34.初めて四人の裏側を見た話
差し入れを届けるよう頼まれ、新人スタッフは楽屋に来ていた。が、入るに入れず楽屋のドアを少し開けて中の様子を伺っている。正確には中の様子を見て戸惑っていた。どうすれば正解なのか分からない。最近スタッフになったばかりで、動画外の様子は知らなかったからだ。見てはいけないものを見ている気分で突っ立っていると、中から白雪の声が聞こえてきた。
「兎舞ちゃんはうちと昼寝するんや!」
「俺とオセロで遊ぶんだよ」
言い争いの相手は希威。喧嘩の内容は兎舞。確かに動画内でも兎舞は甘やかされている。しかし、こんなに本気で取り合われるほど愛されているなど知らない。
気になってそーっとドアを少しだけ開ける。白雪と希威がジャンケンで順番を決めていた。喧嘩の原因となっている兎舞は、呑気に昼食の焼肉弁当を食べている。隣に座る水綺に野菜をお裾分けしていた。
「ずっきー、これあげるです」
「ダメよ。好き嫌いせず全部食べなさい」
「えー、やだです。ずっきー、食べて?」
自分の弁当に蓋をして受け取り拒否した水綺に、兎舞が困ったように眉尻を下げて軽く首を傾ける。思わず何でも許してしまいそうな儚さだ。新人スタッフだったら、すぐにでも野菜を食べてあげることだろう。
動画では大人の色気と余裕を醸し出している水綺も同じようだ。面食らった顔で甘える兎舞に気圧されつつ、野菜を受け取るか心を鬼にして食べさせるか葛藤している。それにトドメを刺すべく、兎舞が空いている手で水綺の服を控えめに掴み、甘えたような声で名前を呼んだ。
「ずっきぃ……」
「……ったく、しょうがないわねぇ」
涙目で泣きそうな顔をした兎舞に負けて、嫌いな食べ物を食べてあげる水綺。間接キスとあーんの権利を得て喜色満面だ。兎舞も無事に食べられない野菜を食べてもらえて、胸を躍らせながら肉と白米の攻略を再開する。二人の間にポヤポヤとした柔らかい雰囲気が漂っていた。何だか兎舞のキャラが、動画と少し違う気がする。と、二人の穏やかな空気に、白雪が騒がしく割り込んだ。
「あっ、水綺ちゃん! 抜け駆け禁止やで!」
「俺らを差し置いてイチャイチャすんな!」
希威も参戦してが兎舞と仲良く焼肉弁当を食べている水綺に文句を言う。どうやら白雪と希威も兎舞と一緒に昼食を摂りたいらしい。裏側を知った今なら新人スタッフも気持ちは分かる。が、兎舞本人は先に焼肉弁当を食べていたからだと思ったらしい。首を傾げて不思議そうに未開封の弁当を指差した。
「お腹空いてるんだったら、シロさんと兄さんも食べれば良いじゃん?」
「うち、兎舞ちゃんの隣~!」
「うわっ」
焼肉弁当を食べていた兎舞に抱きつきながら隣の席に座る白雪。いきなり抱きつかれた兎舞が、驚いて箸で持っていた肉を弁当に落とす。兎舞の隣を陣取った白雪は、鼻歌を歌い出しそうなほど上機嫌に、自分の焼肉弁当を手に取った。出遅れた希威が悔しそうに歯噛みし、水綺に交渉を持ちかける。
「白雪も抜け駆け禁止だぞ! 水綺、場所交代してくれ!」
「うーん、お断りですね」
苦笑を頰に含ませて拒否する水綺に諦めずに詰め寄る希威。遂には白雪の方にも矛先を向け、ギャーギャーと隣を取り合っている。兎舞は気にせず黙々と焼肉弁当を食べ進めていたが、不意にピタッと箸を止めた。そして、言い争っている三人のうち、一番近くに居た白雪の服の裾を引っ張り、甘えた声で名前を呼んだ。
「シロさん」
「と、兎舞ちゃん?」
「食べないんなら……」
兎舞の動作や甘えた声に、白雪が遠くからでも分かるほど、顔を赤くして戸惑っている。本来の兎舞は甘えん坊なのだろうか。無意識なのか狙っているのか分からないが、水綺同様、白雪も赤面して周章狼狽していて負け寸前だ。何の勝負か不明だが。兎舞は言葉を一旦区切ってから、蓋を開けた焼肉弁当を一つ手に取り、揶揄を孕む笑みを浮かべた。
