第二十七章 Muddle On 6/6 (最終話)


「…………」

まるで想像したものが現実になるように。

僕が目を開くと、そこには頭の中で描いていた光景とまったく同じモノがあった。視線の先は白い天井。右隣にはベッドランプが置かれており、左には一昔前の携帯電話とティッシュの箱が置いてある。

僕はベッドから抜け出し、部屋のカーテンを思い切り開けた。先ほどから車の音が聞こえてきている。

窓の外には密集したレンガの建物と茶色い街路樹、右側通行する車の数々、そして目を引くような高い建物とタワーが点在している。道行く人々はカラフルな服を着て、それが彼らの金髪や赤髪を強く引き立たせている。


間違いない。ここはカナダのカルガリーだ。

具体的に言うなら、僕の留学先のレントハウス、その一室だ。僕はここで10年以上の青春を過ごした。

僕はベッドに足をかけ、手を伸ばして、小さなテーブルに置かれていた携帯電話を取った。電源を押すとそこには『2013年2月13日』と表示された。あの『最終決戦』、そしてダイキと再会した日から10年前だ。


時間は巻き戻った。『Reset』を使い、僕はあの動乱の2か月の事をきれいさっぱり無かった事にしたのだ。無かった事にしたが、『Keep』で記憶は保たれている。


なんだかもったいない気がした。文字戦争は永遠のように長く、その間に様々な出来事が起こった。死ぬ気で勝ち取った勝利も、セイジさんとの絆も、鴨ちゃんとの思い出も、全ては僕の記憶にしか残っていない。

それは、とてももったいない気がした。でも、こうしなければ多くの人間が死んでいたし、多くの悲劇が起きていた。文字戦争がもたらした数少ない良い出来事なんて、膨大な数の悪い出来事と一緒に消えてしまった方が良いのだ。


この世界では皆が生きている。ダイキがいて、ヨシアキがいて、セイジさんも生きてる。セイジさんの教え子の灰原アキトも生きているし、もちろん爺ちゃんも生きている。

唯一いないのは、鴨川ダイヤだけだ。

「…………」

僕はぎゅ、と右手を握りしめた。

鴨ちゃんは元々存在しなかった人間だ。いや、そもそも人間ですらない。作られた存在だ。

それは分かっていたが、僕はどうしても悲しい気分になってしまう。だって、今僕がこうして生きていられるのは、間違いなく鴨ちゃんのおかげなんだから。


──ありがとう、鴨ちゃん。さようなら。


僕は心の中でそう言った。



「さて、と……」

僕はテーブルに手を伸ばし、携帯電話を手に取った。10年前という昔に戻ってきた、その目的を果たさないと。

機種変更する前なので、パスワードを思い出すのに時間がかかった。無事に携帯をアンロックすると、僕は電話アプリを開く。


ダイキ。今助けてやるからな。

僕は強く意思を固め、発信ボタンを押した。




「もしもし。父さん──?」

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