第87話 異国
1547年(豊新元年)8月中旬 新北
「御無事で何よりで御座いまする。」
「殿さん、久し振りですなぁ。」
長い航海を終えた俺を出迎えてくれたのは、長期休暇を終えて業務に復帰した真田幸綱と、新たに創設された南方軍の軍団長・鈴木重家だ。
俺は高山国(台湾)の総督府が置かれている、高山国北部に築かれた新北の街を訪れている。
少し前までは倭寇の砦が築かれているだけの、寂れた土地だったはずだが、今この新北の街の人口は3万程、今も日本からの移住者により建設ラッシュに沸いている。
街の周辺の開墾も順調で、郊外には豊かな田畑が広がり、港には日本の商人ばかりか明、呂宗、アユタヤ、大越、印度、遠くはペルシャ・アラビア等のイスラム系の商人からポルトガル商人の姿までも見る事が出来、国際交易都市として順調な成長を遂げている最中である。
港を見下ろす丘の上には壮麗な日本式の天守をもつ巨大な城塞が築かれており、灰色の石垣が連なり、眼下の賑わう港を見下ろす城壁には、多数の砲台が据えられ、多数の黒い砲口が海に向けられている。
そんな、堅牢な城塞に高山国の総督府が置かれている。
俺がどうして、いきなり遠く台湾にまでやって来たのかと云えば
先日の評定にて急遽、フィリピン周辺に出没する海賊対策としての出兵が決まったからだ。
その評定にて、フィリピンへの出征が決められた背景としては、
大殿と宗滴を初めとする武闘派達が強硬に主張した事も有るが、俺や外務局の上杉君等の内政畑からも強い反発は出なかったからだ。
フィリピンは、南方方面への進出を国是と掲げる長尾家にとってはどうしても手に入れたい重要な土地だ。
フィリピン諸島、その名の由来は、スペインの植民地時代に、皇太子フェリペにちなんで名付けられたとか、七千以上の島々からなるこの諸島は西にベトナム、タイ等の東南アジアの国々を経てインド、中東、マダガスカル、南はボルネオ、ニューギニア島、欧州の国々が求める香辛料を産するモルッカ諸島(スパイス諸島)を経て、オーストラリア大陸、北は台湾、中国、そして日本に接し、その地政学的に恵まれた立ち位置により、古来より中国、インド、中東、東南アジアの各地との間で活発な海上交易が行われていた。
その結果、インド文化、中国文化、イスラム文化を持つ多くの王国が独自に発展しており、後にヨーロッパ文明まで入ってきたことを考えれば、事実上主要文明圏の多くがフィリピンに影響を与えたと言えるだろう。
そんな、数多の文明、民族が交雑するこの地にいきなり新参者の長尾家が現れたとしても、真に受け入れられるには長い時間と労力を必要とする事だろう。
この時代、長尾家どころか日本すらこの地域では知られていないからな。
存在すら知られていないという事は、舐められるより質が悪い。
其処で、手っ取り早く長尾家の名を知らしめるにはどうすればよいか?
答えは簡単だな
知らない相手に長尾家の力を嫌という程、見せ付けてやればいい。
そうすれば、新たな土地の統治も交易も随分と楽になる事だろう。
この出征は、武闘派ジジイ共のガス抜きの側面も有るが、数あるフィリピンの中小の王国、東南アジア諸国、インド、イスラム勢力に対する軍事的な示威行為を兼ねている。
人死にを少なくしたいと思うなら、先ずは敵を圧倒する兵力、軍備を揃え敵を威圧しその戦意を挫く。俺が、何時も戦で使ってる手法だな。
その為、今回俺が率いる事となる水軍の内訳は、五島平八率いる越後水軍120隻・兵員1万5千に、新たに尾張の熱田を本拠地に相模水軍から東海水軍として再編された
春日将次郎率いる東海水軍100隻・兵員1万、それに鈴木重家が率いる南方水軍110隻・兵員1万が合流し、総艦艇数にして330隻・兵員3万5千にも及ぶ大艦隊である。他にも軍師として山本勘助、大殿に宗滴に加えて、出征の話を聞き付け参戦を直訴してきた長野業正に武田信虎に南方軍の軍長・里見義堯の5人の軍長が参戦する。
ん?思えば、癖が強すぎるメンバーが揃ってる気がするが……
まぁ、此処まで来たし今更だな。
フフフフ。海賊共よ悪いが、長尾家の為に生贄となって貰おうか。
