二十三 吟味

 神無月(十月)五日。昼四ツ半(午前十一時)。


「室橋幻庵の通夜で、六助と山形屋吉右衛門が亡くなる前夜の、藤五郎と幻庵の足取りを探れたか」と徳三郎。

「いえ、探れませんでした」と与五郎。

「ところで、この簪は与五郎が商った物か」

 大伝馬町の自身番で、藤堂八郎は同心と特使探索方と辻売りたちを交え、小間物売りの与五郎に、亀甲屋の奥座敷の手文庫から見つけた、銀の二本軸の平打簪と玉簪を見せた。

「はい、まちがいありません。私が鍼医の幻庵先生に商った物です」

 与五郎は、鍼医室橋幻庵が女房のおさきに簪を買い求めるまでの経緯を説明した。


「なぜ、幻庵は簪を六本も注文したか、理由を聞いておるか」

 藤堂八郎の問いに、与五郎は疑問が湧いたらしく妙な顔になった。藤堂八郎は問いについて説明する。

「お内儀も簪はいくつか持っておろう。なぜ、六本も注文したか、と思ってな」

「そうでしたか。幻庵先生は、お内儀がいつも簪をどこかでなくすと言ってやした。

 潜り戸や、桜の梢の下を歩く折など、髪が引っかかって簪が抜けますんで」と与五郎。


「お内儀がいつも使っていた簪は何か、わかるか」

「二本軸の平打簪や玉簪のおちついた感じの物でした。

 ここに銀の簪が二本あるんだから、よその簪を買っていなけりゃあ、お内儀さんが持っているのはあっしが商った二本軸の金の平打簪が二本と、二本軸の金の玉簪が二本の、四本だけです」

「使っている簪は、年相応と言う事か」

 幻庵がこっそり、内儀の二本軸の簪を特別な目的で使っていた可能性もある。

 いずれ、この夏、酔って堀に落ちて死んだ者を調べねばならぬ、と藤堂八郎思った。

「商いと探りで忙しい折りに済まなかったな。案ずるな。其方に嫌疑はかからぬ。

 藤五郎亡き今後も、日野先生の探索方として協力してくれ」

「心得ております、藤堂様」

 そう言って与五郎は藤堂八郎に御辞儀している。


 徳三郎が指示する。

「与五郎たちは、引き続き、六助と山形屋吉右衛門と室橋幻庵の、亡くなる前の足取りを探ってくれ。連絡はここでだ」

「わかりました。ではこれで」

 徳三郎の指示を受け、辻売りたちは大伝馬町の自身番を出た。


 与五郎が室橋幻庵に商った銀の二本軸の簪二本が、亀甲屋の奥座敷の手文庫から発見された。藤五郎が、六助と山形屋吉右衛門と室橋幻庵を殺害したとは言えぬが、藤五郎は鍼医室橋幻庵から、簪に特別な使い方があるのを聞いていたと考えられる。

 二本軸の平打簪や玉簪を凶器に使えると知るのは、幻庵と藤五郎だけではない。幻庵の元で修業している幻庵の子息和磨と義二も、二本軸の簪が特殊な凶器になり得るのを知っていただろう。そう考えながら、唐十郎は、徳三郎と藤兵衛と正太を見た。


 徳三郎は唐十郎の意を介し目配せした。藤兵衛と正太も頷いている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る