第146話 夜の帝王

1554年(豊新8年)5月下旬 越後 春日山城



「景重君、ちょっといいかしら?」


今や、日本の医学界のパイオニアとして【神医】とも、その美貌と相まって【白衣の女神】とも称えられる舞ちゃんが、相も変わらぬ美貌に若干の不機嫌を湛えて、俺の執務室に入ってきた。


「ん?舞ちゃんどうした?」


舞ちゃんは、医学局局長としての業務に加え、病人への施術、幹部たちの健康管理、学舎で教鞭を振るって後任の育成に励んだりと、何かと忙しい身だ。評定でもなければ、滅多にこの春日山に訪れることはないのだが、何か問題でも発生したのだろうか?


「ちょっと、いい加減にあの御方を、何とかして頂けませんか?仕事の邪魔ですわ。」


珍しく、不機嫌な表情で話す舞ちゃん。


ん?あの御方って誰よ?さっぱり話が見えてこないのだが。


舞ちゃんから詳しく話を聞いてみると、その元凶は、先日のマラッカ海戦で捕虜となた神聖ローマ帝国の皇太子、フェリペ2世その人であった。


現在捕虜として、春日山城の3ノ丸に厳重な警備の元、捕虜生活を送ってもらっているフェリペ君だが、ある程度の外出などの自由は監視付きながら認めている。


フェリペ君は捕虜になった当初、敗戦のショックからか体調を崩すことが多く、こちらとしては捕虜とはいえ、大切な金づ…じゃなかった、外交切り札を失うわけにはいかないため、彼が体調を崩す度に舞ちゃんを派遣していたのだが。


どうやら、その時にフェリペ君は舞ちゃんに心奪われてしまったらしい。以来、日を空けず毎日、拙い覚えたての日本語で書いた情熱的なラブレターを送ってきたり、舞ちゃんが教鞭を執る学舎を訪れて学生と共に授業を受けたり、舞ちゃんの仕事場を訪れ施術の様子を眺めていたりと、ストーカー行為とまではいかないが、それに近い行為を行っているらしい。


オイオイ、神聖ローマ帝国の皇太子…………一体なにやってんだよ…。


それにしても、舞ちゃん…相変わらずのおっさんホイホイぶりはさすがだな。まさか、神聖ローマ帝国の皇太子までをも夢中にさせるとは…。


古今東西に関わらず、男は皆グラマーな知的美人の女医には弱いということか?


「……なんか、随分と下らないことを考えていませんこと?」


「……いや、気のせいだ。一応、聞いておくが舞ちゃん的には、皇太子のことをどう思ってるんだ?」


「ただの患者の一人ですわ。それ以外の何者でもありませんわ。」


うん。バッサリだ。


俺的には、舞ちゃんがフェリペ君と共にスペインなんぞに行かれたら、日本医学会にとって途轍もない損失となるから、是が非でも止めたいところであるが…………


本人の希望となれば、認めざるを得ない。ハプスブルク家に、日本人の血が入れば、将来的に外交の助けになりそうだしな。


「とんでもない玉の輿だと思うんだが、良いのか?」


「私は、日本でやり残したことがたくさんあるの。日本を離れるわけにはいかないわ。そもそもにして、私は毛深い殿方は好みではありませんの。」


うん。100パー脈は無いな。残念だが、フェリペ君ここは撤退しかないようだ。


そもそもにして、確かフェリペ君ってポルトガル王女と結婚してなかったか?そして、その奥さんが亡くなって、今度は現在イギリスで妹のエリザベスとバチバチにやりあっている、イングランド王女ブラッディ・メアリー(血まみれのメアリー)と結婚するんじゃなかったか?


