第2の章「操者と、虚獣と、魔法の世界」

第2の章「操者と、虚獣と、魔法の世界」 1


 妙な動画がネットに挙がっていると噂になった。その動画はいわくつきのものとしてあっという間に物議をかもした。下手くそな技術だとか、なんの冗談だとか、様々な叩くコメントが集まったものだ。

「灰色のスーツに、奇妙なヘルメット……」

 陽炎かげろうのように姿が消えた人物は明らかに小柄な女性と思われた。そしてそういう動画もあったなとあっさりと世間が飽きるのに、さほど時間はかからなかった。

 半年もてば興味は完全に失せてしまう。だから。

(嘘だろ)

 灰色のパンツスーツ姿の小柄な女性が、目元だけ隠すような紫色のゴーグルをつけて野球バットを片手に現れたものだから、驚くしかなかった。彼女の隣には七三分しちさんわけにしている長身の、黒スーツの若い男がいる。こちらは瓶底びんぞこ眼鏡をかけていた。なにかの罰ゲームのような出で立ちだ。そして二人の出現は明らかに奇妙だった。なにせ、いきなり目の前に居たのだ。

 長い黒髪を後頭部の高い位置でくくっている女性は二十代前半、男は二十代後半と思えた。だがなぜ野球バットを持っているのか。

「いちごう~」

 いちごう?

 声のほうに目を向ける。また、だ。いきなり、居る。

 濃紺のうこんのスーツ姿の双子らしき男女がそこに立っていた。フェンスの上に。いや、おかしいだろ。

「小さいからいける~」

「一人でいける~」

 二人が楽しそうに応援? をすると、いちごうと呼ばれた女性がこめかみに青筋あおすじを浮かべて口元を引きつらせた。



 で。なんで自分の部屋に彼らがいるのかまだ把握しかねていた。どうやら、あの巨大で奇妙な生物が見えていることが原因らしい。

 偶然学校の屋上からフェンス越しに目で追っていただけなのに。なんか、でかいのいるじゃん、って。

 でもスマホのカメラを向けてもまったく映らないものだから、首をかしげていたら、いきなり自分の背後にこの奇妙な四人が居たわけだ。おかしいだろ、今のこの現状。

「よんごうだね~。どんな能力持ちなんだろ。楽しみだね」

 双子の女性のほうがにこやかに穏やかにそう言ってくる。よんごう、とは?

「二号、スカウトに失敗した時のことも考えるべきだって言ってるだろ」

 いちごうがきつくそう言うと、二号が押し黙る。スカウトって、言った? いま。

「せめて五人は欲しいところだよね。少なくとも俺は三人でやるのはきついって思ってたし。でも操者そうしゃってそうそう見つからないし」

「三号、黙れ」

 いちごうがぺらぺらと喋る双子の男性のほうに短く言い放つ。どうやらこの集団のリーダーは、いちごう……一号か? この人のようだ。社会人だろうか。そういえばバットが見当たらない。どこに捨ててきたんだ?

悠一ゆういち、お茶持ってきたけど」

「っ」

 ぎょっとして慌てて立ち上がり、部屋のドアをそっと小さく開けてから自身だけ出てくる。お盆に乗ったお茶と菓子に、どう反応するのが正しいのか考えてしまった。そもそもあの四人は押しかけて来た、というか、勝手について来たのだ。逃げたから追いかけてきた、と言う方が正しいか。

「ありがと」

「変わった友達ね」

 はっきり言っていい。奇妙だって。

 いじめられていないか確かめに来たのかもしれないと思いつつ、曖昧あいまいに笑みを作った。

「見た目はね」

 そうこたえてから、さっと部屋に戻る。ドアをしっかり閉じてから、室内を見渡す。やはり明らかに浮いているこの四人のせいで、部屋がかなりせまく感じた。

「あの……これ、どうぞ」

 小さなテーブルの上にお盆をそのまま乗せる。まったく警戒もせずに湯呑に手を伸ばしたのは双子だった。まったく顔を隠す気がないのか、一号と……長身の瓶底眼鏡の男とは明らかに雰囲気が違っていた。

 一号は紫のゴーグル越しにこちらを見てくる。

沖田おきた悠一ゆういち、単刀直入に言うが……正義の味方になってもらう」

 なって欲しいではなく、『なってもらう』と断言された。そのきつめの言い方に気圧けおされ、動きが止まってしまう。もしや表札までチェックしていたのか、この人。

 しかし今時、正義の味方とか。陳腐な誘い文句だ。

「嫌です」

「だよな。でもなるんだ」

 断ったのにそんな馬鹿な。

「正確に言うと正義の味方ではないが、便宜上そういう言い方をしてる。断るなら、今日一日の記憶が消えることになることと、スマホをぶっ壊させてもらう」

 無茶苦茶なことを言われている。どこが正義の味方なんだ。こんな乱暴なヒーローがいてたまるか。

「あと、脳もいじる」

 怖いことまで言っている。しかも真顔で。

 引きつった笑いをらしながら、なんとか座る。いやぁ……逃げたい。逃げ場なんてないけど。

「ドルテビーノノ」

 は?

 いま、七三分けが奇妙な言葉を発しなかったか?

 凝視していると一号が男の頭を殴ろうとこぶしを握った。彼は慌てて両手を小さく挙げて首を左右に振ってから黙り込んだ。

「すまない。今のは幻聴だから気にするな」

 げんちょう……この人、色々とすごいな。さすがリーダーというかなんというか。物怖ものおじしない様子は少し尊敬する。

「断ったら記憶を消すから言うけど」

 そう言ってから、彼女は双子に目配せをする。彼らはうなずく。そして全員が片手の拳を高く挙げた。一斉に「解除」と言うと、姿が変わった。衣服だけではない。年齢が明らかに違う。

 座っている位置から、一号は肩までの髪の同い年くらいの女の子だろう。着ているのはどこかの制服と思われる。それに思った以上に平凡な顔立ちをしている。先ほどまではきつめの美人の印象だったのに。

 双子へと視線をると、こちらは予想のななめ上をいっていた。片方が小学生くらいで、片方が中学生くらい……。双子と思ったがそもそもそれが違っていたようだ。どうやってあんな姿になっていたのか疑問しかない。

 あれ? なんで七三分けはそのままなんだ?

「なんか都市伝説みたいになってきてるが、わたしたちは虚獣きょじゅうと戦ってる平凡な正義の味方だ」

 ……すっごい嘘くさいこと言ってる。確かに一人除いて明らかに全員未成年ではあるが……へいぼん、ねえ。

「あの、もしかしてオレも変身できるってこと……?」

 ついつい興味が出て尋ねると、真顔でうなずかれる。嘘だろ……。

 怪しいスーツ集団とか……どこの宇宙人対策の人間かよって思ってしまう。でもあながち間違いではないのかもしれない。あんな巨大な物体を相手にしているのだから。

 変身ヒーローは少なからずあこがれはあるが、あれはあくまで幼い頃の話に限る。高校生にでもなれば、他人事ひとごとだから楽しめたというのがありありとわかってしまう。いわゆる、自分はれていると言われる側の人間だった。確かに青春というものを味わったことはない。そもそもそんなもの、存在を疑っているほどだ。

「ちなみにこっちの七三分けは、異世界の人間だ。さっきの変な言語は仲間になれば理解できるようになる」

「いや、べつにいいです。……ん? 異世界?」

 そんなことある? これって怪獣を倒す正義のヒーローの勧誘ではなかったのか? ここでまさかのファンタジー要素とかそんなことある?

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