第二話 Knave 6/7

──伊藤はこの殺し合いの詳しいルールを知った。


これが、今日の戦いで分かった事の一つだった。しかしどうやって見ればいいのか分からなかったので、僕は右手を前に出して

「ルールを教えてくれ」

と言った。


おもちゃに話しかける子供のような、そんな幼稚さがあって恥ずかしくなったが、予想に反して上手くいった。僕が「ルールを──」と口にした瞬間、目の前に水色の画面が現れたからだ。

「うわ、ハイテク……」

僕は眼前に浮いているその画面をタッチしてみた。それはまるで本物の画面のように、僕の指に反応した。

半透明の画面にはまるで電子書籍のように、小さな文字が並んでいた。注視してみると、それはまさに僕が求めていたもの──つまり、この殺し合いの詳しいルールだった。


そこには基本的な情報から、かなり大事な情報まで、多くのルールが書かれていた。

以下は、僕が重要だと感じた六項目だ。


・参加者が殺人、器物損壊などの罪を犯した場合、彼・彼女は罪に問われない。


・『文字』の所持者は全員、神奈川県内に居る。殺し合いが終わるまで県を出る事は許されない。なお、参加者の残り人数は、いつでもこの「ルール」から確認可能である。


・『文字』は、自分以外の参加者に対して使用することは出来ない。ただし、例外は除く。


・最後まで生き残った一人の参加者には、25個の『文字』が再分配されるものとする。


・『文字』で使える単語は、一日3個までである。


・その日使用した単語、及びそれによって生み出されたものは、午前0時を以てすべて初期化される。



「……なるほど」

一つ目のルールを読み、僕は伊藤の行動に合点した。本当なら、教師が生徒を殺害するなど大事件だ。しかし、伊藤がそれを気にしなかったのは、まさにこのルールのおかげだろう。

つまり、このルールがある限り、『文字』の所持者は容赦なく、そして遠慮なく犯罪を犯せる、というわけだ。


二つ目のルールを読んだ僕は、即座に残り人数を調べてみた。僕が「リスト」というボタンをタッチすると画面が切り替わり、「残り24人」と表示された。


三つ目のルール──「『文字』は、自分以外の参加者に対して使用することは出来ない」──は、まさに僕が言った「かなり大事な」ルールだ。こんな大事な事を、どうして最初に言ってくれなかったのか。

しかし、このルールを知ってから今日の出来事を思い返してみると、確かに納得がいく点が二つほどあった。

一つは、最後に僕を救ってくれた人の事。

パニックになっていて気が付かなかったが、落ち着いて思い返してみると、あの時爆発していたのは伊藤の「足元」だった。

伊藤本人を爆破させずに足元を爆破したのは、このルールがあったからだろう。伊藤本体に対して『文字』は使えないから、仕方なく地面を爆発させた、というワケだ。


そしてもう一つの納得いった点とは、伊藤の文字のことだ。

伊藤の与えられた文字が『K』だと判明した時、僕が真っ先に思いついた単語があった。

それは『Kill』。つまり『殺す』という意味の単語だ。

何故伊藤は僕に対して直接「Kill」を使い、即座に殺さなかったのか。それは、やりたくても出来なかったからなのだ。


「まあ、確かに、それが出来たら強すぎるもんな……」

これが許されるのなら『Kill(殺す)』や『Death(死)』、『Collapse(意識を失う)』などの単語が無双することになる。それを咎めるために作られたルールなのだろう。

せいぜい許されているのは、自分自身に力を使用する事だ。例えば『Fine』を自分に使って傷を治したり、『Strong』を自分に使って身体能力を強化したり。

それから、この『例外は除く』という文章も気になった。別の参加者には、他人に対して文字を使える人がいるのだろうか。


「さて……」

考えても分からないな、と思い、僕は「ルール」に視線を戻す。

そのページの最後の行には


・最後まで生き残った一人の参加者には、25個の『文字』が再分配されるものとする。


と書かれていた。

「つまり……優勝者は25個の『文字』を使えるようになる、って事……」

それは納得がいく。確かに、これはこの殺し合いの賞品にふさわしいほど強大な力だし、手に入れれば文字通りなんでも出来るようになる。伊藤が自分の生徒を殺してまで欲しがったのも、納得がいく。

