第三話 Duck 1/4
今まで通りの日常は、今まで通りに始まった。
朝起きて、ベッドの上で何度か伸びをする。ベッドから這い出て洗面所に行き、冷水で顔を洗う。
まだ眠気の取れない目をこすりながら洗面所のドアをくぐると、リビングはしんとしていた。
こんな事を言うとダイキとヨシアキに『一人暮らしだから当然だろ』、などと言われそうだが、なんだか、いつも以上にしんとしている気がしたのだ。
パンにジャムを塗りたくって口に突っ込むと、僕は制服に着替えて家を出た。
家から駅までは歩いて15分くらい。そこから二駅電車に乗るので、合計30分。僕はカバンの中身を何度か確認しながら、学校へと歩を進めた。
*
教室につくとダイキとヨシアキが真っ先に
「おは」「遅刻寸前だぞ」
と声をかけてきた。僕は適当に挨拶を返しつつ、自分の席に座る。
やがてホームルームが始まり、担任の池内先生が入ってきた。先生は教壇に紙束を置くと、開口一番こう言った。
「──伊藤先生が、行方不明だそうだ」
ぴくり、と、身体が反応する。
「伊藤先生の奥さんから学校に連絡があった。昨日からずっと戻らないらしい。心当たりがある人は、何でもいいから教えてくれ」
そう言うと、先生は出席簿を取り出し、いつも通りの日常を再開した。
僕はと言うと、なるべく感情を表に出さないようにしながら、教室の後ろの席で頬杖をついていた。今しがた先生が口にした事案を、今一度噛みしめて飲み込もうとしていた。
──『あれだけ派手にやられた伊藤先生が、ただの行方不明で済まされている』
問題はこの一点だった。
あんなに大きな音を立てて落下したバスも、それに潰された伊藤先生も、そして近くに居た僕の存在も。全てが綺麗に証拠隠滅されたというのだろうか。
これが「ルール」に書かれていた、「参加者が殺人、器物損壊などの罪を犯した場合、彼・彼女は罪に問われない」の効力なのだろう。昨日の出来事から一度も警察が僕の元に来ていないのも、きっと何らかの力が作用しているからだ。
僕はとりあえず安心しつつ、ふと、昨日まで生きていた伊藤先生の顔を思い浮かべた。
先生はこれからずっと「行方不明」のまま処理されるのだろうな、と考えると、胸の締め付けられるような思いになった。
そうしてホームルームは終わり、一限目がいつものように始まった。授業は平常運行で進行し、昨日あった熾烈な出来事など、もはや遠い過去のような、そんな気がした。
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