序章・ファンタジーの欠片が落ちた日   5

 ヒメヅルとアルクゥが話していた星の移住とは、随分前から始まっている計画のことだった。

 文明が栄えるということは文明を進歩させるために時間を掛けてきたということ。文明を栄さえさせ、星さえも創れるようになった頃にはヒメヅル達の住む星の寿命が近づいていた。


 ――星の寿命とは何を指しているのか?


 恒星が寿命を迎え膨張して飲み込まれるまでの約百億年のリミットのことではない。隕石による衝突で地表が巻き上げられて氷河期を迎えることでも、慣性で回り続ける星の自転に影響を及ぼして星の自転が停止することでもない。

 この星の死は文明の発展の犠牲になった地下資源の枯渇である。まだ文明が出来たばかりの頃は地下資源である鉱石の採掘は表面のみだったが、文明の発展と共に採掘が出来る深度が深くなっていった。人々は文明が進むたびに深く深く掘り進めていった。

 そして、母なる星の資源を取りつくしてしまった頃、人々は第二の母なる星へと移住する計画を立てた。計画は進み、移住計画は大別して二つの移住先に分かれた。


 ――一つは実験場の創造で培った技術を使って、自らの手で第二の母星を創る案。

 ――一つは自分達に近い遺伝子を持つ未発達の星へ移住し、現地人と供に暮らしていく案。


 前者は既に計画は実行され、新たな星を本星として移住は完了している。

 後者は進み過ぎた文明を捨て、自然と共存して土に帰りたいという願いを持つ人のための案だった。『自分達の歩みは正しいのか?』『生き物の人として生きているのか?』を問い、原点へ帰ろうとする心情によるものである。

 しかし、そんな中、ヒメヅルだけは理由が違った。エルフとしての遺伝子のほぼ全てを人間に組み込んだ存在の彼女は、彼女自身寿命が分からないまま長い長い時を星に住む人々に尽くしてきた。生まれてきた星の人々は彼女にとっては、皆、子供のような存在であり、実験場のサンプルデータを取り終わって寿命を克服した今、親は離れて子供達に全てを返すべきであると考え、彼女は自分の役目は終わったと思っていた。

 そんな折の星の寿命による移住計画の発案。これを機会に袂を分けて彼女は新天地で静かにいつ終わると知れない生を終わらせようと考えていた。


 ――それは星に住む人々を愛していたから。

  ――それは過保護になって子供達をいつまでも子供のままにしないため。

 

 彼女は子供達が新しい道を自ら切り開けると信じていた。


 …


 二ヶ月が過ぎた頃――。

 星から旅立つ準備は着々と進んでいった。この星から遥か彼方にある、まだ原始の人類しかいない星へ辿り着くために用意する宇宙船は完成している。あとは出発まで点検と検証を随時行い、出発予定の十日前には出発を待つだけになる予定だ。また、同時に外で造った装置の積み込みも行っている。長い旅路の間、乗員が辿り着く前に老いないように低温状態に保ち眠りにつくコールドスリープ装置や宇宙船専用で造られた備え付けになる大型コンピューターなどが、その一つだ。ちなみに宇宙船の素材や宇宙船に持ち込んだ機械類など、移住先の文明レベルで再現できないものには自壊プログラムを組み込み、移住先に到着したら無に戻ることになっている。

 情報収集にも余念はない。重要な移住先の星とそこへ辿り着くまでの航路の情報収集はポイントごとに配置した人工衛星を経由して、今も新しい情報が更新されている。ただし、遠い距離を伝えるまでには時間的に誤差が生じ、一番遠い移住先の情報データは二年の時差を伴っている。この星の中央コンピュータは出発の日まで止まることなく、移住先の星の情報を更新しつつシミュレーションを繰り返し続ける。

 一方で宇宙船を担当する技術者達はエンジンに火を入れ始めていた。出発までには余裕があるが、宇宙船内の機器に不具合がないかの最終チェックは実際に動かしてみないとチェックできない。どんなに文明が進んでも自動化や最適化が進んでも、動かしてみないと確認できないテスト項目というものはなくならない。その作業さえ、ほぼチェック方式の検証まで簡略して落とし込んではあるのだが……。