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「クククク。婿殿、ちゃんと飲んでおるのか?ひょっとして、千代が居なくて寂しいのか?」
「ハハハハハ。千代様がご懐妊とは、なんとも目出度き事ですな!」
「これで、長尾家も安泰でしょう。今日は飲み明かしましょうぞ、殿!」
「正妻殿が身籠っておっては、何かと不便で御座ろう。うちの娘なぞを、お傍に置かれませぬかの?」
総督府に迎え入れられた俺達は、盛大な酒宴で歓迎された。
水や食料の補給に加えて、うちの水軍は軍務以外にも交易も主要な任務の一つだからな。平時には艦隊の半分は交易に従事しているし、有料の定期航路の運航も行っている。航海は海兵達の訓練にもなるし、何より組織の運営費を自前で調達した上に長尾家に莫大な利益までも齎してくれる有り難い存在である。
因みに、陸軍は街道整備から治水、築城、港湾建設、各種住宅の建造から、駅馬車の運航まで行っており此方も、軍の運営費位は軽く捻り出している組織である。
うちのモットーは、持続可能的軍組織だからな。
今回の出征でも日本から絹や陶磁器、刀剣と云った大量の交易品を船に満載してきている。この交易品の利益により、今回の出征費は十分に捻出できるどころか、大幅な黒字予想である。
それらの交易品の積み下ろしと、海兵達の休息も兼ねてこの新北には三日の滞在する予定である。
にしても、上機嫌のジジイ共が絡んできて煩いな。
「信虎殿、新様には私が付いております故に、いらぬ心配で御座いまする。」
「おぉぉ。そう言えば、弓姫様が居られたな。これは失礼を致しました。」
流石、美雪さん。どう見ても極道の方にか見えない、歴戦のジジイに平気な顔して物申している。
そう、なんと千代が懐妊した。
急成長する長尾家において唯一の懸念と言っても良い懸念は、俺の後継者問題である。俺も未だ若いとはいえ、いつ俺の身に不幸が訪れるかなど、誰にも判らないからな。千代の懐妊、それを長尾家に仕える者達、領民はとても喜んでくれた。
有り難い事だ。
元気に生まれて来てくれれば、男でも女でもどちらでもいい。
予定では、来年の春先には新たな命が生まれて来る。
もうすぐ、俺も父親になる。
出来る事なら、子供の生まれるまでには越後に帰還したいところだな。
「クククク。婿殿、所詮相手は海賊よ。心配せずとも、早々にこの儂が、討ち滅ぼしてやろうぞ。儂も、早く孫の顔を見たいしの!」
はいはい、頼りにしてますよ大殿。やり過ぎない様に、くれぐれも注意お願いします。
「兄貴!うん……?兄貴が2人……これは、、、忍術!?流石、兄貴じゃな!」
ノッブが真っ赤な顔で、壁に向かって何か話している。そういえば、信長って下戸だったっけ?にしても、誰だよ?子供に酒飲ませてるのわ。
「ガハハハッ。お前等、寄ってたかっても俺様には勝てねぇよ!」
お前か……平八。平八の周りは正に死屍累々の有様で、飲み比べで平八に無残に敗れ去った者達が転がっている。
「少々下品ですわね。新様、少し席を外させて頂きますわ。」
美雪がスゥーと立ち上がって、平八の方へと歩いていく。
「うん?奥方様じゃねぇか?まさか、この平八と飲み比べをしようと?おもしれい!俺が負けたら、奥方様の奴隷にでも何でもなってやるわ!」
おい、平八!もうすっかり忘れていたが、お前って確か俺の奴隷だったよな?
「その御言葉、二言は有りませぬか?」
「あたぼうよ! この五島平八、綿津見神(ワタツミ)に誓って二言などあるはずがあるめぇぇ!」
あぁぁ、これも何処かで聞いた事が有るセリフだ。
こいつは、酒で身を亡ぼすタイプだな。
俺は、ああ見えて美雪が底なしの酒豪なのを知っている。
美雪は普段はそれ程飲まないが、キツイ蒸留酒をロックで開けても顔色一つ変えない。確かに、平八も酒は強いが美雪のレベルが段違いなのだ。
俺は、心の中で平八に合掌する。
平八が泡を吹いて倒れ込むまでに、それ程時間は掛からなかった。
こうして、賑やか異国での酒宴は夜が更けるまで続いた。
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