世界ランク1位の最強少女は、侯爵家の落ちこぼれ
茉莉花
第1話
───無名
ゲームというゲームをプレイしているゲーマーにとって、その名を知らないプレイヤーなど存在しない。
あらゆるゲームにその名が存在し、常に世界ランキング1位の実力者だ。
性別も年齢も明かされていない『無名』はその最強さゆえに、一部のプレイヤーからは実はAIではないかと噂され、またある時は都市伝説されている。
しかし無名は実在する。いや、していた。
「うわ、間違いなくシュリエナだ」
ひょんなことからプレイしていたゲームの中に入ってしまっていたのだ。
体験型オンラインゲームのひとつで、乙女ゲームとしても楽しめる『ベルナイト王国の秘宝』。寝ていたはずなのに、目が覚めるとそのゲームのなかにいたのだから驚きだ。
「まじかぁ、このゲーム、単純に敵キャラ倒してレベル上げしていくだけじゃなくて、乙女ゲームも織り込まれているから同時進行でキャラを攻略していかないといけないんだよね……」
全クリしていたとしても、一から始めるのは骨が折れる。しかもなぜにゲームの世界にいるのかも分からない。
こんなのファンタジーじゃないかと思うけど、自分の身に起きていることで、現実なんだと嫌でも分かる。
「しかもシュリエナってヒロインでもなければ悪役令嬢でもなく、ただのモブ。毎回ちょ〜っとだけ名前と姿が登場して終わりのモブキャラ」
名家ベルンシュタイン侯爵家の令嬢であり、絶世の美女と名高かった母親の遺伝子を受け継いでいるため、見た目だけはヒロインや悪役令嬢にも劣らない容姿をしているが、シュリエナの名が知られていないのには訳がある。
「この子、魔術や剣術とかできないんだよねぇ」
学園に入学しても大した成績を残せず、名家の生まれだとしても同じ歳に王子やヒロイン、悪役令嬢とかがいるため、落ちこぼれのシュリエナは認知度が低いのだ。
「ヒロインはコツコツとレベル上げしていくと強くなるし、悪役令嬢は元々のスペックが高いし、攻略キャラも当然のこと」
周りに派手な人間が多いため、必然的にシュリエナは影に埋もれてしまっていたのだ。
「まあ、それよりも……」
シュリエナの体に入り、シュリエナの記憶を受け継いだ無名はゲームでは知られていないシュリエナの過去について知った。
「まさか家族からも見放され、離れに追いやられているとはね」
部屋にあった鏡を見る限り、シュリエナの年齢はパッと見、12歳くらいだ。部屋も広い割に殺風景で人の気配もしない。
「この世界で魔術や剣術とかを習い始めるのは10歳から。記憶を見た限りだと、記憶力はいいみたいだけどそれ以外はてんでダメって感じかな」
能力を示せない人間が家系のなかにいると、周りからの評価は落ちていく。だからシュリエナの家族はシュリエナの存在ごと、なくそうと考えたのかもしれない。
けれど悲観することなんて何もない。だって必要最低限として食事は運ばれてくるし、お風呂だってある。服も名家の令嬢が着るようなものでないが、動きやすそうなワンピースだってきちんとある。
「なによりも──────」
無名は気づいていた。
貴重な光魔術の素質があり、レベル上げをしていくと大方の属性を網羅できるヒロインや基本の四大属性を使いこなす悪役令嬢、魔術だけでなく剣術にも秀でた攻略キャラたちよりも、シュリエナには誰もを凌駕する魔力量を持ち、それぞれの属性と相性が抜群にいいことに。
「はははっ! この力の使い方が分からなくてゲームのシュリエナは落ちこぼれになってしまったみたいだけど、私は違う!」
あらゆるゲームで世界ランク1位に君臨していた無名ならば、シュリエナの人の身に余るその才能を使いこなすなど、造作もないことだ。
「まだレベル上げもちゃんとしていない状態でこれなら、レベル上げをし始めたらどうなるんだろう!?」
うふふふ、と気味の悪い笑いが出てしまうが、無名は楽しみで仕方がなかった。
「よぉーし! 誰も来なくていないなら、好きにレベル上げしまくるぞぉぉ!! そして、またしても最強になってやる!!」
無名もとい、シュリエナは天井へと拳を突き上げた。
* * *
ゲームに入ったあの日から、3ヶ月、シュリエナは全クリの知識をフル活用して、レベル上げに励んでいた。
「あっはは!! これで50体目!」
小さな体に見合わぬ巨大なハンマーを振り回し、シュリエナは襲いかかってくるモンスターを倒しまくる。