 最後に移住する人々に対しての教育である。教育は移住先の星に自分達の文明を持ち込み、移住先の進歩の歩みを阻害しないルールをメインに実施している。過去の歴史から同程度の文明レベルの再現を行い、移住先の文明レベルを超えないものだけで生活をする体験学習を移住希望者には体験してもらう。その過程で文明の便利さを捨てられなかった者、改めて移住先の文明レベルでは生活できない者は移住を諦め、本星へと帰還することになった。この教育で実に三割の移住希望者が辞退した。辞退の理由は、一度、知ってしまった生活レベルを落として生活することに耐えられないというのが、ほとんどの理由であった。


 …


 そして、ヒメヅルとアルクゥはというと、結局、滅んだ実験場について満足に調査する時間は得られなかった。もともと終わりが決まっていたスケジュールに突如として発生した割り込み案件に管理局を統率しているヒメヅルに時間を割く余裕はなく、それはヒメヅルを補佐するアルクゥも同じであった。ヒメヅルが第138実験場へ訪れて戻って来るまでの時間を充てた時点で、スケジュールが持っていたマージンを使い切ってしまったのである。

 そうこうしているうちに残りの一ヶ月半も、あっという間に過ぎ、移住先へ向かう宇宙船は全部で五隻で旅立つことが確定し、なるべく現地人に溶け込みやすいように肌の色、髪の色、目の色で、現地人の人種に合わせて降り立つ土地によって宇宙船へ搭乗する船員は分けられた。


 …


 そして、出発の日――。

 地上から天高くそびえる起動エレベーターは静止軌道を越えても更に続き、その頂上に建設された宇宙船が寄港する専用ドッグには宇宙船が五隻停泊し、ヒメヅルとアルクゥを残してすべての搭乗員が宇宙船に乗り込んだ。

 ドッグ内の管理室で本星へ最後の通信を入れたあと、ヒメヅルとアルクゥは本星の管理者に最後の仕事である宇宙港の発信誘導を頼み、管制室から搭乗口へと向かった。

 搭乗口から暫く進んだ通路で、アルクゥは同じ宇宙船に乗るヒメヅルへ話し掛ける。

「結局、滅んだ世界については調べられませんでしたね。当時の管理者五人も別の宇宙船に乗り込んで会話も出来ず終いになりそうです」

「そうですね……。宇宙船が飛び立てば、直ぐにコールドスリープに入ります。会話できるのはコールドスリープ終了後の移住先の到着前ぐらい……。とても会話をしている時間はなさそうです」

「やり残した気持ち悪さは残りますが、あとは本星のみんなに任せましょう」

 そう言うとアルクゥは思念操作でウィンドウを開き、今まで調べた滅んだ実験場の情報をまとめて引き継ぎのデータとして本星の中央コンピューターへ転送した。

「この星でこの手で行わない作業が出来るのも、あと僅かですね」

「ええ」

 ヒメヅルは返事を返し、好奇心からアルクゥへ尋ねる。

「ところで、あなたはどうして本星へ残らず、移住することにしたのですか?」

 突然のプライベートな質問にアルクゥはチョコチョコと頬を掻き、照れくさそうに答える。

「実は刀剣類を自分の手で造ってみたいと、常々思っていました。管理局の仕事を退職したら、趣味と実益を兼ねて日がな一日鍛冶仕事をして過ごしたいと……」

「アルクゥには、そのような興味があったのですね。素敵です」

「ありがとうございます。星の終わりが近づいた時に原始の星に行って生涯を終える計画が立ち上がった時、退職には随分と早いですが、前倒して新天地でやっていこうと思ったのです」

