20.お昼寝している兎舞を見つける話
希威が撮影をする為、集合時間より三十分ほど早く撮影部屋に来ると、ソファーの上に脳天まですっぽりブランケットを被った誰かを見つけた。荷物を置いて少しだけ捲ってみる。足先から頭のてっぺんまで包まっていたのは、ソファーに背を向けて丸くなり、気持ち良さそうに眠る妹だった。
「一番に来てるなんて珍しい……」
普段、遅刻して来ることが多い兎舞の登場に、目を丸くしてソファーの前に屈む希威。ブランケットを剥がれて、電気の光を顔に浴びているのに、目を覚ます気配がない。スヤスヤと寝息を立てる兎舞を無遠慮に眺めていたが、熱い視線を送り続けても身動ぎせずに深く眠っている。
「爆睡してるな、寝かせといてあげよ」
起こすのに申し訳なさを感じポツリと呟いたものの、希威の視線は相変わらず兎舞の寝顔に釘付けのままだった。想像を超えた愛らしさを備えており、庇護欲や愛しさが芽生えて目を離せない。先程まで脈を打っていた兎舞への気遣いなど消え去り、脳の全てが「寝顔かわいい」で埋め尽くされる。何時間でも見ていられる自信があった。
「これ、兎舞に使いたくて買ったけど、嫌がられてつけてもらえなかったやつ」
すると、妹に注いでいた視界の隅に、ソファーの上に乱雑に置かれた手錠が映る。手首を傷付けないよう布が巻かれていた。これは、希威が拘束された兎舞を見てみたくて持ってきたが、激しく抵抗された挙句、条件を付けてゲームをした結果、兎舞に惨敗してつけてもらえなかったものだ。
「隙だらけだし、つけちゃお」
横向きに寝転んで丸くなっている妹を、起こさないようそっと仰向けにしてから、脱力した両腕をゆっくり上げ万歳させる。力なく宙に投げ出された細い手首を掴み、手錠をつけて鎖の先と机の足を固定した。机と繋がれている為、目を覚ましたとて、すぐには起き上がれない兎舞の完成である。怒った妹から逃げる体勢も完璧に整えて、達成感に包まれた希威は小さく息を吐いた。
「おお、なんかヤバいな。絶景だ」
横たわった力が入っていない身体を、確りと拘束されている意識を失った兎舞。予想以上に扇状的で背徳的な色香を醸し出した婀娜な景色だ。触れてはいけない高潔で清廉で清らかな存在を、鳥籠の中に閉じ込めたような支配感に興奮し、希威の背筋にゾクゾクとした電流が駆け巡る。
携帯を取り出してカメラ機能を立ち上げ、消音にしてから兎舞の寝顔をレンズに収めた。縛られているのにも気付かず、無防備に晒された可愛い寝顔を数枚撮り、次にだらりとした手錠付きの手首に狙いを定める。脱力したしなやかな手や細長い指の、耽美で妖艶な美しさにまた背筋が粟立った。欲望に任せて連写した後、最後に全体を十枚以上撮影し、希威は一息吐く。
「ふぅ、フォルダがまた潤ったな」
「…………何してんです?」
「あっ、兎舞。起こしちゃった?」
「あんなに撮られたら、そりゃあ起きるです」
満足感に浸りながら額の汗を拭う自分に半眼を向けた兎舞が、悪びれなく首を傾けた兄を馬鹿を見るような目で睨め付けた。どうやら無我夢中で写真を撮りまくった際、何度も何度も顔付近に当たるフラッシュで、流石に深い眠りから目覚めたらしい。
怒られるかなと先の展開を予想し、写真を守れる言い訳を考えていると、ジャラッと鎖の揺れる音が聞こえた。そちらに目を向けた希威の視界に、起きあがろうとして失敗したのか、面食らった顔で目を瞬く妹が映る。何が起きたか分かってない表情で、不思議そうに上を見て手錠を認識する兎舞。
「……何これ」
「兎舞が寝てたからつけた」
「兄さんは寝てる人が居たら拘束するです?」
