16.買い物帰りに誘拐される話

「兎舞ちゃん、来るの遅いな」


 白雪は不安を色濃く滲ませた顔で窓の外を眺めて呟く。希威の「寝てるんじゃねぇのか?」と茶化した後、「コンビニで買い物してから来るって言ってましたよ」と水綺が遅刻の理由を告げる。何かあったわけではなさそうで胸を撫で下ろすが、何となく落ち着かなくて携帯のロック画面を解除した。


「この前、勝手に登録した位置情報共有アプリを見てみるか」


「何してるんですか、白雪先輩」


「過保護すぎるだろ」


 水綺と希威は呆れつつも止める気配を見せない。兎舞は今月だけで二回も怪我をしている。故に、位置情報共有アプリを入れてしまう白雪の気持ちも分かるのだろう。白雪は何も言われないのを良いことに、堂々と位置情報共有アプリを起動して兎舞の位置を確認した。コンビニとかけ離れた場所を示され、困惑気味に二人にも画面を見せる。


「見て。位置情報で表示されてる場所、コンビニちゃう」


「本当ですね。さっきコンビニで水と軽食を買ってくるって連絡来たんですけど」


 自分の携帯を確認して訝しむ水綺の言葉で白雪の背筋が寒くなった。兎舞は遅刻の理由を言い訳するような奴でも嘘を吐くような奴でもない。コンビニに寄った後に行くと言ったからにはコンビニに向かったはずだ。希威が眉間に皺を深く刻んで問いかけてくる。


「彼奴、どこに居るんだ?」


「分からん。何か、誰かの家……?」


 希威に「家?」と怪訝な表情で聞き返され、白雪は信じたくない気持ちで肯いた。見間違いかと何度見ても、知らない一軒家が表示されている。何だか妙な胸騒ぎがした。このまま放っておくと良くない結果になると、脳がけたたましい音の警鐘を鳴らしている。


「何やろう。嫌な予感がする」


「警察に通報して行ってみるか」


「そうですね。私が通報するので、お二人は先に行って下さい」


 神妙な面持ちで警察への番号をタップする水綺の言葉に甘えて、白雪は希威と二人で携帯に記された場所に向かう。不用心にも施錠されていない玄関を乱暴に開け、小走りで廊下を進んでまずはリビングに入る。と、意識を失った兎舞の脱力した細くてしなやかな腕に、思いっきり振り上げた果物ナイフを、振り下ろそうとしている瞬間だった。

 兎舞は何をされたのか完全に気を失っていて逃げられそうにない。あのまま勢いよく振り下ろされたら、兎舞の腕が使い物にならなくなってしまう。それどころか、こんな病院でもない場所で素人が切ったら、出血多量で死んでしまうかもしれない。


「兎舞ちゃん!」


「てめぇ、兎舞の腕に何をしようとしてやがる!」


「ぐあっ」


 悲痛な声を上げる白雪の横から駆け出した希威が、男を取り押さえて果物ナイフを奪う。白雪はグッタリとした兎舞の身体を揺すった。「兎舞ちゃん! 兎舞ちゃん、しっかりして!」と呼びかけるが、全く反応を示さず瞼も上がらない。希威が男の胸倉を掴んで乱暴に尋ねる。


「おい、兎舞に何しやがった」


「ひっ! た、ただ、麻酔を注射しただけだ……ッ」


「詳しくは署で聞かせてもらおう。君達は彼女を病院へ連れて行ってあげて下さい」


「はい」


 希威に鋭い眼光とドスの利いた低い声で問われた男が、顔を引き攣らせて何も入っていない注射器を見せた。それと同時、水綺と共に家の中へと踏み込んだ警察により男が連行されていく。警察に肯いた水綺が救急車を呼ぶ。麻酔で眠っているだけらしい兎舞は、念の為、病院へと運ばれていった。三人も予め聞いておいた病院へと急ぐ。

 駆け出したいのを我慢して病室に早足で向かい、ベッドに横たえられた兎舞を取り囲む。検査の結果、本当に麻酔を打たれただけらしく、何も医療器具を装着していない。ただ、スヤスヤと穏やかな顔で寝息を立てている。それでも、胸の中に渦巻く不安は全く晴れず、早く目を覚ましてほしいと願う白雪。と、神様が願いを聞いてくれた。


「……ん、ぅ……あ、れ?」


「兎舞ちゃん、気付いた!?」


「麻酔が切れたみたいだな」


「はあぁぁぁ、間に合って本当に良かったわ」


「えっ、何? どういうことです?」


 ゆっくりと目を開いた兎舞の顔を覗き込み、白雪と希威と水綺は三人揃って脱力する。無意識に強張っていた身体からようやく力が抜けた。そんな三人を不思議そうに見上げている兎舞は、麻酔で眠らされた後に誘拐されたようで、キョトンとして目を瞬きながら戸惑っている。白雪達も詳しく知らない為、どう説明すべきか考えていると、警察から連絡が来た。

 警察から詳しく事情を聞かせてもらったところ、兎舞の才能や容姿に嫉妬しての犯行だそうだ。伝で手に入れた麻酔で眠らせて痛みをなくし、二度とゲーム実況やスポーツ等ができないよう、腕を切り落とそうとしたらしい。犯人は我に返って逮捕を受け入れているようだ。白雪は一連の話を聞いた後、ジトッとした半眼を兎舞に向け、思っていたことを告げる。


「兎舞ちゃん、もう外に出ん方がええんちゃう?」


「……とまもちょっとそう思い始めてきてるです」


「三回連続だもんなぁ」


「偶々でしょうけど、心配にはなっちゃうわよねぇ」


 複雑そうな表情で視線を伏せた兎舞が、嫌そうに不本意そうにポツリと肯定した。何とも言い難い苦々しい笑みを浮かべた希威と水綺も、白雪と同じ気持ちのようで否定しない。「うっ」と図星を突かれて口篭った兎舞が、今までの事件を思い起こして顔を顰めた白雪を見上げる。


「でも、いつの間にか携帯に位置情報共有アプリを入れてるのは、流石に心配の域を超えてるでしょ」


「ええやん。今回の事件も、それのおかげで助かったんやから」


「まあ、シロさんだったら別にいいけどさ」


「……ふーん、そうなんや」


 位置情報共有アプリのアイコンを見せながら、反省の色を見せずに言い返した白雪は、兎舞からの予想外の告白に面映くなって顔を逸らす。兎舞はデレたことに気付いていないのか、「あれ、シロさん?」と顔を覗き込もうとしてきた。緩みそうになる頰を必死に引き締めた仏頂面を見られたくなくて、兎舞の顔に枕を押し付ける。


「兎舞、俺とも位置情報を共有しろ」


「私とも共有しましょうね」


 「んむっ」とくぐもった声を出した兎舞が枕を退けると同時、携帯電話を取り出して有無を言わせぬ笑顔で強制する希威と水綺。「……ちなみに、拒否権は?」と首を傾げた兎舞は、二人に揃って「「ない」」と言われて、「ですよねー」と諦めた様子で携帯電話を二人に渡した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る