「そうだったのですか。あなたほど優秀な人が移住を選択していたので不思議に思っていました」

「僕なんて、そんな大したことないですよ」

 アルクゥは恥ずかしそうに笑っていたが、ヒメヅルは首を振る。

「そんなことありません。この星では中央コンピュータ―にアクセスできるだけの魔力操作が行えればよいところを、アルクゥは魔法の発動まで行えるようになっているではありませんか。しかも、機械による魔法発同時のシステムサポートではなく、自身の魔力操作で管理者の魔法を扱えるまでになるには大変な努力が必要だったはずです。管理者の魔法まで扱えるのは、私以外には数えるほどしかいませんよ」

 アルクゥは右手を頭に当てて、先ほどよりも照れながら話す。

「昔から夢中になると、とことん突き詰める癖がありまして……。でも、実際には使う機会がなかったので、習得後に使用したことはありませんけどね」

 ヒメヅルが静かに笑う。

「確かに管理者の魔法は特殊過ぎて使う場面はありませんね。アルクゥが生まれる、ずっと前は実験場に入ることも想定して魔法を使用する練習もしていましたが、結局、ゲートから繋がる管理室だけで事が足りると判断され、システムサポートの呪文形式の魔法が主流になってしまいました。今や魔法は生活で使えれば便利なもの以外はあまり使われなくなり、自身でコントロールする魔法は資格のコレクターアイテムのようになってしまいました。だから、アルクゥが魔法を扱えると聞いた時は、とても嬉しかったのですよ」

「僕のことをそのように思っていてくれたのですか。ありがとうございます」

 ヒメヅルは笑顔を返して返事とすると、懐かしそうに振り返る。

(ファンタジーの中だけと思っていた魔法が見つかった時、当時は誰もが魔法を扱えることを望み、遺伝子が組み込まれたばかりの世代は挙って魔法を学んでいたものです。しかし、時間が経って生活での魔法だけが当たり前になった頃、また科学と化学に人は傾向していったのですよね)

 時代の流れに乗り、廃り流行りというものがある。それは文明の進んだヒメヅルの住む星にも存在していた。魔法を扱う能力がシステムサポートによる音声認識――いわゆる呪文に置き換えが浸透した頃、自ら一から魔法を構築するよりも機械のように使って必要な用途だけを使用する限定的な使い方にシフトしていった。これは科学と化学が進んで便利なものが多くあったため、同じように簡略して扱えない魔法が煩わしくなったためであった。

 ヒメヅルは思う。

(この星で過去に魔法を使っていたエルフが滅んでしまったのは、魔法が先に扱えたからかもしれない。魔法では薬を作れず、コンピューターに大量の演算の肩代わりをさせることも出来ない。科学と化学の文明が進んだあとに魔法を新しいエネルギーや新しい手段として扱うことが出来た、私達は運が良かったのかもしれない。魔法で克服できないものが科学と化学には沢山ある)

 もの思いに耽っていたヒメヅルがアルクゥの顔を見て思い出したように話す。

「少し……昔を懐かしんでしまいました。私が生まれた頃は、皆、魔法に夢中だったことを思い出して」

「今は無線機器の要らない無線呼び出しのように中央コンピュータと自身を繋いで個人用のウィンドウの使用が専らですからね。僕には、なかなか当時が想像できません」

「そうでしょうね」

 長い時を生きてきたヒメヅルが、まだ子供だった頃の話。思い出すにも随分と遡らないといけない。

「本当に思い出の彼方ですね……。人というのは、どこまで行こうというのか……」

 ポツリと溢した言葉には終わりのない旅路を憂う哀愁が漂っていた。普通の人の何百倍の時間、人の歩みを見てきても、まだ人は歩みを止めない。それが愛しいと思える反面、いつまでも終わりが見えないという疲弊も同居する。

 ヒメヅルは首を振って気持ちを入れ替え、アルクゥへと話し掛ける。

「さあ、我々も宇宙船へ乗り込みましょうか」

「はい。乗員は僕達が最後ですから行きましょう」

 ヒメヅルとアルクゥは思い入れのある施設へと目をやると踵を返し、宇宙船へと歩き出した。


 …


 ドッグに停泊する五機の宇宙船は移住先の星に大気があることから飛行機タイプの翼と尾翼を持ち、遠目には二等辺三角形の形をしている。小さめの旅客機を思わせるコックピットは二等辺三角形の頂点に設置されている。

