羊の皮を被った一匹狼

アサギリナオト

 兵士A

「おい、そこのお前!」



 街の出入り口で呼び止められたグウェンは並んでいた関所の列を離れた。


 彼は見張りの兵士の指示に従い、兵士の一人に手荷物を預けた。



 兵士A

「何だ、その妙な格好は? 顔を見せろ」



 グウェンは、ある事情により羊型の魔物からはぎ取った毛皮を被って生活していた。


 彼の全身はクリーム色の体毛に覆われ、頭の左右から捻じ曲がった角が伸びている。


 グウェンは顔を見せる代わりに冒険者ギルドの登録証を兵士に提示した。


 ギルド登録証は血印と魔力契約で結ばれており、登録者が罪を犯し、指名手配された場合は自動的に登録が消除される仕組みだ。


 そして本人以外がそれを身に付けると赤色に変色する。


 つまり、グウェンは怪しい者であっても犯罪者ではない。


 むしろ彼が持つ登録証は安心して仕事を任せられる信頼の証とも言える。


 兵士がグウェンの登録証を手に取った瞬間、それは赤色に変色した。


 それにより偽物でないことも証明される。



 兵士B

「手荷物も調べてみたが、護身用の剣以外、怪しい物は何もなかった」



 兵士A

「ちっ! 紛らわしい格好しやがって……」



 兵士が登録証をグウェンに突き返す。



 グウェン

「すまない。手間をかけさせた」



 そう言ってグウェンは兵士たちに頭を下げた。



 兵士B

「……ようこそ、【ウェストン】の街へ。ごゆっくりおくつろぎ下さい」



 グウェンは街に入ることを許可され、入り口の門を潜った。






 ――――――――――――






 偉大なる神々が魔力をもたらした緑の生い茂る大地――――【グランヴェルク】。


 かつて――――


 人類は魔王軍の侵攻を受け、その数を半分まで減らしていた。


 各国の王たちは魔王軍に対抗すべく、地球と呼ばれる異次元の世界から四人の救世主を召喚した。


 『勇者』アーサー。


 『武者』コジロウ。


 『賢者』ランドール。


 『聖者』ステラ。


 四人の救世主は対魔族連合軍の主力部隊に属し、精鋭を率いて魔王城の攻略に挑んだ。


 人類の存亡をかけた最後の戦いは人類側の勝利にて終結し、【グランヴェルク】に再び平穏が訪れた。






 ――――――――――――






 魔王軍の壊滅から二年が経過し、人々は以前までの生活を取り戻しつつあった。



 グウェン

「(ここか……)」



 グウェンは街の大通りから脇道に入り、その先に見える二階建ての建物ギルドに向かった。


 西部劇を連想させる古風な外観は、どの街でも大抵同じである。


 彼はウエスタン扉を開いて店内に入り、壁伝いに視線を移動させていった。



 グウェンは凄腕の冒険者であり、一匹狼の旅人だ。


 彼の目的は未だ悪事を働き続ける魔王軍の残党を狩り尽くすこと。


 彼は旅先のギルドで魔王軍の残党を討伐するクエストをクリアし、また新たな街を目指して旅を続けている。



 グウェンは掲示板に張られた複数の手配書を発見し、両目を細めた。


 彼は掲示板の前まで移動して二枚の手配書を手に取った。


 いずれも大戦で生き残った魔王軍の最高幹部であり、このギルドでは最も高額な懸賞金がかけられていた。



 ???

「『毒鬼のヴェロール』」



 グウェン

「っ――⁉」



 グウェンが一方の手配書とにらめっこしていると、いつの間にか〝猫人族ケットシー〟の少女が彼の背後に忍び寄っていた。


 猫人族ケットシーとは人間と猫の特徴を併せ持った亜人の名称である。


 全身がバネ仕掛けのような高い身体能力を誇り、左右の側頭部から可愛らしいネコ耳を生やしている。


 猫人族ケットシーの少女は赤いタンクトップに青のショーパン、アンクルバンドに素足というそれらしい軽装であり、両腰に小型のナイフを携えていた。


 グウェンは警戒心を強めると同時に彼女の特徴的な体臭を瞬時に記憶した。



 ???

