第7話 個人兵装

 ドヴェルグは右肩に背負った五七ミリ砲を照準するなり、待ったなしで撃った。

 狙われていたレイヴンはとっくに動いている。人工筋肉が唸り、一歩でまずは右斜前方へ駆け出す。基地の固定機銃が防衛ネットワークと接続され、カメラがレイヴンを捕捉。サイボーグにも有効なダメージを与える濃縮リーリウム弾が発射された。

 コーン状のソニックウェーブを纏いながら迫る弾丸が、ひどくゆっくり見える。レイヴンは拡張された時間の中、ブレードを振って直撃コースの弾丸を弾き、左手でレグルス-71を構えてカメラを射撃。さっと薙ぐように左腕を振って、五発。

 レイヴンの放った五・七ミリ濃縮リーリウム弾はカメラアイを打ち砕き、火花を上げさせる。

 次、。わずか一歩目の加速の間に起こった出来事が、自分でも信じられない。

 この体が馴染んだ証拠か。


 二歩目は、ドヴェルグに向かって疾走。二発目の五七ミリ砲が発射されるが、レイヴンはブレードでそれを叩き切った。砲弾が遥か後方で爆裂し、倉庫の外壁を粉砕する。

 しかしリンクした固定機銃の弾雨は、未だ収まるところをしならなかった。

 レイヴンはブレードで弾丸を弾きつつ銃でカメラを破壊するが、埒が開かない。歩兵が現れ始め、二進にっち三進さっちも行かなく——次の瞬間、ドヴェルグの太い足が、レイヴンの腹を蹴飛ばしていた。

 視界が水平に、磁石に引っ張られるように後ろに飛んでいく。

 歩兵の対処をしていたハウンドが即座に反応し、レイヴンを抱き留めた。

 二人して倉庫のシャッターに突っ込み、派手な音を立てて内部の棚をいくつもぶっ倒しながら倒れ込む。


「大丈夫ですか?」

「……生を実感してるよ」

「最高の気分じゃないですか」


 すぐに起き上がって、散った。二人がいたところへ三発目の五七ミリ砲が突き刺さり、炸薬が爆ぜる。

 レイヴンは倉庫の窓ガラスを破って、まずは右手にいる歩兵集団に狙いを定めた。

 銃を腰にホールドし、引き抜いたフラググレネードのピンを歯で抜き、レバーを外して投擲。見届けるまでもなく、悲鳴で爆発に巻き込まれたことを察し、固定機銃の弾丸を弾きつつ銃を抜いて、カメラに射撃。

 この弾幕をどうにかしないことには、ドヴェルグを破壊できない。


〈レイヴン。苦手ですがハッキングを試みます。監視カメラを妨害しますのでお待ちを〉

〈あんまり待てねえぞ〉


 レイヴンはハウンドの戦闘機動力が落ちることを察して、彼女を狙う歩兵を優先的に片付け始めた。ハウンド自身もハッキングしつつ戦っているが、動きにさっきまでのキレがない。

 ドヴェルグが左肩のガトリング砲を撃ちまくり、ハウンドはたまらず回避。素早く駆け抜けながら弾雨を避け、敵を巻き添えにしながら逃げる。

 レイヴンは倉庫を壁に固定機銃を凌ぎつつ、ドヴェルグをレグルス-71で撃った。生体脚に弾丸を集中させると、有機素材を維持するためのホワイトブラッドが飛び出し、ぼたぼたと垂れる。

 ロボットが出血するという異様な光景に眉をひそめつつ、レイヴンは焼夷手榴弾を抜いて投擲した。


〈まだか!〉


 テルミット火炎に、ドヴェルグがたたらを踏んだ。

 ハウンドにとって最大のチャンスである。


〈ネットワーク権限を書き換えました。三〇秒、カメラを欺瞞できます〉

〈それだけあれば充分だ〉


 レイヴンは、駆け出した。

 弾切れを起こしたレグルス-71を投げ捨て、ミザールー51を抜く。五〇口径のリボルバーを構え、牽制射撃。しかし——。

 放たれた弾丸は青い電磁を纏い、凄まじい速度で飛翔。ギャリンッ、と鈍い破壊音と共に、ドヴェルグを怯ませる。


〈レイヴン、それ……〉

〈……この、電気か?〉


 学習知識を引っ張り出す。コンマ数秒の思索、出てきたのは、個人兵装という言葉。


「〈超雷電ヱレキテル〉!」


 レイヴンは、己に与えられた個人兵装を叫んだ。

 後付けの電磁加速を加えた大口径拳銃弾を残り四発、ドヴェルグに連射。直撃を喰らった無人機はどんどん後退し、五七ミリ砲を明後日の方向へ発射。ガトリング砲も、狙いが定まらない。

 弾がきれた拳銃も捨て、レイヴンはさらに加速。

 ドヴェルグが右足を振り上げて、踏みつけ。レイヴンは潰される直前でバック転を決めて回避、さらに左足の踏み付けを半身になって避け、ブレードで足を切りつける。

 ふくらはぎの半ばまで切り裂かれ、ホワイトブラッドが吹き出した。

 姿勢を崩したドヴェルグの足を蹴り、箱型の胴体に這い上がる。


「とどめだ」


 ブレードを逆手に構え、レイヴンはその切先を、ドヴェルグのブレインに突き刺した。

 装甲を食い破った刃が、レイヴンの〈超雷電ヱレキテル〉を流し込む避雷針になる。内側から膨大な雷電で焼かれたドヴェルグは雄牛のような悲鳴をあげ、痙攣。

 前進から湯気を吹き上げ、回路が完全に焼き切れた。

 三メートルに達する巨体がふらりと傾いで、ずずん、と倒れ込んだ。


 レイヴンはホワイトブラッドがへばりついたブレードを振り払い、スクラップと化したドヴェルグから飛び降りる。

 自分がこれをやったという事実に、驚きと興奮を抱いた。

 昨日も四脚を破壊した時に感じたものだった。

 他者を圧倒的な力で制圧し、蹂躙する快楽。魂が、身体が闘争を求めて止まないこの感動。


「レイヴン、急いで。カメラが再起動します」

「わかった」


 混乱に乗じて東棟に行こうというわけだ。確かに、他の無人機やら機動兵器がわらわらとやってきたらどうにもならない。

 ハウンドの先導で、二人は東棟のそばにやってくる。兵士たちはすでに十全の防御体制を取っていた。

 二個小隊規模の歩兵がバリケードを設置し、銃を構えていた。

 とても楽に突破できる状況ではない。


「どうするんだ?」

「こうします。——お見せしましょう、私の個人兵装を。〈超振動ヴィブラシオン〉」


 ハウンドが口を開けて、吠えた。するとその声が物理的な振動波となり、敵陣に突っ込む。敵のど真ん中で炸裂したそれは、兵士たちを見えない巨人の手でぶん殴ったようにして吹き飛ばし、昏倒させた。


「すごいでしょう? おっぱいを揉みながら、先っちょを微細な振動で気持ちよくしてあげることもできますよ♡」

「余計なことを言うな」

「それを言ったら私たちはレイヴンに電気責めされますね♡」

「手ぇ滑らせて感電死させてやる」

「やだっ♡ レイヴンったら、そんな激しく……♡」


 なんで二言目には金玉で物を考えるような発言になるのかわからない。素直に尊敬しようと思ったらこれだ。

 何はともあれこれで侵入できる。

 レイヴンは投げ捨てた銃を拾い忘れたのもあって、ひとまずはブレードだけを頼りに東棟に入り込んでいった。

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