 宇宙船も一番~四番機の乗員は二十七名~三十二名とバラつきがあり一番少ない五番機の乗員は五名となっている。

 現在、宇宙船が停泊しているドッグは多くが行きかう大型の宇宙港ではなく、資材運搬用の小さな宇宙港になり、数人しかいない星の管制室はこれが最後の作業になる。

 ヒメヅルとアルクゥは三番機の宇宙船のコックピットに到着すると操縦席に腰掛け、すべての宇宙船へ通信を開いた。

 ヒメヅルが備え付けのマイクに向かって口を開く。

「最後の乗員である、私の搭乗が終わりました。これより宇宙船は一番~五番まで順番に出発します」

 ヒメヅルは感慨深く一拍あけ、続ける。

「私達の今まで住んできた星との、これが最後のお別れです。本星を出発してから暫くは速度を落としておきますので、それぞれの心に区切りがついたらコールドスリープに入ってください。その間、心変わりをして本星へと引き返しても構いません。その場合は脱出ポッドを拾って貰う手はずになっています」

 モニターに映る各宇宙船のコックピットと移住希望者達の座る座席をモニター越しに確認し、それぞれの人が星を離れ旅立つ決意を済ませていると感じると、ヒメヅルは頷いた。

「管制室、いつでも出発できます」

 モニターの一つが管制室へ繋がり、管制室から返事が返る。

『管制室、了解。ドッグ内の開閉ハッチを開きます』

 宇宙船の窓からは宇宙港の扉がゆっくりと左右に分かれて開き、完全に開き切るのが見えた。

「それでは一番機から出向します」

『皆さん、よい旅を』

 そう管制室からすべての宇宙船に通信が入ると、一番機の宇宙船からメインエンジンが始動して補助エンジンに火が入り、ゆっくりと前進が始まる。科学と化学の進んだ文明が作り出した宇宙船は無のエネルギーから有を創り出す魔力が一気に生成されてメインエンジン内で魔力は推進剤へと変わってバーニアから一気に噴射された。宇宙船が動き出しても組み込まれた重力制御装置で宇宙船内は完全な慣性制御で慣性を相殺し、内部には振動一つ、勢い一つ、伝えない。

 宇宙船は一番機から五番機まで並列に次々とドックから飛び出していった。


 …


 宇宙船のコックピットは簡易的な操縦桿しかない。ほぼ自動操縦で目的地まで辿り着く。例え緊急事態になって操縦桿を握ることになっても、コンピューターゲームで使用するコントローラ―で操作するのと同じ難易度だ。基本的には宇宙船のコンピュータ―へ船長権限で思念操作するウィンドウですべて解決してしまい、文明が進めばパイロットすら要らず、大事なのは出発前の事前準備で手を抜かないことだけだ。

 三番機の宇宙船のコックピットでヒメヅルは離れ行く母星をモニター越しに眺めていた。少し視線をずらして隣にあるモニターに目を移すと、移住者の乗る座席スペースが映り、人々も宇宙船の窓から母星を眺めていた。

 ヒメヅルは隣に座るアルクゥへ話し掛けた。

「このスピードを維持するのも、あと僅かですね」

「そうですね。皆さんのお別れが済み、全員がコールドスリープに入ったら加速に入ります」

 アルクゥは言葉少なく、モニターの母星へと目を向ける。

 その視線に合わせるようにヒメヅルも同じモニターの母星へと目を向けながら話す。

「アルクゥ、今までありがとうございました」

 アルクゥは首を傾げる。

「どうしたのですか? 突然?」

「文明に触れることができるのも残り少なくなったので、これがゆっくり話すことのできる最後だと思って話します。――知っての通り、私は長い時間を生きてきました。私にとっては星に住む人々がまるで自分の子供のような存在で、星に住む人々にとって私はいつでも居て、いつまでも居なくならなず、どこか遠い存在の人という認識だったと思います。そんな存在なので、私には話し掛けにくいらしく、いつからか『様』が付けられる存在になっていました」