「ダンナ。ソイツはやめといた方がいいッスよ。ヴェロールは〝アウル〟と比べてかなり凶悪な魔族ッス。一獲千金を狙うならソッチの方がまだ危険は少ないッスよ」



 そう言って少女は、もう一人の最高幹部の手配書を指さした。



 グウェン

「誰だ、お前は?」



 グウェンが猫人族ケットシーの少女に名をたずねる。



 ネフィス

「アタイはネフィス。この街で情報屋を営んでるッス。――つっても、別に店を構えてるわけじゃないんッスけどね」



 グウェン

「…………」



 ネフィス

「ダンナはこの街に来るのは初めてッスか? 毛皮で顔を隠してる冒険者なんて初めて見たッス。……もしかして、何かワケありッスか?」



 グウェン

「(うるさい女だ……)」



 グウェンは彼女を無視してすぐにその場から立ち去ろうとした。



 ネフィス

「ああ――、待つッス!」



 ネフィスがグウェンの前に立ちふさがり、彼をその場にとどまらせる。



 ネフィス

「ヴェロールの居場所――――知りたくないッスか?」



 グウェン

「っ――⁉」



 毛皮で表情は見えないが、グウェンのそれには確かな変化が起きていた。



 グウェン

「いるのか、奴が……? この近くに……」



 ネフィス

「さすがにタダで教えるワケにはいかないッス。こっちも商売ッスから」



 そう言ってネフィスは情報に見合った相場な額をグウェンに提示した。


 しかし、この街に来たばかりのグウェンは彼女の情報屋としての力量をまだ知らない。


 グウェンはネフィスをその場に残し、カウンター席で新聞を読んでいるギルドマスターに話しかけた。



 ギルドマスター

「あの嬢ちゃん、若いが情報屋としての腕は確かだぜ。ま、この街限定の話だがな」



 ギルドマスターはギルドの代表として冒険者の命を預かる立場にある。


 街が立派であるほどギルドマスターの責任感も強く、信頼性も厚い。


 【ウェストン】はそれなりに大きな街であるため、ギルドマスターが嘘や適当を返している可能性は低かった。



 グウェン

「……そうか。ありがとう」



 グウェンはギルドマスターと挨拶を交わし、ネフィスのところに戻った。



 ネフィス

「確認は済んだッスか?」



 グウェン

「…………」



 ネフィス

「アタイが店を構えないのは、自分の目と耳で得た情報を自分の足で売り込んでるからッス。広い範囲は無理でも、この街一つならその方が確実ッスからね」



 収集範囲を街一つに絞り込み、確実性の高い情報のみで商売する。


 この手の情報屋は得られる情報こそ少ないものの、味方に付けておいて損はないタイプだ。



 ネフィス

「ヴェロールの情報を買い取らせてもらおう」



 グウェンは皮袋の中から硬貨を取り出し、ネフィスに代金を払った。



 ネフィス

「まいどあり~ッス♪」



 代金を受け取ったネフィスが笑顔を浮かべる。



 ネフィス

「ヴェロールはここから南西に位置する森の中で砦を築いてるッス。集団としての規模はまだ小さいッスけど、ダンナ一人じゃさすがに厳しいッスよ」



 グウェンはネフィスの警告を無視してその足で商店街を目指した。


 ヴェロールの討伐に向け、さっそく準備に取りかかる。



 ネフィス

「ダンナ! ちょっと待つッスよ!」



 ネフィスはグウェンがギルドを出てからも彼に付いて回った。



 グウェン

「……何だ? もう用は済んだはずだろ?」



 ネフィス

「まさか単独ソロで奴らに挑む気ッスか? いくらなんでも無茶が過ぎるッス!」



 グウェン

「問題ない。オレは過去に一度、奴に勝っている」



 ネフィス

「っ――⁉」



 これは魔王が勇者たちに倒される以前の話だ。


 グウェンは連合軍の主力メンバーとして戦争終盤に勇者と共にヴェロールを退けた。


 そして魔王軍の敗北を悟ったヴェロールは、仲間を置いて一足先に逃げ出したのだ。



 ネフィス

「だ、ダンナも〝あの戦い〟に参戦してたんッスか⁉」



 グウェン

「……ああ」



 ネフィス

「けど、ダンナ一人でヴェロールを倒したワケじゃないんッスよね⁉ やっぱり無茶ッスよ!」



 ネフィスが両手を振って大げさにアピールした。



 グウェン

「あの戦いでヴェロールを取り逃がしたのはオレの責任だ。これはオレ自身のケジメのためでもある。――――だから邪魔するな」



 グウェンはネフィスを冷たく突き放し、戦いの準備を淡々と進めた。


 ネフィスは彼の説得を諦めたのか、ようやく口を閉ざす。


 買い物を一通り済ませたグウェンは商店街を離れ、今晩泊まる宿を探して街中を歩き回った。



 グウェン

「いつまで付いてくる気だ?」



 ネフィスは先ほどからほとんど喋っていない。


 ずっと一人で何かを考え込んでいる様子だ。


 すると彼女が突然に口を開く。



 ネフィス

「ダンナは死ぬのが怖くないんッスか?」



 グウェン

「…………?」



 ネフィス

「戦場は常に死と隣り合わせの舞台ッス。そんな場所に自分から出向くなんてアタイには考えられない。どうしてダンナたちはそんな簡単に――――」



 グウェン

「簡単じゃない」



 グウェンがネフィスの言葉を遮った。



 グウェン

「人は本能的に死を恐れる生き物だ。オレも初めて自分よりデカい魔物と遭遇したときは手足の震えが止まらなかった。人が死の恐怖を克服するには、その恐怖に慣れるしかない。最初からそれが出来る奴は頭のネジが吹っ飛んだイカれ野郎だけだ」



 ネフィス

「…………」



 グウェン

「お前の〝過去〟に何があったかは知らない。だが、冒険とは無縁の人生を歩んでる奴の方が世の中には多い。痛みや恐怖に慣れちまったオレたちの方がどうかしてるんだよ」



 グウェンは呆然と立ち尽くすネフィスを置いて再び足を進めた。


 ネフィスは少し遅れて自分がフォローされたことに気づき、慌てて彼の背中を追いかけた。

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