結婚相手が、ポルトガル王女とイングランド王女とか、さすがは婚姻政策でヨーロッパを牛耳ったハプスブルク家らしいちゃらしいが…メアリーとの結婚生活もほとんど破綻していたらしいし、家庭には恵まれてなかったようだが…………


政略結婚で、まともな恋愛など経験したことなかったんだろう。そんな時、遠い異国の地で戦に敗れ心身ともに落ち込んでいた時に、舞ちゃんに少し優しくされてコロっといってしまった、という感じか。


少しは気の毒に思わなくも無いが…。


「いや、ちょっと待ってよ、景重君。」


俺が一人納得していると、舞ちゃんが鋭い視線を向けてくる。


「何か?」


「何か?じゃないわよ。なんで、フェリペ君に同情的な顔してるの?」


うわ。鋭い…。


「いや、すまん。ついな。それにしても、こんなに熱烈なアプローチ、断るのも気が引けるだろうに。」


俺の言葉に、舞ちゃんは再び不機嫌な顔になった。


「私だって、心を鬼にして断っているわ。でもね、彼は諦めないのよ。今日も、早朝から学舎の前で、私が来るのを待っていたわ。このままでは、真面目な学生たちの勉強の邪魔になるし、患者さんにも迷惑がかかる。」


「うん。それは困ったな。」


まさか、日本の医学の未来を担う医者の卵たちが、神聖ローマ帝国の皇太子のストーカー行為によって、学業に支障をきたすとはな。歴史は、実に奇妙な方向に進んでいる。


「そうよ。私は困ってるの。しっかりとした、対応をお願いします。それじゃあ、頼んだわよ。」


そう言い残して、舞ちゃんは執務室を去っていった。


こんな、事態になっていたとは…。皇太子、何やってんだよ…。


しかし、どうする?


俺が、フェリペ君に外出禁止令を出すことは簡単だが、あの手のタイプは精神的に弱そうだ。それで、傷心してまた体調を崩されて、もしもの事態が起こるのは、停戦交渉に支障をきたす。かといって、このまま放置するのも色々不味そうだ。


うーん、フェリペ君の関心が今は舞ちゃんに集中しすぎているのが問題なんだよな…。それなら、その関心を他に向けさせたらどうだろうか。


幸い、この春日山城下には娯楽が山ほどあることだしな。そうすれば、フェリペ君の気分も晴れ、舞ちゃんへの執着も薄れるんじゃないか?


うん。なんとなくだが、上手く行きそうな気がする。そうと、決まればフェリペ君に接待役を付けて、気分転換させるとするか。


遊びに精通していて、夜の街なんかにも詳しい人材がいいんだが…。そう考えると中々適任が居ないが…。


ん?そういえば、奴らがいたな。


夜の街を知り尽くしたあいつらなら、きっと大丈夫じゃないか



俺は、背後にいた近習の隆景に命じて早速、奴等に招集をかける事にしたのだった。


「総統閣下、お呼びでございますか?この宗麟、何かお役に立てることがあれば、いつでも馳せ参じますぞ!さあ、政敵のスキャンダルのでっち上げでも、偽情報で民衆を扇動でも、この忠犬になんなりとお命じあれ。」


「オオ~~おひさしぶりね~~そうと~さま。ごきげんよ~~。」


数時間後、執務室に入ってきたのは、華やかな着物を身につけ、如何にも遊び人風なチャラ男風な大友宗麟と、その隣にはとても坊主には見えない、派手な衣装を纏い以前と比べ随分とふくよかになった、元イエズス会宣教師・ザビエルが現れた。


「宗麟、でっち上げも、扇動も今はいい。ザビエル、ひさしぶりだな。」


長尾家の御用新聞社・毎朝新聞の、今や敏腕編集長である大友宗麟、来日当初の求道者の様な雰囲気とは真逆な雰囲気のザビエルさんは、今や春日山城下を本拠として新たに創設され、日本のみならずアジア地域、新大陸において着々と信徒を増やしている、【自由キリスト教会】教祖として活躍している。


【自由キリスト教会】キリスト教の亜種ではあるのだが、その教義は基本、「公平で平等、そして豊かな社会を造り上げる事。それが主は望み。」といった感じで、その為に、互いに助け合っていこう。と至ってシンプルかつ平和的なモノだ。既存の宗教と違って、政治色も薄く、厳しい戒律も無い為に、現在急速にその信者を増やしている。因みに、うちが後援している宗教団体の一つだ。


現在の、カトリック教会は排他的過ぎるし、プロテスタントは実利主義が過ぎてやはり扱いづらい。出来る事なら、今後はヨーロッパでの布教もザビエルさんに頑張って貰いたい所では有る。


この二人は気が合う様で、よく共に夜の街に繰り出して、どんちゃん騒ぎをして、夜の帝王としてその名を轟かせている。


こいつらなら、きっとフェリペ君の無聊を慰めてくれるだろう。

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