第一話 Muddle 4/5

翌日。

睡眠不足のせいか、どこか重たい頭で僕は授業に臨んだ。僕が『殺し合い』に巻き込まれたというのに、日常は日常のまま、当たり前に過ぎていった。誰もが呑気に放課後や明日の予定を、和気藹々と話し合っていた。

そのまま1限目、2限目とが終わり、あっという間に時刻は12時を回った。昼休みだ。


生徒たちは各々弁当を取り出したり、購買へと足を運ぶ。

僕は、というと、そんな同級生たちを尻目に、昨日と同じように一人で校舎裏へと向かっていた。ダイキの「一緒に昼食べようぜ」という誘いを断ってまで、僕にはやりたい事があった。昨日、混乱していたせいで試せなかった事だ。

「よし……」

校舎の壁に寄り掛かると、僕は手の平を上に向ける。意識をそこに集中させ、僕は目を閉じ、そのイメージを頭に浮かべる。

ハッキリと頭に浮かんだその単語を、僕は今度は右手に流し込むイメージをした。

そして呟いた。


「『Mammal』」


口に出した瞬間、右手が淡く光ったかと思うと、すぐに点滅するようにして消えた。思わず目を閉じた僕は、直後、手のひらの上で何かが動くのを感じた。

「…………!」

僕は思わず息を呑む。


大きく広げた僕の手の上で、まるで今にも逃げ出さんとするように、必死にリスがもがいていた。



今回のテストで分かったことが3つある。

1つ、この「力」は夢なんかじゃなく、本物であるという事。

2つ、この「力」は、生き物でさえも生み出すことができるという事。

3つ、使う「単語」が曖昧であろうと、頭の中に強くイメージを描けば、問題なく具現化できるという事。


3つ目に関しては、あの後もう一度実験をしてみて分かった。

「Mammal」というのは「哺乳類」を指す言葉だ。ある特定の動物や物を表す言葉ではない。

では何故リスが生まれたのかというと、僕が頭の中で強く、リスのイメージを描いていたからだ。

実際にもう一度、今度はネズミを想像しながら「Mammal」と言ってみると、ネズミが具現化された。どうやら、この力のさじ加減は使用者が決められるらしい。


「具現化」したリスとネズミを校舎の外に逃がしながら、僕は途方に暮れていた。


──『強すぎる』

心の中には一点、その恐れだけがあった。悪い想像は、果てを知らぬように僕の思考に広がっていった。

──例えば「Mammal」と言いながら、世界最大の哺乳類である「シロナガスクジラ」を思い浮かべたらどうなる?

具現化するだけで被害は甚大だ。校舎は押しつぶされ、下手したら何人も死人が出る。説明のつかない怪事件として、歴史に名を刻みかねない。


──もし……。


僕は続けて考える。

もし、僕が『Mammoth(マンモス)』と言ったらどうなる? 今この場にマンモスが出現するのか?

もし、『Missile(ミサイル)』と言ったら? もし『Mountain(山)』と言ったら? その場合、一体何が起こる?


「…………」

はあ、と僕はため息をつく。

何が起こるかなんて、考えたくもなかった。でも、何となく心の中で確信していた。この『文字』にできない事は無い、と。

この力をもってすれば『殺し合い』だって成立する。そりゃそうだ。こんな力があれば、人なんて簡単に殺せる。面白いくらいに強力で、笑えない位に凶悪だ。まるで悪魔の力だった。


うんざりしながら、僕は教室へと歩を進めた。

殺し合いなんて、馬鹿馬鹿しい。そんなワケの分からないものに巻き込まれて、16年しか生きていないこの人生を終えてたまるか。

僕は空を睨んだ。まるでそこに敵がいるみたいに、僕はただただ虚空を見据えた。

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