「安心して、兎舞だけだから」
ジャラジャラと鎖を揺らしてジトッとした目を向けてくる兎舞に、希威はキリッとした凜々しい顔つきで口元に弧を描き親指を立てた。嘘を吐いて誤魔化すことなく堂々と素直な変態発言をした結果、兎舞から馬鹿を見るような嫌そうな引き攣った表情が送られる。妹が大好きな兄にとって、彼女のそんな蔑みなど何の負傷もない。むしろ、興奮する。嬉しい。
「何も安心できねぇよ、外せです」
「外してほしかったら、どうすべきか分かるよね」
「うっ……は、外して——くだ、さい」
マゾヒズムを発揮して無敵状態の希威を見て嘆息した兎舞は、調子に乗って悪戯っぽく顔を綻ばせた兄の言葉に目を逸らし、かと思えば、弱々しくか細い小さな声で懇願してくれた。恥ずかしいのか屈辱的なのか頬をうっすら色づかせ、羞恥から潤んだ瞳で上目遣いを披露し、困ったように眉尻を下げて悩ましげに見える表情で許しを乞う。
そんな、わざとかと思ってしまうほど、あざとさの塊で煽っているようにしか見えない妹から、精神に予想外の強烈な攻撃を受けた希威は思考を完全に凍り付かせてしまった。不安そうに首を傾けた兎舞に名前を呼ばれ、何とか硬直を解いた後、低く静かな声で問う。
「……兎舞、本当に外してほしいの?」
「あ、当たり前です!」
「そんなおねだりしてるみたいな顔で?」
怒られていると勘違いして身体を少し強張らせた兎舞の頬に手を添え、カメラアプリを起動したままの携帯を構えて写真を撮った。逃げようと身を捩っていた兎舞は、煽っているつもりなど毛頭なかったらしく、扇情的だと指摘されて目を白黒させている。携帯を構え直した希威を見て、このままだと色々なポーズや表情を撮られると判断したようで、取り敢えず手錠を外そうと交渉してきた。
「兄さんがやれって言ったんだろ! 言う通りにしたから早く外せです!」
「かわいいから駄目」
「はあっ!? ちょっ、撮るなです! ずっきー、シロさん、助けてぇ!」
腹筋の力で起き上がろうとした妹の細身をソファーに押し戻し、希威は嫌な予感をビシビシと与えるニッコリとした笑顔で拒否する。手錠で縛られていて上手く抵抗できないうえ、希威が完全に欲望を溢れさせてヤル気満々で絶体絶命の兎舞。自分だけで勝てないと思ったようで、いつの間にか居たらしい二人に助けを求める。
「えー、どうしようかなぁ」
「正直、巻き込まれたくないわね」
リビング前の壁に寄りかかって、一部始終を見ていた様子の白雪と水綺は、如何にも楽しそうに悪戯を考える子供みたいに躊躇した。兎舞しか見えていなくて全然気付いていなかった希威が、得物の上に跨がったまま顔だけ後ろに向けて姿を確かめる。
「来てたのかよ」
「まぁね。でも、希威くんが写真を全部くれるんやったら、一時間ぐらい外に出ても良えで」
「ドーナツでも買って来ようかしら」
頷いて瞳に企みの色を走らせた白雪ちゃっかり写真を要求し、水綺もそれに便乗して出て行こうとする兎舞にとって最悪の展開。見捨てられそうになり慌てる妹を遮って、希威はさっきと同じく凜然とした面持ちで親指を立てて了承した。
「了解、あとで送るから宜しく」
「送るな、馬鹿! 裏切り者!」
それにより、クルリと背を向けて玄関に向かう白雪と水綺の後ろ姿に、小学生みたいな悪口を浴びせて暴れる兎舞の涙目を撮影する希威。手錠で動けないのを利用して様々な体勢を堪能したり、ついでに猫耳などの小道具を装備した姿を撮り、退席した二人に甘えてたっぷりと楽しんだ。
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