第127話 大陸政策

1553年(豊新7年)4月中旬 春日山城



「久し振りだな、兄貴。」


明日に評定を控えて、執務室で書類作業に勤しんでおた俺の元を、


ひょっこノッブが訪ねてきた。


今年で20歳に成ったノッブは、ここ数年南方で活動していただけあってすっかりと日焼けして、その雰囲気は悪童から、悪ガキへと見事にクラスアップを果している。


「久し振りだなノッブ、急にどうした?」


「あぁ、呂宋が少し荒れそうだから、評定が終わり次第休暇を早めに切り上げて春日山を立つ事に為りそうだからな。その前に、兄貴とゆっくり話でもと思ってな。」


現在のノッブの所属は、南方水軍から南方艦隊に名を改めた南方艦隊の副提督、海賊の討伐や商船の護衛で成果を挙げイスタンブールでの駐在員も2年程こなしている、若手の有望株だ。


俺も丁度、書類仕事に一区切り付いた所だ、イスタンブールからヨーロッパまで赴いたノッブに、その体験談を色々と聞いて見たいと思っていた所だ。


ノッブを執務室のソファーに座らせて、竹千代君にコーヒーと茶請けを頼んでから、ノッブの対面に座る。


初対面から6年、改めてノッブと向き合うと、その成長を実感させられる。

華奢だった身体は、厳しい訓練と実戦を経て、見るからに逞しくなっているし、以前はただやんちゃだった眼差しは、幾多の修羅場を乗り越えてきた者だけが持つ、鋭い光を宿して、若くして艦隊を率いる者の責任感と、深い思慮が感じ取れた。


「フフフフ。大きく成ったなノッブ。」


自然と、笑みが零れる。


「この乱世の日ノ本を纏め上げた。兄貴には、叶わねえよ。」


ノッブはそう言って、悪戯っぽく笑った。その笑みには、かつての悪ガキの面影が残っているが、そこにどこか落ち着きと自信が加わっている。


「それで、世界をその眼で見てみた感想はどうだった?」


ノッブは大切そうに、懐から擦り切れた【世界紀行】と記された一冊の書物を取り出した。

俺が日本人の若者に、海外に目を向けて貰う為、に世界地図や世界の地理・風土・文化・風習・宗教・特産・建築物等、俺の識る限りの世界の有様を、引き籠り画伯に伝えそれを絵画として視覚化し書籍とした物だ。


今や日本人で知らぬ者が居ない程の、人気のベストセラーとなっている。



「この、書に描かれた通りだった。世界が平面では無く球体と云う事が海に出て実感できた。豪州では地の果てまで続く平原を、アラビアでは日ノ本を幾つか足しても足りん程の砂漠をこの眼で見た。そして、オスマンの都イスタンブールの栄華と繁栄、欧州の者共の虚栄とその野望も知った。氷しか無い島は未だ見ておらぬが、きっと存在するで有ろう。世界は、広いからな。」


「フフフ、そうか。この書が、お前の旅の道標となったなら、これ以上嬉しいことはない。」


「あぁ。この書のお陰で今の俺が有る。兄貴には感謝している。」


俺はノッブの言葉に頷きながら、竹千代が運んでくれた熱いコーヒーで喉を潤す。

ノッブの、その満ち足りた表情を見ていると、俺もまた胸の内に温かいものが広がるのを感じた。


「それで、各国の様子は、どうだ?気になる国はあったか?」


「う〜ん、そうだな。俺としては、やはりオスマンと敵対する事はお勧め出来ん。軍事に経済、文化、技術、そのいづれをとっても先進かつ強大だ。戦えば、今の長尾とて危うい。」


「まあ、そうだろうな。安心しろ、オスマンと、やり合う心算は毛頭ない。争っても、うちにメリットは殆ど無いからな。」


「そうだな。後、気になるのはやはり、黄金世紀を迎えていると云われるスペイン。今や、太陽の沈まぬ帝国と呼ばれ、ポルトガルと同様に東方への進出を狙っている。今回の、マニラ王国の騒ぎも、その一環だろうな。まあ、しかしスペインの事は一旦、置いておこう。明日の評定で議題と為るだろうしな。最近、欧州で積極的な動きを見せているのは、欧州の東の果てロシアだ。去年の10月には、10万の軍勢でカザン・ハン国を攻め滅ぼしている。」