 ヒメヅルがアルクゥへと視線を移す。

「私の部下と呼ばれる地位で仕事をするのは大変だったでしょう?」

 アルクゥはヒメヅルの視線を受けとめ、ゆっくりと頷く。

「確かに求められる技術や責任は大きかったですね。でも、大変ではありませんでした」

 アルクゥは右手を頭に当てる。

「ヒメヅル様相手に中々軽口を叩けないのは本当ですが、きっと、僕を含めて不思議な気持ちを持っている人がほとんどなのではないでしょうか?」

「?」

 ヒメヅルの頭に疑問符が浮かぶ。

「不思議な気持ち?」

 アルクゥは右手を顎の下へと持って行き、眉間に皺を寄せる。

「上手く伝えるのは難しいのですが……。僕達が子供の頃に抱くヒメヅル様の印象というのはヒメヅル様の容姿の印象もあって、モニターの中に居るお姉さんという感じです」

「はあ……」

 ヒメヅルは分からないまま返事を返した。

「そして、仕事をする上でヒメヅル様に会うと、『あ、モニターの中のお姉さんだ』というのが大人になってからの第一印象で、子供時代から見ていたお姉さんが変わらない姿で、モニターの中と同じ口調で接されると自分が成長しなかったような妙な感覚を受けるのです」

「あなた達には、まるでモニターから出てきたように映るのですね」

 ヒメヅルには思い当たる節があった。ほぼエルフと同じ遺伝子を組み込まれたヒメヅルの容姿は十代後半で止まっていた。その十代後半の容姿というのはアルクゥからすれば、随分前に通り過ぎた学生時代の周りの女子の容姿なのだ。その通り過ぎた過去の女子の姿をした上司が存在するのも妙な感覚であるし、昔から見ていたモニター越しの見慣れたいつまでも変わらない最高責任者のお姉さんと会話をするというのが時間の経過を混乱させたに違いない。

「モニターに映っていたお姉さんがもの凄い量の知識を蓄えていると認識しても、やはり受け入れるまでには時間が掛かりましたし、受け入れてから何でも出来てしまうヒメヅル様を見て、『ああ、やっぱりヒメヅル様という呼び方が正しいんだ』と納得する感じでしたねぇ」

 そう言われたヒメヅルはパチクリと目をしぱたくと、クスクスと笑いだした。

「皆、そういう風に感じていたのですね」

「もちろん、知識としてヒメヅル様が凄い方だというのは理解はしていますよ? でも、僕達の日常にはヒメヅル様が当たり前のようにいて、大人になったら同じ職場に居て、自分は変わっていくのにヒメヅル様は変わらない。そして、一緒に仕事をすると尊敬が積み重なっていくという不思議な感じ……。僕のヒメヅル様の印象は、このように変わっていきました」

「なるほど」

 再び納得をした示したヒメヅルだったが、またクスクスと笑い出した。

「ところで、私が訪れた第138実験場を救った少女達は、私にどんな態度を取ったと思いますか?」

「文明の進んでいない現地の人がですか?」

 ヒメヅルが頷くと、アルクゥは腕を組んで考え出した。

「う~ん……。現地の人にとっては管理者の建物は未知なるものだったと思うし、そこに突然現れたとすると、神様と間違えたりした……ですかね?」

 ヒメヅルは首を振る。

「三人の少女が管理者の建物からゲートのロックを解いたのですが、その中の一人は『あんた』と私を呼んでいましたよ」

「……は?」

「そのあと、私が星を創った人間の代表で訪れて神様のような存在だと理解しても、三人の態度は変わらなかったし、私を『あんた』呼ばわりしていた少女に至っては『自分達の世界を実験場と呼ぶな!』と説教までいただきました」

