聖女が去った、その後は──聖石の指輪が導く未来──

鳴宮野々花

第1話

『ミシュリー。この聖石の指輪を、決して誰にも渡してはダメよ。この指輪はあなたが持つことによって、初めてその力が発揮されるの。忘れないで。それから────……』


 6歳の時母からそう言われ託された、神秘的にきらめく真紅の宝石がついた指輪。私は母との約束を守り、その指輪を肌身離さず持ち歩いていた。


 12歳の時に両親が事故で亡くなって、母方の親戚にあたるベイリー伯爵家に引き取られた時も。




「……ふん。魔力だの聖女の力だの、去りし時代のお伽噺だとばかり思っていたが……。ハミル侯爵家の古くからの繁栄も、先代たちの手腕と気候に恵まれた領土のおかげだろうと。しかし、この娘を引き取ってからというもの我がベイリー伯爵領は見違えるほど潤いはじめた。……まさかとは思っていたが……、」

「違うわよお父様!騙されないでったら!ミシュリーのどこにそんな特別な力があるっていうのよ。あんなの、どこにでもいる平凡な子でしょう?あたしと同い年の、ごくごく普通の女の子よ。あの子の着けてる指輪特別なんでしょ?!」


 引き取られてから半年後。ベイリー伯爵家の居間では伯爵と夫人、そして私と同い年の夫妻の実娘ラヴェルナが、こちらを値踏みするようにジロジロと睨みつけながら、私とこの指輪について話している。私は指輪を着けた左手を右手でそっと覆い、床を見つめたまま居心地悪く突っ立っていた。


「たしかに、大昔まだ魔力というものを持つ人間が多く存在した頃、ミシュリーの生家であるハミル侯爵家はその家系特有の膨大な魔力所有量によって、財と地位を築き上げたと言われているわね。けれど、そんなのは何世代も昔の話よ。今ではそんな不可思議な強い力を持つ人間なんて存在しないのだもの。ごく稀に微量な魔力を持った人間がいるというだけでしょう」

「そうよ!あの子自身は別に大したことないわ!あたしより地味で可愛くない、普通の女の子でしょう?!」


 ベイリー伯爵夫人がそう言うと、ラヴェルナがすかさず同調する。二人とも、特に娘のラヴェルナの方は、私が特別な存在であるなどとは絶対に認めたくないらしい。

 ベイリー伯爵はまだ疑わしそうな表情で私のことを上から下までギロリと睨めつけるように見た後、凄みのある声で尋ねる。


「……本当に違うんだな?お前自身の魔力は大したものではないと。その身に着けた聖石の指輪が、特別なだけなのだな?」

「は、はい。そうですお義父様。両親からもそう聞かされていました。この聖石の指輪を私が身に着けることによって、家系に受け継がれ残っている聖女の力が発動すると……」


 けれど、その聖女の力も千差万別。枯れた植物をほんの少し再生できる程度の人もいれば、滞在する土地一体を生まれ変わったように繁栄させる者もいるとか。逆にハミル侯爵家に生まれた女性であっても、聖石の指輪が何の効力も示さない人もいるらしい。

 そして私の場合、この聖石の指輪を身に着けることによって発動する魔力がとても大きいのだと両親は言っていた。


「……ふむ。つまり本人の持つ魔力の強さに関わらず、その指輪の効力が強く出る者もいればそうでない者もいるというわけか。……我が生家ながら、妙な家系だな。本当に」


 ラヴェルナがフンッ、と鼻を鳴らす。


「分かりきったことだわ!あんたごときがそんなに特別なわけがないもの。元は羽振りのいいハミル侯爵家のお嬢様だったかもしれないけど、今ではただの孤児だものね」

 

(……そちらだって、そんなに威張れるようなものではないはずよ。私を引き取ったのだって、父と母が遺した財産が目的でしょう)


 ベイリー伯爵家は夫妻の浪費と商才のなさで、没落の一途を辿る家だった。伯爵家の娘と結婚した母の弟、このベイリー伯爵が、私の両親の死後すぐさま私の身元引受人として手を挙げたのも、ハミル侯爵家の財産が目的だったから。

 屋敷内のあまり教育の行き届いていない使用人たちの陰口や噂話、そしてベイリー伯爵夫妻から漏れ聞こえる何気ない会話から、私は自分がここに引き取られてきた事情を察していた。

 そして私がこのベイリー伯爵家に来て以来、長年不作だった領内の作物の収量が目に見えて増えはじめ、また領地の端にある鉱山からは、突如希少価値の高い鉱物が採れるようになっていた。上向きはじめた経営状況にベイリー伯爵夫妻は大喜びしつつも、私の存在との関係性を訝しんでいるようだった。


「……何にせよ、このミシュリーと指輪は大切に守らねばならんな。できるだけ条件のいい相手に……」

「っ?!何よりそれ!お父様!お父様にとって実の娘のこのあたしよりも、ミシュリーの方が大事ってわけ?!」


 ラヴェルナが伯爵の言葉に食ってかかる。この伯爵夫妻の実娘は、とにかく私が自分よりも目立ったり優遇されることが許せないのだ。


「馬鹿を言わないで、ラヴィったら。このベイリー伯爵家の利益のために、ミシュリーはできる限り裕福な高位貴族の家に嫁がせようって話よ。私たちが大事に思っているのは娘のあなただけ。分かるでしょう?」

「……ふふっ。そうよね。よかったぁ」


 伯爵夫人の言葉を聞いたラヴェルナは、吊り上がった目を途端に三日月の形に歪め、クスクスと笑った。




  ◇ ◇ ◇




 ベイリー伯爵家での私の生活は惨めなものだった。私が逃げ出すことや誘拐されることなどを恐れていたのか、伯爵夫妻は私を滅多に屋敷の外へ出すことはせず、かといって優しくしてくれるわけでも大切に扱ってくれるわけでもなかった。実娘のラヴェルナとは露骨に差をつけ、私のことは使用人同然に働かせた。ラヴェルナのお下がりの古いワンピースを着せられ、屋敷の片隅の粗末な部屋に住まわされ、日に二度だけの質素な食事を与えられた。


 聖石の指輪だけは、必ずいつでも身に着けておくようにときつく言われていた。


 



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