13.喋ったことが愛の言葉に変換される話
「お慕いしております(お邪魔します)」
「ほーい、いらっしゃー……えっ? と、兎舞ちゃん、今なんて?」
自宅に訪れた兎舞を迎え入れた白雪が、言葉の途中で違和感に気付いて立ち止まり聞き返す。普段通り「お邪魔します」と言ったつもりの兎舞は、キョトンとして小首を傾けながら、もう一度、「お慕いしております」と告げた。瞬間、自分の口から出てきた別の言葉に驚き、パッと自分の手の甲を口に当てて顔を赤らめる。
「す、好き! すっごく愛してるです!(ち、違っ! 今のは間違いです!)」
「み、水綺ちゃん! 希威くーん! うち、兎舞ちゃんに好きって言われた!!」
慌てて誤解を解こうと赤面したまま否定するも、やはり唇から紡がれるのは見当違いのものばかり。それを聞いた白雪が感極まった表情で身体を小さく振るわせ、居間で撮影準備中の水綺と希威の元に走って行く。これ以上、勘違いされたくない兎舞も急いで後を追い、居間に駆け込むと同時に叫んだ。
「とまの最推し! 好き、好きです、大好きです!(言ってないから! もぉー、何なんです、これ!)」
「今日は物凄く熱烈ね、兎舞」
「ずっきー、めちゃくちゃ好きです!(🐮、違うんだって!)」
しかし、またしても吐き出されたのは愛の言葉で、言うことを聞かない自身の唇に対してぷんすこ怒る。大胆に愛を叫ぶ兎舞の側ににやけ面で寄ってきて、頭を撫でながら揶揄ってくる水綺に弁明しようと試みても、やはり彼女への告白を吐露してしまう。
「ええっ! 兎舞ちゃん、うちだけじゃないの!?」
「残念でしたね、白雪先輩」
「ねぇ、とまのこと好きです?(うう、なんでぇ?)」
「よしよし、好きだから泣くな。白雪と水綺も一旦落ち着いて。そろそろ、兎舞の話を聞くぞ」
双眸を大きく見開いてショックを受ける白雪と、満更でもなさそうに笑って勝ち誇る水綺を尻目に、涙目で縋ってきた妹を抱き締めて頭を撫でる兄。同時に喧嘩していた白雪と水綺も集合させる。年上特有の頼もしさや安心感に包まれ、少しだけ落ち着きを取り戻した兎舞は、希威の手に頭を擦り付けた。
「兎舞、何で急に白雪達に告白し始めたの?」
「とま、惚れちゃったです(とまもよく分かんないです)」
「何か変なものでも食べてしまったの?」
「ずっきーのことで頭がいっぱい!(そんなことするわけねぇです!)」
頭で動く手の気持ちよさに目を細めていた兎舞が、困った表情で首を傾げて希威の質問に正直に答える。つもりなのだが、相変わらず告白しかできず、訝しむ水綺に吠えた内容も怒号とかけ離れていた。口から溢れる皆への好意を抑えきれず、兎舞が両手で顔を覆い隠して恥じらっていると、誰かにポンッと肩を軽く叩かれる。顔を向けた先に居たのは、仄かに赤面した水綺だった。
「分かったわ、兎舞はもう喋らないで。嘘だと分かっててもときめくから」
「好きになっても良いです?(別に嘘ではないよ?)」
「はーい。兎舞ちゃーん、お口チャックやでー」
「むぐっ」
恥ずかしくて堪らないけれど、友達として大好きなのは嘘じゃない。そう伝えようとして失敗した兎舞は、白雪にコンビニで買ったらしきメロンパンと口付けさせられた。渋々と水綺と白雪の命令を聞くことにし、唇に押し付けられたメロンパンを受け取って食べる。もぐもぐと味を堪能する兎舞を尻目に、水綺が本題を切り出した。
「どうやったら治るんでしょうね」
「寝て起きたら治ってんじゃない?」
「うわ、出た。希威くんの適当」
コンビニの袋から海苔弁当を取り出し、いい加減なことを言って立ち上がる希威に、白雪が呆れたような楽しそうな表情で笑う。兎舞は困っているというのに、好きだと言われることに喜びを感じているのか、三人とも面白がっていた。そのまま、弁当を温めに行った兄に文句を言う為、台所から戻ってくるまでにメロンパンを胃に詰め込み、兎舞は座り直した希威の隣に移動して怒る。
「兄さん、とまが独り占めしたいです!(兄さん、真面目に考えてです!)」
「いいよー、おいでー」
しかし、己の口から怒号を出せないことを忘れており、わざわざ近くに寄って行って甘えたみたいになった結果、嬉しそうに顔を綻ばせた希威に持ち上げられ膝に運ばれた。恥ずかしくて暴れようとするも、兄が割り箸で口に運んだ卵焼きの旨さに、お裾分けを期待して大人しく膝上に収まる。
「兎舞ちゃん、喋るの禁止って言うたやん」
「兎舞、白雪先輩が拗ねてるわよ」
満足気な希威がくれるおかずを堪能していると、不貞腐れた白雪にジトッと非難がましく睨まれた。白雪に何かした覚えのない兎舞はキョトンとするも、悪戯っぽく目を細めた水綺の暴露で、怒っている理由を察する。そわそわしながら羞恥と期待を宿した赤い瞳をキラキラさせ、恐る恐る答え合わせをした。
「シロさん、好きだよ?(シロさん、嫉妬したです?)」
「兎舞ちゃん、嬉しい! もっと言って!」
「とま、好きで好きで堪らないです(とま、ひたすら愛を囁くおもちゃじゃないです)」
否、ポロッと出てきた愛の言葉により、聞きたいことを聞くことはできなかった。だが、パアッと顔を輝かせて兎舞の隣に来た白雪に、持て余すほどの歓喜を胸から溢れさせて請われ、何故、怒っていたのかなどどうでも良くなる兎舞。嫌そうな素振りを見せてツッコミをしつつ、仕方なく仕方なーく適当に喋って白雪に愛を注ぐ。業務的な声色を意識しても、やっぱり自分の口から甘い言葉が溢れると恥ずかしく、じわじわと頰を染め視線を伏せて彷徨わせる。
「もうこのままでいいんじゃない? 可愛いし」
「すっごく愛しい! ずっきー、大好きです!(よくねぇです! ずっきーの馬鹿!)」
「あら、嬉しいわねぇ。私も好きよ」
「大好き超好き! 愛してるです!(頭を撫でんな! 楽しむなです!)」
カァーっと熱くなった身体を縮こめる兎舞の頭に手を置き、水綺が揶揄を滲ませた双眸を眇めて愉快そうに口角を上げた。今なら地平線の彼方まで走って行けそうなほど浮かれた白雪から、ニヤニヤしている大親友に矛先を向けた兎舞は膨れっ面でむくれる。が、当然の如く水綺に好意を伝えただけで終わり、満足気に頭を撫でられて更に拗ねた。
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