しかし、僕の思考はそこには無かった。僕がこの「ルール」を初めて見た時からずっと、思考の底に一つの疑問が張り付いて消えなかった。

「……25……?」

ぽつりと、自然に言葉が漏れる。

アルファベットは26個だ。ならば何故、再分配される文字は「25」なのだろう。『再分配』という言葉を使っている以上、もともと持っていた文字も勘定に含めなければおかしい。つまり、優勝者はたった1文字、何故かたった1文字だけ、文字の力を与えられないという事になる。


「なんでだ……?」

しかし、考えたところで分からなかった。僕は思考を諦め、枕元に置いてあったペットボトルの水を飲んだ。そして「ルールブック」のページをめくった。

そこには五つ目のルール「『文字』で使える単語は、一日3個までである」が書かれていた。


これは説明不要だろう。そのままの意味だ。

ひとつヒヤッとしたのは、伊藤との戦いで、僕は3つ単語を使っていたという事実だった。

『Mammal』、『Mislead』、そして『Mist』。全部で3つ。

つまり、あの後、もう一度別の単語で『文字』を使おうとしたところで、僕は力を使えなかったのだ。

「危ないところだった……」

僕は胸を撫で下ろす。そして、そういえば伊藤の使っていた単語も『Knife』と『Kalashnikov』と『Karma』の三つだった事を思い出した。

「上限は三つか……。覚えておかなきゃ」

僕は呟く。そしてルールブックに視線を戻した。


六つ目のルールの内容は単純で、『文字』は一日限りである、という意味だった。

つまり簡潔に言うと、『単語は一日3個まで。朝になったらそれは消滅し、再び新しい単語を3つ使えるようになる』ということだ。


「それってつまり……」

僕はベッドから降り、押し入れの奥を覗き込んだ。案の定、そこにメガホンは無かった。

「あれは昨日作ったから……今日の午前0時に消滅した、ってことか……」

なるほど、と納得する。


僕はもう一度ルールを確認すると、画面を閉じ、再びベッドに横になった。

こうして何もせずに横になっていると、今日の戦闘の記憶が蘇ってくる。

──始め、伊藤にナイフで刺された事。伊藤を『Mislead』で騙して背中から刺した事。その直後、靴紐を踏んで転んだ事。

車の陰に隠れていた時、足元でネズミが鳴いた事。その状況を『Mist』でなんとか脱出した事。伊藤にカラシニコフ銃を突き付けられた事……。

記憶の最後では伊藤がバスに押しつぶされ、僕は思い出すのも嫌になって首を横に振った。調べるまでもなく即死したであろう伊藤の死体など、想像すらしたくなかった。


「──なんで、僕が……」

僕は呟く。

なんで僕がこんな「殺し合い」に巻き込まれたのか。それは未だ謎だった。それどころか、この「殺し合い」の目的も、どうやって起こったのかも、全てが謎だった。


しかし──。

しかしそれでも、僕は覚悟を決めた。

賞品が欲しいからではない。勝ち抜きたいからでもない。

僕はただ生き残りたい。だからこそ、覚悟を決めなければいけない。


殺さなければ、殺されるんだ。

今日みたいに、逃げてばっかりじゃいずれ死ぬ。

こんな馬鹿馬鹿しい、非現実的な出来事に巻き込まれて死ぬなんてまっぴら御免だった。


生き残ってやる。絶対に。

その為に、たとえ人を殺す事になろうとも。


僕は右手を握り、それを潤んだ瞳で見た。

心拍に共鳴するように光る右手が、暗い部屋全体を淡く、優しい薄緑色に照らした。

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