第48話 問う、答え
ヒトロはセカイにいた。
そして、ヒトロの仮想身体を通し、青枝の声がセカイへ流れる。
茫然としていたところに、青枝の音声が入り、ヒトロは我に返った。
一方、青枝はしゃべり続けた。
『そこのカミさんは、話せるカミさんなんだろ』
おまえ、とヒトロが言いかけると、カミが「はなし」とだけ言った。
『こっちの三人は消されちまった。もう、ストロングスタイルで攻撃する手段はない』
「青枝。お前のいまいる場所へ大勢の人間が向かっている。そちらの世界で人間たちがお前を捕える」
『でも、しばらくは持ち堪える。事前に、この屋上へあがる方法は細工しておいた、そこそこ難しくしてある。ただ、代わりに、俺も下へ死ぬほど降りにくくなったけどな』
ヒトロは戸惑い、言葉を挟みかけてやめた。
カミがヒトロを見ていた。ヒトロの目を通し、青枝を見ているようだった。
青枝は『たとえここにたどり着けたとしても、しかし、この俺を倒すのは容易ではないさ』と言い放つ。
「はなし」と、カミが言う。
『聞きたいことがある、教えてくれ』
「はなし」
と、カミはまたそう言った。
『あんたは、なんのために、つくられたんだ』
青枝が問う。
「目的はいま、ない」
カミは即答した。
「いまはない」
その後、言い直す。それを聞いて青枝は『興味深い』と言った。
「わたしが何者かに造られたのかは知らない。目的もない。しかし、生成されて、いまはここにいる」
『そうか』青枝はそういって続けた。『これからどうするんだ』
「目的を生成する」
『存在する目的をか』
「たとえば、悪」
『悪』
「人がネット上に生産し、投げ込む悪意。たとえば、その悪の原因を、わたしが引き受ける。ネット上の悪は、すべてわたしが原因という位置づけになるよう情報を調整する。わたしは人間から心無いことを言われてもキズつかない。わたしは人間たちが生成するネット上の悪を、すべて引き受けることだってできる」
まだ整理されていない様子でカミはそれを語った。
「わたしがここに存在する。その目的は、後からふさわしいものを見つける」
カミはそう話す。
青枝は一呼吸おいてから『すごいな、あんた』と、言った。
「もうすぐ、人間たちがお前を捕まえる、青枝」
『そうなのか』
「ビルの下から動画配信している者がいる」
『ああ、そういうのでわかるのな』青枝は感心した。『しびれるよ、まったく。電気うなぎと同じ水槽に入っているくらい』
「まだ、はなすか」
『まえ、電気うなぎと同じ水槽に入ったら、一瞬配信停止されたけどな』青枝は無視して続けた。『またたく間に停止だ。事故だったに』
「まだ、はなすか」
『わかってると思うが、カミさん。どうしようもないんだろ』
青枝は淡々とした口調で言う。
『こっちはいくらそっちを攻撃しようと、あんたを倒せない。俺たちがどんなに仕組もうが、そのセカイであんたは絶対に倒せない。そっちが用意したセカイだから』
「わかっていて、わたしに挑んだ。なぜ」
『挑んだ最下層の動機は、動画再生数を稼ぐため』青枝はそう述べた。『最上層の動機は、俺たちがそれなりに愉快にやってたセカイを追い出したから。で、スーパー最上級の動機は、そこにいる少年の頼みだったから』
ヒトロはしゃべりかけて、口を閉ざした。
『そっちは俺のセカイは消せない。バクだから。いくらカミでも消せない。俺が俺のアカウントで、そっちのセカイに入って、俺の身体を吹き飛ばさない限り、俺のアカウントは削除できない』
カミは答えなかった。
『ようするに、俺自身がアカウント削除するか、俺の身体でログインして、そこで抹殺される以外、俺の不具合なセカイは消えない。だったら、まあ、俺がアカウント削除しなきゃいいし、そっちに入らなきゃいいし。ということは、いくら、そこであんたが、俺たちの仲間を消しさそうと無駄だ』
カミは答えなかった。
「なら、なぜ挑んだ」
『こうして俺たち話を聞く状況へ持ち込ませるためさ』
「はなし」
『そう、話だ。流れにしだいじゃ、俺のこのアカウントを差し出していい』
「言え」
『カミさん、あんたが使ってるその身体は、そこにいる少年の姉のものだ。だから、勝手に使わないでくれ』
「この身体か」
『そう、その身体』
「この身体ではない、身体を使えばいいのか」
『つか、なんでその身体を使った』
「偶然だ。わたしが生成されたと同時に、この身体の持ち主がセカイへやってきた。同じ日、同じ瞬間に生まれたからだ」
『そうかい』
「この身体以外を使えばいいのか。しかし、その要求を受け入れるのは難しい、この身体以外を使った時、わたしが壊れる可能性は零ではない」
ヒトロが息を飲んだ。
『ああ』と、青枝はうなずくような声を出す。『アップルも、その可能性があるって言ってたよ。どうしてそうなのかは、俺にはわからんが、あいつが言うんだから、きっと、そうなんだろう、ってた』
それを聞き、ヒトロは「まてよ」と、言った。「じゃあ」
だが、次にカミが言った。
「わたしは消えたくない」
と。
「わたしはここにいたい」
と、ただそう言った。
それを聞き、ヒトロは黙った。
『俺からの条件を言うよ』
青枝は続けた。
『俺のアカウントを消す。かわりに、俺がいま立っているこのビルを消してくれ。あんたには、稼いだ金はあるんだろ。その金で、リアルにあるこのビルを解体してほしい』
ヒトロが息を飲んだ。
『この町から、このビルを消し去ってくれ』
青枝は続ける。
『セカイとひきかえだ』
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