このハンマーは一つ前のダンジョンでのドロップ品だ。隠しダンジョンで、なおかつレベル70は超えていないと足を踏み入れただけで死ぬモンスターがいるダンジョンで手に入れたもの。
超レアアイテムで、使用者の成長速度を倍にしてくれる優れものだ。これを手に入れたときはニマニマが止まらなかった。
魔術も使いながら、ハンマーを振り回し、シュリエナは奥へと進んでいく。奥へ進めば進むほど、当然のようにモンスターのレベルも上がっていく訳だが、シュリエナのレベルは12歳にしてレベル150を超えている。しかもレベル1からの基礎能力が断然いい。
ここのダンジョンレベルは人間ではレベル90を超えた国の強者の一部のみがパーティーで参加し、生還できるレベルだが、シュリエナはそれを単騎で入り、モンスターをボコっている。
今のシュリエナはレベルだけで見ると150を超えているが、実力換算でいくと既に無敵状態に近かった。
「さてと、ここがボス部屋ね。ここのボスは高い魔術攻撃耐性を持っている。けど、ハンマーでボコっちゃえばそんなの関係ないのよ!」
返り血ひとつない白いワンピースを靡かせながら、シュリエナはハンマーを担ぎながら扉を開ける。中からはとんでもない魔力と威圧を感じるが、シュリエナのほうがレベルは上。そんなものに怖気次ぐことなどない。
「さあさあさあ! 私のレベル上げの糧になってちょうだい!」
レベル120という相手を前にしてもシュリエナはハンマーを持ち上げ、思い切りぶつける。ここのボスはゴーレムで、シュリエナのハンマーをもろに食らい、壁に激突する。
ゴーレムが技を出す前に叩き、シュリエナは立ち上がらせる隙も許さずに追撃する。ボスというだけあり、頑丈だが、獲物を定めたシュリエナからは逃れられない。
「あんたの弱点は分かってるわよ。その石でできた体の中に核がある。でも普通は石が固くて核を潰す前には至らない。けど、それは私以外の話」
シュリエナは足を砕かれ起き上がれないゴーレムの上に大きく飛び上がると、ハンマーを持って空中で一回転をしてその勢いのまま核がある部分へと落下した。
バキンっと何もかもが壊れる音がしたと思うと、中心に隠されていた核が粉砕されており、ゴーレムは為す術もなくシュリエナに倒された。
崩れ去っていくゴーレムを見たあと、シュリエナは満足気に頷き、代わりに出現した宝箱の中身を開ける。
「さあて、何が入ってるかなぁ〜」
ダンジョンレベルからしてレア級アイテムなのは間違いない。シュリエナとしては何が入っていても嬉しいが、そろそろハンマー以外の武器が欲しいところだ。
機嫌よく鼻歌を歌いながら中を確認すると、そこにはシュリエナの予想を超えるアイテムが入っていた。
「きゃぁ〜〜っ!! これって、レジェンド級のアイテムじゃない! 防具も武器も入ってるし!」
テンション爆上がりだ。使用者の体に合わせてサイズが変化する外套に、これまた使用者の想像に合わせて姿を変える指輪だ。
外套に関しては来ているだけで成長速度を上げ、隠密モードに変えれば気配も魔力も消してくれる優れもの。しかも武器の方の指輪もオリハルコンだから折れない。
「なにこれ、サイコーじゃない!? やばっ、めっちゃ当たり!」
早速ハンマーを異空間にしまい、外套を着る。そして剣をイメージすると、指にはめた指輪はスルスルと形を変えた。
試しに魔術で作ったバリカタの土人形相手に切りつけてみると、鋭い剣先は滑らかにその体を真っ二つにしてしまった。
「うわ、すごっ!」
普段は指輪として使えるため、武器とは思われないし、一度はめれば使用者が外さない限り他者から外されることもない。
「レベルも上がったし、新しい武器も手に入って一石二鳥!」
このまま近くにある次のダンジョンに転移しようかと思っていると、シュリエナが住んでいる離れに誰かが侵入したことを確認した。
「はぁ……タイミング最悪。気配から察するに、これは侯爵? 普段は本館にいて、まだ会ったことないけど、何の用だろう」
侯爵にシュリエナの力を教えるつもりは毛頭ないため、仕方がないがダンジョンから離れへ戻る。魔術で体を清め、戦利品は異空間へ。
シュリエナは適当に本棚から本を一冊抜き取り、窓際の机で本を読む。そこから僅か数十秒。
シュリエナの部屋は突然として開かれた。ノックもなしにと呆れるが、一応驚いた振りをして振り返る。
「! お、お父様……?」
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