 アルクゥはポカンと口を開けたあと、チョコチョコと右手で頬を掻いた。

「……何というか、怖いもの知らずな性格をしていますね」

「本当に」

 ヒメヅルは可笑しそうに思い出し笑いをした。

「でも、そんな彼女達だからこそ、私を受け入れて『友達』として壊れた世界の再生をお願いして、管理者が生み出したモンスターを倒した武器を託してくれたのです」

「そういう経緯で持ち帰られた物だったのですね」

「はい。そして、彼女達を好ましく思っている私は『見えないところで処分して欲しい』と言われて双剣のレイピアを処分できなくなってしまいました。だから、永遠に私の亜空間で封印しておくつもりです」

「その方法でも誰の目にも触れない方法ですし、それがいいのかもしれませんね」

「ええ。彼女達と結んだ繋がりと約束は、そのようにしておきたいと思っています」

 ヒメヅルは一拍置き、再び口を開く。

「年の離れた彼女達と、まるで同じ歳のように話すことが出来たのは夢を見ているような貴重な時間でした。――それはアルクゥ、あなたもなのですよ」

 一瞬だけ驚いた顔を覗かせえたアルクゥは直ぐに右手で自分を指差す。

「僕もですか?」

「はい。私は記憶している情報の量が多いため、色んなものを調べずとも直ぐに取り出せてしまう。この特性は会話をする上で相手に気を遣わせてしまう。知らないことを調べるために、私を待たせてしまうと多くの人は思い、しっかりとした下調べをしてから会話をしたり、私との会話を極力避ける人も多かった。そんな中、いつも私の近くにいてサポートしてくれたアルクゥの存在はとてもありがたかったのです」

 そこでアルクゥは何とも言えない微妙な顔になった。

「つまり、僕も神様と分かっていながら不遜な態度を取った別世界の少女達と同じ存在だと言いたいのですね?」

 ヒメヅルは笑いながらコクコクと頷く。

「その通りです。だから、あなたにお礼が言いたかったのです。皆が私を知っているからこそ、彼女達と違って周りの目もあったでしょうから」

 アルクゥは再びチョコチョコと右手で頬を掻いて答える。

「本当はみんな、同じ知識を共有して同じ目線で会話はしたい……だけど、できない。それが分かって二の足を踏む人が多いのも分かっています。そういう多数の考えの人とは違うと分かっても、一緒に仕事をするのは楽しかったです。自分で言うのもなんですが、自分が結構な変わり者であることは認識しています」

 一見、真面目そうな青年なのだが、アルクゥはなかなかに自分本位な傾向な人間のようだった。

 この一面を知らなかったヒメヅルは、今になって驚かされた。

「アルクゥは真面目一辺倒な人だと思っていたのですが、個性の強い性格をしていたのですね……」

「神様と知っていて、そのまま平然をよそおうほど豪胆なことは出来ませんが」

 今となっては、かつての同僚となってしまった青年とは『もう少し親睦を深めておけばよかったかもしれない』とヒメヅルは思った。

 そして、その後はモニターに映る母星が小さくなるのを見ながら二人は思い出を語った。


 …


 仕事以外のプライベートの話をこんなにしたのは初めてだったのかもしれない。

 モニターに母星が映らなくなったところで、ヒメヅルとアルクゥは会話を止めた。移住者の座席が映るモニターを見ると、人々はほとんど残っておらず、一人二人とコールドスリープのカプセル装置へと入っていっていた。

 そのまま二人は無言でモニターを見続け、すべての宇宙船の乗員がコールドスリープへ入るのを確認してコックピットの席を立った。

「母星へ戻る人は居ませんでしたね」

「そうですね。あとは自動操縦に任せて、私達もコールドスリープのカプセルへ入りましょう」

「はい」

 最後は言葉少なに二人はコールドスリープ装置のある船体の後部へと移動し、それぞれ自分のカプセルへ入ると直ぐに眠りに入った。

 すべての宇宙船の乗員が眠りへ入ると一番機から五番機は次々と加速を開始した。一定の速度を超えると宇宙船はデブリなどに当たって破損しないように防御フィールドを張り、音速を飛び越えて徐々に光速へと近づいていく。

 やがて五つの宇宙船は一筋の流星のように母星のある惑星間を飛び出していった。

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