「ロシアか⋯。」


「あぁ。若き皇帝の元、その領土的野心を隠そうとしない。あの国の周辺は、暫く荒れると思うぜ。何かしらの、対策は考えてるのか?」


そろそろ、ロシア史上最大の暴君と呼ばれる、イヴァン雷帝の治世が本格化してくる。それは、ロシアによるバルト海への進出、広大なシベリアを経ての東方進出が本格化すると言う事だ。


それは日本にとって、遠い欧州の出来事として座視して良い問題では無い。


「あぁ。今の所は、オスマン帝国を通して、反ロシアの周辺のリトアニア、ポーランド、アストラハン・ハン国、クリミア・ハン国、シビル・ハン国への武器支援、現在、駐イスタンブール大使・土佐林禅棟がリトアニア・ポーランド間の同盟に水面下で動いている。後は、諜報局にロシア国内に、大貴族の反乱の噂をばら撒かせているくらいかな。」


「うっわ……。そらまた、えげつない事してんな兄貴……。ロシアに、なんか恨みでも有るのかよ?」


「……いや別に。ロシアは将来的に不凍港を求めて、東進して日本に迫って来る可能性がある。そうなれば、日本は厄介な隣人と隣接する事と成ろう。避けれるなら避けたい。」


「そこまで、考えているのか…。ひょっとして、グラツィア・ナスィに北日港(現:ウラジオストク)を任せたのも…?」


「あぁ。対ロシア戦略の一環だな。」


グラツィア・ナスィ、彼女はポルトガル王の宮廷医の娘として生まれた。彼女は、やがてヨーロッパの香辛料貿易の大部分を支配していた絶大な経済力を誇るメンデス家に嫁ぐことに為るのだが、夫は早く亡くなり、彼女は若きくして未亡人となった。

この当時の、ヨーロッパはレコンキスタ(国土回復運動)を成し遂げ、イスラム勢力をイベリア半島から駆逐した宗教的熱狂によって、イスラム教、ユダヤ教等の異教者への弾圧が激しくなっていた。スペインでは特にユダヤ教徒への弾圧は厳しく改宗しない者は、良くて財産没収の上で国外追放、運が悪けりゃ火炙りだ。

そして、その流れは彼女の住むポルトガルにも波及、容赦ないユダヤ教徒への弾圧が始まった。彼女も、亡くなった夫も、ユダヤ教徒だった。


彼女は、キリスト教国を逃れ、オスマン帝国のコンスタンティノープルに移り住み、そこでイベリア半島のユダヤ人の救出援助に尽力する事と成る。


この時代のカトリックとか、ホント終わってんな。


元々、ユダヤ人は裕福な貿易商やら金融業を行う者が多い、このユダヤ人弾圧によって多くの、ユダヤ人がスペイン・ポルトガルを後にして、それが後のスペインの斜陽の遠因と言われるぐらいだ。


そんな、女傑グラツィア・ナスィに、俺は禅棟を通じてある提案をした。


それは、


『極東にて、ユダヤ人国家を造る気は無いか?』


と云うモノで、弾圧される流浪の民であるユダヤ人にとっては、実現するならユダヤ人千年の悲願と言っても良い位の話である。


当初は、疑っていた彼女だったが、来日して俺との面談した後には、俺の提案を受け入れてくれた。


俺の彼女への提案は、現在開発中の北日港(現:ウラジオストク)周辺の土地をユダヤ人に提供し、将来的には国家として承認するというモノだ。


正直、広大なシベリアの開発まで行うのは、今の日本では不可能だ。

俺としては、その人的経済的資源を、豪州や北米大陸の開発に向けたいのが本音であるし、東シベリアに親日的な友好国が誕生するのは、対ロシア戦での大きな助けとなる。他にも、満州族、モンゴル族との経済的繋がりは、今や両民族にとって切っても切れない物に為りつつある。


将来的には、このユダヤ、モンゴル、満州の三カ国と同盟関係を結び、大陸側の日本側の勢力として、ロシアや明の勢力の伸長を防いでいく事が、大陸側の基本戦略となる。


現在、北日(現:ウラジオストク)に住むユダヤ人は順調に増え、その人口は5万を超えた。間もなく、東シベリア共和国として、正式に独立する予定である。


今世で、この東シベリア共和国が順調に国家として成長していくなら、今世ではナチスによる大量虐殺も、戦後の中東の不安定化も起きないかもしれないな。


「ふえぇぇ。そんな先の事まで考えてたのかよ。流石、兄貴だわ。」


この日、結局日が沈むまで、しばらくノッブと語り合うのだった。





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