第138話 準備万端
1553年(豊新7年)12月初旬 インド洋上 アルバロ・デ・バサン
「何っ!? マラッカに敵艦隊が現れて、包囲されているだと?」
普段は物静かなフェリペ殿下が珍しく声を荒げている。
先ほど、マラッカから逃げ延びてきた、ポルトガルの3隻の軍船と遭遇し、船長からマラッカの様子を尋問したところだ。
まさか、我々の艦隊の次の寄港地となるマラッカが襲われるとは……。マラッカはフィリピンへ至る、この史上空前の長征において最後の寄港地となる予定であった港だ。
そのマラッカが、敵の手に落ちるのはまずい。
ただでさえ、この長い旅で疫病、嵐による座礁などによって2割ほどの兵と船を失っている。マラッカで補給を受けられなければ、フィリピンまでたどり着くどころか、我々の艦隊は統制を失い、不満を募らせた兵士により反乱が起きかねない。
このまま順調に進めばマラッカまでは7日ほどで到着することができるだろうが……それまで、マラッカが持つのか?
持っていれば、敵艦隊の背後を突き、海と陸からの挟撃が可能となり、我々にとって優位な展開となるだろうが……
もしマラッカが落ちていれば、我々はマラッカの攻略から始めなければならない。
マラッカ攻略中に敵艦隊が現れれば、今度は逆に我々が挟撃の窮地に陥る……。このままマラッカに向かうのは我々にとってリスクが高すぎる。
「殿下、ここは斥候を放って、一度インドに引き返し、状況を見極めるべきかと。」
殿下には、大した実績のない俺を、この艦隊の司令官にまで取り立てていただいた恩があるが、艦隊の責任者である以上、殿下にも物申さなければならない。
「なぜじゃ? アルバロ、お主は、マラッカの同胞たちを見捨てると言うのか?」
「今向かっても、もはやマラッカは手遅れの可能性がありまする。マラッカが落ちれば、我々の艦隊は孤立します。それに、敵が待ち伏せしている可能性も捨てきれません。ここは一旦インドに退いて冷静に状況を分析し、最善の策を講じるべきかと。」
なんとか、感情的になっているフェリペ殿下を冷静にさせようと試みてみる
「神の加護を受けた我等の同胞が、そう簡単に蛮族どもに遅れを取るとは思えぬな。敵艦隊が待ち伏せしておると言うなら、こちらにとって好都合よ。敵艦隊は50隻程だと云うではないか。我等の半分以下の数よ。神の加護を受けた我が艦隊が恐れるモノではない。」
「しかし殿下、先程の報告の数が、敵艦隊の全てとは限りませんぞ。」
「ふん。蛮族が、どれだけの艦隊を用意しようと、小細工を労しようとも、神の加護を受けし、我が無敵艦隊が敗れる事は無い。アルバロそちは、主への信心が足りておらぬのではないか?」
「………決してそのような事は……。」
「そちの信心を疑う心算はない。アルバロ、急ぎマラッカに向かへ!」
「……………はっ。」
殿下は優秀な方では有るが……些か信仰心が高すぎるか
戦は信仰心だけで勝てるものでは無い。
しかし、主を出されれば、これ以上俺には言うことは出来ん。
最早、何事も無い事を、主に祈るしかあるまいか……
1553年(豊新7年)12月中旬 マラッカ沖
「ルパット島の沖合に、スペイン艦隊、およそ150隻が現れたとの事で御座います!」
「ガハハハハッ。やっと、来やがったか!」
「当初の艦隊より、2割以上数を減らしておりますな。むしろ、これだけの長征、良くこれだけ、残存したと言うべきでしょうかな。」
日本海艦隊の旗艦越後に乗船する俺と嫁達、平八、軍師の真田幸綱が、早船から伝令を受けたのはマラッカと、その西南の対岸に浮かぶルパット島中間の海域、この海域のマラッカ海峡の幅は30キロ程とマラッカ海峡の海域が最も狭まる海域で、敵艦隊を迎え撃つには最適と言って良い海域だ。
その海域で俺は、五島平八率いる日本海艦隊150隻、朝倉宗滴率いる西方艦隊100隻を展開してスペイン艦隊と、ゴアでスペイン艦隊と合流したポルトガルの東方艦隊を迎え撃つ算段だ。
「大将、今の風と海流の流れだと、昼過ぎには接敵するはずだぜ。」
