルから王都へ向かう旅路は、赤竜の足で四日間の道のりだった。

 ラク砂漠では厳しい日射しが照りつけていたが、クィヤラート王国中心部ではもう秋が深まっているらしく、砂漠地帯を抜けて荒涼とした野原に差しかかると、ぐっと空気が冷たくなった。しかし、太陽が昇る昼間には、ほんのりと温められた風がのどかに吹き、ユージンが小竜で飛ぶ練習をするにはうってつけの日和ひよりが続いた。

 向かう先、はるか前方には稜々りょうりょうたるオセムリカ山脈がそびえている。盛りを迎え、金箔を流したように美しい紅葉が、山肌を彩っていた。

 国土の南部に盾のようにそそり立つオセムリカ山脈は、実際に、国境線としても機能しているのだとルィヒは説明した。

「カルヴァートの故郷があるのも、オセムリカ山脈のふもとなんだ」別の小竜で、ユージンの斜め前を飛んでいるルィヒが山裾やますそを指さした。「あの辺り……、ユィトカ峡谷という、険しい谷間だ。馬や人間の足では、とても入っていけない。わたしも、自分の目で見た事はないな」

「そこが、汞狼族の住み処なのか?」

 頷いたルィヒの横顔が、ふっとかげった。

「汞狼族は、オセムリカ山脈の麓にいくつもの集落を築いた、比較的力のある種族だったと言われている。はるか昔、まだ、クィヤラートという名前の国も、クィヤル熱も存在しない頃、わたしの祖先がいくさを仕掛けたんだよ。──侵略戦争だ。

 彼らは精鋭の戦士団を持っていて、おびただしい数の兵士をほふったけれど、戦える者の数があまりにも少な過ぎた。

 汞狼族を支配下に置いた事で、クィヤラート王国は、オセムリカ山脈を南壁なんへきとする今の形を得て、新たな国として成り立った。生き残った汞狼族は、我々が入っていけない深い峡谷で身を寄せ合って生きる道を選んだが、表向きはクィヤラート王国民と同じ身分であり、等しい権利を持つと約束されている」

「つまり、〈赤竜を駆る姫リーリ・チノ〉と旅をするカルヴァートは、クィヤラート王国民と汞狼族との絆を示す、象徴でもあるわけだ」

 ルィヒは少し飛ぶ速度を緩めて、ユージンの横に並んだ。

「確かに、そうとも言える。だが、あまり穿うがった見方はしないでほしい。わたしは心からカルヴァートを信頼しているし、彼の忠誠を何にも代えがたい宝だと思っている。わたしの祖先が彼らの種族にした事を易々やすやすと肯定するつもりはないが、それは、赤竜でともに旅をする上では、気にしすぎない方が良い」

「料理も美味うまいし、な」

 ルィヒはユージンを見てちらっと微笑み、再び前を向いた。

「じきに王都に着く。北の大門をくぐったら、わたしとカルヴァートは二人で民の前に姿を見せ、歓待を受ける。

 わたしは王都で、すぐに取りかからなければならない仕事がいくつかあって、君に仕事の口をきいてやるのは、その後になりそうだ。野外劇場のそばに屋台が軒を連ねている一角があるから、そこで、翌日の昼に待ち合わせをしよう。食事でもして待っていなさい」

「あのさ、その事なんだけど」ユージンが、言いにくそうに切り出した。「あんた達の世話になるのは、王都に着くまでの間でいいよ。なんなら今日、ここで下ろしてもらってもいい。ここ何日か、カルヴァートの仕事を手伝っているけど、一人前の働きが出来ているとは思えないし、拾ってもらった親切に甘えて、仕事の世話までしてもらって良いとは思えない」

「どうした? 急に、しおらしいな」ルィヒは笑った。「そんな風に気負う事はないよ。わたしだって、君が数日やそこらでカルヴァートの代わりを務められるようになるとははなから思っていない」

「なら、どうして……」

 ユージンが顔をしかめると、ルィヒはさとすような口調で言った。

「初めに言ったはずだよ。──君に訊きたい事がある。ただ、それをどう訊くべきか……、訊いていいものか、迷っているんだ。わたしもこう見えて、一応、立場のある者だからね」

「俺には……」ユージンはうつむいた。「そんな価値なんて、ない」

 しぼり出すように、そう呟いたユージンを、ルィヒは黙って見つめたが、言葉で何かを問う事はしなかった。

 ただ、天を仰ぎ、ふっと息をついた。

 その片端が、風と交わり、白くけぶった。

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