「シロさんの弁当、貰っちゃうよ?」
「えっ、あかん!」
今日の焼肉弁当は少し高価なやつ故、慌てて言い合いを辞めて座り直す白雪。作戦成功した兎舞が、悪戯気味に嬉しそうに双眸を眇め、まだ手付かずの弁当の蓋を開ける。
「じゃあ言い合いしてないで早く一緒に食べようです。ほら、あーん」
「あ、あーん」
そして、小さい子供にご飯を食べさせるように、困惑する白雪の口に箸で一口にちぎった肉を運んだ。もぐもぐと口を動かして咀嚼する白雪は、周章狼狽しつつも全身から歓喜の色を溢れさせている。そんな白雪の顔を覗き込み、兎舞が得意げに破顔した。
「どう? とまが食べさせてあげたから、二倍美味いでしょ?」
ふにゃりとした無邪気で可愛らしい笑みに、親指を立てて返事をしてから机に突っ伏す白雪。結構派手で痛そうな音が響いた。強かにぶつけたからか、テーブルに赤い液体が広がってく。兎舞が目を丸くして泡を食った声を溢し、おろおろと腰を上げた。
「シ、シロさん!?」
「兎舞ちゃんが可愛すぎて辛い……ちょっ、誰かティッシュ頂戴」
「白雪先輩、鼻血出しすぎです。そのままだと貧血になりますよ」
ドクドクと鼻から血液を垂れ流す白雪に、水綺が苦笑気味にティッシュを箱ごと渡す。顔を上げた白雪の額も打ちつけたことで赤く腫れている。が、それよりも鼻血が凄い。コンビニのビニール袋を漁り、鉄分を含む飲食物を探す兎舞に、希威が口角を上げて近付き肩を組む。
「兎舞、俺にも食べさせてよ」
鼻血を出す白雪の頭に鉄分のジュースを乗せ、水綺が座っていた席に腰を下ろして頬杖を突く希威。最後の一つになった未開封の焼肉弁当を兎舞に渡し、莞爾として笑う姿はどことなく妖しさを滲ませている。希威の色気にドキドキする新人スタッフと裏腹に、兎舞は慣れているのか顔色一つ変えていない。受け取った弁当の蓋を開け、不思議そうに頭を垂れる。
「良いけど、なんでです?」
「白雪だけ狡いだろ。俺にもあーんで食わせてくれよ?」
「しょうがねぇなぁ。兄さんの焼肉弁当もとまが二倍美味しくしてあげるです!」
「よっしゃ!」
自分の唇に人差し指の腹を当てて艶美に笑う希威の言葉に、兎舞が満更でもなさそうに顔を綻ばせて弾んだ声で承諾する。新人スタッフの心臓にしか効果なかった色香を雲散霧消させ、希威が拳を高らかに挙げた。いそいそと割り箸で一口分の肉と米を摘み、兎舞は「はい、あーん」と希威に差し出す。そんな二人に嫉妬した白雪が、鼻血を垂れ流したまま不満を顕にした。
「希威くん、抜け駆け禁止やで!」
「はいはい、白雪先輩は鼻血止めることに専念しましょうね。ていうか、足りなさそうなので、追加でティッシュを貰って来ます」
赤い液体を染み込ませたティッシュをまとめていた水綺が、ものすごい勢いでなくなっていく箱を見てドアの方に来る。ずっと聞いていたことがバレると困る為、新人スタッフは問い詰められる前に入室した。
「失礼します。これ差し入れです」
「あっ、有難うございます」
「すみません、ティッシュ持ってきてもらっていいですか?」
軽く会釈する水綺に差し入れの箱を渡すと同時、新人スタッフは希威からティッシュを要求される。今来た感じで何も知らないフリをし、血の量に驚いた表情を浮かべた。
「白雪さん、大丈夫ですか!? 急いで持ってきます!」
急いで楽屋から出る新人スタッフの背中に、「白雪先輩は自業自得なんで、急ぎすぎて怪我しないで下さいねー」なんて、水綺の優しい言葉が投げかけられる。今日初めて動画外の彼等を知ることができた。本気で兎舞を取り合っているのには驚いたが、本当の四人を知れて満たされた気分だ。新人スタッフは廊下を駆けながら、口元を緩めた。
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