うちに、平八以上に海に詳しい者は居ない。その見立ては正しいだろう。
「このまま接敵すると、こちら側は向かい風となりますな。多少の不利は免れませんが。」
幸綱の言う様に、このままいけばこちらは向かい風の不利を受けての海戦と為りそうだ。この帆船の時代、船が受ける風の影響は大きい。
本来ならこの周辺の海域では夏季(6月-11月)には貿易風が西から吹き、その貿易風に乗って西からの貿易船がやってきて、冬季(12月-3月)に東から吹く反対方向の風を用いて帰航する事が一般的だ。
だが、今年は西から吹く貿易風が終息する気配がみられない。
まあ、自然の事だ。言っても仕方ないな。
マラッカを占領してから、奴等が現れるまでに思った以上に時間が有った。
お蔭で、多少の風の不利など吹き飛ばすだけの準備も策も用意する時間はたっぷりとあったし、なんとかなるだろ。
「随分と到着が遅いと思いましたら、スマトラで苛烈な略奪を働いていたとか、仮にも神の軍団を名乗る者達が、一体何を考えているのでしょう。その様な外道な者達なぞ、ここで海の藻屑としてやりましょう。」
うわ。諏訪ちゃんが珍しく怒っている。
そう、奴等の到着が少々遅れたのは、マラッカを目前にして、スペイン艦隊の一部がスマトラ島北部のイスラム系のアチェ王国の沿岸を荒らし回っていたからだ。
アチェ王国と云うとこの近辺でブイブイいわせてる、なかなかの武闘派国家ではあるが、流石に大艦隊を前にしては為す術が無かった様で、良い様にスペイン艦隊に蹂躙された様だ。
一応、スペイン艦隊の来訪をアチェ王国には報せておいたが、ご愁傷様と言うほかない。
「やはりこの長征、敵艦隊の統制も相当乱れている様ですわね。新様。」
「そうですね。おそらく、長い航海で兵士たちの不満も溜まり、統制が取れなくなっているのでしょうね。」
「まあ、奴等の艦隊の半分以上は正式な兵では無く武装商船、簡単に言えば傭兵や海賊みたいなもんだからな。あちらさんも、その統制にはさぞかし苦労しているだろうな。むしろ、良く此処まで持ったもんだと思うが……。おっと、現れた様だぞ……」
俺が覗き込んだ望遠鏡、水平線の向こうに、スペイン艦隊の帆影がうっすらと見え始めている。
「ガハハハハッ。歓迎の準備は万端よ!」
「哀れな、夏虫がやって参りましたな。」
「旦那様。敵は世界最強を謳う大艦隊、油断なきよう。」
「新様。ちゃんと、私の後ろに控えていてくださいませ。」
「フフフフ。太陽の沈まぬ国の終焉、この眼で見届けさせて頂きますわ。」
平八は、何時も通り頼もしく、幸綱は敵の未来に同情的、千代は冷静、美雪は何時もの様に男前、諏訪ちゃんは、何か笑顔が怖い。
まあ、大戦を目前に控えて、皆平常運転と言っていいだろう。
頼もしい事だ。
さあ、このマラッカ海峡で、スペイン帝国、ポルトガルの黄金時代は終わりを告げ、新たな海の覇者として、日本の時代が幕を開ける。
この海戦、決して負けられん。
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アルバロ・デ・バサン 1526年 - 1588年
アルバロさん知らない人が多いと思いますので、少し解説入れておきます。
「スペイン海軍の父」と称されるスペインの海軍提督で、スペインを中心とした連合艦隊が、オスマン帝国の艦隊を破った、レパントの海戦をはじめとして、数々の海戦で活躍した、この時代を代表するスペインの海軍提督です。
世界史的にはそれ程有名な人ではないかもですが、この時代だとトップクラスの海軍提督です。
〇マラッカ海戦参加戦力
◇スペイン・ポルトガル艦隊
スペイン軍本隊 42隻
ポルトガル東洋艦隊 30隻
武装商船 80隻
〇日本海軍
日本海艦隊 150隻
西方艦隊 100隻
南方艦隊 180隻
参加戦力は大体こんな感じになってます。
ここまで、お付き合い頂きまして、ありがとうございました!
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